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23. 心臓三つ

それは大地が悲鳴をあげるような揺れと音だった。


「み、みんな中に!」


ミロは言ってハッチとベルベリを<荷台>に収納、料理も敷き布ごと<倉庫>に戻し、自らもプトラに飛び乗った。

山全体が激しく震え、ビキビキと音を立てて山肌に亀裂が走り、剥がれた巨大な土塊が地に落ちる。ものすごい勢いで膨れ上がる土煙が下から迫り、しかし突然、その土煙を避けるように「居眠り山」が空へと向かって浮上しはじめた。


「と、飛んでる!」


内臓が持ち上がるような不快感とともにぐんぐん空が近くなり、周囲の山々を見下ろす程に視界は高くなる。


「ちがウ、飛んでるんじゃなイ!起き上がったんダ!」

「お、起き上がった?」

「ドラゴンみたいな山じゃなくテ、本当にドラゴンだったんだヨ!!」

「えっ!?」


崩れ落ちた二本の突起の中から現れたのは鈍黒の角、剥がれた山肌の下にあったのは真紅の鱗。

それは<地図>でみたのと同じ姿をした巨獣だった。


《匂いが・・・消えた》

「わっ!」


突然頭に声が響いた。レベルアップの時に聞く声とは全く違う、圧のある、重く頭にのしかかるような声だった。


《何か小さいのがおるのう。妾の頭の上で何をしておる》

「ご、ごめんなさい。ピクニックしてました」

《ピク?お前、ヒト族か?また妾を殺しにきたのか?》

「また?いえ、殺しに来たんじゃありません」

《ふん、どうだか。まあ良い。で、さっきの匂いはなんだ》

「匂い?あ、ご飯のこと?」


これ?とミロは<倉庫>から雪蛇の揚げ肉を出す。


《おお、それじゃ。いい匂いだのう》

「こういうのを食べに来たんです」

《そうか・・・》


ジュルル、と舌舐めずりする爆音が、これは直接耳に聞こえた。


「・・・」

《・・・》

「・・・よかったら一緒に食べます?」

「お、おイ、マスター!」

《そこまで言うなら招かれようぞ》

「マジかヨ」

「一応余分には作ってますけど、多分お腹いっぱいにはならないと思うんですよね。それでもいいですか?」

《ふむ、そこは任せろ。・・・<人化(ヒュアル)>!》


途端、大地が光を放つ。巨体が丸々収まるほど広大な魔法陣である。

巨獣はみるみるうちに小さくなり、それに合わせてミロの視界も低くなる。最後には巨獣の鱗と同じ色、真紅の髪と目をした少女の姿になった。


「・・・(はよ)う降りんか」

「あ、わりィ」


言われて少女の頭上に乗っていることに気づいたプトラが、ずん、と地面に降り立つ。


「人間、だったの?」

「逆じゃ。ヒト族に変化したんじゃ」

「じゃあやっぱリ、お前ドラゴンなのカ?」

「あんなトカゲと一緒にするでない」


少女は言って、くん、と鋭い威圧を放つ。


「ほ?よう耐えたもんじゃ。よかろう、その精神力に免じて教えてやる。妾は誇り高き龍の一柱じゃ!」


どうだ、と胸を張ってみせるが、張るほど胸はないのだが、しかしミロ達の反応は薄い。


「「りゅう?」」

「なんじゃ龍を知らんのか。いや、そんなことは良い。それより早うピクなんとかを食わせい!」





「ん、んん、んんんん・・・ぅまーーーいっ!!」

「ハッチも、うまーい!」

「お、おイ!あんまりがっつくなヨ!あッ、それオイラのオダンゴ!」

「ムグ、妾のせいじゃない!はぐはぐ、止まらんのじゃ!このピクニックが悪いんじゃ!」

「はいはい、ちゃんと飲み込んでから話そうね。ニニララ団子の鍋はまだあるから、プトラ用に出してあげるよ」

「やりィ、さすがマスター!」


突然の地震に巨大な龍の出現。一時はどうなることかと思ったミロだったが、一度食卓を囲めば敵も味方もない。少女はごく自然にミロ達の輪に加わり鍋をつついていた。


「こっちのピクニックもうまいのう!」

「ピクニックっていうのは、こうやって出掛けた先でご飯を食べたり景色を楽しんだりすることだよ。最初に見せたのは雪蛇の揚げ肉、今食べてるのはパン、そっちはニニララ団子の鍋だよ」

