52. 精霊石怖い
保護した森の民を全員降ろし、味噌と醤油を譲ってもらったミロは、エルテの荷台を通ってツィーレにいるジニのもとへ移動した。
その頃には宴会明けで眠っていた仲間達も続々と起き出し、ハッチはプトラとラナが攻略中の渓谷ダンジョンへ、ユゼンは引き続き保護した獣人達の治療に<草原>へとそれぞれ向かう。ラキムはユゼンのサポートについて行ったのだが、元気になった女性の獣人が手伝いをさせて欲しいと名乗り出たため、ユゼンのサポートは彼女に任せ、ラキムも渓谷ダンジョン組に意気揚々と参入していった。
暗殺者ギルドにいた頃は強制的にダンジョンでレベル上げをさせられていたラキムだったが、前回の渓谷ダンジョン攻略で生まれて初めてダンジョンが楽しいと思えるようになったのだそうだ。
ジニの荷台から出ると、タニアとデイジーも一緒だった。朝食会を明日に控えているため、一日で終わる依頼でも受けようと三人で冒険者ギルドに来ていたらしい。
「それなら今プトラ達がダンジョンを攻略中なので、一緒にどうですか?」
「お、いいな。どこのダンジョンだ?」
早速タニアが食いつく。
「ツィーレからヤルジャハに向かって少し進んだところです」
「そんなところにダンジョンなんてあったかね?」
「あはは、ミロ君のことだから、未開の新ダンジョンでも発見してたりして」
「いや、未開ではないと思いますよ」
渓谷ダンジョンの存在は森の民も知っている。確かヤエが「帰らずの渓谷」と呼んでいた。
「帰らずの渓谷?聞いたことねえな」
「なんだわいな、そのおどろおどろしい名前は」
「でも景色も綺麗で面白いところですよ」
「へえ、ボクは行ってみたいな」
「あたいもだぜ!」
「はぁ。じゃあミロ、お願いしてもいいかい?」
「ふふ、分かりました。ベルベリー」
『月華』の三人の案内をベルベリに頼み、ついでに<第四便>でエルテを召喚する。
エルテもダンジョンに行きたいようだったので、ミロはプトラに預けていた<第一便>を自分に戻し、一人買い出しへと向かった。
道中、加工肉や乳製品、酒を購入して、森蜘蛛討伐時にも世話になった野菜の卸市場を訪れると、ジニの父、オーバンの姿があった。
なんでも二月後にシャルラオン商会という大きな商会の会頭がツィーレを訪れるとかで、そのもてなしのため各所で打ち合わせをしているのだという。二ヶ月も前から準備を始めるというあたり、その商会の大きさが伺えるというものである。
「振る舞う料理はミロ君に教えて貰った唐揚げやハンバンガー等を考えているのだが、異世界の料理で珍しいものがあれば、またうちの料理長に伝授してやってくれんか?」
「オーバンさん、タイミングがいいですね。ちょうど今朝新しい調味料を手に入れたところなので、色々試作してみて良さそうなのを持って行きますよ」
「ほ、本当か!?いや、ありがたい」
上機嫌なオーバンの案内で市場を見て回る。
トマトやキュウリは皆おやつ感覚で食べるので多めに、果物はプトラが好きなので、甘いものから酸味のあるものまで購入する。あまり熟れてないものもあったので、果実酒用にこれも購入した。
果実酒といえば、前回大量にあったウメはたったの一袋しか手に入れられなかった。教会の治療術士達からウメ酒が広まったようで、瞬く間にウメが売れていったのだという。
「それでジニがおはよう、って言ってくれてだね・・・」
オーバンは終始、ここ二日のジニとの出来事を語って聞かせた。挨拶をしてくれたとか、今日の予定を教えてくれたとか、内容はたいしたものではないのだが、これまでウザがられ避けられてきたオーバンにはこの上ない幸せであるらしい。
「うまくいってるみたいですね。でも気を抜いてはいけませんよ?」
「ああ。ウザ親父はいつも私の体を乗っ取らんと強かにチャンスを伺っているからな」
「その意気です」
*
オーバンとは卸市場で別れ、ミロは早速、味噌や醤油を使った料理を試作してみた。
獣人達が手伝いを申し出てくれたこともあり、解体した魔物の肉や料理の作り置きが次々と<倉庫>にストックされていく。
