45. 因果応報
ツィーレとヤルジャハを結ぶ行路から少し外れ、しかし森の深部には至らないという場所に、人攫いのアジトはひっそりとあった。小さな洞窟の入り口は自然にできた蔦のカーテンに隠されていて、一見それとは分からない。秘密裏に事を為すには絶好の場所である。
森の民の少女、ヤエの記憶を辿ってアジトを発見したミロ達は、少し離れた物陰に隠れて様子を伺っていた。
「手前にヒト族が四人、これが人攫いでしょうな。奥には六人、森の民がおりますじゃ」
両手を地面につき、目を閉じたままエルテが言う。
森巨人は植物と繋がることで、目として、手足として意のままに操ることができるのだという。
「なんじゃ、ヒト族がたった四人か。妾が全部まとめて捻り潰してやるのじゃ」
「ラナ、メだ!ハッチが捻るじゃ!」
「ラナちゃんもハッチちゃんも危ないよ、ヒト族は魔物を操るんだから」
私なんか狼の魔物二体と鳥の魔物に追われたんだよ?というヤエの話に、エルテは索敵範囲を洞窟の外に向ける。
「確かに。洞窟の周辺を不自然にうろつく魔物が八体おりますじゃ。鳥は・・・おらんようですが」
空かもしれませんのう、とエルテは天を仰ぎ、
「じゃあ人攫いが四人と、魔物が合計九体はいるかもしれないってことだね?」
ミロの言葉に、左様ですじゃ、と頷く。
「では行くのじゃ!」
「ハッチが四ぴきと九ぴき、やっつけるじゃ!」
「オイラも頑張るゾ!」
「僕もお役に立ってみせます!」
「わ、私も戦います!」
ミロが制する間もなく、ラナを先頭にハッチ、プトラ、ラキム、ヤエと続いて洞窟へと走り出す。
「ラキム君とヤエちゃんは生身なんだから、あんまり無茶しちゃ・・・って聞いてないか」
「我々も参りますか、主殿。儂はあまり戦闘には役立ちませんがのう」
「ははは、僕もだよ」
ミロとエルテが向かう先では、ラナに気づいた魔物達との戦闘がすでに始まっていた。
騒ぎを聞きつけて出てきた人攫い達も戦闘に加わっている。
最初に接敵したのは、ヤエの言っていた狼の魔物だった。しかし、一体はラナの魔力による爪撃に、もう一体はラキムの雷を纏った剣に貫かれ、あっけなく沈む。
「こらラキム!肉が焦げるじゃろうが!」
「ラキム、メだ!!今日はお肉抜きです、だ!」
「ご、ごめんなさい!!」
ラキムは怒られ、ヒト族なら焦がしてもいい、と人攫いの討伐に回される。
<急送便>で二倍の敏捷性を得たプトラとラナが場を撹乱して、ハッチやラキムが一対一で戦えるように立ち回り、ヤエはプトラの背負う御者台から風魔法で援護する。
「何だ、てめぇらは!」
「アジトを見られたからには生かしちゃおけん!行け、グランチェルボ!」
主人の命令で牛のように太い胴体をした大鹿が、その巨体からは考えられない速さで疾走する。
「「ハッチ!!」」
プトラとラナは同時に叫び、ツノを構えて突撃するグランチェルボを、尻尾と蹴りでハッチに向けて吹き飛ばした。
「ちょっちょ待って!魔力いっ・・・あぁっ!!」
やはり技名は言えず、グランチェルボの首が地面に転がる。
「魔力いっぱい」をやめればいいのでは、とラナは提案しかけたが、そもそも技名を詠唱する必要はないのでやめておく。
「<雷纏>!」
グランチェルボの巨体が幼女の一撃に沈むのを唖然と見ていた人攫い達は、ラキムのスキル詠唱で我に返ったが、武器を構えた時にはもう遅かった。黄色い光を纏ったラキムはバチン、という破裂音とともに姿を消し、次の瞬間には人攫いの三人が雷に打たれて地に伏した。
「ラキムはもう一人を、エルテは昏倒した三名を縛れますか?」
「はい!」「承知した」
