表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天翔の星  作者: 嵯峨野遼
第2章 天翔専門学校1年生
63/140

63:選抜試験の結果

 選抜試験の結果が発表された日、教室にはいくつもの感情が入り混じっていた。


掲示板に貼り出された選抜メンバーの名簿。

紫堂エリカ

結城さら

綾小路澪

水城ひまり

鷹宮あかり


 その五つの名前を前に、教室はしんと静まりかえった。

 そして、やがて少しずつ拍手が起こり、笑顔とため息が交差する。


 「……おめでとう、あかり」


 小さな声でそう言ったのは、神田麻琴だった。

 掲示板に自分の名前はなかったが、補習を共に受け、試験を乗り越えた仲間の背をそっと押すように麻琴はあかりに声をかけた。


 「ありがとう……麻琴も、すごく頑張ってたよ」


 あかりは微笑んだ。けれど胸の奥では、小さな不安がうずいていた。

 試験を終え、選ばれた今も──まだ自分は何者にもなれていない。


(これから……これからが、本当のスタートなんだ)



***


 講師室──

 玲奈は、窓の外の晴れた空を見つめながら、小さく息を吐いた。


 「鷹宮あかり……このまま、光のほうへ進めるかしら」


 傍らでは、宝生聖子が静かに目を伏せていた。

 手元には、あかりの受験番号の記されたリスト。


 「ふふ……選ばれたのね。でも、選ばれたからといって、私の手から離れるとは限らない」


 その声は甘く、どこか毒を含んでいた。

 玲奈はそれに目を向けず、ただ答える。


 「その子を、どうか引きずり込まないでください」


 聖子は言葉を返さなかった。ただ唇に笑みだけを残した。



***


 夜の寮の食堂には、いつもの賑やかさはなかった。

 選抜試験の結果が発表されたばかりで、どこか全体に静かな緊張感が漂っている。

 そんな中、食堂の隅の長机に、神田麻琴、水瀬大河、一ノ瀬ゆら、水城ひまりの4人が集まっていた。

 麻琴はうつむきがちにスプーンでスープをかき混ぜていたが、ほとんど口にしていない。

 選抜試験には落ちた。自分なりに頑張ったつもりだった。でも結果は明らかだった。


 「……まあ、そういうときもあるって」


 大河が、照れ隠しのように笑いながら言った。


 「うん。麻琴はさ、演技だけでなく、舞踊も丁寧だし。今はまだタイミングじゃなかっただけだと思う」


 ひまりが優しく付け加える。


 麻琴は俯いたまま、わずかに首を振った。


 「……ありがとう。でも、やっぱり悔しいよ。文化祭でも一言だけの役だったし。今回も……選ばれなかった」


 ゆらが、ふと水を飲んでから口を開く。


 「ねえ、麻琴。外部レッスン、考えたことある?」


 その言葉に、麻琴は一瞬だけ目を見開いた。

 でもすぐに、苦笑いのような顔を浮かべる。


 「……無理だよ。そんな余裕、うちにはない。いくら名門のレッスンでも、月謝も教材費も馬鹿にならないでしょ」


 言い終わると、再びスプーンでスープを混ぜた。

 ただ、それはもう冷めきっていた。


 「あー、そうだよね……」


 ゆらも気まずそうに眉をひそめる。

 するとひまりが、少し考えるように言葉を選びながら話し出す。


 「だったら、専門学校の講師に個人的にお願いしてみるっていうのは?」


 麻琴は、ひまりの言葉にゆっくり顔を上げた。


 「……お願いしたら、受けてもらえるのかな」


 「わかんない。でも、お願いしてみなきゃ始まらないよ」


 ひまりの声は柔らかくも、芯があった。

 その言葉に麻琴はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりとうなずいた。


 「……うん。考えてみる」


 その横で、大河がにっこりと笑った。


 「それでいいんだよ。私も外部レッスン、すっごく金かかるけど、今はとにかくできること全部やろうと思ってる」


 「……さすが大河。意外と前向きだよね」


 麻琴が少しだけ口元を緩める。


 「意外ってなによ」


 大河がむくれると、四人の間に小さな笑いが生まれた。

 その様子を、少し離れた席から静かに見ている少女がいた。

 紫堂エリカ。トレイの上の夕食に箸を進めながらも、何気ないように視線を向けていた。

 彼女の視線は、一瞬だけ麻琴に向いたあと――ちらりと、テーブルの端にいる一ノ瀬ゆらを見た。そして、その目の奥で、何かが静かに揺れていた。

 その夜、選抜という名の舞台の光と影は、静かに広がっていた。


**


 選抜に加わらなかった者の中には、外部レッスンという選択をした生徒もいる。

 一ノ瀬ゆらと橘颯真はその筆頭だった。


 「私には、私の道がある。外で得られる学びも、きっとあるはずだから」


 そう語るゆらは、何かを見つめるように校舎の外を見つめていた。

 一方、颯真は実家の支援もあり、有名な舞踊家のレッスンに通うことを決めていた。


 「私は、舞台でちゃんと立てる男役になるよ」


 颯真の眼差しには、負けず嫌いな炎が揺れていた。


**


 春に向けた準備は、着々と進んでいた。

 それぞれが選んだ道を歩きながら、誰もが心の奥で、進級試験の先を見据えていた。


 それは、再び舞台に立つため。

 自分の存在を照らす光を手に入れるため。

 そして、いつか誰かの胸に残る役者になるため。

 冷たい風がまだ残る校庭の花壇に、春の芽が、小さく顔を出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