44. 神の分体
「確かに。これは我が眷属ですじゃ」
眠る少女を確認したエルテはミロに向き直り、畏まって頭を下げた。
「我が眷属の保護、感謝いたします」
「空から降ってきたのを助けただけだよ。エルテはこの子の村、わかる?」
「もちろん。案内しますじゃ」
「よかった」
「しかし、その前に」
一度少女を荷台から降ろしてやってほしい、とエルテは言う。
「見た所この娘は魔力の枯渇状態にありますじゃ。我が眷属である森の民は、森の魔力を糧として生きる種族。この状態で森を離れたままでいると生きてはおられんのです」
「だからMP回復薬を使っても目を覚まさなかったんだ。ごめんね、僕知らなくて」
これならどう?と<ユニット操作>で新たに空間を作り、<森>を指定する。
「これは・・・転移魔法ですかな?」
扉一つ隔てて、そこには深い森があった。少女を抱えるエルテは感嘆の息を漏らし、<森>に初めて入るラキムも同じ反応を見せる。
「ここも荷台の中だよ。いろんな<ユニットタイプ>があってね、」
ミロは言って<草原>、<雪原>、そしてまた<森>へと変更してみせる。
「どう?この<森>でも大丈夫そう?」
「なんと清浄な・・・十分すぎるほどですじゃ。少々いじらせてもらっても?」
「いいよ?」
何をするつもりかと尋ねる前に、二本の木から蔓が伸び、絡まり、あっという間にハンモックが出来上がった。
「すごい!エルテ、こんなことができるんだ」
「なんの。山を盛り、水を通し、森を築く、それが儂の仕事ですよって」
「これが森巨人の力・・・本当にすごいですね」
ミロは感心しながら、ラキムに手伝ってもらいハンモックに布を敷き、そこにツノラビの羽毛を敷き詰め、さらに上から布を被せる。
「心遣い、感謝しますじゃ」
「ふふ。エルテは見た目は若いのに、おじいちゃんみたいな話し方だね」
人化したエルテはミロと同じか少し年上、背も高く、体も引き締まっていて逞しい。そのエルテが老人のような言葉遣いをするのが、どこかちぐはぐでミロは好きだった。
「ヒト族の言葉は難しいですからのう。すぐに慣れますよって、しばしご勘弁をば」
「え、そのままでいいんじゃない?僕は好きだよ」
「フォフォ、寛大な主でありがたいことですじゃ」
*
ベルベリに少女の看病を頼み、ミロはエルテを連れて常設している<草原>への扉をくぐった。
ラキムがプトラの話し相手を買って出てくれたので、<地図>を展開して渡しておく。<地図>が正常でなかったのは、やはり森巨人の結界の影響だったようで、エルテが荷台に乗ると、いつも通りに機能し始めた。結界は踏み入る者を惑わせ、森の民の村から遠ざけるものだったらしい。ツィーレを出る際、「森の深部は人を迷わせる」とジニが言っていたのはこれが原因か、とミロは得心する。
「して主殿。頼みというのはなんですじゃ?」
「ここにね、大きめの木を生やしたりできない?」
そう言って指し示したのは<草原>の小川のほとりにある一角。まだ<寝室>がなかった頃、ヴォルフ達を助けた時に看病していた場所だった。初めて作ったパン釜もまだそのままにしてある。ミロには思い入れが強く、ハッチやラナも修行の休憩にはこの場所を使う、旅の思い出が詰まった場所である。
<安全運搬>があるため必要ではないのだが、木陰が欲しいのだとミロは言う。
「あと、木に虚を作れたりしない?」
「仰せのままに」
エルテは頷き、ぱん、と地面に両の掌をついた。
そこに緑色に輝く魔法陣が広がり、おもむろにピン、と芽が出る。それはすぐさまうねうねと伸び、太り、すぐにミロの身長を追い越して成長していく。虚を成し、葉が生い茂り、立派な木が目の前に出来上がった。
「ちょうどいい大きさだよ!虚も完璧!」
「お褒めに預かり光栄ですじゃ」
ミロは両手を上に広げて喜び、コゾに貰ったメテアちゃん人形を虚の中に置く。