ベルベリの指示でラキムは残り一人となった人攫いの元に向かい、エルテは地面から生やした蔦で人攫い達をぎちぎちに縛る。
「よ、よし、僕も頑張らなきゃ」
一人置いてけぼりのミロは採取でもしていようかと思ったが、そんな場合じゃないかと寸での所で思い留まり短剣を構える。ちょうどその背後でボタリ、と液体が滴る音がした。
ミロを覆い隠す程大きな影に振り向くと、そこには餌を目の前によだれを垂らす大熊が立っていた。
「く、熊!」
昏倒した一人のテイムモンスター、ヒテルノベアである。
怒りに染まったような赤褐色の体毛を持ち、胸の中心には太陽のような黄色の模様。ミロを目の前にしてよだれを垂らしながら唸っている。
「グワォオオオオ!!」
「うわぁっ!唾飛ばしすぎ!きちゃな!」
つばを防ごうとかざした腕に噛みつかれ、ミロの体は軽々と宙に持ち上がる。
「グフルルルゥッ!?」
「息臭っさ!うわ!」
ヒテルノベアにとっては枝のようにか細い腕なのだが、いっかな外噛み切ることができない。首を振ってミロの腕を引きちぎろうとするが、<第一便>に限りその力を発揮する<絶対防御>が全てを無効化してしまう。
ミロは動きが止まったところで短剣を逆手に持ち、左目の黄色に力一杯突き刺した。
「グガァアッ!」
「ダメだ、短くて脳まで届いてない!」
ヒテルノベアは激痛に怒り狂い、ミロを地面に叩き落とした。後ろ脚で立ち上がり、残った右目でミロを捉える。両脚の爪を立て、大口を開けて覆いかぶさるように襲ってきたところへ、ミロはまっすぐ手を伸ばした。
「う、うわぁああ!」
<倉庫>から呼び出した長剣をその手に、飛び込んでくる大口へと切っ先を向ける。一瞬のことに避けることもできず、ヒテルノベアは長剣を呑み込み、その頭部には血で染まった刃が生えた。
「はあ、はあ、た、倒した」
動かなくなった巨体を<収納>で<倉庫>に送り、まだ震える足で立ち上がる。
「怖かったぁ。でも、勝った」
ツノラビしか倒せなかったのが、テッポウ鮎に続き、大きな熊まで倒すことができた。着実なステップアップに嬉しさがこみ上げてくる。
「たまにはやるではないか、さすが妾の主じゃ!」
「えへへ」
残るは人攫い一人と魔物が三体。
「く、くそ!・・・お前も降りて来て戦え、グリフォ・クエイク!!」
人攫いの叫びに応じて、空にギャギャ、と短い鳴き声が響く。
同時に、鋭く尖った土塊が、雨の如く降り注いだ。
プトラはラキムとエルテを拾い<急送便>で土塊を避け、ラナも同じくハッチを保護する。ミロも<急送便>で避けようとするが、倍になったとて敏捷値はわずか四。土塊の大半は食らいながらも、二つは避けられた、と前向きに自分を褒める。
「ククク、こいつは俺の【魔物使い】レベルなんかじゃ到底テイムできない化け物だ。隷属の腕輪でちゃあんと躾けてはあるがな!グリフォ・クエイク、敵を殲滅しろ!」
「隷属の腕輪!!」
ラキムが大きく反応を示す。
降り立ったグリフォ・クエイクは獅子の体と鷲の頭を持つ魔物だった。紫の体毛にはまばらに赤が混じり、背には同じ色の翼を二対四枚、携えている。
その足に嵌っているのは飾り気のない重々しい腕輪、隷属の腕輪である。
つい最近までそれに人生を縛られていたことを思い返しているのであろう、ラキムはその腕輪を苦虫を噛み潰したような顔で見つめる。
そのグリフォ・クエイクに意外な反応を見せたのがもう一人。いや、一体。
「あレ?お前、紫クチバシ!?」
プトラだった。
「プトラ、知ってるの?」
「かもしれねェ。みんなちょっとあいつに攻撃すんの待ってくんねぇカ?」
プトラの言葉に頷き、それぞれ散開する。
(おイ、お前、紫クチバシだロ?)
(何者だ?なぜその名を?)
