祝福の代償
翌朝、馬小屋で目覚め、そのまま日課の餌やりをする。
馬とも8年の付き合いだ。最初は俺を警戒し餌を食べなかった馬も、今では俺にすっかりなついている。
俺は餌やりを終え、朝食を済ませると、麦の収穫に向かった。
「お、ハルトどうしたー。そっちの収穫終わったのか」
「終わるわけがないだろ、あと少なくとも2週間はかかる。今年は豊作だからな」
ハルトは村の中心部に目を向け
「村の大人たちの一部に村長から招集が来た」
「あぁー、昨日の騎士絡みかな?」
「十中八九そうだろう。俺の親父も呼ばれた」
「他に集められたのは?」
「長老に自警団長、それとエリの両親だ」
「なるほど。エリの両親を呼ぶ理由は分からないけど、大体は村の有力者を集めてるわけだ」
俺はそう言ってまた畑のほうに歩き出す。
「おい、気にはならないのか?」
俺は振り返らず
「興味ないね。村の有力者が決めたんならそれは絶対だ。結果には興味あるけど」
「そうか」
ハルトもまた自分の畑に帰っていった。
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農作業をいつもより早く終え、川で水浴びをしていると
「おい」
叔父だ。
「なんでしょうか」
「村長の家に来い」
「承知しました」
必要最低限の問答を交わし、俺は笑顔を返す。
この人は、頼まれれば断れない性格ゆえに、親戚から俺を押し付けられた。
そのくせ、自分より弱い相手には強く出る。
卑怯な人間。
「けっ、その気持ち悪い笑顔、兄さんにそっくりだ」
わざわざ唾まで吐いて、彼は戻っていく。
「仏頂面をやめろって言ったのはそっちだろうに」
俺は呆れながら川から上がり、村長の家へ向かう。
「レオも呼ばれたのか」
ハルトが少し驚いた顔をする。
「俺もびっくりだよ。こういった時、いつもエリかお前からしか情報を得られないしな」
「レオもよそ者じゃなくなったって事だな。よかったじゃないか」
彼にしては珍しく上機嫌だ。
こんなに上機嫌なのは、エリに武道大会の優勝を褒められた時以来だろう。
「ま、その方が動きやすいからいいけどさ。んーなことよりエリはどうした」
「先に村長宅に行くと言っていた」
「いつぐらい?」
「昼に差し掛かるあたりだな。それがどうした」
「長くないか?今はもう夕暮れだぞ」
俺は村長宅へ目をむける。
そこには、現村長の代になってから、客人を招く際に必要だからという名目で村の金を使って建てられた、広い屋敷がある。
自然と歩調が速まる。
「嫌な予感しかせん」
ハルトはいつもの渋い顔に戻った。
村長宅の庭には、すでに大勢の村人が集まっていた。
「集会っていつもこんな感じなのか?」
俺は周りの喧騒に合わせて気持ち大きな声でハルトに向かって話す。
「いや、いつもというわけではない。今日は定例集会よりも人が多い。おそらく村人全員が集められているはずだ。今回はレオも呼ばれているから、本当の意味で全員だな」
「皮肉か?」
「事実だ」
そう言ってハルトは俺から離れる。
俺は周りを見渡し、エリを探す。
ハルトもエリを探しているのだろう。庭中を歩き回っている。
周りにはだべる者、人を探す者、この庭の人間を障害物にして何やら遊んでいる子供、どうでもいいやつらしか見当たらない。
視界の端で大柄な男が近づいてくるのが見える。
「で、エリは見つかった?」
その近づいてきた大柄な男――ハルトに声をかける。
「見当たらん。いつもなら、村の男連中に囲まれているはずだが、その男連中もエリを探しているようだ」
「おい、聞き捨てならねーぞ。囲まれてんのか?エリ」
「あぁ、度が過ぎている時は俺が追い払っているがな」
「お、いいね。多分あいつらだよな。」
俺は、ハルトと同じように庭を歩き回っている男連中を指さす。
「あぁ、そうだが」
