41. 渓谷
ワロワーデン王国、王都ニカラの冒険者ギルドは今日も喧騒で溢れていた。
まだ昼を回らないうちから酒場は賑わっている。そこここで小競り合いが絶えないが、仲裁に入る者はいない。この国を拠点とする冒険者には粗暴な者が多いことで有名で、特に王都ニカラの冒険者ギルドは「荒くれ者達の掃き溜め」と揶揄されることもしばしば。これがここの日常風景なのである。
「あれ?急に肩が」
昼食をとろうとカウンターの席を離れたホッズは、肩に重みを感じて立ち止まった。
背負袋に気づく間もなく、ベルベリに呼び止められる。
「ホッズ、お久しぶりです」
「うわっ!・・・あ、ベルベリさんじゃないですか、てことはミロさんもいらしてるんすか?」
「驚かせて申し訳ありません。マスターは現在ツィーレを出発し、ヤルジャハを目指して走行中です。ホッズに用があるとのことで、少しお時間をいただいても?」
常識的に考えると、これからワロワーデンに向かい、数日後に会いたいということなのだろうが、ベルベリの口ぶりは今から会えるか、と言っているようにも聞こえる。
「えっと、大丈夫すけど、今からすか?」
「いえ、お忙しいようでしたら時間を改めるよう伝えます」
「休憩に入ろうと思ってたところなので、俺は大丈夫す。ミロさんはどれ程でこちらにお着きになりやすか?」
只今、と言ってベルベリは鐘の音とともに消えた。そして数秒の後にホッズの背負袋が荷車に変わり、中からミロが現れた。
「ホッズさんお久しぶりです。すみません、お昼休憩の時に」
「い、いえいえ。ミロさん、本当にツィーレから?まさか、転移スキルを?」
ホッズは驚きながらミロを個室に通した。
ミロは転移扉の説明をしながら、休憩を邪魔した詫びにハンバーガーとポテト、野菜スープを振る舞う。
「う、うまいす!前いただいたのも相当うまかったすけど、さらに磨きがかってやすね!スープも温かくて、ポテトも・・・これ止まらないす!」
そう言って二つ目のハンバーガーに手を伸ばしたところでハッとする。
「すみません。ご用件、伺いやす」
「あはは、食べながらで大丈夫ですよ。用事は買取りのお願いだけなので」
「買取り?ツィーレの冒険者ギルドにはいかなかったんすか?」
ミロは、ハッチ達が修行でワロワデル山に行っていたことや、ツィーレのギルマス、オルゼンに「ダンジョンの獲得物は、それを管理する国へ」と言われたことを話す。
「それでわざわざワロワーデンに来てくれたんすか。いや律儀にありがたいことす」
頭を下げるホッズに、荷台の中で魔物を引き渡したいからと、人とマジックバックの用意を頼む。個室に入りきれない程大きい魔物がいくつもあるのだ。
「それにしても、ツィーレにいながらワロワデル山・ダンジョンの攻略すか。やっぱミロさんのスキルはすごいすね」
「いえ攻略はハッチ達だけで、僕ヴォルフさんとランチしてただけなんですけどね」
ダンジョンでランチってところがさすがなんすよ、とホッズは乾いた笑顔をミロに向ける。
「ヴォルフさんと言えば、最深部にたどり着いたそうで、これからダンジョンを出るっておっしゃってやしたよ。最長級のコースだったみたいすから、きっと話題になりやすよ」
ワロワデル山・ダンジョンには幾つかの入り口があり、中で繋がっているコースもあれば、どこにも繋がらないものもある。長短もまちまちで、今回ヴォルフが挑んだのは、その大半が未踏となっているコースだった。
長年成されなかった最長コースの制覇はかなりの話題になるが、その功績の陰にミロの力があったことを知る者は少ない。
「そうなんですか?じゃあちょっとお迎えに行こうかな」
「さっきの転移扉で?そんなホイホイ使えるスキルなんすか?」
「そうですね。特に魔力を消費したりすることもありませんし」
