43. 森ジジイ
助けた少女は朦朧とする意識の中、友達が誰かに捕まっている、森に帰りたい、そんな言葉を途切れ途切れに残して気を失った。ラナの見立てでは魔力が枯渇寸前らしく、リコットの回復薬各種と、先程隠し部屋で見つけた魔力回復薬で応急処置をし、今は設置した<寝室>に寝かせてある。
看病を買って出たハッチは、少女の隣で早速鼻ちょうちんを作っている。
「妾の酒を飲ませてやろう」
「ダメだよ、体調の悪い人にお酒なんか飲ませちゃ」
「まさか、妾の酒は万病の薬ぞ?体調の悪い時に飲まずしていつ飲むと言うんじゃ!」
心外とばかりに眉に皺を寄せるラナ。それを無視してラキムが口を開いた。
「ミロさん、どうします?」
「そうですね・・・お酒は論外として、とりあえず<地図>で近くに村がないか調べてみますか。この子の村が見つかれば、捕まってるっていう友達のことも何かわかるかもしれませんし」
ラキムは、ミロが少女やその友達の救出に前向きであることにホッと胸を撫で下ろす。
一方、<地図>を展開したミロとベルベリはいつもと様子の違う<地図>に眉をひそめた。
「何これ、<地図>が壊れちゃった?」
いつもは川や街、木の一本一本まで正確に形作る<地図>が、何かを形作ろうとしては途中で崩れ、まるで固まる前の石膏のようにドロドロと蠢いている。
スキルが壊れるなんて聞いたことがない、とラキムは言うが。
「おそらく森ジジイの結界じゃな」
<地図>を見たラナが言う。
「森ジジイ?結界?ラナ、何か知ってるの?」
「うむ。実は妾、少し前からミロに頼みたいことがあってのう」
ラナには珍しく、控えめな言い方である。ミロの旅には目的があるため、主の邪魔をしてはいけないと思っていたらしい。
「そんな風に気を使ってたなんて知らなかったよ。ラナもベルベリも、プトラも、やりたいこととか、行きたい場所があればいつでも言ってよね」
ミロの言葉に安心したのか、それならば、とラナは森ジジイのところに行きたいと思っていたのだと告白した。
森ジジイとは、長い時を生きるラナの数少ない呑み友達で、時々――と言っても数百年単位ではあるのだが、遊びに行くと、酒の肴にたいそう美味な果実を振舞ってくれるのだという。
「ウメ酒を作った時に思い出してのう。あれならウメ酒より数段うまい酒ができると思うんじゃよ」
もちろんウメ酒はウメ酒でうまいがの、とラナはウメ酒を立てることも忘れない。酒への愛が無駄に分け隔てないのである。
「彼奴のところに行けば、結界内に入る方法やハッチと寝ておるあの娘の住処のこともわかるかもしれん。あれはおそらく森ジジイの眷属じゃて」
話を聞いていたラキムは、森、眷属、龍の友達、と呟きながら俯き、思いを巡らせる。そしてハッと顔を上げてラナを見た。
「ら、ラナさん、それってもしかして森巨人と森の民のことですか?」
「森巨人と森の民、ってなんですか?」
森の深淵で世界中の自然を管理しているという神と、その眷属。
森巨人はお伽話の域を超えない存在ではあるが、眷属である森の民は何処とも知れない森の奥深くに生息しているという。
「Z級の冒険者にも二名、森の民の方がいらっしゃいますよ。僕はお会いしたことありませんが」
「へえ、じゃあその森ジジイさんに会いに行けば、あの子の村もわかるかもしれないってことだね?」
「おそらくな」
「その美味しい果物っていうのも気になるし、行ってみようか。ラナ、森ジジイさんの住処はわかる?」
「もちろんじゃ。妾に任せい!」
張り切って龍の姿になったラナに乗り込み、一行は大穴を脱出。あと数十候はあると思われる未踏コースに後ろ髪を引かれながら、森巨人の住処へと向かうのであった。
*
《運搬物の総数が4300に達しました。職業レベルが23に上がりました》
《ユニット数が2,097,152から4,194,304に増加しました》
《スキル<急送便>が開放されました》
「空の飛行も運搬距離にカウントされるんだね」
「そうみたいだナ」
ラナの荷台の中で<ステータスボード>を確認する。<急送便>は二倍の速度で行動することができるようになる支援魔法のようなものらしく、走るのが好きなプトラは大喜びである。
「そろそろ着くぞ」