その甲斐あってか、
《運搬物の総数が4800に達しました。職業レベルが24に上がりました》
《ユニット数が4,194,304から8,388,608に増加しました》
「やった!」
《運搬物の総数が5300に達しました。職業レベルが25に上がりました》
《ユニット数が8,388,608から16,777,218に増加しました》
《スキル<第五便>が開放されました》
「わ、二連続!」
レベルが二つも上がった。必要運搬総数が五百になってからの二レベルである。
もちろんこれにはダンジョン組が獲得した分もカウントされているし、何より運搬距離を稼いでくれたプトラやラナのおかげでもある。
「別行動するとレベルの上がりがはやい、か」
ミロは考える。
<第五便>を冒険者パーティーに貸し出して、ダンジョン攻略など別行動してもらえれば、運搬総数と運搬距離を稼ぐことができ、楽にレベルアップできるのではないか、と。
ユニット数も一千万を超えたことだし、数万ユニットほど<第五便>に割いて<荷台>や<寝室>、<倉庫>などを付ければ需要もあるんじゃないだろうか。
「問題は<絶対防御>がないことくらいかな」
騎獣や輓獣がやられてしまうと、再召喚はやられた場所ではなく、ミロのすぐ側にしかできない。荷台内にいた者が死ぬことはないが、ダンジョン攻略中であれば強制脱出となってしまう。
「まあ死ぬよりはマシだろうけど。そうだ、騎獣や輓獣にする魔物選びでなんとかできないかな」
すごく逃げ足が速いとか、すごく存在感が薄いとか。
そうこう考えるうちに、渓谷ダンジョンの攻略組が帰ってきた。
「ありゃ、あたい達だけじゃ攻略は無理だな」
「そうだね。渓谷を下る手段と、帰りに全員を空に飛ばす手段が必要だわいな」
「お帰りなさい」
「ミロ君たっだいまー。渓谷ダンジョン最高に面白かったよ!」
『月華』に続いて仲間達も帰還する。ラキムにラナにベルベリ。ハッチはエルテの腕の中で鼻ちょうちんを作っていた。
*
渓谷ダンジョンの成果を冒険者ギルドで報告するため、一行はオーバンに指定した荷台からツィーレへと戻った。自分の荷台からジニが出てきたのがよほど嬉しかったのか、身悶えするオーバンをミロが一睨みしたのは言うまでもない。
冒険者ギルドは夕方のラッシュで混み合っていたが、ギルマスのオルゼンがいたため、すぐに会議室での対応となった。
「ツィーレの領地内に新しいダンジョンを発見したわいな」
「おお、本当か!」
「え、ほんとですか?」
ダンジョンとは資源である。領地に資源が一つ増え喜ぶオルゼンに対して、ミロは驚きの声を上げた。
「いやミロ、あんたが見つけた渓谷ダンジョンのことだわいな」
「あ、なんだ。でも森の民の人達は知ってましたよ?」
「「森の民!?」」
オルゼンと『月華』の三人が固まる。
「えっと・・・え?」
「ミロ。ここ二日でしでかしたことを白状するわいな」
「白状って・・・」
ミロは恐る恐る、ここ二日のことを思い出しながら語った。
もちろんラキムやユゼンのこと、森の民の里の場所など、本人達から伏せて欲しいと言われていることは避けてである。
「新ダンジョンの発見、森の民との遭遇、森巨人を仲間に入れ、守りの民の里を訪問・・・マジかよ」
「そして暗殺者ギルドの解体と構成員の捕縛、奴隷の保護・・・たった二日でよくここまでやったもんだね」
ミロの話を聞き終えたオルゼンとジニは二人揃って頭を抱えた。
さすがのデイジーも唖然とするより他ない。
「なんか、すみません」
「いいんだよ。よく考えれば、ミロが新天地でおとなしくしてると思う方がバカだわいな。じゃあ私への相談ってのは暗殺者ギルドの後始末についてってところかい?」
「はい。門兵さんに渡そうと思ったんですけど、一応ジニさんに聞いた方がいいかなと思って」
「それは恐ろしくいい判断だったわいな」
ジニは門兵の前に次々出される暗殺者達を想像してみて、思わずぞっとする。
「どうすればいいか、ジニさん分かりますか?」
