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54. 大ピクニック

新たに設置した<寝室>にノエリアを移し、ミロはその部屋の中にもう一人、<倉庫>から呼び出した。


「一瞬で部屋の中に!・・・<倉庫>という割に、ちゃんとしたお部屋なのですね」


隻腕の女性は言って、泣きはらして赤くなったミロの目を見た。


「どうされました、ミロ様?・・・目が」

「ヤコさん。ここは<倉庫>ではなくて<寝室>というユニットの中です。お約束通り、今<倉庫>の中から出てもらったところです」

「え、<倉庫>から出た?」

「あれから一ヶ月弱経ちました」


ヤコは混乱で言葉に詰まった。

「あれから」というのはワロワーデンでピクニックをした時のこと。<倉庫>の機能を知ったヤコは、ノエリアと一緒に自分も<倉庫>に入れて欲しいとミロに頭を下げた。

<倉庫>にいる以上、ノエリアの病状が悪化する心配はないが、呪いを解けるようになる日がいつ来るかなど分からない。それが数年ならよし。何十年も経ってから見つかったとなれば、ノエリアが目覚めた時にはヤコの方が世話をされる年齢になっているかもしれない。それから先、ヤコとヴォルフは先に老いて死に、ノエリアは一人で生きていくことになってしまうかもしれない。そう思ったヤコは、自分もノエリアと同じ時間の中で生きようと決心したのだった。

ミロが死んだ時、荷台内にある物や人がどうなるか分からない。それはしっかり伝えたのだが、ヤコは「それでノエリア様が死ぬなら、私もお供するまでです」と頑として譲らなかった。根負けしたミロはヤコの願いを受け入れ、ノエリアの呪いが解けるまでという条件で、ヤコを今日まで<倉庫>に保管していたのだ。

時間が固定された<倉庫>の中では当然意識などない。ヤコにしてみれば、<倉庫>に送ると手をかざされて、一瞬でこの<寝室>に移動した感覚だった。


「ヤ、コ?」


背中に投げかけられたか細い声に、しかしヤコは心臓を掴まれたような衝撃を受けた。

それは十年前に聞いていた声、十年間ずっと聞きたかった声だった。


「ノエリア、様?」


振り返るとベッドにはいつものようにクリーム色の髪の少女が横たわっていた。

しかしその胸には<状態遅延>のペンダントはない。弱々しくも目を開き、その口元はかすかに笑んでいる。

ヤコは脆い床板の上でも歩くかのように、恐る恐るベッドに近づいた。これが夢なら、どうか冷めることがないようにと祈りながら。


「ふふ、ヤコも、大人になって、しまった、のですね」

「ノエリア様!!」


差し出されたノエリアの手を握り、ヤコはとうとう泣き崩れた。


「心配を、かけたよ、うですね」

「うぅ、と、とんでもございません!」


ヤコは細く冷たいノエリアの手を恭しく撫で、むせび泣く。

母の手がそうだった、とミロは思った。

「人は神から職業を得る」と教えてもらった幼い日の夜、ミロの頬を撫でた手もこんな風だった。あの日ミロは「母親の病気を治せる職業をください」と神に祈ったが、結局、職業を得る前に母親は死んでしまった。

あの時【御者】のスキルがあったら母親を助けられただろうか。【御者】のスキルでノエリアを救ったことを、母親は喜んでくれるだろうか。ノエリアとヤコを見守りながら、ミロはそんなことを考えていた。


「ヤコ。ノエリア様の呪いは解けましたが、まだ数分前の出来事ですので、しばらくは安静にしていただかないと。お世話はお任せしても?」

「もちろんですベルベリ。ありがとうございます」

「マスター、ヤコにあの魔道具をお渡ししてもよろしいですか?」

「魔道具?ああ、あれか!うん、お願い」


ベルベリはミロの許可を得て、渓谷ダンジョンで手に入れた、輪が二重になった腕輪を呼び出した。


「『千手の一角』という魔道具です。魔力を通してみてください」


渡されるままにヤコは腕輪を嵌め、魔力を通す。ラナのように十本以上とはいかないようだが、肩から魔力でできた二本の腕が生え出た。


「これは・・・!?」

「渓谷ダンジョンのお土産です。ヤコさん魔力があるって言ってたので、いろいろ便利かなと思いまして。どうですかね?」

「お土産、ですか?・・・いえ、こんな高価なものを頂くわけには?」

「まあまあ、そう言わず」


あげる、もらう訳にはいかないの押し問答が面倒で、ミロはノエリアの体調がまだ万全ではないだろうから、と言ってそそくさと<寝室>を後にした。

急に静かになった部屋の中で、ノエリアは小さく笑った。


「奇特な、方に、巡り会いました、ね」

「ええ、一生をかけて恩を返さねばなりません」





次の日の朝。

ミロは森蜘蛛の一件で救出したB級パーティーの三人を、今度は捕縛するため、ツィーレ王都の教会を訪ねた。ラキムに隷属の腕輪を嵌め、連れ回していた暗殺者ギルドのメンバーだったとは、森蜘蛛討伐の時には知る由もなかった。

