38. 異例の謁見
謁見は異例の事態となった。
本日、ミロと『月華』の三人は、怪奇現象の調査報告とその褒賞の授与のため王城に召集されていた。同じく拝謁する各ギルドのマスターと司教はすでに待合室で待機しており、案内者のお呼びで全員が謁見の間に向かった。
それはミロ達の謁見が始まってすぐのこと。
ミロの荷台袋がもぞもぞと動き、袋の口からハッチがひょっこり顔を出したのである。
「あ、だめだよハッチ」
ミロは小声で嗜めるが、ハッチは国王と宰相のハインズに向かって小さく手を振っている。
「ヒゲおやじとヒゲンズがいい子にしているか、ハッチはカツモクに来た」
ヒゲおやじとは国王、ヒゲンズはハインズのことである。
森蜘蛛討伐の帰りに朝食を共にして以来、ミロと国王、宰相はちょっとした朝食友達になっていた。ここ数日は毎日同じ食卓を囲み、ハッチやラナ、ベルベリともすっかり仲良くなっていた。
ハッチはそんな国王と宰相が仕事をしている姿を見てみたかったのだという。
「ヒゲおやじ、かっこいい帽子だな。上手に王様になっているか?」
「ククク、ハッチか。まあまあ様になっておるだろう?」
謁見の間は騒然となった。
慣例において、拝謁者は王に許しを得ない限り発言することを許されない。いや、それ以前に「ヒゲおやじ」である。ギルドマスターのオルゼンとライエルは驚きのあまり目を剥き、タニアやデイジーは笑いを堪えて震えている。ジニはギギギ、と顔を向け、ミロを睨んだ。
「なんだかのう。アホらしくなってきたわ」
「陛下・・・」
国王は言って格好いい帽子、王冠を脱いだ。
ハインズは表情を変えないまま、しかし小さくため息を吐く。
「皆の者、楽にするがよい。今後『豊穣の御使い』を交えた謁見において全ての慣例、礼法を排除する」
王命である、との宣言にハインズは項垂れ、戸惑う拝謁者達に楽にするよう勧めた。
国王の頼みで、ミロはベルベリやラナに出てきてもらい、騎士達が運んできた立食用の台に作り置きしていた料理を次々と並べていく。結局、謁見の間は宴会場になってしまった。
どうしてアンタがいるところはどこでも宴会になってしまうんだろうね、とぼやいたのはジニだった。
「此度は魔族の災厄を退けたこと、誠に感謝する」
国王は拝謁者全員を見てから深く頭を下げ――これもまた異例なことである、これをもって乾杯の音頭とし、杯を掲げた。
「乾杯!」
「「乾杯!」」
「「か、乾杯!」」
ミロやハッチ、ラナは歓喜の声を上げて杯を掲げ、タニアやデイジーもそれに倣う。ジニ、オルゼン、ライエル、モールのまとも組四名は一瞬躊躇したものの、半ばやけくそに杯を掲げ、ぬるいエールを一気に飲み干した。
「さて。食べながらでいい。それぞれ褒賞を受け取ってくれ」
国王の言葉を受け、ハインズが一人一人に褒賞を渡していく。
『月華』の三人は大きな袋を受け取っているが、その中身は全て大金貨である。一方、オルゼン、ライエル、モールは羊皮紙を恭しく受け取っている。
「な、なんで僕だけこんなに多いんですか!?」
ミロは運ばれてきた袋の数に絶叫した。
依頼の報酬自体は『月華』と一律なのだが、ハインズ曰く、その他でやらかしてしまったらしい。
「そうですね、大きなところでいうと、森蜘蛛解体の場所提供、魔族の呪いに効く回復薬の提供、メテア神様の御名の流布、神木の召喚、・・・まだ聞きますか?よくもまあ一週間そこらでこれだけの功績を立てたものですよ」
「ちなみに、これいくらあるんですか?」
「800万オロンです」
「・・・そうですか」
驚きが過ぎて、逆に何の感想も浮かばないミロであった。
*
謁見の帰り。ちょっと寄って欲しいとジニに言われてプトラをとめたのは、王都の中心街にある二階建ての建物だった。
「ラナ、ハッチ、行こうぜ!」
「何じゃタニア、酒か?」
「む、ハッチはペーする」
「ベルベリも行こ」
「デイジー、ここは何のお店ですか?」
プトラを送還し、ミロも遅れて店に入る。広い店内には武器や杖、アクセサリーが種類別に陳列され、中には木人形に武具を装備させ、戦士や魔法使い風に展示しているものもある。
「いらっしゃいま、・・・会頭!」
軽やかな声の女性が、ジニを見るなり、花が咲いたような笑顔になった。
「なかなか来れずに悪かったわいな。国の依頼やらいろいろあってね」
「いえいえ、大変な功績を立てたとか。我々も誇らしく思います」
「こっちはいいから、ベスはうちのメンバー達が上に連れて行った子達の対応を頼むわいな」
「承知しました」
軽やかにお辞儀をして二階へ向かうベスを見送り、ジニとミロは手近なテーブル落ち着く。
「会頭って呼ばれてましたけど、ここがジニさんのお店ってことですか?」
「そうだわいな。ガールディアン商会と言ってね、女性冒険者専用の武具を製作、販売してるんだよ」
「へぇ、女性専用ですか。それでかわいいアクセサリーとか、女性用の防具が多いですね」
ミロは改めて店内を見回した。商品はもちろん、空間のデザインも女性をターゲットにしているのがよく分かる。
