29. ツィーレの怪奇現象
炊き出しの翌日。
早朝に使者からの知らせを受け、『月華』の三人はミロと連れ立って王城を訪れた。
豊穣神からツィーレの救済を依頼された『豊穣神の御使い』にもお呼びがかかったのである。
謁見は至極形式的なものだった。ツィーレで起きている怪奇現象について『月華』に対処を依頼するという旨の他は、『豊穣神の御使い』はツィーレの為に力を尽くしてくれるのか、豊穣神が御名を告げたのは本当かなど、ほとんどが昨日の豊穣神顕現に言及する質疑ばかり。肝心の依頼内容については、冒険者ギルドにて協議するようにとの下達であった。
「じゃあ最初から冒険者ギルドに集まればよかったんじゃないですか?」
ミロがそう言ったのは、下城し、冒険者ギルドに向かう荷台の中だった。
そんなミロに、「国から依頼した」という体裁が何より大切なのだとジニは言う。
「それにしてもアンタそれ、謁見の場で言うのをよく我慢したわいな」
「えへへ。空気読んでみました」
「アンタの口から空気を読むなんて言葉を聞くなんてね。なんだろうね、当たり前のことなのに胸がすく思いだわいな」
思わぬ感動を得るジニであった。
協議は冒険者ギルドの会議室で行われた。列席したのは冒険者ギルド、商業ギルドの両ギルドマスター。シェシュマ神教からは司教のフアテン=モール。『月華』からジニ。そしてミロである。
「それで、依頼というのは何だわいな」
自己紹介もそこそこに、ジニは核心に迫る。
いつもミロの前で見せる朗らかな笑顔はなく、どこか冷たい、殺伐とした顔をしている。SS級冒険者の顔である。
事の発端は半年前に遡る。
ツィーレの東、ワロワーデンに近い領地で畑の作物が消失するという怪奇現象が起こった。掘り起こされたのではない。まるで元からそうであったかのように、円形の更地が出来上がっていたのである。
その後も更地化現象は幾つかの地で起こり、まず農作物の盗難が疑われ、商業ギルドが先陣を切って調査に乗り出したのだが。
「ギルドとしても少なくない損害が出ておりましたので、方々手を尽くしたのですが、原因はわからず・・・」
そう言って商業ギルドのギルマスは目を伏せる。話の続きは冒険者ギルドのギルマスが引き継いだ。
「事が動いたのは二ヶ月前。村が襲われた事件だ」
昨日ミロ様に炊き出しをしていただいた方々の村です、と司教が言い添える。
村の者達の証言で、襲撃した魔物はイエロバッファという雷を操る牛の魔物である事がわかっている。縄張り意識が強く、一定の場所から離れることはまずないという。
「明らかに不自然だったもんで、その縄張りの調査に冒険者パーティーを送り込んでみたら、馬鹿でかい更地が出来上がっていたらしい」
「なるほど。更地化現象で田畑がなくなる、さらにその余波で住処を奪われた魔物が村を襲う。そりゃ国も動くわいな」
「そういうことだ」
「じゃあ。私達への依頼は、イエロバッファの討伐及び怪奇現象の解決ということでいいかい?」
「それともう一つ。お前達より先に調査を頼んだA級パーティーと、勝手に調査に向かったB級のバカどもが行方不明になっている。捜索と、可能であれば保護も頼みたい」
ち、とジニは舌打ちする。
「B級のバカは自業自得だわいな。A級パーティーの方は任せな。ミロがいるから生きてさえいれば保護は可能だわいな」
「ダメですよジニさん。B級のバカな方々もちゃんと助けてあげたいです!」
はあ、とジニはため息をつく。
「そう言うと思ったわいな。聞いたかいギルマスども。バックアップと報酬は頼んだよ」
両名とも唖然として頷いた。
他を寄せ付けない孤高の女傑パーティー『月華』のブレーンに、一介のC級冒険者が意見し、しかもそれが通ってしまった。これが昨日から話題の『豊穣神の御使い』かと、底知れない畏怖の念がこみ上げてくる。
「あの、よろしいでしょうか。ミロ様さえ良ければ、教会から治療術士をお連れいただきたいのですが」
司教の意見にジニも同意する。
「どうだい?ミロ。治療術士がいれば冒険者達が見つかった時にすぐ治療できるわいな」
「はい、僕は大丈夫ですよ」
「馬車は商業ギルドから出します。物資の運搬も含め三台あれば足りるでしょうか。その他必要な物があればご用意いたします」
「馬車はいらないよ。『月華』には魔力回復薬を数本用立ててもらおうかね。ミロ、一週間街を離れるから必要なものがあれば言うわいな」
「一週間ですか。肉は現地調達すればいいし。じゃあ、昨日の野菜をいくつかと、ソーセージやチーズがあれば欲しいです」
「「いや、主婦か!」」
