001 二度目の旅立ち
とんでもないことになった。
俺は、本来なら三日後に村に停泊するノルマール提督の船に乗り、戦場に行き、武功をあげて帰ってくる…はずだった。
けれども、俺の帰りを待つ人は海軍の人間を大勢殺した末に息絶えてしまった。
しかも獣人の親友も、旅に連れて行けというのだ。無茶だ。
あいつは確かに猫のようにすばしっこいし、人並み以上にはやれると思う。
だけど生き残れると思えない。何よりも、あいつには死体を見て欲しくない。
血塗れの死体が、山なりに重なり、火の中に消えていく。
邪悪なヒューマノイドの軍勢が、スライムの核に油を与えて火をつけ、街を灰になるまで燃やし尽くす。
生きたまま焼かれる人間。兵士の生首。
ルイとシュルツが目の前で刺殺され、メイおばさんはお腹の中の子供ごと殺される。
ミケがそのような光景を見て正気を保てるとは思えない。一度あの地獄を味わったら、もうこれまでみたいに笑うことはできないだろう。
俺が乗ろうとしていた船にいる連中は、暴力と女しか頭に入っていない典型的な暴徒たち。
憧れていた海兵も、所詮は寄せ集めの烏合の衆だった。
魔物と何が違うのだろうか?
あのブルースという金髪の男も、どうせ他と変わらない。
村に残るべきか。
ミケ…おじさんがいない今、俺はただお前が心配だ
◇
薄暗い松明に二人の人間が照らされて影を作り出す。
「乗れるのがノルマールの船じゃなくて悪かったな」
「それで?そんなに戦が好きか」
「は…はい!!」
「ガキの頃からずっと戦場に行きたくて…」
「ほぉん」
「それで船に乗りてえと」
「随分と、殊勝な心意気じゃねエか」
ブルースが服を脱ぎ捨て、上裸になる。
「いいぜ、乗らせてやるよ。」
ブルースというその男は、提督を殺して臨時提督になった。
船内の一室で二人の提督護衛は不服そうにそのやりとりを見守る。
ふと、ミケにナイフが渡された。
「え?」
「そいつで胸を浅く裂け。」
突然の命令にミケはたじろいだ。
簡単に入隊できるとは考えていなかったが、まさかそんなことをさせられるとは考えていなかったようだ。
「できんのか?できねえのか?」
「早くしろ。俺は待たされるのが嫌いだ」
「…わかり、まひた」
滝汗をかき、全身を震わせて怯えている。
ナイフをゆっくりと肩に当てゴッソリと反対側の腰まで斜めに落とした。
「うぐっ!!」
「ハッハッハッハ!!!おい!船医はどこだ??手当しろ!!」
「気に入ったぜ小僧」
突然テーブルに身を乗り出して、顔面がミケの顔を覆い影ができる。
「お前に一つ教えてやるよ」
「俺はタコの獣人だ。」
「えっ…」
衝撃的な告白にミケは頭に顔を歪ませながらも、再度たじろぐ。
「俺は見た目は人間みてえに見えるがな…四肢それぞれに脳みそがあんのよ」
「そんでなんでも知識を貯蔵できちまう」
「極めつけには、トリッキーな動きも可能ときた」
「…なっ、まさか…」
「今お前にやらせたのは『デビルフィッシュ海賊団』の通過儀礼だ」
男の正体は元海賊首領、凶壺のブルース。
北海では名の知れた海賊であったが、地域の人間を皆殺しにするうちにその名を知るものは徐々に減っていったという。
「獣人ミケ…期待してるぜ」
「あっ…あ、」
そう言い立ち上がって椅子を適当に転がすと、話を聞いていた護衛二人をすれ違いざまに殺してしまった。
「!!」
扉の両翼にいた二人の首から鮮血が溢れ出る。
その一連の動きは目で追うことも敵わず、ナイフを持つ強靭な右手がミケを圧倒した。
(やっちまった…!!)
