↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/5

第4話 天才と変人の差は紙一重

 7月。

 私はとある平日、いつものように出社。

 トイレに行って、トイレから出たところで、小柄な女性に声をかけられていた。


「あの。山本さんですか?」

「はい。そうですが」


 見ると、身長は150センチくらい。小さい。小柄でセミロング。猫のような丸い目をした、一見すると可愛らしい女性だったが、特徴的なのは、不機嫌そうに見える口元。口元が全く笑っていない。緊張しているのかもしれない。


「あたし、営業部の斎藤といいます」

「はい。名前は知ってます」

 営業部。IT系企業においては、社員を出向させたり、派遣したりする時に、社員を先方に売り込みにかけたり、自社の製品を他社に売り込むこともする。


 そして、何故私が、斎藤さんのことを知っていたかというと、彼女が「営業部のエース」と呼ばれていたからだ。

 斎藤怜美(れみ)。まだ今年で24歳。大学を卒業してから2年目の若手のホープ。

 彼女は1年目から営業成績がトップで、今もそれをキープしており、社長から直々に感謝状までもらっていた。仕事は抜群に出来る人材だ。

 他の社員の噂によると、斎藤さんは一種の「天才」らしい。


 あらゆることが出来て、頭もいいし、運動神経も抜群らしい。噂によると、彼女はバイクに乗るし、作曲も出来て、さらにギターまで弾けるという。

 「天は二物《にぶつ》を与えず」と言われるが、彼女にはそれは当てはまらなかった。

 ある意味、彼女は社内では「有名人」でもあった。


 ただ、頭が良すぎるゆえの弊害として、「とっつきにくい」性格らしいと言われていた。直接、話すのは初めてだった。

 その斎藤さん。遠慮がちに私に声をかけてきたのだが、意外なことに発展する。


「今度、一緒にツーリング行きませんか?」

「え、いいけど。斎藤さんは何に乗ってるの?」

 いつの間にか、敬語ではなくなっていたが、彼女は私より年下だから構わないだろう。


「スズキ GSX-R750です」

「その身長で。足つき、大丈夫?」

 GSX-R750のシート高は、忘れたが、スーパースポーツのバイクだから、それなりに高いはずで、彼女の身長を考えると、私は思わず心配になって声をかけたが、


「問題ありません」

 と、きっぱりと言われてしまった。むしろ、この一言が気に入らなかったのか、彼女はちょっとムッとしたような表情になっていた。


「わ、わかった。他の人も一緒でいいなら」

「わかりました」

 その物怖《ものお》じしない雰囲気に呑まれそうになり、私は一旦、そう告げて、連絡先を交換して別れたのだった。


 同日、昼。喫煙室。

「ねえ、加藤さん」

「何だ?」

 いつものように、私たちはタバコ休憩をしていた。


「営業部の斎藤さんって知ってる?」

 その瞬間、加藤さんの眉がピクリとわずかに動いたのを私は見逃さなかった。


「ああ、知ってるが」

「今度、一緒にツーリングに行こうって誘われたんだけど」


 紫煙を吐きながら、少し溜め息交じりで、加藤さんは応じた。

「やめておけ」

「何で?」


「あいつは、『変人』だ」

「いや、それ加藤さんが言う?」


「私なんか、あいつの足元にも及ばない。あれは、真の『変人』だ」

 そこまで言われると、私は逆に興味を持つのだった。


「どんなところが変人なの?」

「スズキ愛が強すぎるんだ。他にも色々あるが」


「鈴菌《すずきん》ってこと。それくらいなら」

 バイク乗りの間では、スズキ愛好者のことを「鈴菌」と言ってからかう。しかし。


「そんな生易しいもんじゃない。あいつは『ス(・)ズ(・)キ(・)フ(・)ァ(・)シ(・)ス(・)ト(・)』だ。スズキ以外のバイクは認めない」

 そんな言葉、初めて聞いたけど、聞いてみると、かつて一度だけ加藤さんは、斎藤さんと二人でツーリングに行ったことがあるそうだ。

 しかし、その時、斎藤さんから延々とスズキのことを語られ、閉口し、雰囲気が気まずくなって、それ以降、一緒に行くことはなかったという。


「こだわりが強すぎるんだ。あいつは、確かAB型だったな」

「なるほど」

 血液型で性格が決まるものでもないが、確かにAB型というのは、その希少性から、「変わり者」が多いと聞く。一方、二重人格であったり、「天才肌」の人間が多いのもAB型の特徴らしい。