魔物の討伐に必要なものとは程遠いリクエストに両ギルマスが思わず声を上げる。
「いちいち反応してたら日が暮れるよ。これがミロの平常運転だわいな」
「では、出発はいつがよろしいでしょう」
司教がミロに促す。
「食材を調達すれば、僕はいつでも大丈夫です」
「じゃあ他に話がなければこれで御開きにして、これから準備に出かけるわいな。司教様、治療術士の方々は?」
「教会で待機させております」
「じゃあミロ、」
「教会にお迎えに行って、買い物して、それからすぐ出発ですね!」
「上出来だわいな」
まずは教会で司教を降ろし、四名の治療術士を荷台に乗せる。ついでにワロワーデンでハッチ達が狩った魔物肉と、それに合う野草や調味料を寄贈しておく。何かにつけ「御使い様」と拝まれるようになってしまったミロはどうにも居心地が悪く、逃げるように食材調達へと向った。
商業ギルドのギルマスを伴って次に訪れたのは大きな卸市場。ツィーレはとにかく食材が豊富で、知らない野菜の名を聞くたびにミロの頭にはそれを使った料理が次々と浮かんでくる。「ギルドが持つのでどれでも好きなだけ」と言うギルマスに甘え、いくつかは個人的な買い物もしつつ、少し多めに食材を確保することができた。
吉報をお待ちしております、と言うギルマスを商業ギルドで降ろし、一行は怪奇現象の調査へと繰り出した。
*
「なんぞ用があるそうじゃの、ミロ」
「ラナ、ちょっとお酒を作って欲しいんだ」
ミロが呼んでいるとベルベリから知らせを受けたラナは、ハッチやタニア達との修行を中断して<食堂>にある厨房へとやってきた。
調理台の上には見知らぬ果実が並べられ、ミロはその果実を一つ一つ丁寧に洗い、水気を取り、やけに上機嫌である。
「なんじゃ昼から酒盛りか。さすがは我が主、わかっておるではないか。この実があてか?」
ラナはすぐさま<龍泉>で酒を作り、ひょい、と果実を口に放り込んだ。
「ブヘッ!すっぱ!苦っ!なんじゃこの実は!どこで拾うてきたんじゃ!」
「これはウメっていう実だよ。買ってきたんだ」
ミロは樽いっぱいのウメをラナに見せる。
渋みとえぐみがあり食べられたものではないが、魔力を豊富に含んでいるため、畑の肥料として市場にはしばしば並んでいる果実である。それを買ってきたのだ。
「バカタレ!うまい飯と交換できる金を無駄遣いするでない!」
「ふふふ。これから作るお酒を飲んでもそう言えるかな?」
ミロは不敵な笑みを浮かべ、下ごしらえしたウメを三つの大瓶に振り分ける。
ウメと氷砂糖を交互に入れ、三つ全てに入れ終えたら、一つはそのまま、もう二つにはラナの酒をひたひたになるまで注ぐ。
「あな恐ろしや!妾の酒をこんなもんと混ぜおって。気でも狂ったか!」
「まあまあ。ベルベリー」
「お呼びでしょうか」
「メテア様のあれ、使ってみようと思うんだけど」
メテア神がベルベリに渡しておくと言っていたプレゼントのことである。
「承知いたしました。では<ユニット操作>をお開きください」
いつもの声の通知はなかったが、<ユニットタイプ>には新たに<蔵>が追加されていた。
「まずはユニットタイプレイヤーで数ユニット分の<蔵>を設置してみてください」
「うん。・・・あれ?<蔵>を指定した所、その下のアウトラインレイヤーのマス目が消えるね」
「はい。つまり<蔵>は荷台内に空間を設置することができません。<倉庫>同様、<収納>でしか出し入れができない<ユニットタイプ>なのです」
「なるほど。他のタイプみたいに容量は決められるけど、使い方は<倉庫>と同じ。ややこしいね」
「そして<蔵>を設置する際には、時間を選択しなければなりません」
十分、一時間、一日、十日、一月、一年、十年、百年、と選択肢がある。
「一分をどれだけ加速するか、という選択肢でございます。例えば『一時間』に設定すると、一分経つ間に<蔵>の中では一時間が経過するということになります」
それこそがメテア神のプレゼント、「状態加速」である。
「じゃあ、砂糖が溶けるまで数日に一回混ぜないといけないから、まずは『一日』に設定して三分ごとに取り出してみようかな」
<蔵>を設置して<収納>で大瓶を入れる。
出してはかき混ぜ、また入れる、を繰り返すこと数回。砂糖が溶けきったら『十日』を選択して一分強寝かせれば、酒を入れていない方の「ウメシロップ」は完成。さらに『一月』で三分ほど寝かせれば「ウメ酒」の完成である。
「ほう、完成か。色味はなかなかじゃが、あの不味い実じゃからのう。どれ」
ラナは氷を入れた杯に程よく琥珀色に染まった梅酒を注ぎ、クイと一息に飲む。
鼻から抜ける風味の余韻に浸り、ニタリと破顔する。