ミロは言って、ベルベリを呼ぶ。承知しました、とベルベリが言って消えた後、いくらかもしないうちに輓獣となったミロの荷車からヴォルフ達が降りてきた。
「手間をかけさせて済まんな、ミロ」
ヴォルフ自身にはよく会っているが、仮面姿は久しぶりである。
「いえいえ、手間ってほどじゃないですよ」
「そういえば、マジックバッグの礼をしていなかったな。とても重宝している。ありがとう。しかしこれほど大容量の、しかも指輪型なんてよく見つかったな」
ただでさえ希少なマジックバッグではあるが、容量が大きい程、入れ物が小さい程、その価値は高くなる。
「ジニさんのお父さんが商人さんで、いろいろ探してくれたんですよ」
「ジニさんのお父さんて、クラクシオ伯爵様すか?」
「はい。ホッズさんオーバンさんとお知り合いですか?」
「オーバンさんて。俺は知り合いではありやせんが、一方的に知ってはいやす。ワロワーデンにも名が轟く程有名な方すからね」
さすがは冒険者でいうところのSS級。度の過ぎた親バカという印象しかないミロだったが、オーバンの評価を上方修正する。
「ヴォルフさん、これからどうするんですか?」
「次はゾトのダンジョンに向かうつもりだ。元々サラコナーテ・ダンジョンの次に行こうと思っていたところだからな」
また飯を頼んでもいいか、と尋ねるヴォルフに、ミロはもちろん、と満面の笑みで了承の意を返す。
「あんたはどうすんだい?」
フライドポテトを啄みながらロトーが尋ねる。
「僕らはヤルジャハっていう国に向かうところだよ。途中でダンジョンを見つけて、今は攻略中だけどね」
「楽しそうだな」
後で遊びに行こうかな、とジジが笑う。
買取額は約二百万オロンにも上ったが、最近やり取りする額が大きいせいか、いまいち驚きも起こらない。金銭感覚が麻痺しているのだろうか、と自分が心配になるミロであった。
*
ヴォルフ達をホッズのもとに残し、ダンジョン攻略中の仲間達と合流したミロは、美しい渓谷の風景にため息をついた。
「穴に飛び込んだ先がこんな渓谷だったなんてね」
地下世界だというのに、見上げた先には青空が広がっているあたり、さすがはダンジョンである。
今プトラが走っているのは岩山に挟まれた急流の、その流れの上。先程までは森の中を小さな滝が段々になって流れていたのだと、上機嫌のプトラが言う。
渓谷は当然、終始下っているのだが、時に分岐し、合流しながら、最後にはまた大穴から落ちた最初の場所へと繋がっている。巨大なドーナツ状になっているのだ。
<地図>によると、そろそろ一周目が終わる頃らしい。
「プトラがはしゃいでのう。狩りも採取も隠し部屋も、全部すっ飛ばして一周走りきってしまったんじゃよ」
「グギャギャ!悪ぃ悪ィ。今度はちゃんとゆっくり走るヨ」
そうして一周目が終わった。見上げた空には巨大な穴がぽっかり空いている。あそこから落ちたのかと思っていると、おや、とベルベリが声を上げた。
「コースの形状が変わったようです」
「本当じゃ、景色も変わったのう」
一周目はとりどりの緑だった森が、一瞬のうちに紅葉した。
「一周ごとにコースが変化するってこと?」
「かもしれませんね」
ますます面白くなってきた、とミロは期待に胸を膨らませる。
しばらくは景色を楽しもうと、御者台でツィーレのお茶を呼び出した時だった。
「小物どもがお出ましのようじゃの」
ラナが言って水面に降り立つ。<第二便>の彼女にも<悪路運行>はしっかり効いている。
「あー!ハッチもお水に立ちたい!」
「ハッチは無理だよ。どの便にも選択肢ないんだから」
「ハッチも選択肢になりたいー!」
おそらくハッチが選択肢に追加されることはないだろう、とミロは思っている。護衛と騎獣・輓獣にはそれぞれに使命があり、兼任することはできない、そういうことだろうと。