「メテアちゃん、遅くなりましたけど」
そうして、虚の中、木像の前に料理を並べた。ハンバーガー、ピザ、昨日作ったサーモン入りのシチュー、酒はウメ酒とワインを供えておく。
木像に祈りを捧げると約束したことをミロは忘れていなかった。メテア神が去り際に「ご飯もお願い」と言ったことも。暇を見つけて木像を飾る台座でも作ろうと思っていたが、エルテの能力を見て、このスタイルを思いついたのだった。
膝をつき、胸の前で両手を重ねる。
「なむなむなむ。メテアちゃんに貰ったレシピのおかげで、いつも美味しいご飯を食べることができます。ありがとうございます」
感謝の祈りを捧げ、よし、と立ち上がると、エルテが小さく声をあげた。
「な、なんじゃこれは。儂の木が・・・」
エルテが目を剥いて見上げる先に視線を移すと、生い茂ったばかりの葉が桜の花に変わっていくところだった。
「あーん、ミロったら!本当にお供えしてくれたのね!」
声に振り向く間もなく、ミロは頰にキスの嵐を受けた。
「め、メテアちゃん!?」
「S&#G!!」
その横でエルテが例のノイズ語を発する。
「あら。ずいぶん丈夫な依代だと思ったら、あなたもミロの旅に加わったのね、T@UK%」
「お久しぶりにございます、S&#G。主のスキルとなり、エルテの名を頂戴いたしました」
「よかったわね。じゃあエルテ、私のこともメテアって呼んでね」
「メテアちゃんとエルテは知り合いなんですか?」
「そうね。この子も神の末席のような存在よ」
ミロが連れているあの龍の子もね、とメテア神は笑う。
「まさか!儂が神と同列など、おこがましい限りですじゃ!」
「んま、相変わらずお堅い子ね。ミロのそばで柔軟さを学ぶといいわ」
「それよりメテアちゃん、ツィーレを離れても大丈夫なんですか?」
「だいじょぶだいじょぶ。これはまあ、分体みたいなもだから。それより、約束覚えててくれてホントに嬉しい」
「ふふ。これからは毎日お祈りしますよ。あ、毎日この品数は無理かもしれませんけど」
「いいのいいの。大切なのは気持ちの方だから」
そう言ってメテア神は豪快にハンバーガーにかぶりつく。
「おーいしー!!やっぱあの世界のご飯は美味しいね」
「何を作っても美味しいから、作る度に驚いてばかりです。こっちにはない食材があって作れない料理もたくさんあるんですけどね」
「え、そんなのがあるの?」
米と醤油、味噌、よく出てくる未知の食材を挙げると、メテア神はニヤリと笑う。
「大丈夫。どれもこの世界で手に入るよ。醤油と味噌は森の民に聞いてみて。米は、<地図>にマークしておくから、暇なときにでも行ってみて」
「ホントですか!ありがとうござます」
「作ったら私にも食べさせてよね」
「もちろんですよ!」
ミロが展開した<地図>はラキムに渡してあるので、ベルベリを呼んで展開してもらう。
「ベルベリ、ちょっといい?」
「ちょうどようございました。森の民の娘が意識を取り戻しました」
「ホント!?メテアちゃん、僕ちょっと行ってきます!」
「ふふふ、相変わらず忙しそうね。じゃあそろそろ私もお暇しようかな」
メテア神はベルベリの展開した<地図>にマーカーを立て、桜の幹に吸い込まれるように消えていった。
*
少女が目を覚ましたのは森の中だった。
「なんて清浄な森。・・・ここは?」
魔力の枯渇から立ち直ったばかりでまだ体が重い。十分に働かない頭で記憶をたどり、はたと彼女は身構えた。
自ら帰らずの渓谷に身を投じたところまでは覚えている。目の前の景色は明らかに渓谷ではないが、もしダンジョンの外であるなら、まだ近くに人攫いがいるはずである。
息を殺し、五感を研ぎ澄ませる。
「よかった、お加減はいかがですか?」
ミロが声をかけたのはそんな時だった。
少女は不安定なハンモックから降りようとして、しかし突然の声に驚き、頭から派手に落ちてしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「よ、寄るなヒト族!お前も人攫いか!?」