「なんという・・・数刻前の妾を殴り飛ばしたい気分じゃ。ミロよ、いや、我が主よ。数刻前の妾に代わり、深く謝罪するのじゃ!」
「うむうむ、わかればいいのだよ。僕らも飲んでみよ、ベルベリ」
「それでは。・・・ん、これは!甘酸っぱくて美味しゅうございますね」
「うわ、飲みやすい。ソーダで割っても美味しいみたいだよ」
「それであれ程多くの炭酸水をお買いになったのですね」
「ふふふ、まあね。せっかくだし、みんな呼んで試飲会でもしようか」
「でしたら何か軽食をご用意したほうが良いでしょうか」
「実はそれも準備してあるんだ」
「さすがミロじゃな」
暇であればぜひ、と人数分設置した<寝室>を訪ねて回り、結局全員が<食堂>に集まった。ハッチは「酒はぺっする」と言って来たがらなかったが、新作のパンがあると聞いて謎組織パン同盟の血が騒いだようだ。
少し<食堂>を拡張して、増えたテーブルを繋げて並べる。軽食に作ったのは異世界の料理名でいうところのピザである。
「こっちはトマトソースとチーズとバジエル草。マルゲリータって名前の組み合わせらしいです。そっちのは野菜とソーセージとチーズのピザです」
軽食なので生地は薄め。八等分に切って、各々手で食べてもらう。
「ウメ酒はロックや水割り、ソーダ割りで。お酒苦手な方はウメシロップもあるので、こちらも水割りかソーダ割りでどうぞ」
簡単な説明を終えると、ラナ、ハッチ、タニア、デイジーが我先にと動き出した。
まだ場に慣れていない治療術士の四人には、ベルベリが積極的に試食を勧める。
「こりゃうめぇ!」
「ワインに果物の風味を移すみたいなのは聞いたことあるけど、これは果実が前面に出てるね。ボクは冷たいソーダ割りが好きだな」
ミロの頭にサングリアの知識が浮かぶ。
「こっちは漬け込むので、より果実の味が生かされるみたいですね」
ハッチは二種類のピザを食べ比べ、フガフガ鼻息を荒げている。
「ハッチ、これはお酒じゃないから飲めると思うよ」
「む・・・ジュっとなる!」
そのしかめっ面はお気に召した証拠である。ピザを食べ、ウメソーダで喉を鳴らす。
「あ、あの、ジニ様」
治療術士達がなんとも不安そうな顔でジニの近くにやってきた。
「心中察しするわいな。荷台の中に広い空間が広がってて、浴室がついた個室まであって、挙句この料理ときた。ミロへの免疫がないと少し刺激が強いだろうね」
「ここはその、もしや、神の住まう空間なのでしょうか」
「現実逃避したくなる気持ちもわかるけどね、これは現実世界だよ。二度とこんな体験できないと思って、今を楽しみ尽くすことをお勧めするわいな」
「ジニの言う通りじゃ、客人どもよ。たった百年ぽっちも生きられんくせして、何をうじうじしておる!さあさ大いに飲み、大いに食うのじゃ!」
軽めの試飲会は結局早めの夕食会となり、会場はテーブルから調理台に移行。酒を片手に好物の具でピザを飾り、出来上がったそばから皆で食べ合った。
「プトラ」
「ン、どしたマスター。そっちに賑わってんナ」
「うん。ごめんね、独りぼっちにしちゃって」
「なんだそんなの気にしてたのカ?ベルベリがたまにピザとかジュース持ってきてくれてるシ、大丈夫だヨ」
「そうなんだ。さすがベルベリだね」
「あいつには<世話焼き>スキルがあるからな」
あはは、そうかも、とミロは笑う。
「仲間が増えて、友達もできて、だいぶ賑やかになったね」
「そだナ。最初はよぼよぼの騎獣としがない二人旅だったもんナ」
「なんだかルインさんや『龍の庭』の皆さんがもう懐かしく感じるや。まだ一月しか経ってないのにね」
「・・・なあマスター。今楽しいか?」
「え、うん。楽しいよ」
「オイラはサ、ナックが見つかって村に帰った後モ、たまにはこうして旅したいなって思うんだけド、どうかナ」
「うん、僕も最近そう思えるようになったよ。一度は村に帰りたいけど、そのあとはまたこうしてみんなで旅をしたいな。いろんなものを運びながら」
「ダンジョン攻略しテ、ノエリアを直してナ」
「そうだね。やることいっぱいだね。頑張らなくちゃ」
《運搬物の総数が2,400に達しました。職業レベルが18に上がりました》
《ユニット数が65,536から131,072に増加しました》
《基礎値:敏捷が1ポイント増加しました》
「オ、なんかタイミングいいじゃン!」
「しかも基礎値も来ました!」
「グギャギャ!たった一ポイントじゃねぇカ」
「わからんかねプトラ君。大器が着実に晩成しているのだよ」
レベルアップを肴にウメ酒を飲み、ツィーレの夜は更けていった。




