51. 精霊、時々ジニ案件
「こんな時間に悪いね、今大丈夫かい?」
申し訳なさそうなジニの声に、そういえば今は深夜だったな、とミロは<草原>の夜空を見上げた。そろそろ日が変わる頃である。ツィーレに行ったところで、こんな時間では野菜は買えないし、危うく非常識な時間に女性に連絡してしまうところだった。
ジニの用事というのは、ツィーレ国王からの伝言だった。
「話があるから近々朝食でもどうだ、とのことだわいな」
他ならぬ陛下からの伝言なので急いだ方がいいだろうと、この時間に連絡してきたようだ。ミロは伝言の礼を言い、相談したいことがあるからとジニも朝食会に誘う。
「相談?ツィーレを出てまだ二日と経ってないのに、もう何かしでかしたのかい?」
「いや、そういうわけでは・・・」
ミロは否定しかけて、暗殺ギルドの解体は、もしかしたらしでかしたうちに入るかもしれない、と思い直す。
短い沈黙にジニがため息をついた。
「わかったわいない。陛下と会食なんてちょっと緊張するけど、私もお呼ばれするわいな。そうだ、タニアとデイジーも連れて来ていいかい?」
「はい、もちろんです」
ジニとの通信を切った後、エルテの<第四便>を宰相のハインズに変更、連絡にはベルベリに行ってもらい、朝食会は明後日の朝となった。
*
暗殺者ギルドから救出した者達には、どこでも望む場所に送ると約束したが、中には帰る場所がないという者も少なくなかった。特に魔物達がそうだ。
「オイラ達は暗殺者ギルドに捕まる前は【魔物使い】のテイムモンスターだったからナ。今更野生に返るのも無理だシ・・・」
良ければマスターのスキルにしてやってほしい。プトラは言いかけて、寸でのところでその言葉を飲み込んだ。自身はたまたまミロという新しい主人を得ることができ、何かを強いられることもなく、むしろ楽しく自由にやらせてもらっているが、ここにいる全ての魔物達をミロのスキルにしてもらうわけにはいかない。魔石を渡すには一度死ななければならないし、第一、便の数も全然足りない。
「それなら儂の、いや森巨人のところに連れて行ってはどうですかのぅ」
「森巨人のところに?迷惑にならない?」
「・・・うむ。大丈夫だと言っておりますじゃ。あそこなら精霊も豊富におります故、魔物の養生にもいいですしのぅ」
遠く離れた住処にいる森巨人達とやりとりたらしいエルテが言う。ヒト族でいう所の<念話>スキルのような能力である。
「じゃあプトラは魔物達にそれでいいか聞いてくれる?」
「わかっタ!ありがとナ、エルテ!」
「フォフォ、なんのなんの」
上機嫌に尻尾を振りながら魔物達のもとへ行くプトラを見送って、ミロはスープを作りに<食堂>へと向かった。
「あの、ラキム君。森巨人というのは御伽噺に出てくるあの森巨人のことですか?今から会いに行くようなことを話しぶりでしたが」
治療の傍、ミロとエルテの話を聞いていたユゼンが尋ねた。
「あー、いきなりだとちょっと信じられませんよね。本当に存在すると知った時は僕も驚きました」
「友人に会いに行くような話し方でしたが、あの方は一体どういう・・・」
「ミロさんですか?うーん、なんかすごい人ですよ。言動は一見すると冒険者になりたての普通の人なんですけど、結果起こすことが凄まじい、って感じですかね」
しばらく一緒にいるとわかりますよ、とラキムは笑う。
「あ、ちなみに、エルテも森巨人ですよ」
「そ、そうですか。・・・これはまた、大義ある使命が下されたようですね」
ミロに同行するようにと神託を受けたユゼンだが、森巨人すら従えるこの一行の中にあって、ただの司祭でしかない自分に何かできることがあるのだろうか、と自問せずにはいられなかった。
全ての魔物達から了承を得て、一行はラナの翼で数刻、森巨人の住処へとやってきた。
たった一日ぶりだというのに出迎えた八体の森巨人はやはり雄大である。
「昨日ぶりじゃな、主殿」
森巨人達が次々と人化してミロの元に集まった。ミロより少し年上の二十歳前後に見えるエルテより、八体はさらに五つほど大人に見える。
「ふふ、ミロでいいですよ」
「いやいや、儂らはエルテも含めて一つに繋がっておるからのぅ。主殿の方がしっくりくるんじゃ」
「エルテを通して見ておったぞ。我らが眷属のこと、本当に感謝する」
「そうとも主殿、ようやってくれた」
ヒト族はこうするんじゃろ?と森巨人達は代わる代わるミロに握手を求める。