「冒険者の四割は女性だけど、女性用の武具を作ってるのはほとんどが男でね。既製のものじゃどうにもしっくりこないし、オーダーメイドでもいまいちだったから、じゃあ自分で作ってしまおうと思ったのがここの始まりだわいな」
ニッチなだけに需要は高く、各国の女性冒険者達からオーダーメイドの依頼が殺到。またちょうどよく、『月華』という絶大な広告塔があったこともあり、ジニは破竹の勢いで成り上がってきたのだ。
「さて。あっちはしばらくかかるから、ミロはこれでも見ておきな」
そう言ってジニはテーブルの上に一冊の本を置いた。
それは、まだ王都ソントプソンに着く前、ジニが作ってやると言っていた料金表だった。
ミロのスキルで提供できるサービスについて、料金が事細かに表記されている。
「すごい、こんなに細かく」
例えば<ユニットタイプ>。<荷台>だけでも乗り合いと貸切で料金が違い、<寝室>にするとさらに割高、<食堂>での食事つきになるとさらに、という具合にグレード別に料金が書かれている。
食事も内容によって一食の料金が異なり、この料金表を作るきっかけとなった、飲み物に氷を入れる料金もしっかりと記載されている。
「これが相場ですか・・・やっぱり高いですね」
「それだけアンタのスキルは優秀だってことだよ」
振動や騒音の無い荷台がどれだけ心と体の負担を軽減するか。移動しながらベッドで眠れることがどれだけ贅沢なことか。
「言われるとそうですね。なんだか普通のことのようになってました」
「父上にも協力してもらったから、市場価格に則った料金になってるはずだよ。この通りにしろってわけじゃないから、商売をするなら参考にするといいわいな」
「はい、ありがとうございます。大切にします」
頁をめくると、野営地で屋台をする際の価格や、新作メニューに価格をつけるときの目安まで書かれている。
「これ、ツィーレを出たらやってみようと思ってたんですよ」
「アンタがやってみたいって言ってたのをベルベリから聞いたんでね。ツィーレからヤルジャハまでの道中にも幾つか野営地はあるから、試してみるといいわいな」
ジニやオーバン、ベルベリが自分のために作ってくれたのだと思うと、胸が熱くなる程にありがたかった。
「おーい!終わったぞ」
声のする方を見上げると、タニアとデイジーが二階から降りてくるところだった。その後をついて降りてくるハッチとラナに、ミロは思わず目を奪われる。
「わあ・・・」
ハッチは長い白髪を青いリボンで左右に束ね、肩出しの白いワンピースとロングブーツを身に身につけている。腕やスカートの裾部分はゆったりとした大振りのフリルで、リボンと同じ青。彼女の目のオレンジと相まって、真夏の向日葵畑のような、快活な印象を受ける。
ラナは黒を基調に、ところどころ紅色をあしらったコーディネートである。
パーカー付きの丈の短いジャケットに、へそ出しの白いインナー。紅色の腰巻の下にはホットパンツを履いている。
「二人とも良く似合ってるわいな。ミロも見とれてないでなんとか言ってやりな」
新しい服を褒めるのは男の義務だよ、とジニは言う。
「ハッチもラナもとっても可愛いよ」
「基本的にハッチはスピード重視、ラナは平均的にステータスを底上げするようにしたわいな」
胸のブローチや指輪などの装飾品もそれに則して選んでいるのだという。
「ベルベリちゃんは服いらないって言ってたから、<遠視>の眼鏡と<縮小>の指輪だよ。ほら、恥ずかしがってないでご主人様に見てもらいなよぅ」
デイジーに背中を押され、ベルバリが前に出る。
「どっちも魔道具でね、<遠視>はそのまま、遠くを見ることができる機能だよ。<縮小>はものを小さくする機能で、ほら、ベルベリちゃんってティーカップが大きすぎていつも飲みにくそうにしてるでしょ?これがあれば物をベリベリちゃんサイズに小さくできるから便利だよ」
「それすごい。ベルベリ、とっても似合ってるよ」
「きょ、恐縮でございます」
「うわー、みんな似合ってるし、お金たくさんもらったことだし、思い切って買っちゃおっか。ジニさんこれ全部でおいくらですか?」
「お金はいらないよ。これは私ら『月華』からの礼だわいな」
ミロは何の礼だか見当もつかず、驚いたままの顔をジニからタニア、デイジーへと向ける。
「二度も命救われた上に、寝てただけで国から褒賞までもらっちまったからな」
「そーそー。とりあえずだけど、このくらいはしなくちゃね」
「それから、これも受け取ってくれ」
タニアは言ってマジックバッグから防具やリングを取り出した。
後でハッチの基礎値を上げるのに使うといい、と言ってミロに渡す。
「これくらいは上げても大丈夫かなって分だ。金を払うなんて言ってくれるなよ?」
「いや、でもホントにいいんですか?」
「いいに決まってるわいな。ハッチもラナもベルベリも気に入ったかい?」
「うむ。妾は大いに満足しておる」
「私もその、とてもありがたく思います」
「ハッチはソースがついたらここで拭ける」
ハッチは言って、腕のフリルで口を拭ってみせる。
ミロは困ったように、しかし丁寧に頭を下げて礼を述べ、ありがたく頂戴することにした。




