000 狂人との邂逅
「おい!こっちだよ!とぼけんな!」
少し頭の中にもやがかかったような、そんな気分だ。
少しずつ視界がくっきりし始めると、眼前にルイとシュルツがいるのがわかった。
そうだ。俺は鬼ごっこしてたんだ。このイリニの街で。
「はーやく来いよノロマのブライツ!」
ノロマ?随分いってくれるもんだな、よし。ルイに痛い目見せてやる。
この街の、特にこの通りのことはよく知ってるんだ。毎日お母さんと市場に通ってるから。
すぐ捕まえてやるんだからな。
俺は嬉々としてルイのことを追いかけ始めた。海につながる下りの階段を2段飛ばしで駆け降りて、街ゆく人に注意されながらも影を追い続ける。
カモメが飛んでいる。相変わらずいい景色だ。建物はみんな真っ白で、海もよく澄んでいる。
そういえば父親は漁から帰ってきただろうか?帰ってきていたら、存分に甘えてやるんだ。
ルイが進行方向を変え、突如左に走り出す。家に挟まれた小道を走り出し、洗濯ロープをかき分けて疾走していく。
「そっちはダメだろ!ルール違反だ!」
そう叫んでも聞く耳を持たない。
先ほどの開放感ある景色とは打って変わって、生活感のある小道。
あの野郎、メイおばさんの水桶をひっくり返しておいてごめんなさいの一言も言わずに走っていきやがった。全く酷い野郎だ。
下りの階段をそのまま直行していると、シュルツといつの間にか合流したのか2人が並走して俺から逃げていた。
2人との距離はもう先ほどと比べてもだいぶ縮まっている。そろそろだ。追いつけるぞ…
…あれ?
2人の背中が…遠くなっていく…
街に…火の手が…!!
────
──────
「うわぁあっ!!!?」
俺は木造の一軒家の中で、床から跳ね起きた。
嫌な夢を見た。うろ覚えだけど、あの日の夢だ。
頬の傷が疼く。
「随分、うなされてたな」
クルおじさんがコーヒーの入ったコップをおぼんに置きながら、振り返って俺に声をかける。
身寄りのない俺を引き取って、この賑やかな漁村に連れてきてくれた恩人だ。
「久しぶりに…あの時の夢を見たんです」
「そうか」
クルおじさんはそれ以上深追いはしなかった。いつもそうだ。俺のことを気遣ってくれてる。
もう何年も一緒にこの村でやってきたんだ。
「近々、ノルマール提督の大船団がこの村に来るな」
「そうか…ははっ、ようやく俺も武功をあげられる」
クルおじさんはその言葉を聞くと、少しやるせない表情でボロボロの床を向いた。
「お前はなぜそんなに戦場に行きたいんだ」
「決まってるだろ」
「魔物を殺すんだよ!おじさんだって忘れたわけじゃないだろ?あんな酷い日は…」
「もういい。わかった」
「…もう一度よく考えてみなさい。お前のお母さんは、本当にそれを望んでるのか?」
そう言い残して、おぼんをベットに横たわる俺の前に置いて玄関の方に行ってしまった。
「…けっ。」
なにが母親だ?俺がどれだけ魔族を憎んでるかわかってるくせに、なにもかも知った口を聞いて。
あの人はいつもそうだ。いつも俺に寄り添ってくれるのに、戦場の話になると途端に人が変わっちまう。
ベルサロの退役軍人なんて、どうせうそっぱちなんだ。あのおっさん、ぱちこいてやがるんだ。
そう思いたい。
村はすでに艦長の話題で大盛り上がりだ。
港の方に歩いていくと、人だかりが見えてくる。
「ブライツ」
「うわっ!…おい、なんだよ」
「頼むよ〜、俺のことも連れて行ってくれよ〜」
「何度も言わせるなって!」
「俺にそんな権限があると思うのかよ?」
「そう言わずに!なぁ〜、なんかしら偉い人に取り次いでさぁ、俺も行きたいんだよ〜!」
俺は昔から体は弱い方だった。
だけど、誰よりも機敏に動ける自信はある。
現にこの村に来てからずっと俺は喧嘩でもスポーツでも誰にも負けなかった。
…唯一、俺が白旗を上げ続けているのはこいつ。
猫の獣人のミケだ。
「あーくっそ、どうにかできねえかなあ」
ミケはその目立った耳を後ろに倒して、焦ったそうに海岸線を眺めながらポケットに両手を突っ込んだ。
そして、片足に重心をかけてもう片方の足のつま先で床を叩く。
床を叩く音がエスカレートしていくと、海岸線の方にちらほらと黒点が見え隠れし始めた。
「ん?あれ…」
「なんだよ、なんか見えんのか?…あっ!」
船…艦隊だ。続々と姿が見え始める。
もの凄い威圧感。
まさか…今日か!!