 結局、その後、私は、先日のツーリング後に作った、メッセンジャーアプリのツーリンググループに斎藤さんを招待。

 加藤さんと近藤さんにもツーリングを誘った。

 加藤さんは、予想通りというか、パス。

 代わりに近藤さんが来ることになった。


 そして、行き先を決めるのだが。

―待って下さい―

 いきなり待ったをかけたのは、斎藤さんだった。


―私がサイコロで決めます―

 噂通りの変人らしく、彼女はツーリングの行き先をサイコロの出目《でめ》で決めるらしい。

 だが、私は疑問に思うのだった。


―サイコロで決めるって、どうやって?—

 と。


―1が出たら東、2が出たら西、3が出たら南、4が出たら北、5と6が出たら、振り直しです―

(なるほど。しかしアバウトだなあ)

 と、思っていると、近藤さんは乗り気で、


―面白いな。どんどんやれ―

 という始末だった。


 そして、

―2が出ました。西に行きます―

―えっ。それだけ?—

―最初から行き先を全部決めてしまうツーリングはつまらないので、その日に決めます―

(これは噂通りの変人だな)

 と、改めて思うのだった。

 こうして、詳細な行き先が不明の「西」へのツーリングが決まった。


 当日、土曜日の朝7時。

 待ち合わせは、道志《どうし》みちにあるコンビニになった。

 道志みちは、神奈川県から山梨県に抜ける、国道413号で、信号機が少ない快適なワインディングルートとして、首都圏在住者にはよく知られており、週末には多くのライダーで賑わう。

 斎藤さんは、神奈川県の川崎市に住んでいるらしい。


 私が6時50分頃に着くと、すでに近藤さんと斎藤さんの姿があった。

「お疲れ様です。おはようございます」

 ヘルメットを脱いで挨拶を交わすと、二人は、


「おはよう。いい天気だな」

 笑顔の近藤さんに比べ、斎藤さんは、


「おはようございます」

 と、言ってはいたが、笑顔がなかった。

 どうもシニカルというか、とっつきにくい人らしいというのは本当らしい。


 しかも彼女は、全身が白い色の本格的なレーシングスーツを着てきていた。ただのツーリングなのに、その恰好はどうか、と思うのと同時に、彼女だけ周りから完全に浮いていた。

 乗っているバイクは、スズキ GSX-R750。青い車体の流線形のスポーツバイクで、スズキのSS、スーパースポーツバイクだった。


「では、行きます」

 彼女はタバコを吸わないようで、全員が集まったことを確認すると、あっさりと先導して走りだした。

 見ると、身長が152センチしかないという彼女。


 バイクに乗っているというより、「バイクに乗せられている荷物」のようにすら見えて、小さな体がなおさら小さく見える。

 足つきも、152センチでは厳しいと思われたが、信号待ちでは器用にお尻をずらして、片足を地面につけていた。


「やっぱ、斎藤は天才だな。何でも出来るんだな」

 と、近藤さんは褒めていたが、私は、


(本当に変わった子だ)

