46. キャラの心得
アジトに囚われていた森の民達は隷属の腕輪によって、洞窟の外に出るな、と命令されていたようであった。
洞窟に入ると、ヤエは真っ先にシズネとリンコに抱きつき、一人逃げ出したことを詫びたが、二人は気にすることはないとただただ再会できたことを喜んだ。他の四名も、シズネとリンコより長く囚われていたらしいが命に別状はなく、憔悴しきった表情で「ありがとう」と静かに涙を流していた。
ミロは憎々しげに隷属の腕輪に触れ、<収納>。六名を<森>に保護し、看病をヤエに頼んだ。エルテもハンモック作りと看病の手伝いをしについて行った。
洞窟の外は惨状と化していたが、囚われていた森の民を見たミロはとても人攫いに同情する気にはなれなかった。魔物の遺体を<収納>する、あくまでついでに、彼らの遺体も<倉庫>へ送る。
グリフォ・クエイクは人攫いのテイムモンスターではなく、これもまた隷属の腕輪で従わされていただけだった。
プトラが話をしたいというので、新たに<草原>を設置してやり、なぜかラキムもそこに混ざってなにやら話をしている。同じ隷属の腕輪で縛られていた者同士、何か思う所があったのかもしれない。
そんなわけでミロは今、ラナが引く荷車で森の民の里を目指していた。
エルテの加護のおかげで<地図>ははっきりと里を表示するようになり、進行方向にある木々はラナに道を作る。<急送便>の補正もあり、プトラほどではないが、そこらの騎獣より断然速い。
「ごめんねラナ。疲れたら変わるから」
「構わん、構わん。たまにはこうしてプトラのありがたみを思い知るのもよかろうて。しかしこのレイアウトはいいのう」
皆の動線を考えて、荷台の中は少しレイアウトが変更されていた。
これまでは御者台のすぐ後ろに<談話室>があり、地続きでその奥に<食堂>、<談話室>とは別空間、ドアを隔てた隣に<草原>というレイアウトだった。
それが、今は御者台のすぐ後ろに<食堂>の厨房、奥に<談話室>というレイアウトになっている。ミロは料理をしていることが多く、仲間達もそこに集まることが多い。御者やプトラとも近く、会話しやすいこともあり、この配置になったのだ。
「ラナ、サンドイッチできたけど食べる?」
「食べるに決まっておるのじゃ!」
夕食にはまだ早く、がっつり軽食といったところだろうか。
健康状態の良くない森の民や大食の魔物が乗り合わせていることもあり、メニューは各々食べる量を調節しやすいサンドイッチと唐揚げにした。サンドイッチはミロの召喚スキル達の間で人気ナンバーワンのタマゴサンドを大量に作り、他にも野菜とチーズのサンド、異世界のツナマヨをアレンジしたチキマヨサンド、そして二種類のジャムサンドを用意した。
その他、胃が弱っていることも考えうる森の民にはツィーレ芋と玉ねぎのポタージュを、大食の魔物達には渓谷ダンジョンの魚の塩焼きと、ミロが討伐した熊肉を使った野菜炒めも振る舞う。
「サンドイッチ総選挙はやはりタマゴの一人勝ちじゃの。こっちの熊肉も独特のうまさじゃな」
多少の野性味と豊かな脂の甘みが混ざり合う独特の旨味に、ラナの舌が唸る。
「そんなラナには、この野菜炒めに合うお酒はどうかな?」
「ほう、なんぞ新しい酒か?」
「モヒートっていうんだけど、飲んでみてよ」
「なんじゃこれは?雑草が浮いとるが、これごと飲むのか?」
「葉っぱは残して、風味と香りを楽しむんだよ」
「では・・・ほう、いいのう!この雑草の香りとなにやら酸っぱい味が爽やかで、熊肉を食べた口の中がさっぱりする」
「異世界のとはちょっと違うかもだけどね。似たような蒸留酒で代用して、炭酸、ミント草、ライム、あと蜂蜜を少し使ってるよ」
「このライムという果物、渓谷ダンジョンにあったものじゃの」
ダンジョン攻略も捨てたもんじゃないのう、とモヒートをあおる。
料理は乗客達にも好評だったようで、サンドイッチも唐揚げも取り合うように完食、タマゴサンドなど、卵を五十個も使ったというのに一番先になくなってしまったという。
喜んでもらえたようで何より、とミロも満たされる思いであった。
*
<地図>によれば森の民の里までもう少しというところ。一行は不自然なほど急に立ち込めた霧に行く手を阻まれた。
「霧が濃いね。<地図>があるから迷いはしないだろうけど、これじゃ全然前が見えないや」
「この霧、魔法じゃな。どうやら出迎えが来たようじゃ」
「え、森の民の?よかった。じゃあ里まで案内してもらおうよ」
ミロは警戒を解いて御者台から降りるが、
「案内してもらえるとええがの」
ラナはニヤリと笑って霧の奥に目を凝らした。マグマのように揺らめく目は、物ではなく魔力を見ている時のそれである。
何か見える?とラナに尋ねた時だった。
「何者だ。どうやって結界を抜けた?」
どこからともなく不思議な声がした。どこから、というより霧の中の全方向から聞こえてくるような声だった。しかし、龍や森巨人のように頭の中に響く声ではない。
ミロはとにかく答えなければ、と辺りを見回しながら口を開いた。