そんな…随分前倒しだな
ひい、ふう、みい、よう……いつ
五隻。真ん中に一際大きい軍艦がある。
おそらくあそこに、かのノルマール艦長が乗っているんだろう。
「あの中衛の船に…提督様が乗ってんだなー」
胸が躍る。もうすぐ、俺の故郷を焼き払った魔物どもと面と向かって戦える。
この日のために剣技は積んできた。
悔しいがクルおじさんは本当に軍人だったのだろう。
父と母、友人をみんな亡くして失意のうちに村に連れてこられた俺に剣を教えてくれた。
この珍しい青髪を同年代の連中に馬鹿にされた時も、チャンバラで黙らせてやった。
そんなことをしてるから、みんな俺に表向き従っていても、当たり前だが友達とはいえない関係になってしまった。
だからこそ、ミケは俺の大事な友達なのだ。
戦場に連れていきたくはない。こんな友を目の前で失ったら、俺は今度こそ立ち直れないだろう。
だから連れて行かないんだ。こんな自己中心的な俺を許してくれ、ミケ。
「…続々後続がきたな」
「続々後続…ちょっと語感いいかも?なぁ、ブライ…ツ?」
「ん…?あ、あぁ、ごめん。少しぼーっとしてた、みたいだ…うん、気にすんな」
「本当か?ならいいけどよ…」
俺の悪いくせだ。考え事をしていると、すぐぼーっとしてしまう。
周囲には村民がすでに大勢集まって人だかりができていた。
噂話が飛び交い、老若男女が分け隔てなく話し合っている。
今日は大切な日なのだ。俺の門出。厳密にいえば、船が到着してから三日かそこらで出航だが。俺にとっては大切な日なのだ。
そういえば、クルおじさんが見当たらない。
朝も、ずっと様子がおかしかった。
あの憂いた目が、頭から離れない。
…少し考えてから、ミケを置いて思い立ったようにクルおじさんを呼びに来た道を戻り始めた。
街には驚くほど人がいなかった。みんな港の方に行ってしまったのだろう。
古びた扉を開けて、家の中を探し始める。
誰もいない。早朝のクルおじさんの残り香だけが、部屋を漂っていた。
「おじさん!!おい!!!」
家の裏を探してもいない。死んだペットの小屋に立てかけてあった剣が消えている。
この村の人はみんな親切だ。それにおじさんは顔も広い。
わざわざ敷居を跨いで、あのクルおじさんから誰かが剣を盗むとは考えられない。
「どこにいんだよ!!」
近隣の戸を叩く。三件目でやっと老夫婦が出てきた。
しかし、おじさんの行方は知らないという。
再び港への道を急ぎ、走り出す。
徐々に艦隊の影が見えてきた。
息を切らして辿り着いた港では、すでに艦隊が到着しており…
しており…
様子がおかしい。歓迎ではない。住民が静まり返り、海兵が停泊するガレー船から続々と降りてくる。
「ありったけの物資と女を連れてこい」
「ですから、私たちは国王殿下の勅命を受けて…」
「五月蝿い!!」
「私に逆らうか?」
「…、」
「この程度の村、私の意思一つで一晩も経たずに壊滅させられるんだぞ」
一際目立つ恰幅の良い男が、語気を強めて怒鳴り散らす。
その相手はどうやら村長だ。
(おのれ…停泊先のこの村で、略奪するつもりだな!!)
「…?」
「…この気、魔女がおるな。」
「クアトラ、探し出せ」
「は、」
華奢な男が隊列から一歩ずれて、突如村民たちの方にずっしりと歩いていく。
「女は前に出ろ、男は全員住居のある方に行け」
「え…?」
「聞こえたか!!女のみこちらに寄れ!!」
瞬く間に村民たちの中に喧騒が広がる。
嬌声が飛び交い、怒号の嵐が皆を掻き回す。
パン、と銃声が響いた。
全員の動きがぴくりと止まる。
「お前だな」
村長に怒鳴り散らかしていた位の高そうな、恰幅の良い男が1人の若い女の方に歩み寄り腕を掴んで引きずる。
よく見ると、いつもクルおじさんが通う通りの魚市のところの娘だ。
「あっ…!やめてっ……やめっ…」
徐々に抵抗する声が小さくなっていく。
「ふむ、なかなかの別嬪だな」
「上玉の女がいっぱいいるではないか」
「魔女は"保護"しなくては…」
コイツ…魔女を保護する名目で村の若い女を根こそぎ持っていくつもりか?!
