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53. 霊薬

味噌と醤油を使った朝食会は大成功を収めた。

メニューはツィーレ芋と玉ねぎの味噌汁、異世界では味付けに賛否両論あるらしい甘めの卵焼き、ワナビイワナの焼き魚にはすりおろしたアカダイコンを添えて醤油を垂らす。異世界では何でもない家庭料理なのだそうだが、それでもツィーレ国王を始めとする全員が、初めて見る料理に目を輝かせた。

これらの料理に合う米という穀物を入手できていないことが悔やまれたが、今回は仕方がないので、少し固めに焼いたパンとハンバーガーの新作、テリヤキバーガーも用意する。異世界ではあまり好まれない組み合わせのようだが、初めての者達には関係ないようで、皆喜んで食べていた。

特に味噌汁は、たった一口で全員の心を鷲掴みにした。初めて食べる味なのになぜか懐かしさを感じる、と言った国王の感想に皆が同意し、ツィーレやワロワーデンなど、それぞれの故郷に思いを馳せたようだった。ミロはミロで生まれ育った村を思い出していた。病床の母親ソラが料理をすることはなかったが、もし彼女が料理を振る舞ったのならこんな味だったのではないだろうか。そんな想像をするのであった。


暗殺者ギルドの後始末については昨日相談してしまったので、「私はもう必要ないわいな」とジニは朝食会を断っていたのだが、森の民から入手したという新しい調味料に興味をそそられ、結局こうして味噌汁に舌鼓を打っている。新しいもの、珍しいものに商人の血が騒いだのだろう。ちなみに、タニアとデイジーはミロの料理を楽しみにしていたので、断るという選択肢は無かったようだ。


「焼き魚にはラナの酒が合うな」

「テリヤキバーガーにはこのモヒートとやらも合いますね」

「さあさあヒゲども、もっと飲むのじゃ」


酒を褒められて上機嫌のラナが国王とハインズの杯に酒を注ぎ足す。


「陛下、ハインズ、こちらもお試しください」


ベルベリが二年物のワインを呼び出し、二つのグラスに注ぎ入れる。


「ベルベリよ、そうかしこまらんでも良い。余はアルズワルドじゃ」

「なんじゃ、ヒゲおやじにも名があったか。ではヒゲワルドじゃな、ヒヒヒ」

「しかし普通の二年物のワインだな・・・ん?」

「おや、美味しいですね。二年物とは思えない芳醇な味わいです」

「ああ。この深みは二年で出せるものではない、どういうことだベルベリ」

「マスターの能力の一つ、<状態加速>を持つ<蔵>で熟成させたものです」

「<状態加速>とな!?」

「ええ。経過を見ながら十分程で二十年物に熟成させました」


ベルベリはツィーレの酒屋で熟成について教わり、最近<蔵>を使ってワインや、ラナ達が作った「森龍の一滴」の熟成を研究していたのだという。

大人組は、にわかにワインや「森龍の一滴」の試飲会を始め、その出来に感嘆。ベルベリは嬉しさのあまり、スカートを蹴り上げリリリ、と音を鳴らした。

ちなみに子供組は――と言ってもハッチとラキムだけだが、仲間はずれが寂しかったのか、モヒート風サイダーや、いつの間にか森果実と命名されたエルテの果物を絞ったフルーツジュースを片手に試飲会に参加していた。

