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静寂を破る波紋

 水没した二年B組の教室に満ちる静寂は、決して永遠に凝固しているわけではない。

 生き物たちが呼吸をし、植物が太陽を求めて枝葉を伸ばし、水が山から絶え間なく湧き出ている以上、この空間の時間は刻一刻と動き続けている。

 そして時折、その穏やかな時間にさざ波を立てる「突発的な出来事」が訪れるのだった。

 午後の光が斜め四十五度の角度で窓から差し込み、水面を眩しく黄金色に染めていたときのことだ。

『ドシャッ!』

 静まり返った校舎に、不意に大きな水音が響き渡った。

 教壇の脇、壁の割れ目から太く伸びていた藤の蔓が、自らの重みに耐えかねて水面へと落ちたのだ。

 その衝撃は、静かだった水面に大きな波紋を広げた。

 水底に沈んでいた古い埃や細かな落ち葉が一気に舞い上がり、透き通っていた水が一瞬にして白く濁る。

 机の陰で眠っていた小魚たちは、まるで弾かれたようにパニックを起こし、尾びれを激しく振って教室中を逃げ惑った。

 教卓の上にいたフクロウが、カッと見開いた大きな黄色い瞳で水面を鋭く見つめる。

 その羽毛は一瞬にして緊張で逆立ち、体躯が一回り大きく見えた。

 黒板の前に佇んでいた鹿も、前脚をピタリと止めて耳を一八〇度回転させ、音の発生源へと警戒の視線を注ぐ。

『ザプ……ザプ……』

 濁った水の中から、小さな影が浮上してきた。

 蔓と一緒に壁の隙間から落ちてきたのは、一匹の幼いキツネだった。

 キツネは全身の毛を濡らし、鼠のようにしぼんだ姿で『キャイン、キャイン』と頼りなく鳴いている。

 水深はそれほど深くないとはいえ、幼いキツネにとっては足がつかず、必死に犬かきをして近くの「島」へと泳ぎつこうとしていた。

 キツネがたどり着いたのは、廊下側の前から二番目の机だった。

 濡れた爪を苔生した天板に引っ掛け、必死の思いで這い上がる。

『ハァ……ハァ……』と小さく荒い息を吐きながら、キツネは全身を強く振った。

 バシャバシャッと水滴が飛散し、それが窓からの光を受けて、教室の中に小さな虹の輪を描き出した。

 鹿はゆっくりと歩み寄り、机の上の幼いキツネを見下ろした。

 威嚇する気配はない。ただ、その大きな濡れた鼻先をキツネの頭へと近づけ、ふんむ、と温かい息を吹きかける。

 キツネは一瞬怯えて身をすくめたが、鹿の穏やかな眼差しと温もりに触れると、安心したように『ミィ……』と小さく喉を鳴らした。

 水面に広がる波紋は、壁にぶつかり、机の脚にぶつかりながら、徐々にその周期を長くしていく。

 舞い上がった砂煙も、冷たい水の中でゆっくりと底へ沈み、再び元の透き通った水底が姿を現し始めた。

 逃げ惑っていた小魚たちも、何事もなかったかのように再び集まり、鹿の脚と机の陰を泳ぎ始める。

 蔓が落ちたことで、天井近くの壁に小さな穴が開き、そこから新しい光の筋が一本、斜めに教室へと差し込むようになった。

 その光線の中で、水滴と微かな胞子がキラキラと揺れている。

 静寂は破られた。

 けれど、破られた静寂の跡には、新しい命の出会いと、少しだけ光が増した新しい空間が生まれていた。

 幼いキツネは、鹿の脚元で丸くなり、濡れた身体を温めるように目を閉じた。

 フクロウもまた、ゆっくりと首を元に戻し、静かなまどろみの中へと戻っていくのだった。

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