40. 誰の鼓動
ミロが森蜘蛛の大花の中で冒険者達を保護していた時、ラキムはそのすぐ近く、壁に開いた横穴の中でうずくまっていた。
森蜘蛛の蔓にやられて気を失い、大花に取り込まれてしまったものの、彼は液体に満たされた卵の中で目を覚まし、自力で卵から脱出したのだった。
「どうしてラキム君だけ、目を覚ますことができたんですかね?」
「わかりません。僕には<状態異常無効>スキルがあるので、例えば卵の中の液体に睡眠効果のある成分が含まれていて、他が眠らされる中、気を失っていただけの僕が目を覚ましたとか。それか、<魔力自動回復>のおかげで魔力枯渇状態にならなかったからかもしれません。卵に少しずつ魔力を奪われていた感じがあったので」
魔力枯渇状態。確かジニが<蝕魔の呪い>で昏倒した時、魔力の枯渇状態のように見える、とデイジーが言っていた。
「魔力が枯渇すると昏倒してしまうんですよね?」
「はい。軽めだと疲れやだるさを感じるくらいですが、重度になると気を失ったり、最悪、死に至ることもあります」
そうしてラキムは卵を内側から破り脱出したのだが、滑り落ちるようにして全身浸かったのは酸の池だった。悲鳴をあげ、足を酸で焼かれながら、彼は溶けかけた剣で壁に穴を穿ち、転がり込むように避難したのだ。
「でも、あの腕輪のせいで穴から逃げることができなかった・・・」
「・・・はい」
ラキムは言いながら、腕輪の嵌まっていた右手首をさすった。
その腕輪は今も<倉庫>に保管してあり、<荷物リスト>には「隷属の腕輪」と表示されている。
「隷属の腕輪を嵌められると契約に縛られます」
契約は三つ。一つは契約主が自由に決められる。そしてもう二つは「契約主に逆らってはいけない」「契約主から逃げてはいけない」というもの。三つのうちどれか一つでも違反すると、腕輪から死毒の呪いをまとった刃が飛び出し、契約者を死に至らしめる。
「その呪いは<状態異常無効>では防げないんですか?」
「隷属の腕輪は、スキルでは防げない呪いなんです」
「それで穴から逃げられなかった。・・・じゃあ契約主って」
「パーティーのリーダーです」
「どうしてリーダーが?仲間なのに」
「あんなやつ、仲間じゃありません」
言ったきりラキムは押し黙る。その顔から表情が消えた。
「あれ?でも『ブレイブスター』の皆さんを保護したんだから、ラキム君も一緒に来ないと契約に違反してたんじゃないんですか?」
沈黙の後、ラキムは「違反しようとしていました」と告白した。
それは死のうとしていたのと同義である。
「一緒に保護されても僕は契約に縛られたまま、今までの辛い日々が続くだけです。酸の池に溶かされて死のうとも思いましたけど、勇気がなくて。一人残されれば自動的に死がやってくるだけなので、勇気も覚悟も必要ないかなと思って・・・」
その顔に表情はなく、ただ涙だけが流れている。
「それで保護されるのを断ったんですね」
ラキムは小さく頷く。
ラキムを保護しようとした時、彼は「腕輪があるから動けない」と一度は保護を拒否していた。その時のミロは隷属の腕輪もその効果も知らず、訳が分からなかったが、腕輪がなければ保護を受け入れてくれるのか、と腕輪を<収納>で<倉庫>に送ってみせた。もちろん、装備したままの腕輪を収納して腕にダメージがないか、適当な指輪と枝で実験してからである。
ラキムは腕から隷属の腕輪が消えたことに唖然とした。
数年もの間、自由を奪われ、命を鷲掴みにしていたものが一瞬のうちに消えてしまったのだから無理もない。
「保護してもいいですか?」と尋ねるミロの顔を見上げ、さめざめと泣きながら、「死んだことにしてほしい」「誰にも接触しないようにしてほしい」という条件のもと、ラキムは保護を受け入れたのだった。
「今でも、死にたいと思っていますか?」
「・・・わかりません」
急に今日から自由だと言われたとて、一度は手放してしまった命が胸にしっくり収るはずもない。今も胸で鼓動し続けるこの音が、とても自分のものであるとは思えなかった。
思えなかったが、でも、とラキムは食べかけのハンバーガーを手に取った。
「でも、これは美味しいです」
肉厚なハンバーグと、トッピングにチーズ、ツィーレの新鮮な葉野菜とトマト。味付けは試作で好評だったデミグラスソースである。
ラキムはもう一口かじり、ゆっくりと味わった。
だから生きていてよかった、と言うわけでもなく、かといって最後に美味しいものが食べられた、とも言わない。
「そうですか。僕もっといろいろ作れるので、もう少し生きて食べてみませんか?」
ミロは言って、六十四ユニットを割き<草原>を新たに設置した。
*
「見ててください」
ここも荷台の中なのか、と驚くラキムをよそに、ミロは<倉庫>から隷属の腕輪を呼び出した。腕輪は契約主との距離か何かを感知し、呪いを発動させる。死毒を纏った刃がジャキン、と音を立てて飛び出した。
