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26. レモンの香る、氷の高し

一昼夜かけてワロワーデンを抜け、一行はツィーレの田園風景をひたすら西に向かっていた。季節は春先。野菜はまだ実をつけたばかりで、ワイン用のブドウは早摘みするにもまだ早い。ともあれ、取り取りの緑が見渡す限りに広がるその風景は、真っ赤や黄色でこそないものの、「真っ赤で黄色のシャラララン」と形容するにふさわしい美しさである。


だというのにその荷台の中、タニアとハッチが戦闘訓練を行っている空間は、未だ真っ白な雪原地帯が広がっていた。剣を交えながら何やら教えを受けているのが、吐く息の白でわかる。

少し離れたところでは、ミロとベルベリがその訓練を見守っていた。


「<雪原>はちゃんと寒いんだね」

「<草原><森><雪原>はフィールドタイプという括りになっているようで、<状態保全>よりもそのフィールドの特徴が優先されるようです」


<ユニットタイプ>の<森>と<雪原>は、まだワロワーデンにいた頃、雪山でココナの樹液を採取した際に開放されたものだが、ミロは忘れて放置してしまっていた。


「<雪山>というタイプは存在しなかったようで、<森>と<雪原>が該当して開放されたのだと思われます」

「なるほどね。あ、氷もちゃんとできたよ」


ミロが作っていたのはレモン果汁とミント草を凍らせたもの。飲み水を冷やし、爽やかな風味を加えるための氷である。


「ワロワーデンでは不要でしたが、暖かい国では重宝しそうな<ユニット・・・」

「どうかした?ベルベリ」

「御者台のラナから連絡でございます。賊が現れて現在プトラが戦闘中のようです」

「え!大丈夫なの?」


ええ、と言ってベルベリはスカートを蹴り上げた。雪原にリリリーンと鐘の音が響き渡る。


「タニア、ハッチ、外で賊が出たようです。大したことはないようですが、数が多いので良い実戦訓練になるのでは、とラナが言っております」

「よっしゃ!ハッチ、行くぞ!」

「む。ハッチは千ぴき倒してしまう!」

「いいか、賊はギルドや詰所に連行すれば金になる。殺さず、できるだけ損傷を与えず、意識を刈り取るように戦うんだ。できるか?」

「ハッチにお任せろ!」


嬉々として<雪原>を出て行こうとする二人をベルベリが呼び止め、<収納>で御者台に一番近い<談話室>に送る。ミロもレモン氷を<倉庫>に仕舞って<談話室>に戻った。


「タニアとハッチが楽しそうに出て行ったけど、何かあったのかい?」


<談話室>でくつろいでいたジニが尋ねた。

外で賊が出たことを伝えると、呆れたようにソファにもたれて天井を仰ぐ。ツィーレに入って以降、暖炉の火は消え、今は天井で葉の形をした大きな団扇がゆっくりと部屋全体を扇いでいる。暖かい土地での<談話室>の仕様である。


「賊が出たってのにこの快適さとはね」

「アハハ、つい一昨日までは振動がないだけで驚いてたのにね!」


タニアがいるから大丈夫だろうと、ジニは書類整理に、デイジーは武具の手入れを再開する。ミロは二人のそばに先程作った氷入りの水を置いた。

グラスの中でカラン、と氷が音を立てるのを聞いて、二人が同時に顔を上げた。


「はあ、ミロ。これはなんだわいな?」

「え?お水ですよ?レモンとミントの風味がするので、お仕事の合間にリフレッシュできますよ」

「アハハハ!ホッズ君が言ってた<ステータスボード>感覚ってこれ?」

「アンタって子は全く・・・」

「え、あ、ミント嫌いでした?」


デイジーが堪えきれず、腹を抱えて大笑いする。


「こらデイジー、笑うんじゃないよ。いいかいミロ。例えば飲み水一リットルが五オロンだとして、店でこれを頼んだらいくらになると思う?」


ジニは言ってグラスを掲げる。


「えっと、一オロンは百オールでしたよね?一リットルで八杯分くらいとして、一杯六十二オールくらいですかね」

「答えは十五オロンだわいな」

「高っ!水一杯でどうしてですか?」

「この氷だわいな。冷凍の魔道具があるならその魔力を維持する魔石代、氷系の魔法使いを雇うならその人件費。ワロワーデンならいざ知らず、物を冷やして客に出すなんてこと、一握りの高級レストランや高級ホテルでしかできないことなんだよ」

