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48. 辛辣のミロ、炸裂

ルッサンモーヲ王国王都ルゼラに季節外れの突風が吹きつけたのは、日が落ちてしばらくのことだった。

露店を仕舞い帰路の途中にあった商売人は、店をしている時でなくてよかったと胸を撫で下ろし、ほろ酔い気分で街を歩いていた冒険者は派手に転倒して、風の吹きつけてきた方角に向かって悪態をつく。

その突風が、御伽噺上の存在でしかない龍のはばたきによるものだとは誰も思うまい。


王都の西門にある運び屋ギルドもいつもと変わらない夜を迎えていた。

人相の悪い、小汚い男達が大きな杯で酒を飲み交わし、下品な笑い声をあげている。ギルドだというのに客を迎える気がないのか、建物の中は臭く汚く、まるで野党のアジトのようだった。


「うおぅっ!・・・痛ってぇ」


突風で窓ガラスがガタガタと激しい音を立て、窓際の席にいた男は驚いて椅子から転げ落ちた。それを見た周りの仲間が酒を吹き出してゲラゲラと男を笑う。


「んだよゴードン、ビビったのか?だはははは!」

「うるせぇ」


ゴードンは座り直してまた酒を呷るが、しばらくして窓の方を見やった。


「・・・なあ、おい。なんか聞こえねぇか?」

「あん?なんだよ、頭でも打ったんじゃねえのか?」


馬鹿にする仲間達に、男は「しっ」と口に人差し指を当てて、耳を澄ました。


「ほら、なんかミシミシ、って」

「さっきの突風のせいだろ。この建物もガタがきてるからな」


なんでもないといった様子で酒を呑み直す仲間を見て、男もまた、杯に何度目かの酒を注ぐ。正面入り口の扉が蹴破られたのはその時だった。





王都のはるか上空から着地点を見出したラナは、その場で人化した。

翼を失った体は重力に従って落ちていく。<第一便>に身を任せ、大地をえぐって着地、いや墜落したのは、ミロが初依頼でツノラビ五匹を討伐した西の森の入り口付近だった。


「じゃあみんな、作戦通りに」


運び屋ギルドの、柵で覆われた放牧地の近くに身を潜め、ミロは仲間達を見回した。ラナとハッチは目を輝かせてうずうずしている。プトラはいつになく真剣な様子で、ラキムは思いつめたように剣を握りしめていた。


「ラキム君、大丈夫です。みんな助けますから」

「すみません。ちょっと緊張しちゃって」


奪還作戦は実にシンプルである。エルテの植物操作で出口という出口を封鎖して乗り込み、腕輪が付いていれば保護、そうでなければ叩きのめす。これならハッチも覚えられるであろうと、採用された作戦である。


「ハッチ、大丈「むー、ハッチはめっきり分かっている!腕輪は助ける、腕輪じゃないはバキバキ、だ!」

「バキバキ・・・まあよし、じゃあ作戦開始だよ」


ハッチに多くを求めてはいけない。概要をおさえてくれただけでも御の字である。


「プトラは放牧地にいる魔物を説得して連れてきて」

「わかっタ!」


プトラは柵をひょいと飛び越えて、眠る魔物の方へと走って行った。


「エルテ、地下の構造の把握と、逃走経路の封鎖は?」


エルテはすでに作業に取り掛かっていた。

建物の外側を、ミシミシと小さな音を立てて蔦が這い、絡まり、太くなり、全ての窓を封鎖していく。


「封鎖はもうじき終わりますよって。地下は、建物と放牧地の真下に同じ広さの空間がありますのう。建物側の地下は人攫い、いや暗殺ギルドの者達の寝床。壁を隔てて放牧地側の地下に、魔物や我が眷属達が囚われておるようですじゃ。・・・いやしかし、これは酷いのう」


