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47. ラキムの生い立ち、プトラの過去

密林が突如開け、目の前に雄大な滝が現れた。

はるか遠くから続く大河は、大地をえぐって作ったような、あるいは二つの大地をちぐはぐに繫ぎ止めて作ったような崖でブツリと断ち切られ、崖下に広がる湖に大量の水を落とし込んでいる。

しばらく前から聞こえていた、大地が唸るような音の正体はこれだったのか、とミロは思わず息を飲んだ。


「ここが森の民の里・・・。すごい景色ですね」


崖の上から湖のある位置まで緩やかに続く斜面には、段々と田畑が広がり、そこに大河から引いた小川が流れ込んで、これもまたあちらこちらで小さな滝を成している。森の民はその畑と畑の間、段差の部分に洞を作って住居としていた。

これが森巨人によって護られる、森の民の里である。


保護した六名を降ろしたミロ達は、里長に連れられて崖の上にある広場に腰を下ろした。鎮座する巨石を前に均されたこの場所は、儀式や里の重要会議に使われる広場なのだとか。


「この度は我が同胞をお救いいただき、誠に感謝いたします。そして、森での非礼、いたくひれ伏してお詫び申し上げます」


里長は胡座をかいて手をつく最高礼の姿勢から、さらに頭を深く下げる。それに倣って、後ろに控えていた里の幹部たちも同様に頭を下げた。


「いえいえ、僕も少し軽率でした。突然お邪魔してすみませんでした」


長、幹部、という割には若者が多いな、とミロは思った。

エルテが言うには、森の民は二十年程かけて大人の姿へと成長し、そこから死ぬまで見た目が老いることはないのだという。

平均して千年程生きると言うエルテに、ミロは思わず目を剥いた。


「それより主殿、醤油とやらの件は良いのですかな?」

「あ、そうだった。あの、里長様」

「おお、なんと恐れ多い。どうかソウマとお呼び捨てください」

「いやでも、・・・じゃあソウマさん」

「「大神様!!」」


メテア神の言っていた醤油や味噌について尋ねようとしたところへ、何やら逼迫(ひっぱく)した複数の声が割って入った。


「神々の御前で何事だ!無礼者どもが!!」


怒りに紅潮し立ち上がるソウマを、ミロは静かに制す。


「大神様、大変失礼を」

「大丈夫です。皆さん、どうかされましたか?」


十名程の男女が涙ながらに胡座をかいて座る。


「無礼を承知でお願い申し上げます。どうか、どうか我々の子もお救いくださいませ!」


私の妹も、私達の娘も、と次々に声が上がる。

攫われた者は他にもいたというのか。


「どういうことです?ソウマさん」


ソウマは顔に苦悶の表情を浮かべ、同胞が攫われたのはこれが初めてのことではないのだと語った。聞けばそれはもう何百年も前から続いていて、ヒト族は森の民の精霊魔法と、男女を問わず整ったその美貌を目当てに人をさらっていくのだという。


「特にここ数十年、攫われる数が多くなっておりまして、結界の外には出ないようにと厳しく教育はしているのですが、どうしても好奇心を抑えられない者がいるようで・・・」


仕方のないことだ、とミロは思う。自分自身は村を出たいと思ったことはなかったが、こうして村を出てみると、外の世界に憧れる者の気持ちはよく分かる。

世界はこんなにも広く、こんなにも魅力的なもので溢れている。


「捕まっている場所はわかりますか?」

「それは・・・」


誰もが言葉に詰まる。ソウマや幹部達も首を横に振り、黙するばかりであった。


「それについてマスター、プトラとラキムから話があるそうです」


その沈黙を破ったのはリリリ、と音を響かせて現れたベルベリだった。


「プトラとラキム君が?」


グリフォ・クエイクと話をしていたことに関係しているのだろうか。不思議な取り合わせに眉をひそめながら、ミロはプトラとラキムを<収納>で呼び出した。





「僕は十歳の時にシェシュマ様から【勇者】の職を授かりました」


話はラキムの生い立ちから始まった。

ラキムは十歳を迎えた晩、枕元に顕現したシェシュマ神によって【勇者】の使命を下賜された。しかし、職業は普通、成人を迎えてから職授の儀式で授かるもの。シェシュマ神が顕現したというラキムの話を、誰も信じてはくれなかった。

