21. 求む、常識者
「先程はうちの職員が大変失礼しやした!」
入りしなに頭を下げた職員を、ミロ達はパンをかじりながら迎えることとなった。
「す、すみません、すぐ片付けます」
「いえいえ、どうぞそのままで。オレはホッズと申しやす。ギルド二年目のまだまだ新人すが、どうぞよろしくお願いしやす」
「ミロです。よろしくお願いします」
「ヴォルフさんも、ミロさんも、気を害してしまって、本当に申し訳なかったす」
ソファに座り、ホッズはもう一度頭を下げた。
「わわ、顔あげてください。僕は全然大丈夫です」
「ミロがいいなら、俺も構わん」
頭を上げたホッズの素朴な顔が安堵に綻ぶ。
「それでは、ご用件お伺いしやす。何か依頼があるとかで」
「その前にまずは買取りを頼む」
そこにサリバンも現れた。
「それは俺の方で進めておこう」
ヴォルフはサリバンを見やり、ウエストポーチを二つ放った。
「一つはいつも通り全て預金。そっちの方は半額を預金して半額は現金で持ってこい」
「わかった。他の話はホッズと進めておけ」
最低限の会話を終え、砲の義腕を突く音は遠ざかっていく。
「お話とは」
「まず一つは、ミロの昇級についてだ」
ミロはC級に昇格するための指定依頼を受けてサラコナーテを訪れたのだが、ダンジョン内でヴォルフ達を救出し、そのままワロワーデンへと来てしまった。
ルッサンモーヲ王都ギルドのダガートは特に期限は設けないと言っていたが、半月ほど経った今もまだ有効なのか。続行するならサラコナーテへ戻らなければならないのか。
「なるほど。曖昧な依頼内容は気になりやすが、特に期限がないと明言したのならまだ依頼は有効す。しかしこれからまたサラコナーテダンジョンに戻るというのも大変な話すね。・・・わかりやした。ルッサンモーヲギルドにはこちらから話をつけて、こっちで指定依頼を受けられるようにしておきやす」
「できるんですか?」
「本来なら依頼放棄はマイナス査定になりやすが、今回の場合は事情が事情す。ちょっとギリギリすが、SS級冒険者の口添えがあればなんとかなりやす」
「そうか、よかった」
「SS級冒険者ですか・・・」
「どうした、ミロ」
ミロは指を折ってC、B、Aとランクを数える。
「Aの次ってSでしたっけ?でSS?はあ、そんな高ランクの方が口添えなんかしてくれますかね」
「え?」「ん?」
ホッズとヴォルフは顔を見合わせ、隣で寝ていたジジが意地悪そうにニヤリと笑った。
「ククク、安心しろミロ。SS級冒険者なら俺が一人知っている」
「ジジ、ホント!?」
「おいジジ、ミロをからかうんじゃない」
「ククク・・・」
「済まん、ミロ。口添えは俺がするから大丈夫だ」
「え?」
「あんたには言ってなかったかねぇ?ヴォルフの階級はSS級だよ」
「えーーーーっ!そうだったんですか!」
「二体の霊獣を従えた『死神』と言えば有名だと思うんすけど・・・」
「そうなんですか?僕、知りませんでした。すみませんヴォルフさん」
「謝ることじゃない。有象無象から与えられた評価などなんの意味もないと思っていたが、お前のためになるのなら、肩書きぐらい喜んで貸すさ」
「あ、でもこちらで指定依頼を受けるなら、最初の依頼から受けていただくことになりやす。ルッサンモーヲで初依頼を完了されてると思いやすが、それは無効になるんで、それだけ了承いただきたいす」
「全然問題ありません。ツノラビの五匹や五十匹、討伐してみせます!」
「いや、D級の依頼なんで、そんなハードな依頼は出ないすよ」
え、と首を傾げるミロに、ホッズは「依頼の内容は受ける時にまた詳しく話しやす」と言って話を進める。
「他にありやすか?」
