25. オレンジ色は揺るがない
「ベルベリこれって」
「いえ、あちらは蝕命でした」
あちら、というのはノエリアの<蝕命の呪い>のことである。ジニの呪いは蝕魔、となっている。少し名前が違う。
「このカウントダウンはなんなんだよ!」
<荷物リスト>を覗き込んだタニアが声を荒げる。
「前から呪いにかかってたんですか?」
「そんなわけねぇだろ!気づいてたら治してる!」
「そうですよね、すみません」
「やめなよタニア。ミロ君に当たっても仕方ないでしょ」
カウントダウンはすでに一時間を切っている。呪いとカウントダウンは容易に死を連想させる。タニアが焦るのも無理はない。
「デイジー、これ魔力が枯渇した時の感じじゃねぇか?」
「確かに。じゃあ魔力回復薬で治るかも!」
デイジーは慌ててジニのマジックバッグを漁り、水色の液体が入った小瓶を取り出した。
「やめた方がよかろうな」
今にもジニに液体を飲ませようとする寸前、遠巻きに見ていたラナが立ち上がった。真紅の目が、まるでマグマを閉じ込めたように揺らめき、輝いている。
「こやつは魔力を一箇所に集めて飛び立とうとしておるようじゃ。魔力を追加したところで飛び立つのが早くなるだけ。火に油じゃ」
「ラナちゃんは魔力の流れがわかるの?」
「魔力が飛び立つだと?何でそんなことがわかるんだ!」
「集まった魔力が羽のように形を変えておる」
ラナの目には、羽化して今にも飛び立とうとする蝶のような形の魔力が見えている。
「リコットさんの状態異常回復薬は・・・やっぱりだめかな」
ノエリアの呪いにはリコットの回復薬が効かなかったのである。
「いや、でも呪いの名前も違うし、やってだめなら他の方法を探せばいい」
よし、と呟くミロにベルベリがタイミングよく<荷物リスト>を差し出す。
しかしそのリストにリコットの状態異常回復薬はない。
「マスター、デイジー様もです」
目に入ったのはデイジーの「状態」にもある<蝕魔の呪い>だった。カウントダウンはわずか一時間と数秒。ミロは思わず叫んだ。
「デイジーさんまで!」
「え、ボク・・・?」
デイジーが<荷物リスト>を見て絶句する。そしてそのまま、
「デイジーさん!」
昏倒した瞬間だった。タニアが飛び退き距離をとり、剣を抜いた。
「お前がっ、何かしたんだろ!?」
「ち、違います!」
「今朝の今朝までなんともなかったんだ!それがこの荷台に乗った途端これだ!」
「タニアさん、落ち着いてください」
「落ち着いていられるかっ!」
ミロはゆっくり、状態異常回復薬を呼び出す。
「動くな!」
「これは状態異常回復薬です。まず、お二人の症状をなんとかしないと」
「うるさい!それが毒じゃない保証もない!」
ミロに向けたきっ先がキッ、と光る。
張り詰めた空気の中、さらりと白い髪が揺れた。
「毒でない」
そう一言、ハッチは盾になるようにミロの前に立つ。瓶から丸薬を一つ取り出すと、タニアを見つめながらおもむろに飲み込んだ。
「毒でない」
それはかつてミロがジジにしてみせたことだった。
「どけ、チビ」
「ハッチはミロのための護衛戦士。どかない」
オレンジ色の目は揺らがない。タニアの顔が悲痛に歪む。
「信じるにならないなら、ハッチを切れ。そうしたらハッチがぱっくりになる間に、きっとミロが治してしまう」
「くっ・・・」
暫時の葛藤の末、タニアの剣がガン、と鈍い音を立てて床に落ちた。
ミロはそれを許可とみなし、急ぎジニとデイジーに回復薬を飲ませる。
「ほう」
ラナが感心したように呟いた。
魔力の羽がみるみるうちに萎びていき、魔力が全身に循環されつつあるのだという。
「治ったってこと?」
「そうじゃろうな」
その証拠に二人のカウントダウンが止まり、<蝕魔の呪い>の文字がすっと消えた。
「やった!タニアさん、治りましたよ!」
「そ、そうか・・・」
しかしタニアの顔は浮かない。
目を潤ませて喜ぶ少年の無実は明白である。
誤解して、疑って、ひどい言葉を浴びせてしまった。
「すまなかった。疑った」
「いいんですよ、仲間が倒れて焦ってたんですから」
「しかしタニア様、あなたも呪いに侵されているようです。まだ数時間猶予はありますが、早く回復薬をお飲みください」
「ええっ!ほ、ホントだ、タニアさんもはやく回復薬を!」
ミロは慌てて回復薬を差し出すが、タニアは力なく首を横に振るだけである。
「あたいにはそんな資格はないよ」
*
「・・・ここは」
ジニは見知らぬ部屋で目を覚ました。
<談話室>にはソファーとテーブル、シャンデリアがデフォルトで付いていて、板張りの床以外何もない<荷台>に比べてかなり豪華な造りである。
体感温度の調節は<状態保全>がしてくれるが、荷台の外の季節によって視覚的な変化が加わる。ジニのそばにある暖炉に火が灯っているのは、ワロワーデンの領土を走る現在の、寒い季節の仕様である。
「ジニさん、お加減はどうですか?」
「・・・ミロ、何があったんだい?」