「ほーか。ほーか。どれもうまいのう。そうじゃ!おいヒト族、入れ物はないかの?」

「僕はミロだよ。これでいい?」


ミロは<荷台>から空の水樽を呼び出し、少女の前に置く。


「よかろう、ミロ。刮目するがよい、我が秘術!」


カッ、と目を見開き、空気を丸く抱えるように掲げた手から、とぷとぷとぷ、と音を立てて水が湧き溢れた。酒を生み出す龍の秘術<龍泉>である。

水樽をいっぱいに満たし、それを豪快に杯で掬ってぐい、と飲む。


「くは!うんまいのう!この熟成具合、さすが妾!ほれ、ミロも飲め!」

「これお酒?僕、飲むの初めてだ。いただきます・・・うわあ、美味しいね」

「ほう、わかる口か!良いではないか!ささ、お前達も飲め飲め!」

「ハッチはダメだよ」

「ハッチはダメでない!」


さっと掬って飲んだ酒を、ハッチはすぐに吐き出した。


「ぺっ、ぺっ、ぶえっ!美味しいね、でない!」

「ゲ、オイラもダメだこレ」

「これは!美味しゅうございますね」

「ヒヒッ、そこな小人もいける口か。幼体とトカゲにはわからんようじゃな!」

「ベルベリ、ハッチ、プトラだよ。君の名前は?」

「名はないが、我が使命であれば、@W#&%じゃ」

「ん?」


ミロの耳に届いたそれは、言葉ではなかった。音とも言い難く、音を聞く器官が空気の振動を捉えた、というような何かだった。


「ふむ、わからんだろうな。名はない、好きに呼ぶがよい」

「そう?じゃあ・・・ラナはどう?」

「ラナか。なかなかじゃ!」

「みんなのことも名前で呼んであげてね、ラナ」

「ではミロもベルベリも、大いに飲むがよい!」


ラナとハッチが競うようにパンを食べるのを眺めながら、ミロとベルベリはラナの酒に舌鼓を打ち、酒と揚げ肉の相性の良さにラナが発狂するなどして、ピクニックは夜まで続いた。


