52:文化祭の配役
中間試験が終わって一週間。
校舎に流れる空気は、再び平常に戻ったように見えた。けれど、それは表面だけのこと。
生徒たちの胸の奥には、もう一つの戦いの火種が、静かに燻っていた。
文化祭。
一年生だけで上演される最初の大舞台。
そして、この日。
その配役が発表された。
昼休み直前、教務室前の掲示板に、白い紙が貼り出された。
「文化祭演目『ロミオとジュリエット』 配役発表」
一斉に走り寄る生徒たち。掲示板を囲むようにして、食い入るようにその文字を読む。その中に、鷹宮あかりと綾小路澪の姿もあった。
誰かが思わず声を上げる。
「ロミオ、エリカだって!」
「やっぱりエリカさんかあ……!」
掲示板の紙には、こう記されていた。
*
ロミオ:紫堂エリカ
ジュリエット:一ノ瀬ゆら
マキューシオ(ロミオの親友):佐久間凪
ティボルト(キャピュレット夫人の甥):志貴なつき
パリス伯爵:橘颯真
ロザライン:結城さら
衛兵1:綾小路澪
衛兵2:鷹宮あかり
*
それを見た瞬間、あかりの鼓動が一瞬止まった。
(衛兵……?)
横に立つ澪も、無言で掲示板を見つめていた。
二人とも、台詞の少ない端役だった。
「……澪、あたし……」
あかりが言葉を紡ごうとするが、澪は小さく微笑んだ。
「 ……わたし、衛兵なんだね」
その言葉に込められた静かな落胆が、あかりの胸に刺さる。
あかりは成績を上げてきた。努力もした。けれど、現実は、非情だった。
ロミオは当然のように紫堂エリカ。
ジュリエットは、その優雅な声と佇まいを持つ一ノ瀬ゆら。
他の主要キャストも、ほとんどが成績上位者たちで固められていた。
「配役って……やっぱり、成績順なんだね……」
あかりの声が震えていた。わかっていたことだった。でも、希望の欠片がなかったわけじゃない。
あの恋愛の演技で、何かが変わると思っていた。声楽も、日舞も、少しずつ自信をつけていた。
でも。
でも。
「衛兵2か……」
白紙に記された小さな名前と、小さな配役が、まるで自分の居場所そのもののように思えた。
**
背後では、エリカが掲示を見ていた。
「ロミオか……」
つぶやきながらも、彼女の顔に浮かぶのは、ただ冷静な表情だった。トップを取って当然、そんな雰囲気。けれど、ふと澪を視界に捉えると、ほんの一瞬だけその視線が揺れた。
あかりと澪――この二人の名前が、端役にある。
(……どう思ってるの?)
エリカは自分でもわからない感情を、胸の奥に閉じ込めた。
**
「……大丈夫、あかり」
澪が、小さな声で言った。
けれど、その声には震えがあった。
「役が小さいからって、舞台で目立てないわけじゃない。私たちにできること、きっとあるよ」
あかりは、うん、と小さくうなずいた。
けれど、目の奥が熱くなるのを止められなかった。
(……くやしい)
涙はこぼれない。けれど、心の奥では確かに、何かが震えていた。
「……あたしたちで、あたしたちなりの舞台を作ろう」
その声に、澪は目を細めた。
「……うん」
小さな配役、小さな灯火。けれど、そこから始まる物語があると、信じたかった。
掲示板の前。
誰も気づかない片隅で、あかりの拳が静かに震えていた。