クソ外道共…
その時、村長が目の色を変えて滝汗を流して男に釈明をし始めた。
「提督様!!やめてくだされ!この村に魔女など一人もおりませぬ!その娘は結婚を控えており、村民ともども…」
「黙れ」
「黙らせろ、クアトラ」
「は」
嫌な音を立てて鞘から剣が引き抜かれる。
その刹那。
一瞬の時が過ぎ、一つの影がクアトラと呼ばれる男の目の前を横切った。
それから数秒して、柄を握っていた手の手首が腕から切り離されてぬちょ、と音を立てて床に落ちた。
「う、がっ……?!?!」
クアトラが床に崩れ落ちた。
場の空気が変わる。
影が移動していった方角を見やると、初老の男が一人いるのがわかった。
(クルおじさん…?!)
育ての親が、かつてない剣幕の顔で振り向いた。
空気が澱む。村人たちは呆気に取られている。
当然だ。普段の彼を知る者ならば、余計にこの状況が信じられないことだろう。
いつもの顔とは違う、殺し屋の顔。その全身から放たれる気も、普段とは完全に比べ物にならなかった。
「なっ…」
言葉を失っていた恰幅の良い男は、おじさんに指をさす。
「あの男を始末しろ!即刻ゥーーーッ!!」
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
大人数の海兵が飛びかかった。
「でやぁぁぁぁあっ!!」
一人。腹を裂かれる。二人目はその勢いのまま脇腹をやられてうずくまっている。
三人目は反対方向に振られた刀をもろに受けて、胴体が切り離された。
四人目は首に剣が突き刺さり、力なく倒れ込む。五人目は逃げようとしたところを首に峰打ちされた。
六人目の男は両目を一文字に斬られた。
七人目は袈裟に斬られる。
八人目は突きで落ちる。
撫で斬り、撫で斬り、撫で斬りの連続だ。
そこから先は、早過ぎて目で追うことすら不可能だった。
凄まじい剣技。
俺は最も現場に近い一軒家の陰からその一部始終を確認していた。
汗が止まらない。
普段俺に稽古をつける時のそれではない。
人を確実に殺す、殺人剣。
「何をしているのだ…!!」
「やれ!!何をぐずぐずしている!!」
海兵たちがマスケット銃を構える。
銃口の先には、無数の死体の上に立つ血塗れのクルおじさんがいた。
自身の血液と返り血で全身が真っ赤に染まっている。
「…」
おじさんが何かに気付く。
「人望のない提督様だ」
恰幅の良い男の首が飛ぶ。
背後にいたのは、金髪を後ろに流した筋骨隆々な男。
村の人間ではない。海兵サイドの人間だ。
「謀反か?!」
「怯むな!キャプテンの指示に従え!」
マスケット銃の銃口が重傷のクルおじさんから一斉に金髪の男へと方向転換される。
「ブランツォ様!!」
禍々しい鉄仮面を被った男が、後衛にあった船から飛び降りる。
右手にはレイピア、左手には本。
魔導書だ。
「おぉ…!!」
異質なオーラを纏う、まごうことなき魔導書。
産まれて初めて見る本物の魔導者に、村民たちがざわつき始める。
「軍規に則り、謀反者ブルースをこの場で即刻死罪に処す」
「なお、死罪を拒む場合はその場にいる帝国側の最高戦力と決闘で決着をつけること。」
「帝国側の人間が決闘に敗れた場合は、国の名誉にかけてその時点での謀反者の罪を帳消しにすること…」
無機質、無感情に言葉を淡々と述べる。
鉄仮面の中の目が見開かれた。
「ブランツォよう」
金髪の男が口を開いた。
「昔の仲間を斬るってのは楽しいぜ?」
「とんでもねェ背徳感だ」
半目開きの左目と見開かれた右目。首を左に傾げて口角を上げる。
その挑発的な男の態度を合図にして、地面を踏み込み鉄仮面の男が加速する。そして、レイピアの切先が金髪の男を襲った。
鮮やかな火花が舞う。
金髪の男の剣が一瞬にして吹き飛ばされた。
「うおっ!」
(なんちゅう剣圧だ!!)