手伝いをしてくれた獣人達も食事会に参加し、料理や酒を楽しんでいる。

皆の笑顔を見ていると、暗殺ギルドでの一件で荒んだ心が洗われていくような気がした。





「ミロ君、話というのは例の呪いのことでして」


ハインズがおもむろに話し出したのは、デザートのロールケーキにもワインが合う、と宴が再盛り上がりし始めた頃だった。


「そういえばお話があるって言ってましたね。呪いですか?」


それは朝食会の時にミロが何気なく漏らした<蝕命の呪い>のことだった。<倉庫>に眠るノエリアの命を現在進行形で蝕む呪いである。

ミロ本人は忘れていたが、アルズワルドとハインズは覚えていたようで、王城の書庫中を探してくれたのだという。


「え、わざわざ探してくれたんですか?ありがとうございます」

「いえ、結局<蝕命の呪い>に関する情報は得られず」

「そうですか・・・いやでも、探してくれただけで嬉しいです」

「知り合いの家族が呪われていると言っておったが、まだ呪いは解けないままか?」


アルズワルドの言葉にミロは首肯する。

まだ渓谷ダンジョンを散策しただけだが、呪いを解くようなアイテムは今のところ見つかっていない。


「でですね、ミロ君。呪いに関する情報は得られませんでしたが、気になる薬のレシピのようなものを見つけたのでお知らせしようと呼んだのです」

「薬?呪いを解く薬があるんですか!?」

「その可能性があるかもしれない、程度ですが。ミロ君、霊薬というものをご存知ですか?」


ハインズの問いにミロは首を傾げた。

どんな状態異常もたちどころに治す万能薬だわいな、とジニが説明する。


「御伽噺にしか出てこない、どこにあるかもわからない薬だけどね」

「その通り。レシピが記述されていた書物もまた、おとぎ話のようなもので、あまり信憑性はないかもしれませんが・・・」


あるいは何かの役に立たないだろうか、とアルズワルドとハインズはミロを呼んだのだ。


「大した情報ではなくて済まんな」

「いいえ、嬉しいです。少しでも可能性があるならどんな些細なことでも構いません。そのレシピ、教えてもらえませんか?」

「もちろん」


ハインズは言ってレシピを書き写した紙をミロに渡した。

紙にはこう記されている。

――龍水に大地の神が卵を落としてより千年の時が経つる時、霊薬は成らん。


「なぞなぞ?」

「違うわいな。龍水というのは龍が好んで飲むという泉のことだと言われているね。どうだいラナ?」

「ふむ、水か。妾は酒しか飲まんからのぅ。旅をしておれば弟達に会うこともあるじゃろうから、その時にでも聞いてみるのじゃ」

「ジニ嬢。なぜラナに龍のことを聞く?」

「ん?ヒゲワルドには言っておらんかったかの?妾は龍じゃ」

「な・・・龍?」


アルズワルドとハインズは一瞬冗談かと思ったが、神と親交のあるミロの仲間だ。一蹴することはできない。答えを求めるようにジニに顔を向ける。


「後でラナに龍の姿を見せてもらうとよろしいかと」

「ヒヒヒ、そうじゃな。楽しみにしておれ」

「そ、そうか。すまん、話の腰を折った」

「そしたら龍水の在り処はラナの伝手に任せるとして、あとは大地の神の卵だわいな。ミロ、メテア神様あたりがご存知なんじゃないかい?」

「あ、そっか。さすがジニさん。ちょっと聞いてきますね」


そんなフランクに神に会いに行けるものなのか、とアルズワルド、ハインズ、『月華』の三人がミロを見る。

そこにリリリ、とすんだ鐘の音が割って入った。


「マスター、少々お待ちいただけませんか?」

「どうしたの?ベルベリ」


ベルベリは答えず、<ユニット操作>で何かをし始めた。


「それは何なのだ?」

「荷台の中のレイアウトを変更するスキルです」


アルズワルドの問いに、ミロは<ユニット操作>で今いる<食堂>を広げてみせる。


「前回来た時とは何か違うと思っておったが、これだったのだな」

「あ、そういえばレイアウト変えてから初めてでしたね」


地続きで<草原>を作り、<森>、<雪原>と変更していく。

雪の冷たさにアルズワルド達が驚いている時だった。


「できました、ね」


ベルベリが呟いた。


「ん?ベルベリ、何が?」

「霊薬ができました」

「「霊薬ができた!!?」」


その場にいた全員の目がベルベリに向く。

<荷物リスト>には確かに「霊薬」という表示があった。


「どうして!?どうやったの!?」

「先程ジニが龍の泉といった時、すぐにラナの酒を連想しました」

「妾の酒を?なぜじゃ?」

「ラナの酒は<龍泉>という術でしょう?」

「そっか、龍が好んで飲む泉だ!じゃあ大地の神の卵は?それももう持ってたってこと?」

「こちらはほとんど勘でしたが、森の民がエルテのことを森神様と呼んでいたのを覚えていますか?」

「うん、ラキム君が森巨人って呼んでたから、ヒト族と森の民で呼び方が違うのかなって気になってたんだ。そうか、それで大地の神でエルテを連想したんだね?」

「はい、そしてエルテが卵を落とすといえば、森果実が容易に連想できます。それを千年となれば、先程試飲会をしたばかりでしたので、もう『森龍の一滴』の熟成しか考えられなくなりまして」


それでベルベリは<ユニット操作>で<蔵>を作り、一分を千年に加速して霊薬を作ったのだ。


「え、ならこれで呪いが治るってこと?じゃ、じゃあ早速ノエリアさんを!」

「お待ちください、まずヴォルフを呼びませんと」

「そ、そっか!」


ミロは慌ててヴォルフに連絡する。


「どうしたミロ」

「ヴォルフさん、今すぐ会えませんか!?」

「わかった」


慌てた様子のミロの声を聞いたヴォルフは二つ返事で了承。ヴォルフを<第五便>にして、まずラナがヴォルフの元へ行く。


「ラナ、何かあったのか?」

「それが、実は妾もいまいち理解できておらんのじゃ」


ラナはノエリアを<収納>した後で仲間になった。状況を理解できないのも当然である。


「まあしかし、悪いことが起きたような雰囲気ではなかったな」


ヴォルフ達がラナの荷台からミロの元に移動したら、ラナを一度送還して、ミロの側に再召喚。ヴォルフ達はものの数十秒でゾトへの道中からツィーレへと移動した。


「『死神』っ!?」


一瞬、ヴォルフの素顔を初めて見たジニ達が驚愕する。ヴォルフもそれに気づいたが、構わずミロに駆け寄った。


「どうしたんだミロ」

「ヴォルフさんごめんなさい!材料はもうあったのに、僕、知らなくて!でも霊薬は出来ましたから、もう大丈夫です!!」

「ミロ、そんな言い方じゃ伝わらないわいな。『死神』、私は『月華』のジニだわいな」

「・・・ミロがいつも世話になってると言っているやつだな」


ヴォルフはベルベリに視線を送る。ベルベリはそうです、と小さく頷いた。


「今の状況を説明するわいな。ミロが<蝕命の呪い>について知りたがってることを知ったツィーレ国王が国の書庫をお探しくださって、今日その手がかりをミロに伝えたんだわいな。それは霊薬という何でも治す薬でね。ミロはすでにその材料と作る術を持っていて、それに気づいたベルベリが、さっき霊薬を作ったんだわいな」


