57. 不肖の弟
野営地食堂を開きながらの旅は思いの外順調だった。
朝からラナの翼で数刻をかけ次の野営地に向かい、周辺で狩りや採取。野営地に人が集い出した頃に調理を開始して、いざ開店する。そうやって一日ずつ野営地を移動しながらヤルジャハへと向かっていた。もちろんプトラの脚に比べると随分ゆったりとした旅ではあるのだが、野営地ごとに新しい出会いがあり、それはそれでいい経験になっていた。
異世界ではこういったことに「一期一会」という言葉をあてるらしい。
「マスター」
<食堂>の厨房にリリリーン、とベルベリの鐘の音が響いた。獣人達は調理の手を止め「ベルベリさんのこの音、癒されるよね」と音色の余韻に浸る。
「プトラは現在サラコナーテ・ダンジョンに寄り道しているそうで、ゾト到着は少し遅れるそうです。それとヴォルフからも、何か美味しいキノコ料理を頼むと伝言を預かりました」
「あはは、了解。あそこのキノコは美味しかったもんね」
プトラは野営地食堂を開店した初日から、一人行動を別にしていた。ノエリアの呪いを解く際に呼び寄せたヴォルフ達を、当初の目的地であったゾトに送るためだ。
「でもたった五日でもうサラコナーテか。プトラはもともと足速いけど、<急送便>様様だね」
「ええ、そうですね。あ、あと果物のデザートも喜んでいるようでした」
「ふふ。たくさん作ったから遠慮しないで食べるようにヴォルフさん達にも言っといて」
一人出張中のプトラを労って皆が率先して採取してくるため、今や<倉庫>には市場が開けるほど大量の果物が収納されている。ミロはそれを使ってアイスクリームやシャーベット、ゼリーを作り置きしていたのだ。
冷たいイコール高級というイメージがあるため、ミロの召喚スキル達以外の皆はあまり積極的には食べてはくれないが、食事の最後に出すと喜んで食べるため、休憩中などに振る舞うようベルベリには頼んでいる。もちろん野営地食道でも人、精霊問わず大人気であった。
*
「あはは、精霊石でシェシュマ様の貼り絵!見てみたいかもー」
いつものお供えの時間、ミロから精霊石の使い道について相談を受けたメテア神は、その提案に声を上げて笑った。
「でも他にもっといい使い道あるから、<倉庫>に余裕があるなら貯めておいたほうがいいかもね」
「<倉庫>は余裕ですけど、使い道ありますかね」
「そうねー。例えば・・・あの子達に何かしてあげるとか」
メテア神は<草原>で修行する獣人達を見やった。
獣人達は話し合いの末、二つのグループに分かれて一日交代制で手伝いをすることにしたようだった。本当であれば全員、毎日でも手伝いたいのだが、十名ほどいれば事足りてしまうためこのスタイルにしたのだとか。
しかし非番の者も客気分でゆっくりすることなどできず、――ミロはゾトまでゆっくり養生するように言っているのだが、何か旅に貢献できることがないかと考えていたところ、目についたのがラナやハッチやラキム達の修行だった。
元々獣人族は戦闘能力が高く、自衛さえできるようになれば狩りとは言わずとも採取くらいはできるようになる。そう考え、非番の日に修行への参加を申し出たのだ。
食料が増えるのは大賛成とラナは快諾。魔力の扱いに長けるという森巨人のエルテまで魔法の指南役に巻き込み、今ではノエリアや猫の獣人レレも修行に励んでいる。
命を拾われせっかく自由となった身、やれることはやれる限りしておかないと勿体無い、と彼女達は言う。長らく自由を奪われていたその言葉は重い。
「獣人の皆さんにですか?」
「精霊石って持ってるだけで力を与えてくれるものなのよ。ヒト族風に言えばステータスアップってやつね。だからアクセサリーでも作ってあげたら喜ぶんじゃない?」
「なるほど、アクセサリーですか。いいですね。ジニさんがそういうお店をしてるので相談してみます。メテアちゃんありがとうございました」
「ふふ、いいのよ」
ミロの相談が終わったところで、私からもお願いなんだけど、とメテア神は珍しく済まなそうに切り出した。
「さっきのシェシュマ様へのお礼の話にも重なるんだけど、私だけがミロのご飯もらってるのが他の下位神達にもバレちゃってね・・・」
