第4話 天才と変人の差は紙一重
7月。
私はとある平日、いつものように出社。
トイレに行って、トイレから出たところで、小柄な女性に声をかけられていた。
「あの。山本さんですか?」
「はい。そうですが」
見ると、身長は150センチくらい。小さい。小柄でセミロング。猫のような丸い目をした、一見すると可愛らしい女性だったが、特徴的なのは、不機嫌そうに見える口元。口元が全く笑っていない。緊張しているのかもしれない。
「あたし、営業部の斎藤といいます」
「はい。名前は知ってます」
営業部。IT系企業においては、社員を出向させたり、派遣したりする時に、社員を先方に売り込みにかけたり、自社の製品を他社に売り込むこともする。
そして、何故私が、斎藤さんのことを知っていたかというと、彼女が「営業部のエース」と呼ばれていたからだ。
斎藤怜美。まだ今年で24歳。大学を卒業してから2年目の若手のホープ。
彼女は1年目から営業成績がトップで、今もそれをキープしており、社長から直々に感謝状までもらっていた。仕事は抜群に出来る人材だ。
他の社員の噂によると、斎藤さんは一種の「天才」らしい。
あらゆることが出来て、頭もいいし、運動神経も抜群らしい。噂によると、彼女はバイクに乗るし、作曲も出来て、さらにギターまで弾けるという。
「天は二物を与えず」と言われるが、彼女にはそれは当てはまらなかった。
ある意味、彼女は社内では「有名人」でもあった。
ただ、頭が良すぎるゆえの弊害として、「とっつきにくい」性格らしいと言われていた。直接、話すのは初めてだった。
その斎藤さん。遠慮がちに私に声をかけてきたのだが、意外なことに発展する。
「今度、一緒にツーリング行きませんか?」
「え、いいけど。斎藤さんは何に乗ってるの?」
いつの間にか、敬語ではなくなっていたが、彼女は私より年下だから構わないだろう。
「スズキ GSX-R750です」
「その身長で。足つき、大丈夫?」
GSX-R750のシート高は、忘れたが、スーパースポーツのバイクだから、それなりに高いはずで、彼女の身長を考えると、私は思わず心配になって声をかけたが、
「問題ありません」
と、きっぱりと言われてしまった。むしろ、この一言が気に入らなかったのか、彼女はちょっとムッとしたような表情になっていた。
「わ、わかった。他の人も一緒でいいなら」
「わかりました」
その物怖じしない雰囲気に呑まれそうになり、私は一旦、そう告げて、連絡先を交換して別れたのだった。
同日、昼。喫煙室。
「ねえ、加藤さん」
「何だ?」
いつものように、私たちはタバコ休憩をしていた。
「営業部の斎藤さんって知ってる?」
その瞬間、加藤さんの眉がピクリとわずかに動いたのを私は見逃さなかった。
「ああ、知ってるが」
「今度、一緒にツーリングに行こうって誘われたんだけど」
紫煙を吐きながら、少し溜め息交じりで、加藤さんは応じた。
「やめておけ」
「何で?」
「あいつは、『変人』だ」
「いや、それ加藤さんが言う?」
「私なんか、あいつの足元にも及ばない。あれは、真の『変人』だ」
そこまで言われると、私は逆に興味を持つのだった。
「どんなところが変人なの?」
「スズキ愛が強すぎるんだ。他にも色々あるが」
「鈴菌ってこと。それくらいなら」
バイク乗りの間では、スズキ愛好者のことを「鈴菌」と言ってからかう。しかし。
「そんな生易しいもんじゃない。あいつは『スズキファシスト』だ。スズキ以外のバイクは認めない」
そんな言葉、初めて聞いたけど、聞いてみると、かつて一度だけ加藤さんは、斎藤さんと二人でツーリングに行ったことがあるそうだ。
しかし、その時、斎藤さんから延々とスズキのことを語られ、閉口し、雰囲気が気まずくなって、それ以降、一緒に行くことはなかったという。