「そうなんですか。でもこれは<雪原>に置いといただけで、お金はかかってないので安心して飲んでくださいね」

「なるほど。ホッズの言ってた、金勘定がしっかりできるかってのはこういうことかい。つくづく、とんだ依頼を受けたもんだわいな」


頭を抱えるジニの姿に、デイジーが目を輝かせる。


「すごいミロ君、お金の交渉でジニがこんなに困るなんて!」

「よくわかりませんけど、氷が入ってなければいいってことですか?」

「いや、いただくわいな」


そう言ってジニは水を一気に飲み干し、立ち上がった。


「よし、ミロ、アンタ私に【御者】のスキルを全部教える気はないかい?」

「?いいですよ?」

「おっと危ない。まず前提として、所有スキルの情報はおいそれと人に教えるものじゃない、というのを覚えておくわいな」

「そうなんですか?」

「うん。手札はできるだけ隠しておく方が有利だからね」

「特にミロのスキルの場合、誰かに話して噂が広まれば、大陸中の冒険者達がミロを勧誘しようと殺到しかねないわいな」

「それは困りますけど、そんなことになりますかね・・・」


なるわいな、とジニは当然のように言う。


「まあそれはいいとして、その上で、私にスキルを教える気はないかい?私が【御者】のスキルでできるサービスの料金表を作ってやるわいな」

「料金表、ですか?」

「そのお話、ぜひ伺いたく思います」


ふわりとベルベリが現れた。

今後も客を乗せることがあるかもしれないので、運賃など、冒険者から見た相場を知っておきたいのだという。


「それならジニは適任だよ。これでも結構有名な商人さんだからね」

「どうだい?ミロ」

「そうですね、お願いしてもいいですか?」

「任せておきな」

「では料金表の件は私にお任せください。マスターは外の戦闘が終わったようですので、賊の収容をお願いしてもよろしいでしょうか」

「うん、わかった。ジニさん、よろしくお願いします」





ツィーレの王都は小高い丘の上に、周囲の田畑を見守るように佇んでいた。

閉門するにはまだ早く、入門審査に並ぶ列もそれほど長くはないのだが、その列を無視して進むよう、タニアはプトラに言う。


「タニアさん、列に並ばなくていいんですか?」

「まぁ任せときな」


タニアは言って、門の前で御者台から飛び降りた。衛兵が数人、武器を手にやってきたが、タニアを見た途端背筋をピンと伸ばし敬礼する。


「これはこれは『月華』のタニア様!お早いお着きで!」

「ああ、有能な【御者】を雇ったもんでな。いや、あたいらが依頼を受けたんだった」

「タニア様のみ先行されたのですか?」

「ボクらも一緒だよ」

「なんじゃ、ここがツィーレとやらか。うまいものがあるというのは本当じゃろうな」

「ツィーレは農業大国だからね。ラナもきっと気にいるわいな」

「ハッチもお腹がペコだわいな!」


どう見ても一人乗り用にしか見えない荷台から次々と人が出てくるのを見て、衛兵が目を剥く。


「有能だって言ったろ?」

「た、確かに。遠路ワロワーデンから、さぞお疲れのことでしょう。ささ、どうぞお通り下さい」

「その前に、道中賊を捉えた。拘束してないんで、悪いが縄を三十ほど持ってきてくれ」

「ははっ!」


衛兵の一人は王城へ『月華』の到着を知らせに、他は詰所へ縄を取りに走る。


「どうしてタニアさんは審査なしで入れるんですか?」

「SS級の特権ってやつだよ。門なんか顔パスだぜ?」

「え、タニアさんもSS級だったんですか?」

