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50. 【閑話】奔走

西鐘を聞いたカシーニ=ズゥは慌てて自室を飛び出した。

西門には暗殺者ギルドがある。行き場のない無法者達に運び屋ギルドという隠れ蓑をくれてやり、随分な支援を施しここまで大きくしてきた組織である。

ズゥにとっては都合のいい飼い犬小屋で、王都司教の座に就く際には多くの邪魔者を始末させてきた。

暗殺者ギルドには、ズゥの犯してきた罪がいくつも隠されているのである。


「全く、どうしてこう次から次へと災難が・・・」


階段を下り、脇腹を抑えながら呟く。腹の中でワインが揺れた。

今宵、ズゥは自分一人だけの、ささやかな祝賀会を開いていた。サラコナーテ・ダンジョンで行方不明となったミロが見つからないままとうとう一ヶ月が過ぎ、冒険者ギルドで死亡として処理されたという報告を受けたからだ。

ようやく安堵したところだったというのに、次はこの西鐘である。


「司教様!」


階段の下でズゥを呼びに来た巫女長と鉢合わせした。いつもは温厚な彼女が、いつになく狼狽えている。


「おお巫女長、いったい何事です?」

「ドラゴンです!西門にドラゴンが!」


ほらあそこ!と指差す窓の外。城壁の外に真紅の巨体が見える。


「ど、ドラゴンだと!?」

「いかがいたしましょう?」

「そ、そうですね・・・あなたは教会の者を連れて西門へ。王国騎士団もいるでしょうから、彼らと合流して指示を仰ぎなさい。私は念のため陛下のお側に」

「わ、わかりました」


巫女長を見送り、しかしズゥは王城へ向かうことなく、人目を盗んで儀式の間へと入っていった。隠し扉から地下道へと下り、ジメジメとした通路から暗殺者ギルドの地下を目指す。が。


「な、これは!?」


その通路が綺麗に埋まっていた。

ドラゴンが暴れた振動で崩落でもしたのか、大きな石や木の根で、腕一本通す隙間もない。


「・・・ユゼンは?」


ズゥははっとして来た道を振り返った。地下牢はまだ通り過ぎていない。ということは崩落した先にあるということだ。


「ユゼン・・・ユゼン!無事か?」


叫ぶが返事はない。


「まずい、まずい、まずい。あれがいなければ神託が・・・」


――神託の内容を知ることができなくなってしまう。

ユゼンを地下牢に監禁したのはズゥだった。もう何年と前のことである。

いつしか神託を受ける能力がなくなっていたズゥは、当時有望であった【司祭】のユゼンを監禁し、彼に下る神託を聞くことで、自らに神託が下らないことをひた隠しにしてきたのであった。

生きているならまた捕え、新たな監禁場所を探さないといけない。死んでいたなら死んでいたで、また新たな者に隷属の腕輪をつけて監禁しなければならない。

どちらにせよ手間と金がかかる。


「とにかく、なんとか暗殺者ギルドの地下に侵入し、あちら側の地下道からユゼンの安否を確認しなくては」


ズゥは頭を抱えながらも踵を返し、重い足取りで西門へと向かった。

暗殺者ギルドの建物は跡形もなく消え去り、地下道への入り口も完全に埋まっているとも知らずに。





話はミロが謎の転移失敗により失踪したところまで遡る。


道具屋のガントから通信の魔道具を受け取ったシュサクとナックは、その足で村の転移魔法陣に飛び乗った。


「ラクマカン!」


転移先の倉庫を出て、開口一番ナックは叫んだ。倉庫の近くにいたのか、ラクマカンはすぐにやってきた。


「会頭、お早いお帰りで。・・・その様子では、ミロ君に何かあったのですね?」

「ああ。ワシはこれから商業ギルドに、シュサクは冒険者ギルドに行ってミロの名で新規登録がないか調べてくる。お前は教会へ行って、ここ二、三日で職業を授かった者の中にミロらしき者がいないか調べてくれ」