「こだわりが強すぎるんだ。あいつは、確かAB型だったな」
「なるほど」
血液型で性格が決まるものでもないが、確かにAB型というのは、その希少性から、「変わり者」が多いと聞く。一方、二重人格であったり、「天才肌」の人間が多いのもAB型の特徴らしい。
結局、その後、私は、先日のツーリング後に作った、メッセンジャーアプリのツーリンググループに斎藤さんを招待。
加藤さんと近藤さんにもツーリングを誘った。
加藤さんは、予想通りというか、パス。
代わりに近藤さんが来ることになった。
そして、行き先を決めるのだが。
―待って下さい―
いきなり待ったをかけたのは、斎藤さんだった。
―私がサイコロで決めます―
噂通りの変人らしく、彼女はツーリングの行き先をサイコロの出目で決めるらしい。
だが、私は疑問に思うのだった。
―サイコロで決めるって、どうやって?—
と。
―1が出たら東、2が出たら西、3が出たら南、4が出たら北、5と6が出たら、振り直しです―
(なるほど。しかしアバウトだなあ)
と、思っていると、近藤さんは乗り気で、
―面白いな。どんどんやれ―
という始末だった。
そして、
―2が出ました。西に行きます―
―えっ。それだけ?—
―最初から行き先を全部決めてしまうツーリングはつまらないので、その日に決めます―
(これは噂通りの変人だな)
と、改めて思うのだった。
こうして、詳細な行き先が不明の「西」へのツーリングが決まった。
当日、土曜日の朝7時。
待ち合わせは、道志みちにあるコンビニになった。
道志みちは、神奈川県から山梨県に抜ける、国道413号で、信号機が少ない快適なワインディングルートとして、首都圏在住者にはよく知られており、週末には多くのライダーで賑わう。
斎藤さんは、神奈川県の川崎市に住んでいるらしい。
私が6時50分頃に着くと、すでに近藤さんと斎藤さんの姿があった。
「お疲れ様です。おはようございます」
ヘルメットを脱いで挨拶を交わすと、二人は、
「おはよう。いい天気だな」
笑顔の近藤さんに比べ、斎藤さんは、
「おはようございます」
と、言ってはいたが、笑顔がなかった。
どうもシニカルというか、とっつきにくい人らしいというのは本当らしい。
しかも彼女は、全身が白い色の本格的なレーシングスーツを着てきていた。ただのツーリングなのに、その恰好はどうか、と思うのと同時に、彼女だけ周りから完全に浮いていた。
乗っているバイクは、スズキ GSX-R750。青い車体の流線形のスポーツバイクで、スズキのSS、スーパースポーツバイクだった。
「では、行きます」
彼女はタバコを吸わないようで、全員が集まったことを確認すると、あっさりと先導して走りだした。
見ると、身長が152センチしかないという彼女。
バイクに乗っているというより、「バイクに乗せられている荷物」のようにすら見えて、小さな体がなおさら小さく見える。
足つきも、152センチでは厳しいと思われたが、信号待ちでは器用にお尻をずらして、片足を地面につけていた。
「やっぱ、斎藤は天才だな。何でも出来るんだな」
と、近藤さんは褒めていたが、私は、
(本当に変わった子だ)
という印象を改めて抱くのだった。
道志みちの休憩スポット、道の駅どうしに着くと。
私と近藤さんは、喫煙者組だから、すぐに喫煙所に向かう。
そこで、二人になった時に、近藤さんと自然と会話になった。
「斎藤さんは、喫煙者じゃないんですね」
「ああ」
「でも、バイク乗りって、喫煙率高いですよね」
不意に私が話を降ると、近藤さんは何か思うところがあったのか、逆に私に聞いてきた。
「そうだろ。一説によると、一般人の喫煙率は今や15%くらいまで落ちているが、ライダーの喫煙率は40%にもなるという。何故だと思う?」