(オイラだヨ、黄色爺だヨ!)
(黄色爺の名まで知っているのか。しかし黄色爺はお前のように若くなかった。それに仕事の途中で死んだと聞いたぞ?)
(いろいろあってサ。あとで話してやるヨ。とりあえずお前、好き好んで人攫いしてるんじゃないよナ?生きたまま腕輪を外せる方法があれば、助かりたいカ?)
(ふん、そんな方法があるなら助けて欲しいものだがな・・・)
「おい、グリフォ・クエイク!攻撃の手を緩めてんじゃねぇ!殲滅しろって命令したろうが!?」
人攫いの「命令」という言葉に反応して、隷属の腕輪がグリフォ・クエイクの全身に激痛を走らせる。
(ウググ、・・・はあ、はあ、この有様だ。悪いがもし本物の黄色爺いであろうと、お前達を殲滅するほか道がない)
(大丈夫、とりあえずは命令違反しない程度にあの赤髪のやつを攻撃しといてくレ。合図したラ、オイラのマスターに嚙みつケ)
(・・・よくわからんが、信用していいのか?)
プトラは強く頷き、ミロの元に走り出す。
「ラナ、悪ぃけど、「聞いておったわ。任せるのじゃ!」
ラナはグリフォ・クエイクに向かって二、三度指を折り曲げ、「来い」と挑発する。
「どうだった?プトラ」
「やっぱ運び屋にいた友達だっタ」
「運び屋って、ルッサンモーヲの?」
「あア。隷属の腕輪があるかラ、攻撃をやめると罰を食らうんダ。マスター、悪いけど攻撃を食らいながらあの腕輪、取ってくんねェ?」
「うん、わかった。任せて!」
プトラは振り向き、ラナに土塊を飛ばすグリフォ・クエイクに合図する。
(本当に大丈夫なのか?)
(思いっきりやっていいゾ?絶対噛みちぎれないからナ)
(ほう、言ったな?)
「グリフォさーん、こっちですよー」
鋭い嘴が差し出されたミロの腕にかぶりつく。
(む、なんだこの硬さは)
「はい、そのまま続けててくださいね、すぐに腕輪を外しますからね」
嘴がかち合う音を聞きながら、ミロは腕輪に触れ、瞬時に<倉庫>へと送った。
(う、腕輪が!?)
「腕輪が消えた!?」
自由になったグリフォ・クエイクはすぐさま土を操り人攫いを拘束。腕輪が消えて唖然としていた人攫いが気づいた時には、もう彼の両足は噛みちぎられた後だった。
太ももから下がなくなっていることにまず恐怖がこみ上げ、次いで思い出したかのように激痛が走る。
「ぎゃああああ!お、俺の足がぁぁあああああっ!!」
泣き叫ぶ人攫いを嘲笑うように、グリフォ・クエイクはじわじわと腕を、体を啄ばみ、人攫いの反応が薄れてきた頃、がぶり、と頭を噛みちぎった。
そうして次はエルテが拘束した三人に獰猛な瞳を向ける。
「ひ、ヒィィイいい!ゆ、許してくれ!」
「お、俺達が悪かった!」
「お、おいお前ら、見てないで助けてくれ!」
魔物にヒト族の言葉は通じず、助けに入る者もいない。
「いいのカ?マスター。悪いやつは門兵に渡さないといけないんじゃないのカ?」
「あ、そうだったね。でもあんな腕輪で命令されてたんじゃ、そりゃ怒るよ。シュサク兄さんの言ってた因果応報って、こういうことなのかな」
淡々とした表情で成り行きを見つめ、ミロは呟く。
「なんだそレ?」
「悪事を働いたら、必ずそれ相応の報いを受けるんだって」
「ふーン」
シュサクの教えは「だから悪いことはするな」というより、むしろ「悪事を働いた者を許すな」という方に重きを置いていたようにミロは感じている。
「エルテ、せめて拘束を解いてあげて。僕らは森の民の人達を保護しに行こう」
「承知」
エルテに人攫い達の拘束を解いてもらい、ミロは洞窟に入る。
視界の端に、自由になった人攫い達が今度は土に拘束されているのが見えたような気がした。