「承知致しました」


三人は短くやり取りし、すぐにミロの捜索が始まった。


イエロポートは漁業で栄えた港町である。海流が交わる海では豊富な海産物が獲れ、それを目当てに魔物も寄ってくる。冒険者達は海の魔物にも果敢に挑み、討伐し、よって冒険者ギルドに持ち込まれる魔物もおのずと海系の魔物が多くなる。

イエロポートの冒険者ギルドを初めて訪れたシュサクは、その独特な潮の匂いに顔をしかめながら扉をくぐった。


「済まんが、人を探している。それと預金を下ろしたい」


シュサクはカウンターで言って、ひょい、とギルドカードを放った。


「では現金の準備をしている間に探し人のお話を伺います。ええと・・・っ!!」


ギルドカードを見た職員は、表示されている階級に絶句した。職員歴十五年のベテラン職員が、初めて目にする階級だった。


「Z級、シュサク・・・『翠星の射手』!!」


思わず立ち上がり叫んだ声に、その場の職員、冒険者達の注目が一斉にシュサクに集まった。


「おい、最近の冒険者ギルドは個人情報をお構いなしに公開するようになったのか?」

「はっ!いえ、も、申し訳ありません!!」


彼女は慌てて席に着き、深々と頭を下げた。


「金額は十万オロン、探し人の特徴を言うから書き留めろ」

「は、はい!」


ここ二、三日で登録、男、十五歳、偽名でも登録可能だが一応名前も告げておく。


「ぜ、Z級って本当かよ・・・俺初めて見た」

「何かの間違いじゃねぇのか?あんな若ぇのに?」

「いや、あの緑の髪と目、『翠星の射手』の特徴と一緒だ」

「それも噂上のものだろ?」


様子を伺うようにこそこそ話す声を背中に浴び、シュサクはチ、と舌打ちする。


「以上だ。国中のギルドから情報を集めるのにどれくらいかかる?」

「え、ええと、二時間程時間をいただければ」

「一時間だ」


シュサクは返事も待たず、併設されている酒場に向かった。


「お、おい、お前。『翠星の射手』ってのは本当か?」


しばらく待っていると髭面に引きつった笑顔を貼りつけた大柄な男が近づいてきた。

腕を組み、目を瞑って待っていたシュサクは、片目を開けて男を確認し、また閉じる。

ふう、と息を吐き、男の質問に質問を返す。


「冒険者ギルドは今も人殺しを禁止しているのか?」

「は、はあ?当たり前だろ!?・・・まさか脅してんのか?」


焦ったように声を荒げた時だった。

男は背中に強い衝撃を受け、次の瞬間には目の前にいたはずのシュサクとの距離が、十数メートルも離れていた。

金縛りにあったように体が動かず、しかし足は床から離れ、浮遊感のようなものを感じる。


「これで答えになったか?」


男は一瞬、シュサクの言葉の意味がわからず、しかしすぐに自分がした質問を思い出し、ぞっとした。


「緑の、矢・・・」


翠色に輝く、魔法でできた無数の矢が、男を壁に繋ぎとめていた。髪や服だけではない、矢は鉄製の防具まで貫通している。

流星のように速く、重い翠色の矢。故に『翠星の射手』なのである。


「す、スゲェ・・・」

「何も見えなかった」


誰もが唖然として男を見る中、シュサクは「腕が鈍ったな」と、手のひらを閉じて開いて、呟いた。見ると男の頬に傷が一筋できている。


「唾でも塗ってやろうか?」


真顔で言うシュサクに、男は首を振ることもできない。いや、と一言情けない声を上げるのが精一杯だった。





十日程かけて国中を探したがミロは見つからなかった。

全ての神殿を調べてもらったが、ミロが儀式を受けた形跡はなく、どのギルドにも所属していない。


「どうする、ナック」

「そうだのぅ。まずはルッサンモーヲ王国に行って、そこから二手に分かれるとするか」