焚き火を囲み、ラビ肉のシオナ草茹でを肴に酒を飲む。

ハッチは少し前にミロの膝の上で眠ってしまい、白い肌が焚き火の朱に染まっている。


「妾はここで死を待っていた」


それは突然の告白だった。しかしラナはあっけらかんとして、悲壮感のかけらもない。


「死ぬつもりだったの?」

「そんな辛気臭い顔をするでない。我ら龍の命は、一瞬で散るヒト族のそれ程儚いものではない」


三百歳までは自分で数えて、五万歳あたりまでは数えてくれる者がいた、とラナは言う。


「そんなに長生きなんだ」

「五万より後もしばらく生きたが、そのうち飽きてしもうての。生きることに」

「生きることに飽きる」


百年も生きないヒト族には想像し難い言葉だった。

次第に眠っている時間の方が長くなり、最後に起きた時に、もう良いか、と思って眠りについたのだという。


「まさか山になっとるとはの。ヒヒヒ!」

「それで今日、ご飯の匂いで目覚めちゃったんだ。なんかごめんね。その、邪魔したみたいで」

「構わん。死ぬ前にうまいものが食えたからの」

「そっか・・・」


楽しそうに笑うラナに、ミロはなんとも言えず黙り込む。


「ところで、ミロよ。プトラとハッチは一体なんじゃ?見てくれは魔物とヒト族じゃが、中身は全く別じゃな」

「プトラもハッチも僕のスキルだよ」

「スキル・・・シェシュマ様がヒト族に与える加護の欠片じゃの」

「プトラは元は普通の魔物だったんだけどね」


ミロはプトラがスキルになった時のことを話して聞かせた。


「ほう、魔石で仮初めの生命を。それはまたシェシュマ様も大胆なことをなさったのう。しかし、そうか・・・」


魔石、と呟きラナはしばし思案にふける。


「よし!決めた。妾もお前について行ってやる」

「え?」


ラナは言って、ほれ、と口から大きな石を吐き出した。


「うわ、きちゃなっ!なにそれ」

「汚いとはなんじゃ。妾の魔石じゃ!これで妾をスキルにするがよい」


魔石だというその大きな真紅の石の中には、黄色や緑のさらに小さな石がいくつか埋まっていた。ぬるりと表面を濡らすのは、もちろんラナのよだれである。


「ダメだよ!そんなに死に急いじゃ!」


自分の命を放棄しかけた過去のあるミロにも、その言葉はチクリと刺さった。


「別に死に急いではおらんわ。妾はこれからもここで死を待つつもりじゃ」

「どういうこと?スキルにするには魔石を消費しないといけないんだよ?ルインさんが、えっと友達が言ってたけど、魔石は心臓くらい重要な器官なんだよね?」

「大丈夫じゃ。龍の体内には三つの魔石があるからの。一つなくなった程度で死にはせん」

「ですがラナ、飛行生物のスキル化は未だ成功しておりません」


飛行生物が選択可能になる条件がまだわからない。

収納数が足りないのか、そもそも飛行生物は選択肢に入らないのか。


「なるほどの。しかし可能性が全くないわけでもないんじゃろ?なら一つ渡しておくから、できるようになった時にスキル化してくれればよい」


そう言ってラナは、もしスキル化できなかった時はもう一度くらい遊びに来て欲しいがの、と物のついでのようにささやいた。

巨獣であっても、孤独は寂しいのだ。


「わかった。じゃあ飛行生物がスキル化できるようになるまでは預かっておくね」

「そうこなくてはの!」


よだれにまみれてなお美しい真紅の石に触れ、<倉庫>に収納する。すると、


《飛行生物の魔石を10種類収納しました》

《全便に飛行生物を選択できるようになりました》

《龍の魔石を収納しました。魔石を消費して全便の選択肢に追加しますか?》

「あれ?できた。はい、お願いします」

《飛行生物「龍」の魔石を消費しました。全便の選択肢に「ラナ」が追加されました》

「なんじゃ、できたのか?」

「うん、できたみたい。でも今10種類って」

「なるほど、そういうことでしたか」


開放とともにベルベリにその知識が備わったようである。


「鳥の魔石ならなんでも良いのかと思っておりましたが、どうやら空を飛べない鳥は飛行生物にカウントされなかったようですね。ホワイトコッコとランバードの二種が弾かれていたようです」

「なるほど、それでラナの魔石でちょうど十種類だったってことだね」

「申し訳ございません。私の検証が甘かったようです」

「そんなことないよ。検証してくれてありがとう、ベルベリ」

「それで、あとはどうすれば召喚できるんじゃ?」


ラナに急かされ、早速召喚してみる。


「わあ、やっぱでっかいなー」

「なんじゃ、小さいのう」


現れたのは少女の方ではなく、初めに見た龍の姿の方だった。しかし、その躯体は二回りほど小さく、それでもミロには巨大に見えるのだが、ラナには物足りなかったようだ。

人の姿になってもらうと、こちらも元のラナより幾分幼い。


「魔石一つではこの程度か、仕方あるまいて」

「ふむ。しかし、しっかりリンクしておるようじゃの」


姉妹のように見える二人がうんうん、と頷きあう。


「リンク?」

「妾とこやつは精神でもって繋がっておる。こやつが経験したことは、妾の経験として共有されるというわけじゃ。簡単に言えば、夢の中でお前達と旅をするような感覚かのう」

「そっか。それじゃあここで独りで寝てても寂しくはないね」

「だ、だから寂しくはないと言っておろうが!」


その後。本体のラナは元の姿に戻り、また眠りについた。

こうして、体が山に埋もれる程長い時間を孤独に過ごしてきたのだ。

ミロはその穏やかに見える寝顔の前で、沢山の思い出をラナに作ってやろうと決意するのであった。そうすることで、もっと生きたいと思うようになるかもしれないという期待を込めて。

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