「仕方ないな。じゃあ僕の荷車を大きくしてあげるから、その上で戦いなよ」
ハッチの身長並みに大きい魚が水中から飛び出す中、ミロも<第一便>で水面に降り立った。<ユニット操作>で外観を十ユニット四方にまで拡げ、その幌の上にハッチを立たせる。
「プトラ、余裕があったらハッチの方にも魚を流してあげて」
「オッケー、任せロ!」
プトラに耳打ちし、自らも短剣を握る。
「たまには僕もやってみよっと」
ミロは言って、片腕を水中に浸け、グー、パーと動かす。つられて魚が食らいついたところをぐっと引き上げ、短剣を差し込む。
「よし、一匹!」
<倉庫>に入れ、<荷物リスト>を見ると「テッポウ鮎」と表示されている。
鮎というワードに、塩焼きをはじめ、周辺情報としてそうめん流しの知識まで頭に浮かんだ。
「みんな!この魚、美味しいやつだよ!」
「何!?そういう重要事項は早う言わんか!」
大量に襲ってくるテッポウ鮎を殴り捨てていたラナが舌打ちする。
「妾とプトラは荷車に魚を殴り飛ばす。ハッチは止め、ベルベリは収納、ミロは臨機応変に止めと収納じゃ!」
「「了解!」」
修行の成果だろう、戦闘経験の豊富なラナが中心となって、その指示で皆が動く。
「ぼ、僕もお手伝いします!」
ラキムがプトラの荷台から躍り出た。装備している剣と防具はサラコナーテ・ダンジョンの隠し部屋にあったものである。
ちらりとラキムを見たラナが再度指示を出す。
「ではラキムはハッチとともに止め、ミロは収納に専念じゃ!」
水面から飛び出すテッポウ鮎を、プトラの尻尾とラナの拳が正確に捉え、荷車へと弾き飛ばす。それをハッチとラキムが器用に剣先で受け、幌の上に払い落とす。見事な連携で次々とテッポウ鮎を確保、その数はすぐに百を超えた。
「こやつらはどうやって食うんじゃ?」
「塩焼きにすると美味しいんだって。ラナのお酒とも合うみたいだよ」
「ヒヒ、それは楽しみじゃのう」
テッポウ鮎の襲撃がパタリとやんだところで、ラナの興味が食べる方へとシフトする。
鮎に関連する知識は他にもたくさんあるのだが、味噌焼き、おにぎりなど、こちらでは見たことのない食材がいくつかある。
「この味噌とか米とか醤油がなくて作れない料理、結構あるんだよね」
ミロが呟く足元で、水面にゆらりと波が立ち、大きな影が動いた。
「マスター、下にでけぇのがいるゾ!」
何がと見下ろした水中から、黒い道が浮上し、ミロの荷車はそれに乗り上げた。
荷車が傾き、落ちそうになるラキムとハッチを、ベルベリが瞬時に<収納>する。
「な、これ、魔物!?」
水中を這うようにうねりながら、顔を出したのは、ワロワーデンで出会った雪蛇を彷彿とさせる巨大なフォルム。大鰻だった。
「らぁ!」
先手必勝、ラナが拳を叩き込む、が、
「うぇ、なんじゃこのぬるぬる!」
ミロは<悪路運行>のおかげで問題なく立てているが、その体表はぬめりがひどいらしい。力が逸れるとラナがぼやく。プトラの尾撃もツルツル滑るだけで全く通らない。
「ハッチがやるぅ!」
荷台から飛び出したハッチがプトラの尻尾にしがみつく。
「ハッチがピョンになるから、プトラがブンてして!」
「おっしゃ行ってこイ!」
上に向かって勢いよく飛ばされたハッチは、双剣を一本だけ、両手で握った。
「魔力いっぱい・・・」
構えた剣に魔力が纏わりつき、巨大な魔力の刀身が出来上がる。
落下に任せて剣を構え、ハッチは徐々に迫る大鰻の頭を見据えた。
「ハッチの、スーパー・・・あぁ!」
しかし「マップタッツ」という技名は間に合うことなく、魔力の刀身は見事、大鰻の頭を技名よろしく、真っ二つに切り落とした。
斬撃で巨大な水飛沫を巻き上げ、目の光を失った大鰻の頭もろとも、ハッチは水の中へと沈んでいった。
評価ポイント、ブックマーク登録、ありがとうございます。とても嬉しいです。