「とりあえずは陛下にお伝えして、私の方でも伝手を当たってみるわいな」
「ありがとうございます!」
「その伝手っていうのが、大商会の会頭さんなんだけどね、二ヶ月後くらいにツィーレにいらっしゃるんだよ」
「あ、それお昼にオーバンさんが言ってました。シャル何とか商会ですよね?」
「シャルラオン商会だわいな。あんたホント父上と仲良しだね」
「市場でたまたま会ったんですよ」
「まあいいわいな。で、その会頭さんに意見を仰ぐから、最低二ヶ月は<倉庫>に入れっぱなしになると思うけど、それでいいかい?」
「はい、大丈夫です。その方は暗殺者ギルドに詳しいんですか?」
「その方か、その知り合いかは忘れたけど、暗殺ギルドを調査してるって言ってたんだわいな。噂には聞いてたけど、本当に存在してたんだね」
「なるほど、やっぱりジニさんに相談して正解でした」
ミロは心のつかえが取れてホッと胸を撫で下ろした。
「もう他にはないだろうな」
半信半疑といったオルゼンの目がミロに向く。
「はい、これでもう僕は清廉潔白です!」
「あ、ミロさん、・・・精霊石」
「あ、そうだ!ラキム君ナイスです!」
ミロは言って精霊石をひとつ取り出した。
「お!精霊石じゃねぇか!」
「しかもこの大きさ。どこで手に入れたんだ?」
タニアとオルゼンが身を乗り出して精霊石に見入る。
「あはは、これだけ大きな精霊石なのに、さっきの話の後じゃ大したことなく感じちゃうね」
「何言ってんだデイジー、こんなデカい精霊石、一生に一度見れるか見れないかだぜ?」
「そんなに大きいんですか?」
「ああ。うちで引き取らせてもらえるなら百万オロンは出すぞ!?」
「ひゃ、百・・・」
「待ちな。ミロ、あんたのことだ。どうせこれ一つだけじゃないんだろ?」
鋭い人だな、とラキムは思った。
「はい。両手に山盛りくらいあるんですよ」
<倉庫>にある全ての精霊石を出してみせると、今度こそジニはソファに身を投げ出して天井を仰いだ。今の今まで目を輝かせていたオルゼンとタニア、デイジーも目を剥いたまま言葉を詰まらせ、呼吸すらままならない様子。
「やはりな。妾がジニ案件だと言ったんじゃぞ?」
「は、ハッチだって言ったんだじょ!」
「・・・ラナもハッチも、お手柄だわいな。ミロ、これがどういうものか知っているかい?」
「精霊にもらった綺麗な石、くらいしか」
「だろうね。あんたのことだ、スプーンにでもはめて、赤はラナ用、オレンジはハッチ用、とか考えてたんだろう?」
「ハッチは白にしようかなと思っ「色の話はいいわいな」
ミロの取り扱いを完全に把握しているジニに、ラキムは尊敬の念すら抱く。
「これは道具に嵌め込んで様々な属性を付与することができる石だわいな。今ギルマスが言った様に、売れば百万、オークションに出せばその十倍はくだらない値が付く代物だよ。それが百以上だといくらになるか計算してごらんな」
「一億・・・そ、そんなにすごい石だったんですか」
「一億以上のオロンを持ち歩いてると思うといいわいな。それだけ持ってると知れたら命を狙われてもおかしくないからね?」
「わ、わかりました。じゃあジニさん、半分くらいもらってくれませんか?」
「いや、あんた今の話聞いてたかい!?」
「だってそんな大金持ってるって思ったら、怖くて外歩けないじゃないですか!」
「<倉庫>に入れておけば余程のことがない限り大丈夫だわいな。私の店に持ってきてくれれば武具に付与することもできるし、売ってくれるなら私らも幾つか欲しいわいな。『死神』のところも欲しがるはずだよ。霊獣は精霊石を食べて成長するからね」
「ジジとロトーが?そうなんですか」
「どこで誰が見てるかわからないからね。ギルドで売るならここみたいに個室を使わせてもらえるところで、個人で売るなら秘密を守れる、信用できる人間に限って売るんだよ?」
「わかりました。じゃあオルゼンさんもジニさん達も、買ってくれませんか?」
「お友達価格で一つ五十万でいいですよ」と言うミロに、ジニは大きなため息をついた。




