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20. 冒険者ギルドでの一騒動

日が昇って少し遅めの朝。ミロとヴォルフは王都ニカラの冒険者ギルドを訪れた。

プトラは、修行も走ることもできないギルドには興味がないとのことで、街まで走ってもらって送還。ハッチは昨日のピクニックが余程楽しかったのか、ジジの背中でウキウキしている。冒険者ギルドにはピクニックをしに行くわけではないと散々言ったのだが。


「ヴォルフさん、そのお面はなんですか?」

「いろいろあってな。一度死んだことにして、今は素顔を隠して活動している。つまらん上に長い話なんだが、聞きたいか?」

「壮大な物語の予感がしますね。ノエリアさんがらみですか?」

「まあそんなところだ」

「じゃあノエリアさんが治ったら、笑い話として聞かせてください」

「ふふ、そうだな」


ヴォルフは仮面の下で小さく笑った。


ギルドの入り口、分厚い木の扉を開けると、中は宴会場のような騒がしさだった。

併設された酒場は朝から開いていて、大男達が大きな杯を片手に大声で笑い、取っ組み合いで椅子やテーブルを破壊したり。目を背けたくなる程の荒れようである。


「おまつり!」

「大陸中から粗暴で気性の荒いゴロツキどもが集まってバカやってるだけだよ」


ハッチはオレンジ色の目を輝かせるが、あたりを一瞥するロトーの言葉は冷たい。

そんなギルド内が一変、ヴォルフに気づいた冒険者達が急に声をひそめて会話しはじめ、それがギルド内全体へと徐々に広がっていった。


「おい『死神』の野郎が来てるぞ」

「けっ、おっかねえ魔物を放し飼いにしやがってよ」

「SS級だからって好き放題しやがって。何様だっての」

「バカ、声が大きい。殺されるぞ?」


あちこちのテーブルで大男達が膝を突き合わせ、ヴォルフを盗み見るようにボソボソと会話している。そしてそれはミロの話題にも及んでいた。


「なあ、隣にいるガキって噂の?」

「あいつが噂の!そう言や黒獅子と仲よさそうだな」

「噂ってなんだよ?」

「お前知らねえのか?昨日、あの黒獅子と仲よさげに連んでたガキが転移魔法らしきスキルを使ったって話だ」

「それがあのガキってことか?」

「どうだろうな。早速『転移の賢者』なんて二つ名もついたみたいだぞ?」

「あんな小せえガキが【賢者】?しかも転移魔法?」


転移魔法は極めて稀少な魔法で、その習得者は過去を遡っても数える程しかいない。冒険者ギルドの記録によると、五十年程前に一人、それらしき魔法を使う者がいたらしいが、そこから現在に至るまで転移魔法を使用できる者は現れていないという。