かざした手に風が渦巻く。風よ、と彼女が叫んだ瞬間、ミロの胸元で風が爆ぜた。
数メートルほど吹き飛ばされ、ミロはエルテによって受け止められた。
「いたた。あ、痛くないんだった」
「主殿、我が眷属が失礼をば。この償いは我が命を持って」
「いやいや、そんな大げさな。僕は大丈夫だから。きっと気が動転してるんだよ」
儂にお任せを、と言ってエルテが前に出る。
「落ち着のじゃ、我が眷属よ」
「な、なんだ!お前も人攫いの仲間か!?」
「手荒なことしちゃダメだよ、エルテ」
ミロの言葉に御意、と頷く。
「落ち着け。儂がわからぬか?」
濃緑に煌めく双眼が、恐怖に潤む少女の目を捉える。風魔法を構える手が震えている。
「まだ若いな。じゃが、その体に我が眷属の繋がりを感じるであろう?」
「繋がり?」
「これでどうじゃ?」
エルテは言って人化を解く。木々が移動し、開けたその場所に森巨人が姿を現した。
「も、森神様!?」
少女は大きく口を開けたままその巨体を見上げ、ハッと気づいて慌てて地面に座す。胡座をかいて、両手を地面につけるのは、神の御前における森の民なりの礼法である。
「申し訳ございません、森神様とは気付かず、大変失礼なことを」
「うむ。そこな御仁は我が主にして、お主を助けた恩人である」
「森神様の主様?・・・まさか、大神様?」
大神というのは、ヒト族で言うところのシェシュマ神のことである。創造の神シェシュマは、ヒト族に職業を、森の民には森神を授け、世界の安寧を見守っている、と森の民の信仰にはある。
少女はミロに向き直り、深々と頭を下げた。
「お、大神様とはいざ知らず、私はなんということを」
「気にしなくていいですよ。何かに追われて気が動転してたみたいですし」
少女はちらり、とエルテを見上げる。
「我が主は強靭な肉体にして寛大な心をお持ち合わせである」
「か、寛大な処遇、ありがたくお、お受けいたします!」
何この茶番、とミロは目を細める。
変なキャラはツィーレに置いてきたはずだったのだが。
「そう言えば、友達が捕まってるみたいなことを言ってたみたいですけど」
「そうだ!シズネとリンコ!」
「囚われている場所、わかりますか?」
「二人のことも助けてくれるんですか?」
もちろんです、と頷き、ミロは全員を<談話室>に集めた。
「プトラ、森の民の村に向かうのは一旦中止だよ。悪いけど、しばらく好きにしてて」
「おっケー!」
「ラキム君、<地図>をここに」
「了解です」
ラキムに代わってエルテが御者台に座る。
「あ、エルテありがとナ。この木が避けてくやツ、お前の力なんだロ?すっごく走りやすいヨ!」
荷台の外では、走るプトラを避けるように木が傾き、移動し、道を作っている。森巨人の加護を持つ者に備わる能力なのだとか。
「それにしてもプトラ殿じゃったか?お主、凄まじく速いのう」
「プトラでいいヨ。それよりサ、森の民の村に行くのやめテ、なんか始まんのカ?」
「村に行くのは人攫いの情報を得るためだったが、娘が目を覚ましてのう。人攫いのアジトの場所を聞いて、これから囚われておる者の救出に行くそうじゃ」
「なるほどナ」
「ところでプトラよ。主殿はいつもああなのか?」
「ああ、っテ?」
「なんというか、昨日今日会った者をこうも気にかけて・・・」
「あー。マスターはだいたいああだゼ?そういう性分なんだヨ」
「また損な性分じゃのう」
「グギャギャ、確かに。でもおかげで全然暇しないゼ?」
「フォフォ、それはいいのう」
笑い合っているうちにアジトの場所は特定できたようで、エルテはミロに呼ばれて<談話室>に戻って行った。
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