気づいたのはジニの助言もあってのことだ、とベルベリが付け加える。


「姉様が・・・治る、のか?」

「まだ試していないので何とも言えませんが、ヴォルフ達を呼んでからの方が良いかと思いまして」

「そうか、それで俺を。ありがとう」


『死神』ヴォルフの口から出た感謝の言葉に、『月華』の三人は超常現象でも見たかのように唖然とした。


「呪われた身内を持つ知り合いってのは『死神』、あんたのことだったんだね」

「あ!ヴォルフさんごめんさない!ノエリアさんのことは秘密だって言われてたのに!」

「いや、気にすることはない」

「心配しなくても口外はしないわいな。ミロに誓って約束するよ」

「あたいもミロに誓うぜ」

「ボクも」

「ああ、我らは友人に招かれて朝食に来ただけである。ミロに誓おう」


さて、とジニが手を叩いた。


「私らはそろそろお暇するわいな。陛下もあまり城を留守にするわけにはいかないのでは?」

「そうであるな。ミロ、今朝の会は格別であった。またの誘いを待っておるぞ」

「あ、はい。すみません、最後にドタバタしてしまって」

「構わん。余は大満足である」


そうして朝食会は解散、アルズワルド達はそれぞれの帰路についた。

状況を察してか、獣人達やラキムも<食堂>を出ていく。


「済まなかったな。朝食の邪魔をしたようだ」

「いいんですよ。それより早くノエリアさんを」

「ああ、頼む」


<倉庫>から呼び出したベッドには<収納>した時と同じ姿でノエリアが眠っていた。手入れの行き届いたクリーム色の髪も、苦しそうな顔もそのままである。


「では、いきます」


ミロは言って霊薬を呼び出す。緑を含む琥珀色は、千年の時を経て琥珀に七色の光を含み煌めいていた。

その霊薬を少しづつ、ノエリアの口に注ぎ込む。


「・・・」

「・・・あれ、何も変わらない!?」


ミロが叫ぶ。むしろ苦しそうな顔は紅潮してさらに辛そうに見える。

失敗の二文字が脳裏をよぎった。


「いえ、こちらをご覧ください」


しかしベルベリが差し出した<荷物リスト>を見ると、ノエリアの状態異常から<蝕命の呪い>が消え、新たに「酩酊状態」という記述が追加されていた。


「そっか、霊薬はお酒だから!」

「じゃあ姉様は、治ったのか?」

「回復薬を飲ませれば状態が安定するかと」


ミロはすぐに状態異常回復薬と体力回復薬をノエリアに飲ませる。


「ん、・・・」

「姉様!」


ヴォルフは姉の小さな手を握り、語りかけた。顔の赤みが引き、荒かった呼吸も次第に穏やかになる。ジジとロトーも二人の様子を見守っている。

どれほどか経って、ノエリアの目がゆっくりと開かれた。


「・・・ん・・・こ、こは?」

「姉様っ!!」

「あな、た・・・は・・・」


ヴォルフはハッとして握っていた手を離した。ノエリアが呪いにかかって十五年もの時間が過ぎている。十歳だったヴォルフはもう二十五歳、いきなり知らない大人に手を握られたら怖がらせてしまう。


「すみません、俺は、その。あ、お加減はいかが「ウォーレン?」


ノエリアはヴォルフの目をまっすぐに捉え、彼の本名を口にした。


「ウォーレン、ね」

「わかりますか?・・・姉様」

「もちろん、よ。どうし、たの?こんなに、大人になっちゃ、って・・・」

「すみません、お助けするのが遅くなってしまって。本当にすみませんでした」


ヴォルフは言って、ベッドに顔を沈め、さめざめと泣いた。


「ヴォルフ、再会の邪魔をするようですが、ノエリア様はまだ休息が必要です。<寝室>を用意するので、しばらくはそちらで安静にしていただくのが良いでしょう」

「う、うぅっ、ぞうじましょう、うっ、ヴォルフざん!」

「・・・ああ、済まん。ありがとうな、ミロ」

「うっ、い、いいんでずよ、うぅ、そんなの!・・・うわぁぁあああああーーーん!!」


しばらくの間、ミロの泣く声が止むことはなかった。

ヴォルフに本名があるのを忘れていました。目覚めたノエリアがウォーレンと名前を呼ぶように変更しています。

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