31. 悪路の先に
「こいつが怪奇現象の元凶だわいな」
「なんじゃ、ではあやつを始末すれば一件落着というわけか!」
「始末できれば、な」
タニアは言って、八本の足を忙しなく動かす巨体を睨む。周囲の木々がなくなることで、その大きさが、異形さが一層顕になった気がする。
「来るぞ!」
小蝿を叩き殺すように蔦の鞭が次々と襲ってくる。避けて破壊したところで、すぐに新しい蔦が伸び、絡まり、また一本の鞭となって動き出すだけである。
「もー、キリないじゃん!」
「むやみに攻撃しても再生するだけ、再生力がなくなったらまたさっきみたいに森を吸収するつもりだわいな」
「森がある限り止まらねぇってことかよ!どうすんだよ!!」
「・・・ラナ、どこかに魔石の気配はないかい?」
今しがた蔦を凍らせたジニがラナを振り返る。
任せよ、と見開いた紅色の目が森蜘蛛を捉えた。禍々しい魔力があちこちから漏れ出していて、その流れが読みづらい。
おそらくあれじゃな、と言ってラナが指差したのは壺のような大花だった。
「ぽいな」
タニアはチ、と舌打ちする。森蜘蛛が大花を守るように戦っているからだ。
「おぬしら、よう聞け。妾が龍の姿であれの動きを止める。おぬしらはその隙になんとかあの穴に入って魔石を捥ぎとってくるのじゃ」
「肝心な部分が丸投げだね。まあなんとかしてみるわいな」
頷き合って散開、ラナの龍化を合図に方々から花の大穴を目指す。
「グゥオオオオオッ!」
龍となったラナが蔦を複数本ずつ掴んで、ぐいと引っ張った。踏ん張る森蜘蛛の動きが一瞬止まり、ラナはそこに火炎を吹きつける。
相性は抜群のようで、森蜘蛛はのたうち、火を消そうと大木の枝葉を顔に叩きつける。
「今じゃ!」
『月華』の三人が大花のすぐそばに躍り出た時だった。
鼻を刺す匂いにジニが顔を歪めた。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「状態異常の魔道具が効いて、な・・・」
穴は目の前、あと一歩というところ。森蜘蛛の全身から淀んだ緑色の霧が撒き散らされ、ジニ達の意識は深い闇へと落ちていった。
「これは・・・く、」
毒はラナにも作用していた。反応の鈍ったラナの口に、体に、蛇が這うように蔦が絡まっていく。そうして雁字搦めになったところを、大きな蔦が次々と貫いていった。
顔を歪め、叫ぶこともできず、ラナは光となって消えていった。
「ラナまで!・・・プトラ、ジニさん達を助けに行かないと!」
戦いの行方を見守っていたミロはたまらず叫んだ。
「ダメだマスター、ジニ達が敵わなかったんダ!一旦戻って態勢を整えねぇト!」
「ううん、そんな暇ない!王都に戻る間にどんどん被害が増えちゃうだけだよ!大丈夫。プトラの足もあるし、<絶対防御>だってある」
「で、でもヨ・・・」
「メテアちゃんが言ってたでしょ?ツィーレを助けてって。僕ならできるって」
プトラの目に映るミロは決して自信に満ち溢れているわけではない。それでもやると決めている顔だった。プトラはこの顔を何度か見たことがあった。ミロはいつもそうだ。近しい人間の命が危ぶまれる時、絶対に譲ることはない。
「チェ、わかったヨ!どうなっても知らねぇからナ!」
「そうこなくちゃ!治療術士の皆さんは、ラナのリキャストタイムが終わり次第<第二便>で避難して、荷台から出ておいてください。万が一、僕が死んだら中のものがどうなるかわかりませんので!」
すぐ後ろ、<談話室>で待機していた術士達が立ち上がる。
「いいえ。我々もお供いたします」
「でも・・・」
「『月華』の皆様を保護した後、治療しなければなりませんので」
四人が深く頷く。彼らには彼らの使命があるのだ。
「時間がねェ、みんな連れてくからちゃんと乗ってろヨ?」
走り出したプトラに、術士の一人が<敏捷・上昇>と魔法を唱えた。赤い光がプトラの体を包み、両脚に集まって消えた。
「しばらくの間、敏捷性が上昇します」
「うオ!なんか速く走れル!うっひャー!サイコーだゼ!」
打ちつける蔦を飛んで躱し、森蜘蛛との距離を一気に詰める。森蜘蛛は焦ったようにジニ達の体に蔦を巻きつけ、獲物は渡さんとばかりに持ち上げた。
「プトラ、蔦の上って走りにくそうだね」
ミロはニヤリと笑う。走りにくそうと認識した時点でそれは「悪路」とみなされる。
「うっしャ、行くゾー!!」
そうなれば上下も左右も関係ない。<悪路運行>が動き回る蔦を行路に変え、プトラはその上を、下を、縦横無尽に突き進む。
「プトラ、デイジーさんがあそこに!」
プトラは一番近くにいたデイジーに飛びかかり、すれ違いざまベルベリが手を触れて<収納>する。
「次はタニアさん!」
攻撃を避けて蔦の側面、下側、とプトラは重力を無視して走りタニアを目指す。
森蜘蛛もこれ以上獲物を横取りされまいと蔦の本数を増やして応戦する。プトラの行く手を阻みながら、タニアとジニにギザギザの棘を持った双葉の植物を向かわせた。