ラナと、協力を申し出たジジ、ロトーがありったけの<威圧>を放ち、気絶したところをエルテが捕縛。三人はあっけなく<倉庫>に送られていった。

暗殺者ギルドは幾度となくヴォルフを勧誘に来ていたようで、断っては襲われ、交戦、始末を繰り返し、ジジとロトーも辟易としていたらしい。


「勧誘される人に【魔物使い】が多い気がするんですが、どうしてでしょう?」


ミロは疑問に思ったが、【魔物使い】はまだ歴史が浅いためハズレ職として扱われることが多く、孤独だったり自暴自棄になって犯罪を犯したり、と悪の道に誘い込みやすいのだろう、とヴォルフは自らの体験をもとにした見解を語った。

誘いに乗ったものは迎え入れ、断られると殺してテイムモンスターを奪う。そうやってできたのがあの忌々しい地下牢だと思うと、やるせなくなるミロであった。


「ミロ様、ありがとうございました」

「いえ、司教様もご協力ありがとうございました」


司教のフアテン=モールにはジニやアルズワルドから根回しがあったようで、突然の訪問にも快く協力してくれた。聞けば、もう治療は終わっているのに三人はなかなか教会を出ようとせず、ベッドが硬い、飯をよこせ、と傍若無人に振舞っては教会の者達を困らせていたのだという。

それを聞いたミロは再度三人を<倉庫>から出す。そしてロトーのどきつい雷撃をお見舞いし、また<倉庫>に戻した。





さらに次の日。

<蝕命の呪い>が解けて二日、ノエリアは起きて歩ける程には回復したようだ。皆に礼をしたいと言うので、ラキムの提案で、自己紹介がてらピクニックをすることとなった。

『月華』の三人とヴォルフ一味も招待し、時間を作ってもらう。霊薬の情報をくれたアルズワルド達も誘ったが、昼間に時間を作るのは難しいと泣く泣く断られた。

そしてここ数日旅をともにしているラキムとユゼン。オーバンに<第五便>を頼んだので、いつもは外にいがちなプトラも今日は荷台の中にいる。ミロの召喚スキル達も勢揃いとなっての大ピクニックである。


「か、カンにしてペキだ・・・」


完璧という意味だろう、会場を見たハッチは目を輝かせたまま固まった。

会場となる<草原>の桜の木の下には大きな布が敷かれ、たくさんの料理を盛った大皿が並んでいる。

定番のフライドポテトに渓谷ダンジョン産の魚フライ、唐揚げはいつもの塩味に加え、ニンニク醤油味もある。フライのソースには、トマトとシオナ草を刻んで煮詰めたトマトケチャップと、いつからか皆が「親愛なる」と頭につけるようになった、親愛なるタルタルソースを用意した。

パンは手軽に少量ずつ食べられるよう小さなプチハンバーガーがチーズ、テリヤキ、フライドチキン、フィッシュフライの四種類。サンドイッチも小さくスティック状にして、タマゴ、ハムトマト、ポテトサラダ、チキンで作ったツナマヨもどき、フルーツジャム三種類の計七種類である。初めて見るパン料理のその種類の豊富さに、ノエリアは目移りするばかりであった。

ノエリアには、胃に優しいものがあったほうがいいだろうと、作り置きの野菜スープとコーンスープも出す。味噌汁も作ろうとしたが、プトラの要望でニニララ団子入りの味噌鍋が出来上がってしまった。

さらにミロは、普段は面倒で作らずにいたラザニアとデザートのアイスクリームも試作した。ラキムやユゼン、ヤコ、そして獣人達が手伝いを申し出たため、張り切ってしまったのだ。

ベルベリは包丁と食材を小さくして下ごしらえをし、また元の大きさに戻している。『月華』にもらった、物を小さくする魔道具をすっかり使いこなしていた。


「おいミロ、なぜ霊薬は作っちゃいかんのだ?妾はあれが一番うまいと思うんじゃが」

「なんか貴重すぎるらしくてさ、恐れ多くて飲めないからってみんなから却下されちゃったんだよ。今度こっそり晩酌でもしようよ」

「ヒト族の考えることはよう分からんが、主殿が言うなら仕方ないですのぅ。では間をとって二百年物くらいにしておきますじゃ」

「うん、そのくらいでお願い」


どう間をとったのかは分からないが、ラナとエルテは飲み物担当である。

ウメ酒、「森龍の一滴」を<蔵>で作り、モヒート用にミントと蜂蜜を用意する。酒以外にも果実サイダー各種、ココナの樹液を使ったミックスジュース、レモン水を作り、ツィーレ産の紅茶はホットとアイスを淹れておく。

酒が飲めない子供組の分まで、多種多様に作ってくれたものだとミロは感心したが、どうやらこれらも全て、ラナの酒を割って試飲するために作られたものだった。


「ヤコ見て!初めて見る料理が、しかもこんなにたくさん。これを全てミロ君が?」

「ええ。なんでもツィーレで豊穣神から異世界のレシピを賜ったとかで」

「まあ、豊穣神様から?本当にすごいお方ですのね。この桃色の花も本当に素敵。なんという木かしら」

「美しい花ですね。私も初めて見る花でございます」


うっとりと桜を見上げるノエリアの横で、エルテが小さな木を生やして背もたれを作った。背にクッションを挟めば、簡易座椅子の出来上がりである。


「ノエリアよ、これなら座っている間も楽にできよう」

「まあ、木を操るスキルですか?・・・ええと」

「主よりエルテの名を賜った。自己紹介とやらでおいおい話すのじゃ」

「はい、よろしくお願いします」


皆が思い思いに座し、杯を持ったところで乾杯、まずはしばらく料理を楽しんだ。

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