(国賊の船に乗るだなんて…まずいことになったぞ…!!ブライツ…)
◇
そんなこと知る由もなく、俺は村民がいなくなった夜の港に座り込んでいた。
腹の傷は村の女に手当てしてもらった。が、当たり前だがまだ痛む。
完治までには相当時間がかかりそうだ。こんな時にハーブだか秘薬だかがあれば…
「おい」
「…」
「貴様、ウチの人間を何人か殺してくれたらしいな」
船長格の一角だ。口元を布で覆い隠している。
目は鋭く、髪を後ろで結んでいる。見た目は十代だが、なかなかの猛者だ。
「…アンタら、あの金色の髪の男は不問にするのかよ」
俺は地平線の先を見据えながら、一言返す。
「決闘のルールだ。今は仕方ないのだ」
「問題は貴様だ。」
「ウチの人間を殺しておいてのうのうと船に乗れると思っているのか?」
「お前が船に乗れるのは、クル=ショーマッカー殿が手配してくれたからに過ぎない」
「…」
おじさんはやっぱり凄い人だったらしい。
俺は…俺はどうすれば良かったんだ
「おい。聞いてるのか」
俺の中で、自分の不甲斐なさからかよくわからない怒りが沸々と沸いてくる。
怒りの矛先は目の前のこの男に向けられた。
「アンタ随分おしゃべりだな」
「なっ…」
「お前らは国王陛下の命に逆らい、この村を襲ったんだ」
「大義はこっちにある」
「この青二歳…」
額に血管が浮き出る。この男煽りには弱いらしい。
「見た感じ、どうせ俺とお前でそんな歳も変わらねえだろ」
「このならずものどもが、恥を知れ」
「剣を抜けええい!!」
ついに男がキレた。
「我が名はイェラン・マードリック」
「アルテナの誇りにかけて貴様に決闘を申し込む!!」
なっ…
決闘。憧れの海兵のキャプテンが、少し言い負かされた程度で顔を赤く染めて決闘を申し出た。
こんなことあるのか?嘘だろ?
「上等だ!!」
いや…勢いでこうは言っちゃったけど、決闘はヤバい。
しかも相手は船長。絶対一筋縄で勝てる相手じゃない。
どうするべきか…!
「おいおい」
ザッサッと足音が聞こえる。砂利を踏む音と共に現れたのは金髪の男、ブルース。
「ソイツはたった今入隊したミケのダチだから勘弁してくんねえか?」
「き、貴様…」
「俺とて妥協してお前の臨時提督を受け入れてるんだぞ!しかも、お前…ブランツォをよくも殺してくれたな」
「お前らそんな仲良かったか?悪い、俺新参者だからわかんねェわ」
「蝶のように舞い、蜂のように刺す…」
「ブランツォは俺の親友であり、また好敵手だった」
「それを!お前が殺したんだ!」
激昂して剣を抜き、切先をブルースに向ける。
「おい。出発は今夜だ。」
「下手に騒ぎを起こすなら俺がお前を殺してやるよ」
「…」
目を細めて、仕方ないと言わんばかりに静かに剣を鞘に収める。
(この男確かに実力は本物だ…今は従うべきか)
「クアトラ」
「は、はっ」
右手首がない状態で、ブルースの近くにやってくる。
「現存する海兵を全員呼べ」
「これから点呼を取る。」
◇
建国百六十年、三月第二日。
充分な補給を得て、出航の時になった。
港には人はそれほど集まっていなかった。
今朝のこともあって怖がる人が増えたのだろう。
混乱の中、家族を海兵に殺された者もいる。海軍への不信感が募るばかりだ。
「よーし、全員いるな。」
「一番船船長 ノルマール 三月第二日没 改めブルース」
「二番船船長 ブランツォ 三月第二日没 改めミケ」
は?