粘液の糸を引きながら葉が開く様は、口を開けたプトラに似ている。
「た、食べられる!」
言うと同時にそれは現実となる。
開いた双葉が捕縛している蔦ごと、ばくんと二人を飲み込んだ。
「タニアさんとジニさんが!!」
「ご覧ください、マスター」
ベルベリが二人を飲み込んだ植物の茎を指し示す。もごもごと盛り上がり、中をタニア達が通っているのがわかる。
「あの壺のような花の中に運ばれたようです」
「プトラ、あの花の穴に!」
「わかっタ!」
森蜘蛛の毒霧がプトラを襲うが、
「そいつは効かねぇヨ!」
プトラは迷うことなく霧の中に飛び込んだ。それを見やり、赤い目が愉悦に煌めく。
毒霧が晴れた先には、先回りしていた蔦が待っていた。
「せこッ、目くらましかヨ!」
脚を捕縛されたプトラは宙吊りになり、その無防備になった体に蔦が巻きつく。
「チェ、もうすぐそこだったのニ!」
真下にぽっかり空いた大穴を見てプトラが悔しがる。
「ありがとうプトラ、交代だよ」
ミロは言ってプトラの<第一便>を自らに変更した。プトラが消え、ミロの体は蔦の間をするりと抜ける。重力に従い大穴へ落ちていくミロに蔦が迫るが、
「ベルベリ!」
「すでに」
ベルベリが短く言った直後、ミロの直上に<第二便>のプトラが現れる。
「行ってこい、マスター!」
プトラは言って宙でぐるんと一回転。その遠心力のままに尻尾をしならせ、ミロの体を大穴へと叩き込んだ。
蔦は追いつくことができず、ミロの姿は大穴の闇の中へと消えていった。
*
大穴に落ちたミロが着地したのは池の中だった。膝が浸からない程度に浅く、その水は薄っすらと光を放っている。ここは森蜘蛛の胃袋の中。<絶対防御>のあるミロには分からないが、生き物を溶かす酸の池である。
「タニアさん!」
ミロのすぐそば、透明の卵のようなものの中にタニアの姿があった。
下から蔦に支えられ、酸の池より高い位置で止まっている。卵は触るとぶよん、と柔らかく、その表面には細い蔦が血管のように這っている。
卵の中は液体で満たされているようだが、時折口から出てくる気泡でタニアが生きているのがわかる。
辺りを見まわすと、その卵がタニアを含めて九つ。全てに人が入っていた。
「これって、もしかして行方不明の人達?」
タニアとジニ以外はどのくらい入っていたのか、痩せこけて生気を感じられない。
とにかく保護だ、とミロは短剣で卵を割く。溢れ出る液体を浴びながら中の人に触れ、<収納>で治療術士の元に送った。
「・・・これで全員か。で、これが魔石」
九人全員の保護を終えたミロは、池の中央にある二つの魔石に目を向けた。台座の形に絡み合った蔦の中に、緑色の魔石と紫色の魔石がはめ込まれている。
「どっちを持っていけばいいんだろ」
しばらく思案して、いっそ二つとも<倉庫>に送る。
後でジニが起きたらなんとかしてくれるだろうと期待して。
<悪路運行>で内壁を歩き、大穴から外に出ると、森蜘蛛はすでに目の赤い光を失い地に横たわっていた。
「オ、マスター。やったみてぇだナ」
「マスター!ご無事でしたか!」
「うん、なんとかね。保護した人達はどう?」
「九名とも治療中でございます。タニアとジニは問題ないようですが、他の方々は衰弱が激しく、現状なんとも言えないとのことです。あ、デイジーは先程目を覚ましましたよ」
花の中に運ばれる前に保護したデイジーは先に治療を受けていた。毒の霧は複数の高位状態異常を引き起こすものだったようだが、なんとか治療魔法で事なきを得たのだという。
「そうなんだ、よかった」
「それでマスター、もう一人は・・・」
ミロは首を横に振る。行方不明者はB級パーティーが4名、A級が4名。ジニとタニアを合わせ、全部で十名保護しないといけないはずだったのだが。
「・・・中には九人しかいなかった」
ミロは言って、表面が酸で溶けた剣と鎧の一部を呼び出した。
「これが落ちてた。多分、中で亡くなったんだと思う。・・・みんなが起きたら、そう伝えなくちゃね」
「・・・承知しました」
ふわりとベルベリは消え、治療の手伝いに戻った。
「ミロくーん」
プトラの荷台からデイジーが顔を出した。いつもの快活さはなく、まだ本調子ではない表情である。
「デイジーさん、まだ寝てた方がいいんじゃないですか?」
「へへ、大丈夫。それより魔物の討伐、ミロ君だけに任せちゃってごめんね」
「いえいえ。プトラとベルベリもいたし、ギリギリなんとかなりました」
「それでね。あの蜘蛛の死骸、できれば持って帰りたいんだけど」
調査報告に必要になるのだとデイジーは言う。
「それに、かなーり特殊な魔物だったからね。研究材料としても絶対欲しがると思うんだ」
「なるほど、わかりました。じゃあ<倉庫>に入れておきますね」
ミロの一触れで、森蜘蛛の死骸は一瞬にして消え去った。
後に残ったのは更地だけ。これから数百年という時間をかけて緑を取り戻していかなければならないのである。