「死ぬがいい!ブルース!!」
「《ディバイン•ランス》!!」
レイピアが加速する。
その速さは、残像すら残すレベルのものだった。
これがお初にお目にかかる魔法…意外と地味かも
「うあっ…!」
俺も思わず声が漏れる。
しかしそれを恐ろしい身のこなしで避け続け、間髪入れずに放たれるレイピアの突きの中を正確に掻い潜り、拳が交差し始める。徐々にレイピアの突きよりも拳の勢いが勝り始め、鉄仮面越しに映る目には焦りが見え始めていた。
規格外の戦いに魅入っていると、膝をついたクルおじさんに銃口が向けられていることに気付いた。
ナマス斬りにされて、全身傷だらけじゃないか。
もう動けるはずもない。
ダメだ…!!まともな別れも言えてない!
まだ知りたいことがある!昔の話も何もできていない!!
気付くと俺の足は一軒家を飛び出して、一直線に海兵たちの方に弾丸のように突き進んでいた。
高く跳躍し、村人たちの頭上を越える。
「なんだ貴さっ…うぐおわぁぁあぁっ?!」
一人の海兵と激突し、銃を奪い取り持ち手の部分を振り回して他の海兵たちと格闘する。
右にいた男が発砲した。銃弾は俺を捉えず、そのまま脇腹を掠めた。
肉が熱くなる。両手でフルスイングして、銃身をぶつけて右の男を吹き飛ばした。
骨が砕ける嫌な音が聞こえる。
ふと、自分の前腕の血管がこれまで見たことないほどに浮き出ていることに気づいた。
その数秒の不意をつかれ、左の男が短剣を両手で握りしめて俺の胸板に深々と突き刺した。
熱い。これは死ねる。
両手で男を引き剥がし、持ち手をこめかみにクリーヒットさせた。
その男はほどなくして動かなくなった。
ハッとして後ろを振り向くと、流れ弾が直撃したらしい。
クルおじさんは深々と首を垂れていた。
「おじさん!!」
クルおじさんは社交的な人だ。
人が良くて、村民に尊敬されている。
村人たちが動き始めた。
後方に追いやられていた大人の男たちが続々と集まる海兵たちと交戦を始める。
農具と剣がぶつかり合い、現場はまさに苛烈を極めていた。
ふと、意識が朦朧としてきた。
そうだ、俺、刺されたんだ…
地面に倒れゆく時、全てがスローモーションに映る。
その時、群衆の中に確かにミケがいるのがわかった。
ただ一人だけ、その鋭い目つきでこちらをまじまじと見つめている。
「お母さん!」
「ふふ、じゃあ今日もこの本でいい?」
「なんでもいい!」
「よにんめの魔王」
「ひとりめの魔王はおしろに帰ると、お姫様がいないことに気づきました」
「おおあわての魔王は、おしろの上からあたりを見回すとあおいかみの勇者さまがお姫様とおててをつないで森のなかへ歩いていくのが見えました」
「ひとりめの魔王はたいへん怒り、ふたりめの魔王に勇者さまをたおすようにめいれいしました」
「まもなく、ひとりめの魔王はよわってしんでしまいました。」
「しかし、ふたりめの魔王はとてもわがままで、こうかつなひとでした。」
「ゆうしゃさまの国をおそうように、ゴブリンのおさにめいれいしますが、せんちでうらぎられてふたりめの魔王はしんでしまいました。」
「つづいて、ゴブリンの長はさんにんめの魔王となり、とくでじぶんの国をおさめました。」
「しかし、ふたりめの魔王の息子がそれをこころよく思わず、ねくびをかいてさんにんめの魔王はしんでしまいました。」
「さて、よにんめの魔王はどうなってしまうでしょうか?」
「んー、わからない!」
膝枕をしてもらいながらキャッキャと全身を揺らす動きを止め、ふと母親の顔を見上げると顔が血塗れになり、見るも堪えない姿になっていた。
「お母さん…?」
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──────
「うおおおおおおおおおお!!」
目が覚めて、俺は胸に突き刺さった短剣を引き抜いた。
視界に靄がかかっている。短剣を振り回して、一度か二度、確かに手応えを感じた。
靄が晴れるとともに、海兵と村民の死体が嫌でも目に入ってくる。
「うわぁあぁぁぁあ!!」
今度は涙で霞む視界の中再度短剣を振り回そうとすると、何者かの腕が俺の動きを静止した。
振り返ると、さっきにも増して全身血を被ったクルおじさんがいた。
ゆっくりと、血のりでベタベタのロングソードの剣先を掴み俺に持ち手を向ける。