「ああ。これもミロのことだが、依頼は俺の名で出す」
「どういった内容で?」
「ミロをツィーレに案内できる者を紹介してほしい」
ミロの次の目的地がツィーレに決まったのは、ヤコの一言からだった。
遡ること昨日のピクニック夕食後。
ワロワーデンにもナックがいなかったことをヴォルフ達に報告したミロは、他に手がかりはないのかと聞かれ、墓場まで持って行くつもりだった禁断の手がかり「真っ赤で黄色のシャラララン」をカミングアウトしてしまったのだ。
ヴォルフや霊獣達は見当もつかなかったが、そこでヤコが一案投じたのがワロワーデンの西隣、ツィーレ王国だった。
ツィーレは大陸一の農業国で、その田園風景は季節によって様々な色に染まるという。トマトの赤、小麦の黄色、そしてシャララランはその美しい田園風景の美しさを示す擬音語。「真っ赤で黄色のシャラララン」とは色彩豊かな美しい田園風景、つまりツィーレを指しているのでは、というのがヤコの推理である。
「案内、すか?護衛ではなく」
「ああ。ミロ達に護衛は必要ない。これは後で証明するとして、他にも条件がいくつかある」
「伺いやす」
「まず、俺が言うのもなんだが、ミロには常識というものがほぼないに等しい」
「それはこの短い時間でなんとなく」
「その上でとんでもないお人好しだ。例えるなら、ダンジョンで怪我をした者にフルポーションを惜しみなく振舞って金を取らん程にな」
「フルポーションを?ホントすか?」
ホッズはミロを見るが、まずミロはフルポーションを知らない。
「すみません、まず振らない方のポーションも知りません」
「こういうことだ。わかるか?」
「なるほどす。オレの見積もりが甘かったす。常識があって、ツィーレに精通している人間が必要になりやすね」
「そういうことだ。あとは金勘定にシビアな者がいい。特にこいつが振る舞う料理やスキルについて、しっかり報酬を払える者だ。【御者】のスキルは、いわば上級職どもの支援系スキルを寄せ集めて最高レベルにまで熟練させたような構成だが、それをこいつは<ステータスボード>を開くような感覚で他人に振る舞う」
「それはまた・・・いや、承知しやした」
「それから、これは必須ではないが、剣士系職の者がいれば指南を頼みたい」
「ミロさんは剣も扱うんすか?」
「いや、ミロではない。ミロ、ハッチの能力を教えてもいいか?」
「はい、いいですよ?ハッチ、ホッズさんにご挨拶して」
「ハッチだ。ただ一つ、パンを噛みしめている」
「一つだけ食べていいと言われたパンを大切に食べています、って言ってるんだと思います。特技はどこでもすぐに寝ること、あとパンの美味しい食べ方を創作することです」
「たぶんすけど、その能力のことではないすよね?」
「ああ。これがこいつらの平常運転だ」
「だんだんわかってきやした。これは難儀な案件になりそうすね」
「ハッチはミロの召喚系スキルで、武器や防具の持つスペックを自身の基礎値に吸収する能力を持っている」
「と言うと、武具があればどこまでも強くなるってことすか?」
「おそらくそうだ」
「それはまた、どえらいスキルすね」
「ここ数日で心構え程度は教えたつもりだが、できれば俺以外の剣も見せた方がいい。それと、成長させる速度についてミロにも意見してやってほしい」
ハッチに修行をつけたヴォルフは、ハッチの基礎値を急速に上げないようミロに勧めた。
基礎値だけ高くしても、それに頼りきりになってしまうと、自身の技術が全く成長しなくなるのだという。
「なるほど。剣士系職がいるパーティーがいれば優先してご紹介しやす」
「ヴォルフさん、そこまで僕達のことを・・・」