「いえいえ。この後、里に送ってきますね。それより魔物達のこと、本当にお願いしても大丈夫ですか?」
「なに、構わんよ。遺体もあるのじゃろう?埋める穴を掘ってやらねばのぅ」
そう言って森巨人達が掘る穴に、一体ずつ遺体を入れていく。
荷台から降ろした魔物達も、別れを惜しむように遺体に鼻先を近づけた後、足や角で土を被せて埋葬を手伝っていた。
生きたまま助け出した魔物が十二体。対して遺体の数は、道中息を引き取ったものも合わせて二十四体に登った。
ラキムに介添えされて荷台を降りたユゼンは、ヒト族の作法ですが、と言って祈りを捧げ、魔物達もそれに合わせて銘々鳴き声を上げる。
その墓地にほう、と一つ、緑色の小さな光が灯った。
「精霊が集まってきておるのぅ」
森巨人の一体が言う間に、あちらには赤い光が、こちらには黄色の光が、と小さな光の玉がぽつぽつと灯り始める。
「魔物の弔いと、主殿への感謝を言いに来たようじゃ」
「僕にですか?どうして精霊が?」
「精霊は魔物に加護を与えて霊獣とし、その中から有能なものを精霊に召し上げる。魔物の存在は、精霊にとっては眷属候補のような存在なんじゃよ」
「そういえばロトーも、霊獣の友達なんですけど、同じようなことを言ってました」
話すうちにも光の玉は増えていく。緑、赤、黄色、紫、白、水色・・・とりどりに光る色は属性に由来しているのだという。
「よし!湿っぽいのは終いにして、飯じゃ!」
「あはは、さすがラナ」
無数の精霊が灯る中、ラナの一声で宴会が始まった。
なけなしの野菜はスープに使ってしまったので、焚き火で焼く肉や魚が中心である。
「ハッチの魚はフラフラのアゲアゲにしてー」
目を擦りながら、ハッチは魚のフライをパンに挟み、タルタルソースをかけている。眠さに抗う必死の形相はさすがパン同盟の盟主。パンにかける執念が違う。
執念で言えばラナとエルテも負けていない。森巨人達への置き土産用も含め、大量の果実酒を<蔵>で作り振舞っている。いつも間にか「森龍の一滴」という銘柄までつけたようだ。
「あー、主殿。精霊達も食べたがっておるんだが、いいじゃろうか?」
「いいですよ、精霊もご飯食べるんですね」
「我々のような食事とは少し違うがの」
森巨人の言う通りだった。精霊用に焼いた肉や魚は次々と干からびて砂のように崩れ、小さな粒子となって宙に消えてく。作り置きしておいたハンバーガーもサンドイッチもフライドポテトも、<収納>で呼び出す側から消えていき、「森龍の一滴」も蒸発して、みるみるうちに量が減っていくのが分かる。
「エネルギーを吸収して、残りは大地に還元する、と言った具合かのぅ」
「な、なるほど。全然わかりませんけど、味は分かるんですかね、お口に合えばいいんですけど」
「それは満足しているようじゃ。ほれ主殿、両手を出してみなされ」
こうですか?と言われるがまま両手を差し出すと、その手一杯に砕いた宝石のようなものが溢れ出た。
「わあ、綺麗な石ですね」
光の玉同様、様々な属性色に煌めいている。
「精霊石じゃ。弔いと飯の礼だそうじゃ」
「へぇ、ありがとうござ「「精霊石!?」」
ミロの言葉をかき消してラキムとユゼンが叫んだ。
「え?」
「え、じゃないですよミロさん!それ精霊石ですよ?精霊石!!」
「あ、はい、精霊石。綺麗ですよね。みんなのスプーンやフォークに埋めます?ラキム君は黄色、ハッチは白、みたいな」
「お願いですから、絶対やめてください」
涙目で懇願するラキムに、ユゼンが顔を近づける。
「ラキム君、こういうことですか?」
「そうですユゼンさん、こういうことです」
二人は納得し合うが、ミロには何がこういうことなのかいまいち分からない。
「ミロよ。妾の経験から言って、こういう反応があった時は十中八九、ジニ案件じゃ」
「あ、ラナもそう思った?僕もなんとなくそう思った」
「ハッチもなんとそう思った」
「あはは、ハッチは思ってないでしょ」
「あははじゃない!ハッチはそう思った!」
これも朝食会でジニに聞けばいいか、とミロは精霊石を<倉庫>に仕舞った。
*
森巨人の住処を後にして、森の民の里に戻ったのは、東の空が白みつつある頃だった。
「ラナおはよう」
「もう起きたのか、そろそろ里に着くぞ」
「うん。ラナ疲れたでしょ。里に着いたら寝てていいからね」
「構わん。妾達はスキルじゃからのぅ。本来眠さとは無縁じゃ」
