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30. 余波と元凶

イエロバッファに襲われた村に到着したのは、日が変わる少し前のことだった。

夜に動くのは下策ということで、魔物討伐と冒険者達の捜索は日が昇り次第行うとこになった。なのだが。


「おいプトラ、あれはミロがよう鍋に入れるキノコとやらではないか?」

「ほんとダ。噛んだ時にキュチキュチして意外とうまいんだよナー」

「ハッチは目が暗いだ」

「毒の有無を調べますので、採取したキノコはまず私に見せるのですよ」


睡眠を必要としない召喚スキル達は元気なものである。夜目がきくプトラとラナを中心に狩りや採取をし、ベルベリは<荷物リスト>で毒キノコの判定、ハッチは魔物を解体する。

皆ミロを手伝ううちにずいぶん上達したものである。また、それがミロの手によっておいしい料理に変わるとわかっていれば苦にもならない。


《運搬物の総数が2,600に達しました。職業レベルが19に上がりました》

《ユニット数が131,072から262,144に増加しました》


朝の明るみが東の空の彼方から滲み出した頃、ミロはレベルアップを告げる声で目を覚ました。まだ開ききらな瞼をこすりながら皆の成果を確認し、行方不明の冒険者達は見つからなかったという報告を受けた。


「そっか。日が昇ったら『月華』の皆さんと捜索を始めようね。それよりみんなお疲れ様。たくさん穫ってきたね。僕は朝ごはん作るから、みんなはお風呂入っておいで」


ミロは<荷物リスト>を確認しながら調理に取り掛かる。朝なので献立は軽めに野菜スープとパン。徹夜組にはボアのステーキを焼き、ヴォルフ達の弁当にはパンにピザの具を乗せて

焼いたピザトーストを作った。


「アンタ達、朝からよくやるわいな」


食堂に来たジニは、豪快に肉にかぶりつくハッチ達を見て顔をしかめた。タニアやデイジーもボアステーキを口いっぱいに頬張っている。

ミロと挨拶を交わし、差し出されたスープを一口飲んで、ほう、と息を吐いた。


「私はあまり朝は食べないんだけどね。これは美味しいわいな」

「ちょっとお行儀悪いですけど、パンをスープにつけると食べやすいですよ」


ミロに勧められてパンを浸して食べてみる。なるほど、スープを吸ったパンがするりと入って食べやすい。


「で、今日は何から始めんだ?魔物の討伐か?行方不明どもの捜索か?」

「それじゃがタニアよ。魔物ならばすぐ片が付きそうじゃ」


へえ、とタニアがラナを見る。

夜の狩りで木々に擦り付けられた匂いや角で引っ掻いたような傷を見つけていたのだという。


「マーキングというやつじゃ。小物ほど小さな城を自慢したがる」

「じゃ、それを辿ればイエロバッファもすぐ見つかるね!」

「あっちから来させれば良いのじゃ。まあ妾に任せておれ」


ラナは言って、颯爽と外に躍り出た。あまりいい予感のしない面々もそれを追って荷台を降りる。ラナはプトラから少し離れると、<人化(ヒュアル)>を解除してその巨体を森に解き放った。


「グゥゥ!久しぶりじゃのう・・・」

「「なっ!!!」」


伸びをするように天を仰ぎ、そのままの姿勢で咆哮する。

耳を(つんざ)く爆音が響き渡り、後には一切の音が森から消えた。圧に耐えられない魔物は気を失い、なんとか正気を保った魔物は身潜ませ、脅威が過ぎるのをひたすら待っているのだ。


