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32. 【閑話】レポート1

「ふひひひ、今回は完全に失敗です」


龍の姿のラナでも手が届かない程、遥か上空。その女は死にゆく森蜘蛛を<遠視>スキルでつぶさに観察していた。

白衣を纏うその肌は青く、額には赤い一本角を携えている。一見してヒト族ではない彼女は、羊のようにもっさりとした黄色い髪の中から小さな魔道具を取り出し、それに向かってなにかを呟く。


「魔族再生計画、レポート五十六。記録を開始する・・・」


これまでの検証で、融合させる魔族の魔石と魔物の間には、それぞれが持つポテンシャル、概括的に言うと「強さ」における相性が存在していることが分かっている。

仮にその強さをCからZまでのランクで定義する。――ちなみにこれは一部のヒト族が用いる階級付けから着想を得ている。C級の魔族の魔石に融合させるのに最適な器はC級の魔物で、例えばA級の魔族の魔石にSS級の魔物を融合させると、魔族の再生は姿・精神ともに叶わず、魔物にその強さを吸収されてしまう。逆にA級の魔石とC級の魔物の組合せだと、器が保たず、魔物の肉体は魔石を残して瓦解してしまう。

今回の実験は、S級の魔物にA級の魔石を二つあてがうとどうなるか、というものだった。

理想としては融合体が二つ、もしくは三者が融合した一体が誕生するはずだったのだが、結果は眼下の結末の通り。魔族の姿・精神は再生することなく、魔物蜘蛛の精神も崩壊。魔族の二人が有していた<植物操作>と<寄蝕>の能力が相まって、森を侵食し取り込むだけの暴走体となってしまった。暴走体は管理下におけるような代物ではなく、惨憺(さんたん)たる結果だった。


融合(アゾ)スパイダーは破棄。二つの魔石はヒト族の手に渡ったものと推測する。また、逆の融合、高ランク魔石に複数の低級魔物を融合させるのも、同様の結果になると予想される・・・と」


そこまで言って、彼女は魔道具を髪の中に仕舞った。

んー、と背伸びをし、一息つく。


「それにしても、<寄蝕>は惜しいことをしました。<蝕魔の呪い>は効率よく魔力を集める手段として長年研究、改良を重ね、愛着を持っていたのですが・・・」


<寄蝕>の能力の一つ、<蝕魔の呪い>は、効率よく魔力を集める手段として彼女が長年研究、改良を重ねてきたものだった。

融合(アゾ)化の実験には大量の魔力を必要とする。今後は<蝕魔の呪い>に代わる新たな魔力の調達法を考えなければならなくなった。


「魔石も持ち去られたことですし、<寄蝕>を使った魔力調達は一旦ここで終わりとして、こちらもレポートに落とし込んでおいた方が良いでしょう」


彼女は言ってもう一度、髪の中から魔道具を取り出す。


「魔族再生計画、レポート五十七。記録を開始する・・・」


研究の始まりは数十年前、これは魔族再生計画の始まりとも言える。

第一段階は偶然できた<寄蝕>の融合体による、とある村の襲撃だった。

当時、<蝕魔の呪い>の前身である<蝕命の呪い>は即効性が高く、被呪者の魔力を数刻のうちに奪い去り、死に至らしめる呪いだった。

一過性の呪いであるため定期的な魔力調達には不適、また大量の犠牲者を出す呪いであるため対抗勢力の出現が危ぶまれた。

第二段階は十余年前。<蝕命の呪い>を改良し、魔力を奪う速度を数年単位まで引き延ばすことに成功。数年をかけて被呪者から少しずつ、しかしより多くの魔力を奪取できるよう調節した呪いだった。

ところが、この第二段階では魔力を調達することができなかった。

被験体が姿を消したのだ。

被呪者が死んだ時点で奪取した魔力は本体に送られるので、死んだという可能性はない。かといって呪いの性質上、生きているとも考えられない。とかく、魔力は一向に送られてこないのである。


「不具合が生じた、あるいは呪いに対処されたものと考察する」


第三段階はさらに呪いの効果を弱め、十年以上の時間をかけてじわじわと魔力を奪取、本体に魔力を送る直前に被呪者を死に至らしめる、という呪いであった。これを<蝕魔の呪い>と名付けた。

それまでの<蝕命の呪い>とは違い、死の直前まで症状が現れないため、対処されることなく大量の魔力調達が見込める計算だったのだが。


「今回、魔石を持ち去られたことにより魔力を受け取る本体が消失。これをもって<寄蝕>による魔力調達計画を中止とする」


魔道具の記録を終え、彼女はまた一つため息をついた。

融合(アゾ)化の研究と、それに必要な魔物と魔力の調達。やるべきことは山ほどあり、遅々として計画は進まない。なにしろ、たった一人の孤独な研究である。


「助手の一人や二人でもいればいいのですが」


独り愚痴をこぼし、彼女は南東の空に向け、宙を泳ぎだすのであった。

全ては魔族再生計画のため、延いては彼女の復讐のため。思考を止めている暇などないのである。

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