「三番船船長 テイクソン」
「四番船船長 イェラン」
「五番船船長 ドールマン」
「野郎ども、いかりを外せ」
「これより俺たちはここから西の方、ラビリンスに向かう。」
「なっ…」
「偏西風はどうするんだ!」
「ノルマール提督の航路で行くのでは…ッ──」
海兵は何かを言う前に仲間に首筋を刺されて死んだ。
船内には確実にブルース派の実力主義者が増えてきている。
「現地の金やら銀やら銅を根こそぎいただく。」
「ついでに、遺跡の中の宝を探す。」
「表向きは遺跡の中に棲む獣人の怪物から生贄を守るという名目でいく」
「わあったか!!!」
「「「はっ!!!」」」
続々と海兵が船の中に乗り込んでいく。
村人たちは軽蔑の目で
他の船に続き三番船が岸から離れようとしたその時、甲板に飛び移る影が見えた。
「うぐわっ!?!」
一人の海兵の顔面が陥没した。
瞬く間に周囲の海兵たちも顎の骨を砕かれて絶命していく。
「こないだのシャコの獣人か?!」
海兵たちがざわめく。
その時三番船船長のテイクソンが両刃斧を握った。
すると、すぐさまに腹に打撃が打ち込まれた。
しかし厚い脂肪がそれを弾き飛ばし、初めて刺客の顔が露わになる。
「お前…女カ」
涙を流しながら、小柄な女子がファイトポーズをとる。
白髪で、小顔な女。とても人をブチ殺せるような面持ちじゃないが、今は訳が違うらしい。
「私の…」
「私の父親をよくも殺してくれたな…!!」
「よし来タ。ワタシがすぐさまお前を御父上の元に送ってあげよウ」
テイクソンはニヤリと笑みを浮かべて斧を構える。
「殺してやる!!」
女は勢いよく甲板を踏み込み加速し、その勢いのままテイクソン一直線に突っ込んでいく。
対するテイクソンは両刃斧を手から離して、両手を広げてタイミングよく女を抱き締めた。
「んが…!!ぁあっ、離せ!!」
「お前は御父上とちゃんと毎日ハグしてあげたカ??」
抱く力が強くなっていく。
「あぐっ…」
その瞬間、女の全身が発光してテイクソンを吹き飛ばす。
「ぐあっ!!!!」
(これは…獣人や魔物由来のそれでもなイ…)
(あのブレスレットカ!!)
女の腕には宝石のついたブレスレットが巻かれていた。
「エリクサーの結晶の中の魔力を利用していたのカ」
「まぁいい、お前の強さの理由もわかっタ」
女は再度甲板を強く踏み込んで加速し、船の上を無尽蔵に駆け回り始めた。
(ちっ)
俺は第三船に飛び移った。
ここで確実に船員の信頼を得る。こんな訳の分からない女にこれ以上乗組員を減らされるのも困る。
それに俺はさっさとミケに問い詰めなきゃならないんだ。早急に片付けなくては。
「ぐおらぁぁぁっ!!」
ベストタイミングで女の顔を鷲掴みにしてそのまま地面に押し倒す。
女が発光する前にブレスレットを剥ぎ取り、投げ捨てた。
「?!」
しかし発光は止まることなく、俺はエネルギーで投げ飛ばされ女も吹き飛んでいく。
俺が体制を整えると相手は息を切らしながら立ち上がり、千鳥足でこちらに向かって来る。
「はぁ、はぁ、あんた一体なんなのよ!!」
「あんたクルさんとこの養子でしょ?!一体全体なんで邪魔するの!」
「だいたい、あの惨状を見ておいてこいつらの船に乗るとか訳わかんないんだけど!」
「俺が憎むのは魔族だけだ」
「んんっ…!!バカ!!」
「二人共若いのによくやるネ」
テイクソンは俺と女の戦いを見て、あろうことか魚の串焼きを食ってやがる。
野郎、スポーツ観戦のつもりか。外野みたいに構えやがって。
「…クルさんには申し訳ないけど、もう容赦しないから。」
エリクサーの結晶は確かに剥いだ。それなのに、なんでこいつはまた力を使えたんだ?
何か裏があるはずだ。…裏、裏
波がいっそう強くなり始めた。すでに岸からは随分離れている。
女は再度甲板を強く踏み込んで走り出した。
「うぁぁぁぁぁっ!!!」
来た!右ストレート!!