「うわ、本当に出た」
死毒の呪いが液体のように滴り、草の上に落ちる。じゅう、と音を立てて草が枯れ、むき出しになった土が呪いと同じ紫色に染まった。
「ミロさん、危ないです!」
「大丈夫です。荷台の中は<安全運搬>の対象なので。状態異常は無効になるし、<衛生管理>で異物は排除されます」
「いや、何のスキルかわかりませんけど、腕輪の呪いはスキルでは防げません!」
言われてミロはハッとする。
「そうでしたね!あ、でもほら」
滴る液体と枯れた草が地面の中に吸い込まれ、何もないもとの草原に戻った。
「よ、よし、結果オーライ」
「一体何を?」
「これでラキムくんは今死にました」
それから、と言ってミロは<倉庫>から指輪を出す。
「これはサラコナーテという街のダンジョンで見つけた認識阻害の魔道具です。ラキム君にあげます」
ミロは呪いはないから心配いりません、と一度指輪を嵌めてからラキムに渡す。
ミロが何をしたいのか、ようやく分かったラキムは、おずおずと指輪を受け取り指に嵌めた。
「あれ、なんか姿を変える魔道具らしいんですけど、ラキム君のままですね」
「認識阻害系の魔道具は、装備しているところを見た人には効果がありませんからね」
「じゃあ、ちょっと面倒ですけど、できるだけ嵌めっぱなしにしといたほうがいいですね」
呪われるよりはマシか、とミロは笑う。
「本当にいいんですか?」
「はい。もうこれからはラキム君じゃない別の人生です。死ぬなんてやめにして、とりあえずは僕のパンを食べながら、やりたいことを見つけるといいですよ。僕はナックおじさんという人を探して旅をしているので、いろんな国でいろんなものを食べましょうよ」
まだ見ぬ食材に思いを馳せ、見せる笑顔が、ラキムには眩しく見えた。
「一緒に行ってもいいんですか?」
「はい、ラキム君さえよければ。あ、正体がばれないように名前も変えたほうがいいですかね?」
「ラキムという名はルッサンモーヲ王国ではよくある名前なので、大丈夫だと思います」
それはルッサンモーヲに四方街道を敷いた立役者の名で、その偉大な功績にあやかって子にラキムとつける親は少なくないという。
「じゃあ、ラキム君。よろしくお願いします」
ミロが差し出した手を、ラキムは少しためらいながら、それでもしっかりと握った。
*
「ミロ、ダンジョンを見つけたぞ」
<談話室>に戻ると、荷台の屋根から顔を覗かせてラナが言った。
「魔力の歪みを見つけての、ベルベリに<地図>で見つけてもらったんじゃ」
「こちらです、マスター」
ベルベリが展開した<地図>をミロとラキムが覗き込む。
「すごい精密な地図ですね。この色のついてる所と、白い所はどう違うんですか?」
「最初は白くて、行った場所には色がつくんですよ。ほら、今走ってる所も色が付いてきてるでしょ?」
「すごいですね。サラコナーテ・ダンジョンも・・・あ、ワロワデル山のダンジョンにも行ったことがあるんですか?」
「僕はワロワデル山には行ったことないですけど、プトラ達が行ったことあるから、それがカウントされたんだと思います」
正確には、御者あるいは騎獣・輓獣が訪れた場所に色が付くのだ、とベルベリが説明する。
「で、どうするのじゃ?」
ラナに急かされ、ミロは地下に広がるドーナツ状の空間を眺める。
あまり道から外れないように、とジニには言われたが。
「行ってみようか。ノエリアさんを治す薬が見つかるかもしれないしね」
「そうこなくては!ダンジョンにはうまい肉がたくさんあるからのう」
「ハッチも行くのう!」
未知のダンジョンにどんな肉があるのかと目を輝かせる二人を前に、行かないという選択肢はとても選べなかった。
道を外れてしばらく進んだところに、<地図>で見た通りの大穴があった。ここに飛び込んだ先に、ダンジョンは広がっている。
「今<第一便>って僕だっけ?とりあえずプトラに変更しておくね」
「グギャギャ!サンキュー」
「あれ、また選択肢増えてる」
「ハッチも見せて」
<ステータスボード>を低くしてハッチにも見せる。
全便の選択肢には新たに、ジニの父クラクシオ=オーバン、【神像技師】のコゾ、ワロワーデンの冒険者ギルド職員ホッズの三名が追加されていた。
未だに追加される条件やタイミングが分からない。
「あ、そうだ。せっかくホッズさんが追加されたし、僕ちょっとワロワーデンに行ってこようかな」
ミロの言葉にラキムは何の冗談だろうかと首を傾げた。ワロワーデンはちょっと行ってくるような距離ではない。
「では私が先触れしてきます」
「ベルベリありがとう。ラキム君はどうします?ダンジョン攻略に出てもいいですし、荷台の中でゆっくりしててもいいですよ。あ、暇だったら魔物の解体とかしてもらえると助かります」
じゃあ行ってきますねと、本当にちょっと行ってくるという風に言って、ミロは扉の向こうへ消えていった。