エルテは言って、一度言葉を切る。


「ふむ。それから、建物側の地下には抜け道がありますのう。途中までしか見ておりませんが、どうやら街の中に繋がっとるようですじゃ」

「多分それ、大神殿に繋がってるんだと思います」


隷属の腕輪を嵌められた日、司教に連れられて通った地下道だろう、とラキムが語る。<地図>で見ると、その通り、地下道はまっすぐ大神殿に続いていた。


「おや、その地下道とやらの途中にも、一人おりますじゃ。・・・ヒト族、かの?これも隷属の腕輪を嵌められておりますじゃ」

「じゃあとりあえず地下道への経路は塞いでおいて、その人は最後に助けよう。誰か覚えててね」


エルテとラキムが頷く。

そこへプトラが魔物達を連れてやってきた。


「みんな連れてきたゾ。荷台に保護することも説明しといタ」

「ありがとう、プトラ」


隷属の腕輪に触ると、魔物は毛を逆立てて警戒したが、すぐにプトラが「大丈夫だかラ」と一鳴きしてなだめる。

腕輪 は<倉庫>に、魔物を<草原>に保護すると、それを見た魔物達は安心してミロに従った。怪我や状態異常の治療はベルベリに任せ、次々と魔物達を保護していく。最後の魔物を<倉庫>に送った時、逃走経路の封鎖が終わったのであろう、ラナが正面入り口を派手に蹴破った。


「ア、オイラ達も早く行かなきャ!全部ラナが終わらせちまうゼ!」


プトラは<急送便>まで使って慌てて建物へと向かう。

ミロもそれを追って建物に入り、最後にエルテが入って正面入り口も封鎖した。


建物の中はすでに阿鼻叫喚の有様だった。

数人の【魔物使い】達がプトラの尻尾に薙ぎ払われて壁にめり込み、目にも止まらぬ速さでラキムの背後を取った【暗殺者】は、ラキムの纏う黄色いオーラに触れた途端、電撃に飲まれて床に崩れ落ちた。ハッチもなんとか【暗殺者】の動きについていけているようで、ギリギリのところで避けて果敢に迎撃している。


「あぁっ!シュってなるから斬れれない!」


ハッチは大きく空振りして地団駄を踏むが、敵は敵で、【暗殺者】の速さに対応する幼女に唖然とするばかりであった。


「ミロさん!危ない!」


ラキムの叫ぶ声に振り向くと、刃が一閃、ミロの首筋を通り抜けた。


「あ痛っ」

「ん?主殿は今<第一便>のはずでは?」

「あそっか。なんか癖で言っちゃうんだよね」


ミロは肩をすくめながら、目を見開いて固まる【暗殺者】の男の頭に手をかざし、<倉庫>から呼び出した大きな岩を落とした。そうして、岩の下で足掻く男に、野草を幾つか調合したものをべっとりと塗りつける。