「アハハ、やっぱり知らなかった!ボクとジニもSSだよ」

「え、そうなんですか!?皆さんすごい人達だったんですね」

「アンタほどじゃないわいな」

「お前も早くSSになっちまえばいいんだよ」

「そうだわいな。いろいろと便利になるよ?」

「はは、そう簡単に言いますけど、僕ツノラビくらいしか倒せないんですよ?」

「いやいや、ハッチがいるだろ。ラナも相当強いみてぇだし。召喚スキルも本人の実力のうちだぜ?」


【魔物使い】のテイムモンスターや【召喚士】の召喚獣は、剣士系職業で言うところの剣にあたるものだとタニアが言う。


「そうだ。ハッチといえば、後でハッチの基礎値のこと話そうぜ」

「あ、はい、お願いします」


衛兵数名が縄を持って戻ったので、<倉庫>から賊を一人ずつ呼び出して拘束してもらう。倒した賊は合計三十六名にも及んだ。


「たった三人の数でこの数を。さすがですね」

「いや、あたいは見てただけ。倒したのはミロのパーティーだ」

「ハッチがガンとした!」

「妾も二、三匹。ちゃんと殺さなかったんじゃぞ?褒めるがよい」

「オイラもやっつけたんだゼ!」


プトラが話したのを見て衛兵がぎょっとする。


「ほらミロ、ギルドカードを衛兵に見せるわいな」

「え、あ、はい」

「し、C級でこの数を?」

「へへ、こいつはすぐSSになるから、今のうちに顔覚えとけよ?」

「賊を捕まえたら衛兵に渡してカードを見せる。そしたら冒険者ギルドにも話がいって、ギルド経由で報奨金が渡されるわいな」

「なるほど、わかりました」

「ほうしょうきんとはなんじゃ?うまいのか?」

「アンタは一体どこの辺境で育ったんだわいな。報奨金はお金。食べ物じゃないわいな」


ジニ達にはラナが龍であることを伝えてあるのだが、子どもがおとぎ話ごっこでもしているのだろうとしか思っていない。


「なんじゃ、つまらんのう」

「でもラナ、お金は食べ物と交換できるんだよ。パンやニニララ団子を作る小麦粉だってお金で買ってるんだから」

「なんと、それを早う言わんか!ばかジニめが!」

「こらラナ。ジニは馬鹿ではありませんよ。マスターのスキルでお金を稼げるよう、いろいろとご教授くださったんですから」

「そうか、なら撤回する!見事じゃジニ、褒めてつかわす!」

「そういえばミロ、もう少しで料金表ができるから後で渡すわいな」

「はい、ありがとうございます。あと、ラナがすみません」

「気にしてないよ。自由すぎて羨ましいくらいだわいな」

「そうじゃろう、そうじゃろう。誰とて妾を羨まずにはおられまい」

「ラナ、今夜はもうご飯いらないみたいだね」

「ジニよ、済まなかった。許してたもれ!」

「ふふ、さすがのアンタもマスターには頭が上がらないみたいだね。いいよ。ラナがちゃんと夕食にありつけるよう私が頼んでやるわいな」

「うう、なんという慈悲。お前は心の友じゃ!よし、お前に妾の加護をやる!」


ラナは何かを唱えるが、あれ?と首を傾げる。

加護を授けることはできなかったようだ。


「・・・く、魔石一つじゃ加護すら与えられんのか。済まんジニ、加護はまた今度じゃ!」

「気にすることないよ。楽しみに待つとするわいな」

「そうか、さすが我が友」


ラナが夕食にありつけるようになったところで報奨金の手続きが終わり、一行はツィーレの王都ソントプソンの門をくぐった。

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