「なんだか急に静かになりましたね。すごく見られてるみたいだし」

「気にすることはない。ロトーの言う通り、ただのゴロツキだ」


そう言ってヴォルフは特に気にする風もなく、堂々とした足取りでカウンターへと向かった。


「『死神』か。いつもの買取でいいか?」


ヴォルフに問いかけたのは冒険者達に負けず劣らず大きな男の職員だった。

常連を接客するような口ぶりだが、その態度はそっけない。


「それもだが、今日はC級への昇級について聞きたいのと、一つ依頼したいことがある」


死神?と眉をひそめるミロに、「我が主の通り名だ」とジジがにやけてみせる。


「なんでヴォルフさんが『死神』なの?死神って目があっただけで殺されるみたいな、怖いイメージじゃない?」

「ノエリアのためにかなり無茶なダンジョン攻略をしてたのは確かだけどね。だいたいは噂話に馬鹿でかい尾ひれがついただけさね」

「襲ってきた賊を返り討ちにした話が、どう伝わったのか、俺が冒険者パーティーの首を噛みちぎって皆殺しにした話にすり変わっていたことがあったからな」

「カカカ、あれは根も葉もない噂話の中でも傑作中の傑作だよ」

「そんな嘘の話で『死神』?ひどいよ!ヴォルフさんこんなに優しいのに」

「ククク、だそうだ、主よ」

「うるさいぞ、ジジ、ロトー」


ぴしゃりとヴォルフは言うが、ジジとロトーは、ミロとの出会いで人間味が出てきたヴォルフの反応が面白くて仕方がない。


「あー、で?なんでまたC級への昇級のことなんか?」

「あ、話を聞きたいのは僕なんです」

「お前は?」

「ミロといいます」

「ギルドへの登録か?職業は?」

「えっと、登録はルッサンモーヲで済ませてます。職業は【御者】です」

「【御者】?・・・ハハッ、馬車に乗るあの御者か?」


つまらなそうにしていた職員の顔が、嫌味な笑顔に歪んだ。


「ガハハハ、なんだその職業!嘘じゃあねえだろうな」

「本当ですよ」


近くのテーブルで聞き耳を立てていた冒険者も声をあげて笑い出した。


「【御者】だってよ、ダハハハ」

「なんだなんだ?」

「あのガキの職業、【御者】なんだってよ」

「【御者】?馬車に乗るあの御者のことか?」


話はテーブルを渡りながら広がり、やがて大きな笑い声が起こった。


「そんな【御者】聞いたことねえ!」

「なんだよ【賢者】じゃなかったのかよ」

「何が転移魔法だよ、しかも【御者】って・・・傑作!」


笑い話に乾杯まで始める始末である。ミロは毎度のことなので、肩をすくめるだけで慣れたものだが、そうでない者が三名。


「グルルァァアアアアッ!!」


ジジの咆哮とともに、殺気を含んだ三つの<威圧>スキルが放たれた。

少なくない数の冒険者達が白目を剥いて気絶し、なんとか耐えた者もその場で嘔吐してしまう程の圧だった。

ミロを小馬鹿にした職員と冒険者達だけを対象にしていたようで、他の職員に被害はなかったようだが、皆、戦々恐々と事の成り行きを見守っている。


「え、急に寝た!・・・寝不足?」


そんな中、けろりとしているのがミロである。<絶対防御>があるミロには<威圧>が効かない。突然机に突っ伏して動かなくなった職員をただただ心配している。


「ミロ、あんたルッサンモーヲでもこんな扱いを受けてたのかい?」


未だ怒りの収まらないロトーが赤い電気を小さく弾かせながらミロに問う。


「こんな扱いって【御者】のこと?まあ、ハズレ職ってバカにされるのはいつものことだから慣れっこだよ。それよりロトー、なんかパチパチしてるよ?綺麗」

「な、なんだいいきなり。あんたがそうだと怒ってるあたしらがバカみたいじゃないか」

「・・・全くだな」


そこでようやく三人は<威圧>を解いた。


「あれだけのスキルを持ちながら、なぜミロが【御者】職を過小評価するのか気になっていたが、この扱いが原因だったのだな」

「過小評価、してるかな?」

「あたしらにはそう見えたね。稀少なスキルを共通スキルみたいにホイホイ使って見せたり、ノエリアのことだってそうさ。たった月三百オロンで引き受けてくれただろ?一日百万オロンって言われても、あたし達は何とかしてでも払っただろうに」

「ひゃ、百万・・・嘘でしょ」

「あんたのスキルは、【御者】って職業はそのくらいすごいんだよ」

「そ、そうなんだ」

「お前はもっと【御者】職に自信を持った方がいい」

「そうだな」


ヴォルフの言葉にジジも頷く。


「まあでも、最初の頃はハズレ職ってバカにされて落ち込んだりもしましたけど、【御者】職を褒めてくれる人に出会ったり、今回はヴォルフさん達の役に立つこともできたし。ハズレか当たりかは置いといて、最近は割と気に入ってるんですよ?」