俺は首を傾けてそれを交わし、全身を逸らすと共に形見の剣を抜刀して背中を斬りつけた。
(ほぅ…躊躇いもなく同郷の女を斬りつけるカ)
(第二船船長、コイツの方が相応しいんじゃないノ)
「とどめ!!!」
突如腕が金縛りにあったかのように固まった。
クルおじさんの剣で女を殺したくなかったのかもしれない。そうだ、忍びなかった。
人を殺して、初めて自信がついた。俺は殺しに躊躇のない残忍な男だ。
しかし、人であろうとする理性と冷酷な自我が反発し交差するうちに、俺の腕はピクリとも動かなくなってしまった。
「そこの娘、お前…まだエリクサーの結晶を隠し持っているナ」
「多分…膣の中」
「──っ!!」
顔が紅潮し、女に焦りが見え始める。
「図星かナ?」
「そんなに、恥を忍んでまでワタシらを殺したかったのネ」
「…マ、頑張った方ヨ」
「死ぬといい」
両刃斧が振り下ろされようとするその時。
「そこまでだ!」
褐色の男がやってくる。ブルースだ。
「見たぜ。やるじゃねえか、ブライム」
「ブライツだ」
「ガキのくせにどいつもこいつも根性があっていけねえ。おまけにコイツは技術もあるときた」
「そんで、この痴女どうしたい」
俺に聞くのか…
しばらく考えたのちに、俺は結論を出した。
「コイツは俺の女にします。生かしてください」
「はぁ?!!」
ブルースは目を見開いて数秒間を置いてから爆笑した。
「ハァッハッハッハッ!!おっおっ俺の女にするゥ?!なんだ色気づきやがって!!」
「済ました顔で何を言うかと思ったラ…」
こうした方が手っ取り早い。この女は容姿端麗だし、すでに数人船員を殺したやつを無罪放免となると俺の信頼が危うい。かといって殺すのも気が引ける。
助けるなら、もっとも理にかなった野蛮な方法でこの女を助けなくてはいけない。
「いいじゃねェか!!お前!!」
「おい坊主!!…テイクソン!!コイツら二人を丁重に船室へ連れていけ!」
「ハイハイ」
俺と女は一際大きい一番船の中にある、小さな船室に案内された。
「じゃ、あとはお楽しみしててもいいからネ」
畜生、なんだこれ。俺がでしゃばったせいとはいえまさかこんなことになっちまうとは…
「…」
「…」
当たり前だが気まずい。一度殺しかけた相手だ。しかしあんなことを言った手前、引くには引けない。
「…名前は」
「ミリナ」
答えるのか。正直無視されると思っていたので意外だった。
「俺は…」
「言わなくていい!クルさんから死ぬほど聞いてるから…」
「その、あなたのこと…」
俺のことを知っている?
もしかして、俺の出自もか?
「イリニには英雄がいたんですって…ね!」
シュッと風を切り、ナイフが俺の首筋を掠める。
俺は持ち前の動体視力でそれを見切って、腕を掴みすんでのところで止めた。
俺はそのまま女を押し倒して、股を強引に開かせた。
「俺のことを知る人間は世界で一人だけで良かった…一人だけで良かったんだ!!」
「ひっ!!やっ、やめ……」
その時、ドアが開く。
「随分お盛んじゃねえか」
ドアの方を見やると、ダンディーな長身の男が櫛で髪整えながら、こちらに手招きをしていた。
「来いよ。上で大事が起きてんぜ」
◇
一方その頃、第一船の甲板では騒ぎが起きていた。
骸骨の魔物が3匹、海の中から現れて襲撃してきたのである。
幸い、それほど強力な魔物ではなかったためすぐに討伐されたらしいが問題は他にあった。
「この骸骨…元帝国騎士だぜ」
鎧から推測するに、ヴァレシアの王家直属騎士の人間だ。
「するとなんだ、そんな肩書きの人間がここいらの魔物にやられて三人まとめて海にドボンしてドザエモンになっちまったって?」
「違えなブルース」
長身の男、ドールマンが俺と女を引き連れて現場にやってきた。
「コイツらは俺に殺されたのよ」
雨水に濡れて、ドールマン言葉を吐いた。
先程まで纏っていた気さくな雰囲気が一気に消え失せる。
「よく覚えてるぜ…」
「コイツら俺の出世を何度も邪魔しやがった」
「だから大遠征の日に三人共殺してやったんだんだ」
「お前も大胆なことするじゃねえか」
「へっ、ついこないだまでこの船のペーペーだったお前に言われたかねえよ」
俺はその鎧に見覚えがあった。
今はなき故郷で腐るほど見た白銀の鎧。
「…」
「頭蓋骨に俺の名前がノグド語で刻まれてるだろ。」
少しずつ思い出した。
この男、確かに十三年前イリニにいた。面識もある。
何者だ…!!