もしかしたら夢だったのかもしれない。そう思ったラキムは大神殿のあるルッサンモーヲの王都ルゼラを訪ね、司教のカシーニ=ズゥにシェシュマ神が顕現した話をし、初期スキル<黄色の一閃(イエロスラッシュ)>を披露した。


「今思えば、あれが悪夢の始まりでした」


十歳のラキムが見せたスキルの発動に、カシーニ=ズゥは目を剥いた。ラキムの手を引いて儀式の間の裏口のようなところから地下道へと潜り、どこかの地下室へと連れて行った。

その地下室で、何も分からないまま、ラキムはいつの間にか隷属の腕輪を嵌められてしまったのだった。


それからの日々は地獄だった。

暗殺ギルドに預けられたラキムは命令されるままにダンジョンに潜り、強制的にレベル上げをされられた。魔物と戦い、時には囮役として放置され、体も心もズタボロになっていった。


「暗殺ギルド・・・。そんなギルドがあるんですか。でも司教様は何でそんなことをしたんですか?」

「又聞きと僕の推測も混ざるので、確かなことではないんですが、」


職授の儀式で授かる【勇者】を職業勇者と呼ぶのに対し、ラキムのように、稀にシェシュマ神が顕現して授ける【勇者】を天然勇者と呼ぶ。

ただでさえ稀少で、最上級職と謳われる【勇者】の中でも、天然勇者はさらに稀少。冒険者達が一国にとどまらず、国を巡るスタイルが主流になりつつある現代において、その稀少な天然勇者をルッサンモーヲにとどめるために、カシーニ=ズゥはラキムを腕輪で縛ったのだ。