「やっぱでけえナ」

「久しぶりに見たね」

「み、ミロ!あ、あのドラゴンはラナなのかい?」

「いや、ドラゴンじゃなくて龍らしいです。どう違うのかは知りませんけどね。あれ?ラナが龍だって前に言いませんでしたっけ?」

「い、いや、聞いたけどよ!そんなの信じるわけねぇだろ!」

「えーでも、ほら」


振り返ると龍はスルスルと小さくなり、ラナの姿になる。


「いいんじゃよ、ミロ・・・」


がっくりと肩を落として戻って来た。


「あんな欠伸のような咆哮しかできんではのう。トカゲと間違っても仕方あるまいて」

「そんなことなかったよ、ラナ。綺麗でかっこよかったよ?」

「・・・そうか?」

「ね、プトラ」

「あア。オイラもあんな感じで鳴けるようになりたいゼ!」

「ハッチもガオーになりたいぜ!」

「そうかのう・・・そうじゃな!ま、そのうち本体のところに戻って魔石をもう一個ひん()いでくればよいか!ヒヒヒ!」


あくまで平常運転のミロ達に『月華』の三人は大きくため息をつく。


「なんかこいつら、やばくね?」

「タニア、気にした方が負けだわいな。これがミロだと割り切るしかないんだよ」

「アハハ、さすがミロ君」

「さて皆のもの、刮目せよ!そろそろお出ましじゃ」


ニイ、と笑ってラナが見る先、森の奥からバキバキと生木の折れる音が聞こえてきた。


「おい、まさか」

「ミロは荷台へ!みんな戦闘準備だわいな!」


ジニの掛け声で一斉に武器を構える。ハッチもラナもやる気のようだ。

木の折れる音が次第に大きくなるのを聞きながら、戦線を村跡まで下げる。魔物の電撃で全てが焼けてしまい、家も畑も何もない。


「ブルゥォォオオオオオーーン!」


木をなぎ倒し現れたイエロバッファはその先手、うねる二本の角に魔力を集めて雷を生み出し、ジニ達に向け稲妻を放つ。


「<マジックシールド>!」


ジニの展開した青白い障壁が、稲妻を弾きタニアとハッチを守った。

デイジーはその俊足で稲妻を踊るように避けながら、ラナとともにイエロバッファに接敵する。


「ラナちゃん、スクランブルB、行くよ!」

「いや、デイジー。お前のは全部スクランブルBじゃから、どれがどれだかよう分からんのだが」

「えー察してよー!」


意見のまとまらないまま、しかし二人はイエロバッファの眼前で同時に姿を消す。一瞬後、ラナは巨体の上空へ、デイジーは顔の下にいた。


「もー、ここは下からダブルアッパーでしょ」

「わかるか!」


ラナの踵が脳天を、次いでデイジーの魔力を纏ったアッパーが顎を捉えた。

たまらずイエロバッファはよろめく。頭を振って体の周囲に雷の塊を生み出し、怒りに任せて辺り構わず撒き散らした。


「ハッチ、あたいらも行くぞ!」

「むー!」


魔力を込めたハッチとタニアの剣が雷塊を切り捨てた。黒剣を吸収して魔力を持ったハッチにタニアが仕込んだ、魔力による武器強化である。

イエロバッファは威嚇するように後ろ足で立ち上がり、前足の蹄に雷を纏わせる。


「<雷振>だ!そうはさせねぇ!ハッチ、首だ!」


タニアは言って、意図を汲んだハッチをイエロバッファの首に目掛けて投げ飛ばした。

魔力を込めた双剣が太い首を通り抜け、そこから鮮血を吹く。


「ぱっくりにできなかった」

「まだ魔力操作が甘いな!でも上出来だぜ!」


タニアが飛び上がった。花束のような黄色の髪をなびかせ、ハッチが斬った部分を綺麗になぞって一線。数秒後にイエロバッファの首がずるり、と落ちた。

死んだことすら気づくことなく、地を踏んだ前足が地割れを起こし、その亀裂の中を電撃が走る。土塊を撒き散らす爆発を起こした。

各々土塊を避け、防ぎ、斬り落とし、互いの安否を確認し合う。


「凄まじい最後っ屁だったな」

「ホントだよー。ボクちょっとピリッときちゃった」

「ハッチ、大丈夫かい?」