 という印象を改めて抱くのだった。


 道志みちの休憩スポット、道の駅どうしに着くと。

 私と近藤さんは、喫煙者組だから、すぐに喫煙所に向かう。


 そこで、二人になった時に、近藤さんと自然と会話になった。

「斎藤さんは、喫煙者じゃないんですね」

「ああ」


「でも、バイク乗りって、喫煙率高いですよね」

 不意に私が話を降ると、近藤さんは何か思うところがあったのか、逆に私に聞いてきた。


「そうだろ。一説によると、一般人の喫煙率は今や15%くらいまで落ちているが、ライダーの喫煙率は40%にもなるという。何故だと思う?」

「ええと。道の駅とかで、休憩がてら吸いたいから、ですか?」


「まあ、大体そんなところだろうな。知らんけど」

 と、答えた近藤さんは不意に気づいたらしい。どうでもいいが、この人も適当な人だ。


「ところで、斎藤はどこに行った?」

 気が付くと、彼女の姿が見えなくなっていた。


 しかも、道の駅の建物内や、駐輪場を探しても全然見つからず。ただ、彼女のバイクだけは駐輪場にあったから、近くにはいるらしい。


 探し回ること5分。

 道の駅の外れにある、小川のほとり。


 そこで、しゃがんで耳に有線式のイヤホンを当てて、スマホから音楽を聴いている斎藤さんの姿を見つけるのだった。

「いた。勝手にいなくなるな、斎藤。探しただろ」

 近藤さんが声をかけるも、彼女は素っ気なかった。イヤホンを取ると、


「勝手に喫煙所に行ったのはそちらです」

 と、あからさまに不機嫌そうに言い放ってきた。少し目つきが怖い。


 場の雰囲気が悪くなりそうだったので、私が代わりに話を振ってみることにした。

「何、聴いてるの、斎藤さん?」

 彼女が示してくれた曲名は、古い曲だが、私はかろうじて知っていた。


 それは90年代初頭のUKロック。アメリカンロックとは違うが、同じロックであることは間違いない。エレキギターのグランジ的なリフの音が特徴的な割と有名な曲だった。

 その曲名は「Creep(クリープ)」。イギリスのロックバンド「Rediohead(レディオヘッド)」の曲だった。

 有名だが、普通の若い女性が聴くような部類の曲ではない辺り、彼女は相当変わっている。


「へえ。いい趣味してるね」

「ありがとうございます。ツーリングの休憩中は、いつも音楽を聴いてます」

 無愛想なところがある、彼女が少しだけ笑顔を見せた。私も音楽を聴くのは好きだからだが、一つだけ、斎藤さんの素敵なところを見た気がしたのだった。


 しかし、この後、山梨県に行って、道の駅富士川のレストランで昼食を摂ったのだが。

 少しだけ近藤さんが、今年の秋に発売予定の、スズキの新型アドベンチャーバイク、SV7-GXの話をすると。


「SV7-GXですか? あれはいいバイクですね。SV650とVストローム650のいいとこどりですよ。足つきも良くなってますし、何と言っても今や貴重な水冷Vツインエンジンが素晴らしく……」

 突然、表情が明るくなり、饒舌《じょうぜつ》に語りだした、斎藤さん。

 そのまま止まらなかった。


 やはり、加藤さんが言っていたのは、本当で、彼女のこだわりというか、「スズキ愛」の強さは異常なほどで、スズキのバイクのことになると、本当に性格が変わったように明るくなり、止まらなくなるらしい。


 その後、延々とスズキの話に付き合わされた私たち。

 しかし、その後のツーリングでは山梨県から静岡県に入り、富士山が見える、道の駅朝霧高原に行って、アイスクリームを食べたり、と快適ではあった。


 そして、斎藤さんは、「天才」ゆえか、運転が非常に上手かった。

 バランス感覚が抜群で、頭がいいから恐らく「体が自然に覚えて」しまうのだろう。


 低身長というハンデを抱えているとは思えないくらい、車重がある、GSX-R750を乗りこなしていたし、後ろから見ていると、全然危なっかしいところが見当たらなかった。


 高速でも低速の渋滞でも問題なくこなすし、加藤さんのように渋滞でも文句も言わない。

 独特の感性を持つ、一見、大人しい子に見えたが、私には彼女がとても不思議な子に映るのだった。

 だが、基本的には悪気はないようだから、彼女自身、確かに癖があって、変わってはいるが、敬遠するほど嫌には感じなかった。


 ちなみに、一見大人しそうに見える彼女。噂によると、営業の時は人が変わったように明るく、積極的になるという。やはりそこはAB型らしい、二重人格的な部分があるのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。