そう言ってラナが滞空したのは山々に囲まれた広大な森の上だった。
ラナの翼で半日弱、辺りはすっかり夜になっている。月明かりに照らされて、ラナの翼が起こす風が森を波打たせているのがわかる。
「おーーーい、森ジジイ!」
龍の姿のまま、ラナは目一杯叫んだ。しかしその声は夜の闇に呑まれて消えていく。
「おかしいの。確かこの辺のはずじゃったが」
「夜だし、もう寝てるのかもしれないよ?近くで野営して、また明日出直そうか」
おじいちゃんなら寝るのも早いかもしれないしね、とミロが言った時だった。
ラナの本体と出会った時と同様、のしかかるような重たい声が頭に響いた。
『・・・年寄り扱いするでない』
声の主はため息混じりに、ゆったりとした口調で言う。
「なんじゃ、やっぱりここか。早う返事せんか、森ジジイ!」
『・・・?お主、@W#&%か?』
頭に響く声に聞き取れない、ノイズのようなものが走る。ラナが名乗った時にもあった感覚だ。
『いや待て、彼奴にしては小さいのう。・・・しかしこの魔力は』
「正真正銘@W#&%じゃ。ちと訳があっての。話してやるから、まずは姿を現さんか」
『・・・まあ、よかろう』
声が途切れると同時に大地が揺れた。
あちこちで鳥の魔物が狂ったように奇声をあげて飛び立ち、バキバキ、ブチブチと轟音を立てながら、森を引きちぎるように山が立ち上がった。
「おっ・・・きい。あれが森ジジイさん?」
「なっ・・・」
ラキムはその巨大さに言葉を失う。山だと思っていたのは胡座をかいて座る森巨人だった。土煙を巻き上げながら次々と、八体の巨人が立ち上がった。
『あたたた・・・腰が痛いのう』
『久しぶりに起きたわい、数年ぶりかのう』
『いや数十年ぶりじゃろ』
そう言って巨人達は思い思いにゆっくりと伸びをする。
巨石でできたその躯体はラナの本体ほど巨大で、肩に、頭に、背に、体のあちこちに体毛のように森が茂っている。
「よし、では<人化>は覚えとるか?昔教えてやったじゃろ?」
『ああ、あれか。・・・こうだったかの・・・』
何度か失敗しながら、森巨人達は次々と人の姿に身を変じていく。その容姿はヒト族そのものと言っても遜色なく、褐色の肌を持ち、木の枝を編んだようなドレッドヘアーを後頭部で束ねている。年の頃はミロより少し年上だろうか。
「よし、メシじゃ!」
ラナの号令でなぜか食事の準備が始まった。少女の村のありかを聞きに来たのだったが。
森巨人達が森を移動させて作った湖の畔りに大きな焚き火を作り、テッポウ鮎の塩焼きラナに頼む。ミロはもう一つの焚き火でツィーレの野菜と渓谷ダンジョンで狩ったマザーサーモンをふんだんに使ったシチュー作りである。
脳裏にはマザーサーモンの魚卵を使った、いくら丼なる料理が思い浮かぶが、これもまた米と醤油が必要で作ることができない。
出来上がる頃には日が変わり、ハッチは作り置きのジャムパンを食べて眠ってしまった。
森巨人は鮎の塩焼きもシチューも気に入ったようで、ラナの酒を飲みながら何度もお代わりして食べている。
「しかしお主がヒトの従者とはのう。ようやく使命を果たす気になったか」
「別にそういうわけではないがの」
「いやしかし、そこなヒト族はあれじゃろ?ほれ・・・」
「そんなことよりじゃ、これを飲んでみよ」
ラナは言って、ベルベリにウメ酒を呼び出してもらい、森巨人達に振る舞う。
「ほう、こりゃうまい!酒はお主の<龍泉>のようじゃが、この実はなんじゃ?」
身をかじると、カシュッと小気味の良い歯ごたえの後に、甘酸っぱい風味が口に広がる。
「ツィーレというヒト族の国にある実での、元はまずまずなんじゃが、こうして漬けると見事に化ける」
「なんとも、ヒト族もなかなかやりよる」
「でじゃ。このウメ酒、ウメの代わりにあの果実で作れば、さらに美味くなるんではないかと思うてのう」
「フォフォ、それでやってきたというわけか」
承知した、と森巨人の一人が手をかざすと、手のひらから枝が伸び、ポコンと一つ果実が生った。
ラナは受け取った果実をミロに渡す。
「どうじゃミロ。これもウメ酒にできんかのう?」
言われてミロは果実を一口かじる。マンゴー、びわ、パイナップル、りんご、バナナ、イチゴ、ミロの頭にあらゆる果実が浮かぶが、どの知識とも合致しない。