「将来的には、表向きは王国の広告塔、裏では諜報活動もできるような勇者に仕立て上げたいんだろう、って暗殺ギルドのギルマスが言ってました」


国お抱えの勇者として富をもたらし、国に降りかかる脅威を人知れず抹消する、それを実現できるだけのポテンシャルが天然勇者にはあった。


「三年かけてレベルも十分に上がって、これからは勇者パーティーとして成りあがりつつ、少しずつ暗殺の技も仕込まれようとしていた時に、ミロさんと出会ったんです」

「そうだったんですか」


ミロはラキムが過ごした三年間を想像してみた。

胸が締め付けられ、暗殺ギルドという得体の知れない存在に、沸々と怒りがわき上がってくる。


「あ、あの、それで、その話と人攫いの件とはどういう関係が・・・」


ソウマがおずおずと口を開く。

ラキムはそれに頷き、簡素な首飾りを取り出した。車輪のような鉄細工を革紐で吊るしただけの、なんでもない首飾りだった。


「今日倒した人攫いが身につけていたものです。僕がいた暗殺ギルドの奴らがつけていたものと同じです」

「では人攫いとは、その暗殺ギルドとかいう組織の者なので!?」


森の民達が身を乗り出して首飾りを凝視する。


「じゃあ攫われた人達はどこかにある暗殺ギルドに囚われてるってこと?いやちょっと待って、ラキム君は場所を知ってるってことですか?」


それに答えたのはプトラだった。


「暗殺ギルドの場所なラ、オイラもマスターも知ってるゼ?」

「え、僕が?」

「オイラ達が初めて会った場所だヨ」

「初めて会った?・・・運び屋ギルド!?」

「ラキムの話を聞いて分かったんだけどナ、運び屋ギルドってのは表の顔、本当は暗殺ギルドだったんだヨ」

「僕もほとんどダンジョンに篭りきりだったので知りませんでしたが、プトラの話を聞いて確信しました。暗殺ギルドと運び屋ギルドは表裏一体です」


一度は所属してみたいと思ったこともあった運び屋ギルドが、実は極悪非道の暗殺ギルドだった。あまりにも衝撃的な事実に、ミロは開いた口が塞がらなかった。


「生きてた頃はお仕置きの腕輪って呼んでたけど、実はオイラも隷属の腕輪で縛られてたんダ。オイラが腕輪してたの覚えてないカ?」


そういえば、とミロはプトラが生きていた頃を思い出す。

ギルド職員のエナに教わって端切れの掛け布団を作った時、余った端切れを腕輪に巻いて、腕に擦れないよう保護してやったことがあった。


「あれが隷属の腕輪だったの?」

「オイラ、冒険者のテイムモンスターだったって言ったロ?生きてた頃は、マスターが死んで運び屋ギルドに拾われたって思ってたけど、ラキムの話を聞いた今ならわかる。オイラのマスターは暗殺ギルドに殺されて、オイラは隷属の腕輪であいつらにコキ使われてたんだヨ」


腹の底から湧き上がるのは、煮えたぎるような憎悪の感情だった。

ラキムを縛り、プトラを縛り、他の命をなんだと思っているのか、と。


「ミロさん、お願いがあります」


ラキムはおもむろに座って地に手をついた。プトラもそれに倣って身をかがめる。


「森の民の他にも囚われている人はたくさんいるはずです。その人達を助けるのに、どうかミロさんの力を貸してください」


ラキムは言って、額を地面に擦り付ける。


「オイラも頼むヨ。あそこには友達がたくさんいるんダ」


プトラは今日の今日まで、運び屋ギルドは主人を失ったテイムモンスターを保護してくれているのだと思っていた。しかしマスターを殺され、隷属されられていたというのなら話は別だ。命令に背けば腕輪の効果で全身に激痛が走り、怪我や病気も治してもらえない、あれは紛れもなく虐待だったのだ。


「マスター昨日言ったロ?やりたいことがあればいつでも言っていいっテ。オイラ、友達を助けに行きてェ」

「大神様、我々からも改めてお願い申し上げます。我が同胞達をお救いください!」


広場にいる全員が頭を下げる中、ミロは無言でゆっくり立ち上がった。

有無を言わさずプトラとラキムに触れ<収納>し、ベルベリを呼び出す。


「ベルベリ、ラナに<地図>を。ラナ、ルッサンモーヲまでどのくらいで行ける?」


いつにないミロの雰囲気に、ラナの口角が上がる。


「そうじゃの、日が落ちた頃には着くかの」

「ちょうどいい時間帯だね。じゃあソウマさん、ちょっと行ってきますね」


そう言ってラナの背後に荷車を出し、ミロは夕食に出かけるような口ぶりで荷台に乗り込んでいった。


「お、お待ち下さい!我々も連れて・・・」

「ヒヒヒ、やめておけ。我が主は珍しくお怒りのようじゃ。済まんがゆっくり客を乗せている時間はない」


ラナは人化を解き、真紅の龍の姿に戻った。


「ど、ドラゴ・・・」

「いや、龍だ!!」

「「龍!?」」


はばたきで起こる風に耐えながら、しかし森の民達はその巨体に目を奪われる。圧倒的な魔力と存在感に、自然と最高礼の姿(かたち)を取らずにはいられなかった。


「そういうわけじゃ。ぬしらはここで儂らの帰りを待て」


エルテはベルベリの<収納>で荷台に送られ、最後にベルベリが一礼して消えた。

龍ははばたきの影響が出ないようまず真上に向かって飛び上がり、そして南東へと進路を図る。


「森神を従え、龍を操る・・・まさしく大神」


ソウマは誰に言うでもなく呟き、雲を割きながら夕日に溶けゆく紅い翼をいつまでも眺めていた。

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