「そういえばたくさんいらっしゃるって言ってましたね」
「うん。それでね、シェシュマ様も食べたいなーっておっしゃってて、他の下位神達の分も合わせてご飯ちょっと多めにもらえないかなとか思ってね。アハハ」
「僕の料理でいいんですか?何人分用意します?」
「えっとね、大皿とか鍋にでもどんと用意してもらえたら私からおすそ分けに行くから、今日の十倍くらいの量とか、無理?・・・毎日じゃなくてもいいから」
「ふふ、十人分くらいなら大丈夫ですよ」
とりあえずこのくらいでどうですか?とミロは作り置きのパンやお酒を桜の前に呼び出す。
「わあ、こんなに?みんな喜ぶと思う!ありがとねミロ、大好きよ!」
ミロの頬にキスをして、メテア神は料理とともに消えていった。早速おすそ分けに行くようだ。
《運搬物の総数が7700に達しました。職業レベルが28に上がりました》
《ユニット数が67,108,872から134,217,744に増加しました》
《スキル<第六便>が開放されました》
「やった」
今日の野営地に到着した現在、外ではラキム達が狩りや採取に勤しんでいる。レベルアップに必要な運搬総数は八百になってしまったが、野営地食堂を始めてからというもの、どうもレベルの上がりが早い。
行動を別にしているプトラのおかげでもあるだろう。やはり別行動は運搬総数、距離を効率良く稼げるようだ。
「久しぶりに。なむなむなむ、<ステータスボード>!」
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ミロ(15才) ヒト族・男
職業/御者 Lv.28
状態/正常
ユニット数/134,217,744
第一便/▼騎獣、▼ミロ
第二便/▼騎獣、▼プトラ
第三便/▼騎獣、▼ラナ
第四便/▼騎獣、▼エルテ
第五便/▼騎獣、▼ラキム
第六便/▼―、▼―
<基礎値>
力:0
守り:0
器用:6
敏捷:2
魔力:0
<スキル>
荷台召喚、安全運搬、荷物リスト、地図、収納、護衛戦士、コンシェルジュ、ユニット操作、急送便
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基礎値についてはとやかく触れない。これからも大器が晩成するのをひたすら待つスタンスである。
全便の選択肢にツィーレの面々やラキムが追加されて久しいが、新たなメンバーも加わっていた。
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選択肢:
プトラ、ラナ、エルテ、ヴォルフ、ジジ、ロトー、ジニ、タニア、デイジー、アルベルト、ハインズ、オーバン、コゾ、ホッズ、ラキム、ソウマ、ユゼン、ノエリア
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「あ、ソウマさんもいる」
その中には森の民の長ソウマの名も。近いうちにラナにでも頼んで、味噌と醤油の礼をしに里へ行こうと思っていたミロは、ちょうどいいので、転移扉でソウマに会いに行くことにした。
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「これがあの精霊漬け!?」
「う、うまい!」
急な訪問にもソウマ達は快く迎えてくれ、ミロは精霊漬けの美味しい料理ができたら持ってくると約束した通り、味噌煮込みうどんと照り焼きチキンを振る舞っていた。
薬として摂取していたものがここまで美味しくなるか、と皆興奮気味に試食していたが、意外にも一番食いついたのは豆腐だった。
「この白い塊はなんでしょう?醤油をかけると美味しいですね」
「豆腐と言います。大豆から作るので醤油との相性も良いんですよ。お口に合ったなら作り方と材料のにがりを置いていきましょうか。大豆は里でも作ってましたよね」
「なんと!しかし味噌煮込みや照り焼きのレシピまでいただいたのに、そうもらってばかりでは」
何かお渡しできるものがあれば、と思案するソウマ達は、しかしハッとして周囲を見回し始めた。
「どうかしました?」
「いえ、急に精霊が・・・やや!大神様の周りに!」
「ああ、ここにも精霊がいるんですね。みんなもどうぞー!デザートもありますよー!」