「手製の毒薬ですかな?痺れ毒に発熱、腹下し、どれも強力ですな」

「すごい、わかるんだ?でも、リコットさん・・・僕の先生はもっとすごいのを作れるんだけどね」


僕はこれが精一杯かな、とミロは謙遜する。

今使った毒薬しかり、この旅では何度となく活躍している体力回復薬や状態異常回復薬も、リコットが作る程の効果を再現することは、ミロにはできなかった。


「ミロさん大丈夫ですか!?」


電撃を纏った拳で大男を吹き飛ばしたラキムが、ミロの元に駆けつける。


「ラキム君、渓谷ダンジョンでも思いましたけど、すごく強いですね」

「いや首切られてけろっとしてる人に言われてもあまりピンときませんね」


ラキムの返しに苦笑いしながら、ミロはエルテが拘束した者達を<倉庫>に送っていく。


「おい、おい、おい。こりゃ一体、何の冗談だ?」


階段から降りてきた男が、ゆっくりとした口調で言った。

ミロは男に顔を向けたが、すぐに作業に戻る。


「おい、そこのお前。さっきからウチの従業員を次々と消してるが、そりゃなんだ?」


しかしミロは、黙々と<収納>し続ける。


「おいこら、無視してんじゃねぇ!!」

「・・・いやスキルに決まってるでしょ。それで?あなたが暗殺ギルドのギルマスですか?」

「はあ?暗殺ギルドだと?なんのことだ、うちは運び屋ギルドだぜ?」

「ほら、どうせそうやって嘘つくでしょ?だから無視したんですよ。ホント、会話する価値なし」


いつも低姿勢で人当たりのいいミロの、いつになく棘のある言葉に、ラキムは息を飲んだ。


「み、ミロさん、あれがギルマスですよ」

「やっぱりそうですか。なんか登場の仕方がぽかったですよね」

「おいおい、勝手に話進めてんじゃねぇよ」

「おい、が多いな・・・」

「お、お前、俺が誰だか分かってもの言ってんのか!?」

「いや分からないから暗殺ギルドのギルマスですか?って聞いたでしょ?馬鹿ですね」


ラキムは唖然とし、男はミロの態度にむしろ混乱した。なぜ初対面の相手にここまで露骨な侮蔑の態度を取れるのか、と。


「こんなことしてタダで済むと思うなよ?今西門の兵を呼ん「地下に捕まっている人達を助けにきました、建物の中にいる腕輪のない人は暗殺ギルドなのでバキバキにします。こんなことしてタダで済むと思うなよ?そりゃこっちの台詞ですよ」


まくしたてるように毒を吐くミロに、冷静を装っていた男の表情が決壊した。


「だから暗殺ギルドじゃねぇってさっきから言ってるだろうが!!地下には何も」


ねぇ!と叫ぶ声は、しかし床が破裂する轟音でかき消された。地下の天井を突き破って現れたのはラナ。なぜか意気消沈の様子である。


「ありゃダメじゃな。弱い理由を酒に酔ったせいにするなど、話にならん」


ともあれ地下は制圧したようだ。


「くそがぁぁあ!!」


男が腰から引き抜いた短刀が紫色に染まる。


「ほう、なかなかエグい術を使うのう。ミロよ、気をつけろ。それは死毒の効果を持つようじゃ」

「うん知ってる。前にも食らったことあるから」

「<黒禍(こっか)>を食らって、生きてるわけねぇだろうがぁああ!!」


ミロの視界から男が消え去った。一瞬で十数歩の距離を詰め、ミロの背後を取る。

そうして、何かべっとりしたものに触れた。


「一瞬で消えるそれ、必ず後ろに現れないといけないルールでもあるんですか?」


タイミングを合わせてミロが後ろに放った毒薬である。


「いや。聞いておいてなんですど、興味ないです」

「がはっ、・・・毒!?」


渾身の力でミロの背中に短刀を突き立てるが、<安全運搬>が決してそれを許さない。

まだ元気そうなので、とミロは毒薬をもうひと塗りする。


「プトラ、ラキム君。バッキバキのを一発ずつ、どうぞ」

「いやオイラはいいヤ。なんかマスター見てたらすっきりしたシ」

「そうですね。ミロさんが辛辣すぎて、僕もちょっとすっきりしました」


そうですか、と言ってミロは男に向き直る。


「だそうですよ、僕は全然すっきりしてないですけどね」


鼻でも剥いでやりたいくらいですよ、とさらに毒づく。


「・・・お、俺が、お前に・・・何を、した?」

「いや色々ですけど、面倒臭いです。とりあえず、あなたのこと生理的に嫌いです。いや、大嫌いです」


職業柄恨まれることには慣れているのに、なぜこうも心を抉られるような感覚に陥るのか。暗殺ギルドの長である自分が、なぜ一介の少年に手も足も出ないのか。男は最後まで混乱したまま、しかしその思考は<状態固定>の支配により、ピタリと停止した。

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