「ええと。道の駅とかで、休憩がてら吸いたいから、ですか?」
「まあ、大体そんなところだろうな。知らんけど」
と、答えた近藤さんは不意に気づいたらしい。どうでもいいが、この人も適当な人だ。
「ところで、斎藤はどこに行った?」
気が付くと、彼女の姿が見えなくなっていた。
しかも、道の駅の建物内や、駐輪場を探しても全然見つからず。ただ、彼女のバイクだけは駐輪場にあったから、近くにはいるらしい。
探し回ること5分。
道の駅の外れにある、小川のほとり。
そこで、しゃがんで耳に有線式のイヤホンを当てて、スマホから音楽を聴いている斎藤さんの姿を見つけるのだった。
「いた。勝手にいなくなるな、斎藤。探しただろ」
近藤さんが声をかけるも、彼女は素っ気なかった。イヤホンを取ると、
「勝手に喫煙所に行ったのはそちらです」
と、あからさまに不機嫌そうに言い放ってきた。少し目つきが怖い。
場の雰囲気が悪くなりそうだったので、私が代わりに話を振ってみることにした。
「何、聴いてるの、斎藤さん?」
彼女が示してくれた曲名は、古い曲だが、私はかろうじて知っていた。
それは90年代初頭のUKロック。アメリカンロックとは違うが、同じロックであることは間違いない。エレキギターのグランジ的なリフの音が特徴的な割と有名な曲だった。
その曲名は「Creep」。イギリスのロックバンド「Rediohead」の曲だった。
有名だが、普通の若い女性が聴くような部類の曲ではない辺り、彼女は相当変わっている。
「へえ。いい趣味してるね」
「ありがとうございます。ツーリングの休憩中は、いつも音楽を聴いてます」
無愛想なところがある、彼女が少しだけ笑顔を見せた。私も音楽を聴くのは好きだからだが、一つだけ、斎藤さんの素敵なところを見た気がしたのだった。
しかし、この後、山梨県に行って、道の駅富士川のレストランで昼食を摂ったのだが。
少しだけ近藤さんが、今年の秋に発売予定の、スズキの新型アドベンチャーバイク、SV7-GXの話をすると。
「SV7-GXですか? あれはいいバイクですね。SV650とVストローム650のいいとこどりですよ。足つきも良くなってますし、何と言っても今や貴重な水冷Vツインエンジンが素晴らしく……」
突然、表情が明るくなり、饒舌に語りだした、斎藤さん。
そのまま止まらなかった。
やはり、加藤さんが言っていたのは、本当で、彼女のこだわりというか、「スズキ愛」の強さは異常なほどで、スズキのバイクのことになると、本当に性格が変わったように明るくなり、止まらなくなるらしい。
その後、延々とスズキの話に付き合わされた私たち。
しかし、その後のツーリングでは山梨県から静岡県に入り、富士山が見える、道の駅朝霧高原に行って、アイスクリームを食べたり、と快適ではあった。
そして、斎藤さんは、「天才」ゆえか、運転が非常に上手かった。
バランス感覚が抜群で、頭がいいから恐らく「体が自然に覚えて」しまうのだろう。
低身長というハンデを抱えているとは思えないくらい、車重がある、GSX-R750を乗りこなしていたし、後ろから見ていると、全然危なっかしいところが見当たらなかった。
高速でも低速の渋滞でも問題なくこなすし、加藤さんのように渋滞でも文句も言わない。
独特の感性を持つ、一見、大人しい子に見えたが、私には彼女がとても不思議な子に映るのだった。
だが、基本的には悪気はないようだから、彼女自身、確かに癖があって、変わってはいるが、敬遠するほど嫌には感じなかった。
ちなみに、一見大人しそうに見える彼女。噂によると、営業の時は人が変わったように明るく、積極的になるという。やはりそこはAB型らしい、二重人格的な部分があるのかもしれない。