<倉庫>からフルーツゼリーを呼び出し、宙に向かって声をかける。すると目の前の鍋や皿から次々と料理が消えていった。
「今日はお礼はいりませんよー。よければ里のお手伝いをしてあげてくださーい」
ソウマ達は唖然としてその光景を見ていた。ミロには精霊が見えないので分からないが、彼らの目には、ミロの指示で里の麓の方に移動していく精霊達が見えていた。
「さ、さすが大神様。精霊をこうも自在に操るとは・・・」
「え?精霊達、満足してます?」
「そうですね。今、麓の方に移動していきました」
ソウマが言ったのと同時、急に麓の方がざわめき立った。
何かあったのだろうかとミロはソウマの顔を伺う。
「いえ、急に多くの精霊が現れたので驚いたのでしょう。今日は年に一度の石鹸作りをしておりますので」
里では年に一度、里で使用する一年分の石鹸を作るらしく、今日がその日なのだという。石鹸には精霊の力を借りて浄化の加護を施すのだが、そこに、里のお手伝いをするようミロに頼まれた精霊達が集まったのだった。
「そういえばなんだかいい匂いがしてたんですよね」
石鹸作りに興味を持ったミロは、麓で見学させてもらうことにした。
「あ、大神様ぁ!」
「ヤエちゃん、お久しぶりです」
麓に移動すると、ミロに気づいたヤエが走り寄ってきた。渓谷ダンジョンの大穴から降ってくるところを救出した彼女だったが、すっかり元気になったようだ。
「見てくださいこれ!私が作ったんですよ!」
「ヤエちゃんが?・・・うわぁ、すごくいい匂いですね」
「よかったらハッチちゃん達に持って行ってください」
「え、いいんですか?きっと喜ぶと思います」
そうだ、とソウマが手を叩く。
「ではにがりのお礼と言ってはなんですが、石鹸をお持ちいただけませんか?」
にがりは簡単に用意できるので礼には及ばないとミロは言うが、ソウマはどうしても、と石鹸を二百ほどミロに渡す。これでは森の民達が使う分がなくなるのではとミロは心配するが、手間がかかるからまとめて作るだけで、作ること自体は一年を通して可能なのだ、と森の民達は笑う。
石鹸作りの作業をしていた者達も是非というので、ミロはありがたく頂戴することにした。
「とりあえずにがりは今ある分だけ置いていきますね。あとで作って追加で持ってきますから」
ミロは言って作り置きしていたにがりの樽を呼び出し、苦いから飲んじゃダメですよ、と短剣で「にがり」と文字を彫る。
「・・・大神様、その短剣はどこで?」
「え、これですか?成人のお祝いに貰ったものです」
「少し拝見しても?」
「ええ、どうぞ」
短剣を受け取ったソウマはまじまじと観察し始める。
「やはりこの加護は、いやしかし、まさか・・・」
「なんか変でした?」
「大神様。これを作ったのがどこの誰か、おわかりですか?」
「はい、僕の故郷の村の人です。シュサク兄さんて言うんですけど」
「「シュサク!!」」
その名に周囲が騒然とする。
「え、皆さんシュサク兄さんを知ってるんですか?・・・ソウマさん?」
「シュサクは二百年ほど前に里を出たきり帰らない、我が不肖の弟にございます」
「シュサク兄さんがソウマさんの弟?・・・いや二百年ッ!!!?」
ソウマの弟ということはシュサクも森の民である。しかも二百歳。にわかには信じられないミロだが、そういえば小さい頃からの付き合いなのに、全く見た目が変わらないな、とは思っていた。
「昔から年齢不詳だなとは思ってましたけど、森の民だったなんて」
「今シュサクがどこにいるかお分かりですか?」
「多分村にいると思うんですけど、今僕、村への帰り方がわからなくなっちゃってて。村に帰れたらここにシュサク兄さんを連れてきますよ」
「おお!よろしくお願いします!!」
「それにしてもシュサク兄さんが家出中だったとは知りませんでした」
「昔から我が強い上に何でも器用にこなす弟でしたので、里の外でもやっていけたのでしょう」
「あはは。シュサク兄さん、我が道しか行かないタイプですもんね」
「おっしゃる通りです」
ソウマは言って、ため息を吐いた。しかしそれは同時に、二百年ぶりに弟の息災を知った安堵のため息でもあった。