「そういえばそうだったね」
毎日ぐっすり寝るハッチを見ていると、つい忘れてしまう。
「なあマスター、里で森の民を降ろしたラ、転移扉でツィーレに行って買い物だロ?」
「うん、そうだね」
「じゃあオイラ、採取と狩りがてら渓谷ダンジョンで遊んでていいカ?」
「いいのう。妾もそうするのじゃ」
「それ助かる。昨日の、というかさっきの宴会で食材も作り置きも空っぽなんだよ」
「なんと、一大事ではないか!」
「ならオイラは今から行ってくるよ」
勇み足で上空数千メートルの荷台から飛び降りるプトラ。しかし彼は今<第二便>である。ミロは慌ててプトラを送還し、改めて<第一便>で召喚し直す。
「えへへ、ごめン」
「お金にも余裕あるし、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。楽しんできて」
「はーイ!じゃあ改めて行ってきまース!」
プトラは言って、再び大空へと飛び出していった。
里に着くと、ラナは出がけに飛び立ったのと同じ、崖の上の広場に着地した。
ミロ達の帰りをずっと待っていたのか、村長のソウマをはじめ多くの森の民が集まって頭を下げている。
「おかえりなさませ、大神様」
居ても立っても居られず、ずっと起きていたというソウマ達に、生還者七名と三名の遺体を渡す。生還者の家族は泣きながら我が子を抱きしめ、周りも涙しながらそれを祝福した。
遺体と再会した家族は腐敗の進んだ我が子を優しく抱きしめ、慈しむように頭を撫でる。ミロに気を使ってか、周りの者に連れられて、子を抱いたまま住居のある崖の下方へと降りていった。
「すみません、助けに入った時にはもう手遅れで」
「遺体をお連れいただいただけで、十分でございます」
「暗殺ギルドは主殿が解体、その場にいた構成員は全て捕縛しておる。処分は主殿が下す故心配するな、と眷属達には知らせると良いじゃろう」
「承知致しました、森神様」
「僕がというか、ほとんど僕の仲間がやったんですけどね」
「それはすなわち主殿がやったということですじゃ」
「その通りでございます。重ね重ね感謝いたします、大神様」
ソウマが胡座をかいて座り、頭を下げる。
「して大神様。我らにできることなどたかが知れておりますが、何か御礼をさせてはいただけないでしょうか」
いやいいですよ、と言いかけたミロをエルテが制する。
「では眷属達よ。我が主に味噌と醤油なるものを献じるのじゃ」
「あ、そうだった。味噌と醤油、ありますか?」
「ミソとショーユ、でございますか?」
ソウマは首を傾げる。周囲にも聞き求めるが、誰もその存在を知らないようだ。
「あれ、ここにあるって聞いたんですけど」
「恐れながら、聞いたことがありません。ちなみに、どういったものでしょう?」
「醤油は黒い液体で、味噌は何というか、茶色で、粒々の泥みたいな感じです」
知識の中にある見た目を伝えると、幹部の一人が思い当たった。
「精霊漬けのことでしょうか」
「精霊漬け、ですか?」
首を傾げるミロとは対照的に、なるほど、と頷く声があちこちで上がる。
「はい、穀物を塩と混ぜて精霊に捧げるとできるものです。我々は薬として用いておりますが、大神様の言う特徴と酷似しているかと」
「薬ですか」
異世界の知識では薬ではないが、とりあえず見せてもらうことにする。
「こちらなんですが・・・」
ソウマに連れてこられた広い洞窟には、大きな樽が並んでいた。
独特の匂いにエルテは顔を歪めるが、ミロは歓喜の声を上げた。
「これです、これ!少し頂いてもいいですか?」
「少しと言わずいくらでも。しかしこれを何に使われるのですか?」
「これがあれば色んな料理が作れるようになるんですよ」
「りょ、料理に使うのですか?」
精霊漬けは少量であれば体に良く、森の民はこれを年に数度ひと舐めして健康を祈願するのだという。
「他にも体調を崩した時などに薬として服用することはありますが、料理に使うことは・・・」
「我が眷属よ。こと飯のことに関して主殿が言うなら、間違いはない」
「ふふふ、美味しく作れるようになったらソウマさんにもご馳走しますね。楽しみにしていてください」
かつてないミロのにやけように、エルテは一体どれほど美味い料理が出来上がるのかと震えるのであった。
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