「持て」
「…おじさん…そんな……」
とても助かる見込みはなかった。
重症だ。深い傷を全身に負い、今にも倒れそうな雰囲気だ。
しかしそうなってもなお威厳を保ち、俺の顔を見つめ続けている。
「剣の手入れは怠るな」
そう言い残して、おじさんは静かに目を閉じた。
その体勢のまま、二度と動くことはなかった。
「あ、あぁっ…!!」
俺は再度渡された長身の剣を観察する。
剣とおじさんを何度も交互に見る。
悲しみに耽る暇もなく、ふと遠くで轟音が聞こえた。
先程の剣豪同士の決闘がまだ続いているのだ。
戦いは依然金髪の男優勢に進んでいた。
「ぐあっ!!ブ、ブルース!!剣技と魔術を兼ねる戦士は将来有望だというのに、なぜ…うっ!!」
「ここいらで提督の座を掌握しようと考えたまでよ!!」
「くたばれ!!」
その左手にはいつの間にか木製の棒が握られていた。
「なっ…!」
「貴様、魔導書なしに詠唱するのか?!」
バックステップでその場を離れ、鉄仮面の男が動揺を見せる。
「俺は勤勉なもんでなァ!!」
「毎朝更新される魔術の規則を頭に叩き込んでるんだよォ!!!」
魔術の規則。
まだ幼い、イリニの街にいた頃、微かに聞いたことがある。
魔術というものは、毎日絶えず『神』により更新される規則のもとで、規則に従い始めて使うことを許される神の御業なのだと。
ほとんどの魔術師がほぼ恒久的に変わらない大々的なルールの魔法を使用するのに対して、一部の『変態』は毎日変わる小さな項目の抜け穴をついて魔法を使うのだと。
明日朝起きたら使えなくなっているかもしれない魔法。しかし、その魔法は無類の強さを発揮する。
とても賢い人間ではないとそんな芸当は許されない。しかし、このブルースと呼ばれる金髪の男はそれを実際にやってのけている。
「毎朝大理石の石板と睨めっこしていたのはそういうことであったか…」
「おいそこのモブ」
「えっ…」
金髪の男は一人の海兵の首根っこを掴み、木の棒を持った手を首の後ろに回して何かを唱え始める。
「火炎魔術第六条第十五項第六十三号」
「自身ノ命ヲ代償ニスル場合、対価トシテ獄炎ノ術ヲ使ウニ値スル」
「魂魔術第一条第三項」
「諸々省略…ナホ、使ヒ手ノ心ノ臓ニ隣接スル生命ハ代償トシテ利用スル事ヲ許可スル」
「えっ…ちょっと待って下さいブルースさん!!」
海兵は何かを察して慌て始める。四肢を振り回して、必死に抵抗をするももう遅かった。
「《赫奕天変》」
青白く光る球体が中央に発生し、辺りを瞬く間に燃え盛らせる。
(熱風!!)
「貴様っ…ァアっ、決闘で部外者を利用するなど…言語道…」
海兵たちと鉄仮面の男が悶えて蹲り、現場は地獄と化す。
「おの…れええええええ!!!!!」
「日頃から勉強しないからだ」
金髪の男の顔は恐ろしく歪んでおり、まさに悪人面だった。
まもなく鉄仮面の男は動きを止めて、完全に絶命した。
「…」
「村の皆さん!少々早めの到着となりましたがいかがお過ごしでしょうか??」
「…」
村民と海兵たちは絶句していた。
他の隊長格の人間も、今にも金髪の男へ飛びかからんと甲板から身を乗り出していた。
「さて、ただいまを持ちましてこの船の提督は私ブルースが代理を務めますのでご用件があれば何なりとお申し付けください!」
「…お、俺を連れて行ってくれ!!」
声がしたもとを辿ると、ミケがいた。
あいつ本気なのか?!
「お前を本当に提督として認めていいのか?!」
「見るからにならずものじゃないか!」
「それに、提督を殺しただろう!!」
ミケの発声を合図に村民たちが次々と声を上げる。
「軍規では略奪行為は禁じられておりますので、当然の対処です」
「もともと彼は提督の器ではございませんでしたので」
「さて、出航日時は今夜といたしましょう」
「?!?!」
「先程、声を上げてくれた若い獣人の子は後で俺の所に来なさい」
「解散!!」
「あいつ、提督殺しだぜ…!!」
「もともとヤバいやつだとは思ってたが、まさかあそこまでぶっ飛んだ野郎とはな…!!」
「序列一位のブランツォ様がやられちまうとは…」
海兵たちのざわめきが聞こえてくる。
俺は呆然とただその場に立ち尽くしていた。
あの金髪の男ブルースとの因縁は、この日に始まった。