「このくらいは当たり前だ。俺がツィーレに詳しければ連れて行けたんだが」
「それはダメですよ。僕のせいでヴォルフさんの時間を無駄してしまったら本末転倒ですから」
定期的にアジトへ帰る必要がなくなったヴォルフ達は、未開の階層が多いワロワデル山のダンジョン攻略を本格的に始めようとしていた。
一刻も早くノエリアの呪いを解くためにも、ミロは自分のことでヴォルフの手をわずらわせてしまうわけにはいかなかった。
「失礼します」
「ヴォルフさん、査定が終わったみたいす」
どうぞ、ホッズが許可すると、大きな袋を抱えた職員が入室してきた。
「預金の方が千三百四十万オロン、もう一方は状態が非常によく、少し色をつけまして百十万オロン。こちらがその半額、五十五万オロンの現金になります」
「確認はいい。サインだけする」
そう言ってヴォルフは買取表にさらりとサインしてしまった。桁違いの数字のやり取りを、ミロは驚愕の表情で傍観する。
「ではミロ、これを」
「え、怖。なんでこんな大金、僕に渡すんですか?」
「ハッチやプトラとの修行で倒した魔物や採取物を、ベルベリに頼んで分けて保存してもらっていたものだ。一応、二パーティーでの基本的な分配法だから、半分の五十五万オロンがお前の取り分だ」
そんなまさか、とホッグを見る。
「冒険者の常識の一つす」
「ごじゅ・・・」
ミロが泡を吹いて気絶しかけるのを、ロトーが突いて呼び戻す。
「ミロ、寝てる暇はないさね。話がまとまったなら訓練場に行くよ」
訓練場?とミロとホッズが首を傾げた。
「護衛がない理由、証明するんだろう?あたしに任せな」
カカカと笑うロトーのすぐそばで、赤い電気が小さく弾けた。
*
「ミロ、覚悟はいいか?」
「は、はい。お願いします」
それは一方的な殺戮だった。
目にも留まらぬ速さでヴォルフの大剣がミロを吹き飛ばし、それをジジが口で受け止め、その鋭い牙でもって嚙み砕く。首を振ってヴォルフの方に投げ返したところでヴォルフが<威借融合>を詠唱。ジジと融合したヴォルフがその膂力でミロを天高く蹴り上げる。
「は、早すぎて全く見えん!」
「これ訓練なのか?あのガキ、死んでるよな?」
「す、スゲェ、あれが『死神』ヴォルフの戦闘・・・」
「魔物と合体するスキルか?」
訓練場に集まった野次馬の冒険者達は、ミロを追って天を仰いだ。
「止めだよ!灰になりな!」
ひょお、とロトーが一鳴きした直後、空に赤い雷が走る。次いでズドン、と空間を破るような轟音が起こった。目に焼きつくほどの鮮烈な赤に、しかし誰一人として見開いた目を閉じることはできない。
轟音が去った後、黒煙を纏いながらぐしゃりと何かが地面に落ちた。
「・・・こ、怖かったぁ」
ミロである。
「やはり一太刀も通らんか」
「ヴォルフさん、残念そうですけど、通ってたら僕死んでますからね?あとロトー、灰になりなって言ってたよね?」
「あれは詠唱みたいなもんだよ。ともあれ、これでミロに護衛が必要ないことははっきりしたね」
「どうですか?ホッズさん」
「・・・」
ホッズは尻餅をついて固まっていた。
「ホッズさん?」
「はっ!え、あ、はい。はい、大丈夫す」
「ミロに護衛が必要ないってわかったかい?」
ホッズはぶんぶん頭を縦に振るのが精一杯だった。
観戦気分で集まっていた冒険者達も現実を受け入れられずに立ち尽くしている。その
誰もが、これは夢なんだと思うことで正気を保とうとしていた。
この日を境に『不死の賢者』の噂が大陸中の冒険者に広がることになるのは、もう少し後のことである。
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