「ミロと言います。森の民を保護したので、こちらにきました。結界は森巨人の加護で抜けました」
ミロの言葉に複数の笑い声が響き渡る。
「森神様の加護?森の民を保護だと?さすが人攫いのヒト族だな。口ばかりよく回る。我らが森に侵入した真の目的はなんだ!?」
「ほ、本当です、ちょっと待ってくださいね」
ヤエを<収納>で呼び出そうとかざした手に、鋭い何かが衝突した。
同時に胸、頭、とそれぞれ別の方向から同じ何かが衝突する。
「あ痛っ・・・」
「痛くはなかろう、今<第一便>じゃろ?」
「あ、そっか」
けろりとしている様子のミロに、霧のあちこちでどよめきが起こる。
「なぜ矢が当たらん?」
「いや、矢は全部当たっている、恐らくは大神様の加護では?」
「ヒト族の職業というやつか、くそっ」
「これならどうだ!」
シッ、と音がしたのと同時に、ミロの頭に風を纏った矢が衝突する。
「これも効かぬというのか!ええい皆の者、一斉に射殺せ!!」
掛け声とともに全方向から無数の矢がミロを襲う。
一本としてミロを傷つけることはできないが、その矢の数だけミロの心は傷ついていった。
「ラナぁ。なんだか悲しくなってきた」
「はぁ、仕方ないのう」
ラナは言ってありったけの威圧と殺気を周囲に放った。
森が震えるようにざわめき立ち、周囲の魔物達が逃げ惑う。姿を見せない森の民達は、身を潜めたのか、恐怖で固まったのか、物音ひとつ立てない。
「おーい、ベルベリ」
ラナの呼びかけに応じてベルベリが現れた。
「どうしました、ラナ」
「済まんがエルテを呼んでくれんかの」
「承知しました・・・これはまた、ひどい有様ですね」
「そうなんじゃよ」
ミロの周囲に散らばった大量の矢を横目に、ベルベリはリリン、と音を立てて消えた。
「主殿がお呼びだとベルベリから伺いましたが、そろそろ里に・・・」
ベルベリの伝言で御者台から顔をのぞかせたエルテは、外の光景にさっと表情を消した。
「ほう、ほう、ほう。ふむ、ふむ・・・なるほどのう」
濃霧、ミロの周りに散らばる矢、そしてラナのじっとりとした目。一つ一つ頷きながら確認し、エルテは荷台を降りた。
ミロの前に跪き、深々と頭をさげる。
「最初から儂が出ておくべきだったのですじゃ。矢の数だけ我が魔石を用意いたしますよって、どうぞ存分にお砕きくだされ。それを以ってひとつ、眷属達は半殺しで許してやっては下さらんじゃろうか・・・」
「いや怖っ!砕かないし、半殺しにもしないよ!僕が人攫いと同じヒト族だったから、皆さん警戒しちゃっただけだよ!」
「なんと寛大な。主殿には感謝してもしきれませんのう」
エルテ言って、霧の方に向き直る。
「さて、まずは顔を見せたらどうじゃ」
何気なく手をかざすと、漂っていた濃霧が嘘のように晴れていった。
現れたのは鬱蒼と大樹が茂る密林、そして、百を超える数の森の民。
「な、なぜ精霊魔法の霧を!?」
扱えるのか、と言いかけて言葉を詰まらせる。
「そりゃあ、この魔法を教えたのは儂じゃからのう。我が不肖なる眷属どもよ」
「眷属、だと?ヒト族に与する者の眷属に成り下がった覚えはない!」
「見てくれが違うだけで分からなくなるとはのう。ではこれならどうじゃ」
言うが早いか、エルテは人化を解いた。
周囲の大樹が避けるように場所をあけ、その大樹から人が落ちるのも構わず、エルテはみるみるうちにその体積を増していく。
「「も、森神様!!」」
悲鳴にも似た声をあげ、森の民達は次々と地に胡座をかき、両手を前についた。
「さて、我が不肖なる眷属どもよ。先ほどぬしらが散々と矢を射掛けた御仁は、恐れ多くも我が主である」
大仰に言った瞬間、全ての顔がミロを向く。
これは良くない方向に話が進んでいる気がする、とミロは思った。ツィーレの件を彷彿とさせる強い既視感がある、と。
「森神様の主?」
「まさか・・・」
そして同時に、これはもう手遅れだな、とも思っていた。
「「大神様!!?」」
「・・・あ、はい。どうもこんにちは、大神です」
ツィーレでつけられたキャラ「豊穣の御使い」の一件で、ミロはひとつ学んだことがある。
――「人は信じたいものだけを信じる」
いくらミロが神の御使いではないと否定したところで聞いてはもらえず、ただ翻弄されて疲弊するだけであった。それならいっそ開き直って、押し付けられたキャラを演じる方がはるかに楽だし、不思議と話がスムーズに進むのである。
「えー、皆さん。攫われた方々は保護してきました。安心して養生できる場所が必要ですので、すぐに里に案内してください」
「との仰せじゃ。早急に場を整えよ」
「「承知いたしました!!」」
このように。
数人が里への案内役に残り、他の者達は神々を迎える準備のため、里へと急ぐ。
いくらと経たないうちに息を切らせた里長が現れ、ミロと、次いでエルテに挨拶をした。
シェシュマ神の名を語るのは恐れ多い。後でメテアちゃんを通して謝れないかな、と思案するミロであった。
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