――気に入ってる。

少なくとも卑下していないならそれでいいか、とロトーは溜飲を下げることにした。

変に自信をつけて自惚れるよりはいい。


「そうだな。当たり外れは関係ない。お前が俺達に希望を運んで来てくれたのは紛れもない事実だ」

「よく運び、よく導く。それが僕の使命ですから」

「使命?」

「はい、職授の儀式でシェシュマ様に言われたんですよ」

「職神が?・・・そうか。お前が」


何かを言いかけたヴォルフだったが、続く言葉はわざとらしいため息によって遮られた。


「全く。朝から騒がしいと思えば、お前か『死神』」


そう言って放つ<威圧>に、ヴォルフも<威圧>を返す。


「友人をえらく馬鹿にされたものでな」

「ほう、お前も他人のために怒ることがあるんだな」


大男ばかりのギルド内にあってやや細身に見えるその男は、砲を仕込んだ長い義腕を杖代わりに、足を引きずりながらミロに近づいた。


「ギルマスのサリバンだ。お前がその友人とやらか」


サリバンは言って、ミロにも<威圧>を放つが、


「えへへ、ミロと言います」


当人はヴォルフに友人と紹介されたのが嬉しくて、ただただ照れるばかりである。

<絶対防御>で何も感じないし、もちろん<威圧>スキルなど持ち合わせていないので返すものもない。


「この<威圧>耐えるか、とか思って驚いているんだろうが、こいつはお前が扱いきれるような玉ではない。さっさとその圧を仕舞え」

「・・・そのようだな」


耐えるどころか涼しい顔で受け答えすらしてみせた。

サリバンは目の前の少年に、ヴォルフに感じるのとはまた違う、得体の知れない恐怖を感じてならなかった。


「それで、用件は何だったんだ?」

「まずは部屋を用意しろ。聞き耳を立てるような下劣どもと同じ大気を共有したくない。それと最低限の対応ができるまともな職員も寄越せ。話はそれからだ」

「わかった。すぐ用意する」





《<ユニットタイプ:談話室>が開放されました》

「む・・・」


用意された部屋に入った瞬間に声が鳴り響き、それを聞いたハッチが目を覚ました。

ずっと静かだったと思ったが、修行でヴォルフ達の<威圧>には慣れていたこともあり、先程の騒動の中でもジジの背中でぐっすり眠っていたようだ。

そのハッチが開口一番、


「ハッチはゴリっぱらだ!」


これである。


「ごりっぱら・・・ご立腹?怒ってるってこと?」

「そのようだ!ミロはピクニックすると言った!どうだ、ピクニックしていない!」

「今日はピクニックじゃないよって言ったよ?」

「む?」

「あたしも言ったよ」

「む」

「俺も言った」

「む!」


ロトーとジジがミロに味方する。


「・・・ムキューー!」


言われてみればそうかもしれない、とハッチは思ったが、折れればこちらの負け。ミロの鳩尾に頭をぐりぐり擦りつける。


「もう、ハッチはしょうがないな。ヴォルフさん、ここって飲食しても大丈夫ですかね」

「そこに菓子も置いてあるし、問題ないんじゃないか?」

「ベルベリ、ハッチにパン出してあげて。スーパーへびパンだっけ?」

「承知しました。ハッチ、一つだけですよ?」

「承知しました、だ!」

「ヴォルフも食べますか?」

「いいのか?ミロ」

「もちろんですよ。あ、ヴォルフさん、甘いの大丈夫ですか?」

「ん?特に苦手ではないが」

「マスター、あれでございますね」


そう言ってベルベリはティーカップとポットを取り出した。

フルーツを煮詰め、水で薄めたココナの樹液で割ったホットミルク風フルーツドリンクである。


「ほう、うまいな。フルーツが甘酸っぱくていい」

「適当にいくつか混ぜたので、同じ味はもう作れないですけど」

「あまあまー」


ハッチが至福とばかりにとろける。

ジジとロトーにも振る舞い、結局ちょっとしたピクニックになってしまった。

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