「なるほど。では俺は南のゾトから大陸を回る。お前は北のワロワーデンから回れ」


そうして商会をラクマカンに任せ、シュサクとナックは一路ルッサンモーヲ王国を目指した。


「本当に転移場所がずれただけで、ミロはどこかの街にいるのだろうか?」


道中、シュサクが吐露した。

シュサクはミロがまだ幼い頃から、狩りの仕方を始め、己の持つ知識の全てを叩き込んできた。弟子のように、弟のように可愛いミロが、今も一人、過酷な森の中で飢えているのではないか。そんな想像をするだけで身が張り裂けるような不安に駆られるのであった。


「どこかの街に必ずいる、と考えて動くしかあるまい。ミロはどこかに転移し、幸いにも近くに街を見つけて訪れた。儀式を受け、とりあえずはギルドに所属してワシのもとで過ごす予定だったから、どこかのギルドに所属した。ミロならきっとそうする。そう考えて動くしか、ワシらにできることはないだろう?」

「・・・そうだな。それにミロには大神様の」

「おいシュサク、ここは村じゃないんだ。軽はずみにそれを口にするでない」

「あ、ああ、済まん」

「全く、お前ともあろう者が。ミロのこととなると本当にダメだのぅ。兄バカか?いや兄弟でもないんだ、他人バカだな」

「ミロは俺の弟だ」

「弟か。いい年こいて、随分若ぶるのぅ」

「なんとでも言え。俺はツヴァイトとゼル、そしてソラに誓ったんだ。ミロを強く、立派な人間に育てると」

「そうだな。ワシもあれを甥として育てると誓った。いや、村の皆がそうだ。ツヴァイトとゼルが死んだあの日、皆がミロにできる限りを尽くすと誓った。これから先、何があってもいいように、とな」

「・・・ミロは使命を全うできるだろうか」

「ワシらのミロだ。きっとうまいことやってのけるはずだ」


街道をひた走ること約一ヶ月。

たどり着いた王都ルゼラは、数日前に起こった事件の話で持ちきりだった。


「なんでも突然、巨大なドラゴンとゴーレムがここ王都を襲来したらしい」


情報を集めてきたナックに、シュサクは眉をひそめた。


「嘘くさい話だな」

「ワシもはじめは疑ったが、どうやら事実らしい。現場となった西門を見てきたが、運び屋ギルドが跡形もなくなくなっておった」

「運び屋ギルド?聞いたことがないギルドだな」

「そうだのぅ、ワシも知ったのは十数年前だ。まだ歴史は浅いらしいが、あまりいい噂は聞かん」

「ミロが巻き込まれていなければいいが・・・」

「それは考えんことだ。ワシは商業ギルドへ向かう。お前は冒険者ギルドの方を頼む。神殿に行くのは無駄だろうな」


基本的に神殿では、職授の儀式を受けた者を記録しておくようなことはない。ここ数日の事ならいざ知らず、一ヶ月以上前に儀式を受けた者を覚えてはいないだろう。


望みの薄い大神殿を諦め、二人はそれぞれギルドへ向かったが、そのどちらにもミロの登録はなかった。

商業ギルドではカシーニ=ズゥの根回しで登録試験を落とされたし、冒険者ギルドではつい先日、死亡したとして登録を抹消されていたからである。


「ルッサンモーヲもだめか」

「では手筈通り二手に分かれるぞ。俺は南から、ナックは北からでいいな?」

「ああ、ワシは構わん。むしろお前の方が過酷そうだが、大丈夫か?」


ゾトの広大な砂漠が脳裏をよぎり、ナックはつい顔をしかめる。


「俺一人ならなんとでもなる」

「そうか。では達者でな。ツィーレあたりで落ち会えればいいが」

「そうだな。進展があれば通信魔道具で連絡する」

「ああ」


シュサクとナックはがっちりと手を握り合い、王都ルゼラを南北に分かれて旅立って行った。

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