「うわぁ、甘酸っぱくて美味しいね。うーん、これだけ甘いなら砂糖はそんなに必要ないね。少し蜂蜜につけて、それからお酒に漬けてみようか」
「そうかそうか。では森ジジイ、もう十個程おくれ」
「よかろう」
八体が二つづつ、計十六個の果実を受け取り、ミロはプトラの荷台から厨房に入っていった。
待つこと三十分。
待つ間にも宴会は進んでいたようで、ラナも森巨人達も、ベルベリも、いい感じに出来上がっていた。ラキムはそこまで酒に強くないのか、酔いつぶれて眠っている。
「ミロ、できたか?」
「うん。もう少し改良の余地はあるけど、とりあえずはね。それでも結構な味だよ」
「ほう、これだけうまい飯を作るお前さんがそこまでいうとは。楽しみなもんじゃ」
そわそわと落ち着きのない森巨人達に、次いでラナとベルベリに尺をしてまわり、皆一斉に杯を傾ける。
「「・・・、・・・」」
ゴクリと喉を鳴らし、口を開け、鼻と同時に息を吸い込む。体に入った冷たい空気に酒の匂いを染み込ませ、はぁ、とゆっくり息を吐く。
そして、また黙る。
誰一人感想を述べないが、ミロはにんまり笑ったままその様子を見ていた。
「なんという・・・吐く息すら美味い」
森巨人の一人がしみじみ言った。
「優しい甘みが口に広がって、いえ、とても言葉では形容しがたい味わいでございます」
「いや全くじゃ」
ベルベリとラナがうっとりと息を吐く。
「おかわりいるひとー」
ミロが言うと全員が我先にと手を挙げる。注いだ果実酒は琥珀色にうっすら緑が混じり、氷とともに月の光の浴びててらてらと煌めいている。
「くは、二杯目にしてなお新鮮に美味いのう」
「ヒヒ、どうじゃミロの腕前は」
「いや、恐れ入った。飯も酒も、こんなにうまいもんを食ったのは生まれて初めてじゃ」
いつ生まれたかなど忘れてしもうたがの、と森巨人達が笑う。
「どうじゃ森ジジイ。お主らも我が主に下らんか?毎日うまい飯と酒にありつけるぞ?」
そう言ってラナはミロの能力を説明する。
「魔石一個ありゃあええのか。それは魅力的じゃな。しかし、ミロと言うたか?そなたは良いのか?」
「僕は構いませんよ。<第四便>が空いてるし、最近仲間も増えてどんどん楽しくなっていくし。でも森巨人さんは大丈夫なんですか?ラナみたいに魔石が三つあるとか?」
「いやいや、儂らは全部で一体なのじゃ」
森巨人達は大地で繋がり、さらには世界中の自然と繋がり、一つの個として存在しているのだという。
「この八つの体は大陸中の自然を管理するのに都合が良いだけで、魔石はいくつでも生み出せるんじゃ」
「妾と同じように、連れて行く分体を通じてこやつらにもその経験が共有されるしのう」
「そっか、それなら大丈夫ですね。じゃあ魔石を貰ってもいいですか?」
「仰せの通りに」
一番奥にいた森巨人が大地に両手をつき、そこから魔法陣が広がる。黄緑色に光る魔法陣は錐のように縦に伸び、その中心から枝が突き出て、みるみるうちに巨木を成した。
ふん、と八体全員が魔力を込めると、巨木の一枝から蔓が伸び、その先に、まるで果実のように濃緑に煌めく魔石が生った。
「では、いただきます」
ミロは言って、魔石に触れて収納した。
《森巨人の魔石を収納しました。魔石を消費して全便の選択肢に追加しますか?》
「お願いします」
《陸上生物「森巨人」の魔石を消費しました。全便の選択肢に「森巨人」が追加されました》
陸上生物として問題なくカウントされたようだ。早速<第四便>で召喚してみる。
八体よりは若干若いが、肌の褐色も、後ろでまとめたドレッドヘアーもそのままである。
生まれたばかりだが、精神と知識は八体と同じものを共有しているのだという。
「忠誠を誓い、御身のために粉骨砕身しますじゃ」
そう言って、ミロの前に膝まづく。
「いや、そんなにかしこまらないで大丈夫ですから。えっと、名前は?」
名はないのでミロがつけてやるといい、とラナが言う。
「えっと、じゃあ・・・エルテはどうですか」
「有難く。それと主殿。できればラナのように接していただければ・・・」
「ふふ、じゃあよろしくね、エルテ」
旅の仲間がまた一人加わった。