「呪いで倒れたんです。デイジーさんも。さっき回復薬で治しましたが、その、タニアさんが・・・」
ミロを疑い、剣を向けたタニアは自分を責め、回復薬をもらう資格はないと言って今はベルベリが設定した<草原>に引き籠っている。
「そうかい、そりゃすっかり世話になってしまったわいな」
「いえ、それよりタニアさんです。ジニさんもデイジーさんも多分一時間を切ったところで倒れたみたいなので、タニアさんも後二時間もしないうちに倒れてしまうと思うんです。それなのに薬を飲んでくれなくて」
「で、さらに一時間で死ぬ、か。まいったね。あの子は頑固だから・・・」
どうしたものかとジニは頭を抱える。
1200ユニットで作った<草原>に小川が一本流れている。そのほとりでタニアはあぐらをかいて座り、最後の剣の手入れをしていた。
「・・・さっきは剣を向けて悪かったな」
「ハッチは怒っていない」
その隣には大切そうにパンをかじるハッチの姿があった。数種類の果物を砂糖で煮詰めたジャムの香りが、そよ風に乗ってタニアにも届く。
「あたいは女冒険者だからってバカにされるのが嫌でね、がむしゃらに剣を振って今までやってきた。かなり無茶な冒険をしてきた自覚はある。男どもに売られた喧嘩は全部買って返り討ちにしてきた」
いつしかタニアは【剣帝】にまで上り詰め、名実ともに恐怖の対象となった。腫れもののように扱われ、気付いたら誰もそばに寄り付かなくなっていた。
「そんなあたいを、それでもジニとデイジーだけは認めてくれた」
ジニとデイジーもまた、バカな男達が幅を利かせる社会でそれぞれに成り上がった二人である。タニアにとっては心を許せるかけがえのない仲間達だった。
「その二人が死ぬと言われて、心底恐怖した」
「独りボッチは寂しいになる」
「そうだな」
「気が動転したってのは事実だが、ただの言い訳だ。お前の主人はあたいの仲間を助けようとしてくれていたのに、あたいはそれを疑って、ひどい言葉を浴びせてしまった」
「ミロは怒りんぼうしない」
「どうかな」
「絶対に怒りんぼうしない」
その目はさっき、剣を向けた時にも見た揺るぎない目だった。
「ハッチもミロを聞かんぼうして酒をペッペした。でもミロは怒りんぼうしなかった」
「はは、は・・・」
「ミロはヒトが死ぬになると悲しい」
「マスターは身近な人間の死にとても敏感な方ですから」
鐘の音とともにふわりとベルベリが現れる。
「身近ってほどの付き合いじゃないだろ」
「【御者】を馬鹿にすることなく、右も左も分からない世界で案内役を務めて下さるあなた方を、マスターはとても大切に思っていらっしゃいます」
「たったそれだけのことで・・・」
「あなたにとってたったそれだけが、マスターにはとても重要なことなのです」
「ハッチも一緒にごめんねしてやる」
ハッチが食べかけのパンを半分ちぎって差し出す。
「これで勇気になれ」
「こんなもんで・・・うまいな」
「ミロは美味しいご飯をもっと作る」
「そうですね。死んでしまっては食べ損ねることになりますよ」
「・・・」
ハッチはジャム塗れの小さな手を差し出す。
「ジーニーとデジも二人ボッチになる」
「・・・わかった。ハッチ、頼む」
「ハッチにお任せろ」
タニアはハッチの手を握り、その手にベルベリが触れ<収納>でミロ達のもとに飛ばした。
*
「済まなかった!」
「ハッチもすまなかった!」
<談話室>に転送されるなり、タニアは頭を床に打ち付けて謝罪した。隣ではハッチが前転の直前のような格好でプルプル震えている。
「許します!許しますから早く薬飲んでください!」
ミロは気が気ではなかった。回復薬と水を飲ませ<荷物リスト>でステータスを確認する。カウントダウンは一時間と二分を切ったところ止まり、呪いの表示が消えた。
「はぁ、よかった。あとおでこ、大丈夫ですか?美人さんなんだから傷が残ったら大変ですよ?」
その瞬間タニアの顔が真っ赤に染まる。
「アハハハ、顔真っ赤なんですけどー!タニアのあんな顔初めて見るね!」
「ふふ、笑ってやるんじゃないよデイジー。男に免疫がないのだから仕方ないわいな」
ソファに座り笑い合う二人を、真っ赤な顔のタニアが睨む。
「マスター、荷台内は<絶対防御>があるので傷はつきません」
「あ、そっか。ならよかった」
「あ、足が、プルプルになる・・・ああっ!」
体勢を崩したハッチがごろんと転がる。
「ハッチ大丈夫?あ、手にジャムついてるよ、またパン食べたの?」
「ハッチはパンを食べるために生まれた」
「護衛するためじゃなかったの?ほら、手を拭いてあげるからこっちおいで」
床に寝転んだままのハッチを抱き上げ、濡れたタオルで手を拭いてやる。
「タニアさんを連れてきてくれてありがとね」
「ミロは嬉しいになったか?」
「うん、みんな助かってよかった」
「じゃあ、いこいこしろ」
「いこいこ?」
ハッチはミロの手を握って自分の頭に乗せる。
「ああね。ありがとう、ハッチ」
頭を撫でると、ハッチはしかめ面で眉間にしわを寄せた。機嫌がいい時の顔である。