「ハッチはビクともピクともしない」


ジニとハッチの周りから、小さな氷の結晶達が光を失って消えていく。

イエロバッファに一撃加えた後、ハッチはジニに受け止められ、<マジックシールド>で<雷振>を逃れたようだ。


「皆さん、怪我はありませんか!?」

「待つのじゃミロ・・・」


一段落ついてプトラから降りようとするミロを、ラナが制して止める。

どうしたのかと尋ねるが、ラナは一点を睨んだまま動かない。


「もう一匹、来るのう・・・ちぃとデカいのが釣れたようじゃ」


その場の全員がラナの見つめる先に意識を凝らす。

はじめに気づいたのは魔力感知に長けるジニだった。


「な、なんだわいな・・・この馬鹿でかい魔力は・・・」


ジニの反応にタニアとデイジーが身を構える。それを見てハッチも双剣を構えた。

さわさわと葉が擦れる音と、何かが軋む音。まだ遠くに聞こえるのに、逃げるにはもう遅いと思わせる圧倒的な何かが近づいて来ているのがわかる。


「何だ、ありゃ」


言ったのはようやく目視できたタニアだった。

森が動いている。としか言いようのない情景。不自然に上下しながら、森がゆっくりと近づいて来るのだ。

木々が絡まってできた八本の足をそれぞれに動かし、背にはこれまた木々でできた壺のような大きな花を背負っている。体中に草木が生え、花が咲き、それは巨大な蜘蛛の姿をした森だった。


「魔物、だよね」


見上げたデイジーが引きつるように笑う。

イエロバッファの死骸が小者に見える程大きい。


「とにかく、仕掛けるわいな!」


詠唱を始めたジニの前にタニアが立つ。その横をデイジーとラナがすり抜け森蜘蛛に向かった。鞭のように打ち付ける太い蔦を躱し、その根元を破壊する。


「うっそ!再生する!」

「面倒じゃな!」


破壊するそばから木々が伸び、欠損を埋めていく。


「ハッチも!」

「やめろハッチ!」


タニアの声も聞かず、ハッチが蜘蛛の足に魔力を纏った一撃を叩き込む。

むう、と顔をしかめた時だった。ハッチの胸を蔦が貫いた。


「ハッチ!」


叫ぶミロにハッチが振り向く。ミロ、とわずかに口を動かし、光となって消えていった。


「あ、は、ッチ・・・あぁ!!」


御者台を降りようとするミロを、「お待ちください」とベルベリが身を挺して止める。


「ハッチは死にません!」


ベルベリは言って、ミロに<護衛戦士>の詳細を見せる。

ハッチの状態にカウントダウンが表示されている。


「リキャストタイムです。生物で言うところの致命傷を負った場合、再召喚できるようになるまでに一定時間を要します。我々に死という概念は存在しません。マスターが死なない限りそばにお仕えいたします。気をしっかりお持ちください!」

「リ、キャスト・・・そうだったんだ、知らなかった」

「今はオイラが<第一便>だかラ、マスターは絶対出て行くんじゃねぇゾ?」

「うん、ごめん」


カウントダウンは二十九分を減少中。リキャストには三十分が必要なようである。


「みんな避けるわいな!<極大・氷牢柱(ルーデ・ヒュエロラ)>!!」


ジニが杖を掲げると同時に、地面から巨大な氷柱が突き出し森蜘蛛の半身を抉った。


「ォォォオオオオオオ!!」


巨体が地に崩れる。再構築しようと木々が伸びていくが、材料が足りないのか途中でその動きが止まった。絡み合うことのできない木の根がうねうねと蠢いている。


「やったか!」


タニアが言った時だった。顔が欠損して一つ残った森蜘蛛の赤い目が一層深く煌めく。次の瞬間、周囲の森が、布を引き寄せるようにずるずると森蜘蛛の体に吸い込まれていった。森蜘蛛を中心に、円を描くように森が消失したのである。


「森が消えた・・・」


怪奇現象の元凶が、そこにいた。

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