「よし、先に殴っておけ」
「弱い者いじめは好かん」
「どこまで武人体質なんだよ」
俺は気を紛らわすため、ハルトと意味のない話をする。
何らかの形でエリが騎士団と関係がないと、昼前から村長宅に行くことはないのだ。
だがその理由は分からない。
「静粛に!」
村長の一声で、庭は一斉に静まり返った。
それに続く言葉は衝撃のものだった。
「これより、皇帝陛下の勅書を皇国騎士団代表が読まれる」
皇帝?こんなちんけな村にいったい何の用だというのか。
村長が下がり、騎士代表が前に出る。それと同時に村長宅から続々と騎士が庭に出ていき、村人を囲むように陣取る。
騎士代表が勅書を開く。
「ルルイル皇国皇帝の名において、この村に暮らすすべての民に告げる。
長く続く魔神軍との戦いのなか、諸君は日々畑を耕し、食糧を生み、皇国を支えてきた。
戦のために課した重い税が、諸君の暮らしに負担をかけていることも承知している。
皇国を支えてきた諸君の働きに、朕は深く感謝する。
さて、このたび、神のお告げによって、この村に暮らすエリナという娘が『祝福の勇者』に選ばれたことが明らかとなった。」
その言葉に俺やハルト、他にも男連中が反応する。
祝福の勇者だと?祝福された人間という事か?
「勇者とは、魔神軍の脅威にさらされる我ら人類にとって、かけがえのない希望である。
そのような人物を今日まで育んできたことは、この村の大きな誇りであろう。
朕はその功績に対し、皇国として報いることを決めた。
よって、この村に対し、今後五年間、皇国に納めるすべての税を免除する。」
今度は村民全員が反応する。皇帝の言葉を聞こうと静かに目を伏せていた老人連中までもが、――歓喜した。
「静粛に!」
再び村長が叫び、場は次第に収まる。
「ただし、この免税には一つ条件がある。
祝福の勇者エリナを、抵抗することなく皇国へ引き渡すことである。
皇国では、長く続く戦争に対処するため、法を改め、十五歳以上の一部の男女に国を守る務めを課すこととなった。
十五歳を迎えたエリナもまた、皇国の民としてその務めを担うこととなる。
生まれ育った村を離れることは、本人にとっても、家族や友人にとっても、決して容易なことではないだろう。
しかし、今この時も、各地では多くの民が魔神軍の脅威に苦しんでいる。
一人でも多くの命を守るため、諸君の理解と協力を求める。
なお、ここに記した五年間の免税は、条件が満たされた際、朕の名と責任において必ず実施することを約束する。
ルルイル皇国皇帝ヴァイス・エドゥアルト・アレクシス」
一拍おいて騎士代表が告げる。
「以上だ」
その言葉を合図にしたかのように、庭が歓声に包まれた。
喜びのあまり雄たけびを上げる者までいる。
徴兵されるかもしれない女も、エリに夢中だった男連中も、老人連中までもが、だ。
無理もない。
今年のような豊作が何年も続く保証はない。
不作の年にも税を納めなければならず、それだけで冬を越せなくなる家が出る。
この村にとって、税は生死に関わる問題だった。
だが、そんな事はどうでもいい。
エリが勇者に選ばれた。
神のお告げ、徴兵制度の変革、そして五年間の免税。
あまりにも突然のことで、考えても考えても疑問しか湧いてこない。
何か他に情報はないか。
俺は周囲を見渡す。
歓喜する村人たち。その様子を見て、どこかほっとした表情を浮かべる騎士。
だが、肝心のエリの姿が見当たらない。
昼頃から村長宅にいたはずだ。
今も屋敷の中にいるのだろうか。
そう考え、屋敷の入口へ視線を向ける。
そこには三人の人影があった。
中央に立つ少女が目に入り、俺は目を凝らす。
「…あれは」
両隣に立つ両親は、嬉しそうに笑っていた。
しかし、その間にいる少女だけは――エリだけは
無表情でそこに立っていた。




