第六章 乙女の死/ユニコーンについて part3
シュピナートの森へと向かう直前のことだった。
馬車の手配をするために、二人は街の中を行く。その最中、立ち並ぶ店を目にして、キャンディスが口を開いた。
「ユニコーンの角というのは、本当に偽物しか売られていないのでしょうか?」
「まだ諦めてなかったのか」
ザルツは思わず呆れてしまう。王族出身ゆえに、金で物事を解決するというやり方が身に染みついているのだろうか。
しかし、これは浮浪児出身の自分が穿った見方をしているだけのようだった。
「例の作戦ですと、ザルツ様が危ないようですから」
ユニコーンの突進を直前でかわすというのがすでに危険である。その上、角を木に突き刺させて動けなくするという方法はあくまで伝承として伝わっているだけで、実例が記録されているわけではなかった。キャンディスはそのことを心配して、本当に角を買えないのか確認してきたのだ。
「……大抵はイッカクやら何やらの、他の動物の角を売ってる場合がほとんどだ。
他には、牙や削って角の形にした骨……ひどいのになると、粉にすれば分からないってんで、ネズミの骨で誤魔化してるようなケースもある」
一、刃物で自分の腕を切る。二、偽のユニコーンの角と一緒に、水に見せかけた回復薬を飲む。三、角のおかげで怪我が治ったふりをする。これが典型的な詐欺の手口である。
ただし、騙される人間が増えて情報が広まったことで、今ではもっと手口が巧妙化していた。たとえば、刃物に赤い絵具を仕込んで腕を切ったふりをすることで、水を飲むという怪しまれやすい動作を省くといった具合である。
その他に、偽の角自体に工夫をこらす者も出てきていた。
「気の利いた詐欺師ならサイの角を使う。粉にすると、見た目じゃあ区別がつかないからな」
「サイがですか?」
動物の角はどれも同じようなものだとキャンディスは思っていたようだ。しかし、それは誤りである。
「牛やシカの角は頭蓋骨の一部だ。つまり、カルシウムでできているわけだな。
一方、サイの角はケラチンといって、成分的には蹄や体毛に近い。で、ユニコーンの角はサイと同じく主にケラチンでできているんだ」
サイの角は病気に効かないから、厳密な成分は異なるのだろう。ただ、粉末にした時の見た目がよく似ているのは、やはりどちらもケラチンを含んだ角だからだと考えられる。
また、ユニコーンとサイには他にも共通点があった。
「蹄の形から言って、馬とサイっていうのは実は近い生き物なんだそうだ。なかには共通の祖先から派生したと主張する学者もいるらしい」
「知りませんでした」
具体的に言えば、中指を主として蹄が奇数個に分かれることである。馬は一本、サイは三本に分かれている。また、前足の蹄は四本だが、後ろ足は三本のため、バクも同じ仲間だと考えられている。
反対に、中指と薬指を主として、蹄が二本か四本の偶数個に分かれる動物もいる。牛、シカ、イノシシ、ヤギ、ラクダなど、蹄を持つ動物の多くはこちらに該当する。
この二種には、蹄の数以外に、耳や歯、内臓などにも違いがあるとされている。先程説明した角の成分も、相違点に含めてもいいかもしれない。
「でも、毛と同じだと言われますと、あまり硬そうに思えませんね」
「だったらよかったんだけどな……」
実物を知っているザルツは、キャンディスと違って笑う気にはなれなかった。
◇◇◇
不幸にも、ザルツの懸念の方が的中してしまったようだ。
確かに角は木に突き刺さったものの、それでユニコーンを足止めできたのはほんの一瞬のことだった。
ユニコーンが首を振ると、木が轟音を立てて倒れ始める。
太く大きく育ったはずの幹を、角によっていとも容易く切断してみせたのだ。
ユニコーンの角というのは、それくらい硬く鋭いものなのである。
「嬢ちゃん! 一旦退却だ!」
足止めに失敗してしまったから、もはや角の採取を続けられる状況ではなかった。一刻も早く、怒り狂ったユニコーンから逃げなくてはいけない。だから、ザルツはなりふり構わず敗走を始めるのだった。
『聞いた話で、今までに試したことはないんだ』
結局、事前の調査不足のせいで、作戦は失敗に終わった。それどころか、こうして自分や仲間の危機まで招いてしまっている。
しかし、かつてドラゴンに敗れた経験から、知識や情報の重要性は身に染みて分かっていた。
そのため、確かめていない話をまるきり信じ込むような愚行は犯さなかった。
猛スピードで迫ってくるユニコーンから、ザルツは全力で逃走する。だが、その逃げ道は、あくまでも計算されたものだった。
一つは、キャンディスから遠ざかるような経路だということ。彼女の安全を確保するために、ザルツはユニコーンを反対方向に引きつけていたのだ。
もう一つは、ユニコーンの動きを止めるような経路だということ。単純な追いかけっこでは確実に負けるため、ザルツは罠を張っておいた。
逃げ道にレッグホールドトラップを仕掛けていたのである。
普段ならにおいで簡単に気づけたことだろう。しかし、今のユニコーンは怒りで我を忘れていた。そのおかげで、トラップにも簡単に引っかかった。
だが、これも結局ほとんど足止めにならなかった。
ユニコーンの角の主成分は、体毛や蹄と共通している。そのため、角ほどではないが、蹄も高い硬度を誇っている。
だから、無事な方の脚でユニコーンが踏みつけると、トラップは枯れ枝のように簡単に砕けてしまったのだ。
しかも、角が怪我や病気に効くだけでなく、ユニコーン自身の体も高い再生力を持っている。そのせいで、トラップで負った怪我はあっという間に完治して、全速力の走りを取り戻してしまうのだった。
ただ完全な拘束は無理でも、逃げるための時間稼ぎくらいにはなったようだ。
憎らしい侵入者の姿を見失って、ユニコーンは腹立ちまぎれのように闇雲に一帯を走り回る。その様子を、ザルツは木の上から眺めるのだった。
ユニコーンを撒けたのを確認すると、今度は縄張りの外へと向けて移動を始める。キャンディスとは事前に合流するポイントを相談しておいたのだ。
幸いにも、彼女も無事ユニコーンから逃げきれたようだった。先に合流地点で待ち構えていて、ザルツが現れるとホッとした顔をする。
「伝承は嘘だったということでしょうか?」
「分からん。ユニコーンがまだ小さかったのか、刺さったのがよほど硬い木だったのか…… せめて木の種類が伝わっていればな」
休憩を取りながら、二人は作戦を練り直すことにする。
たとえば、他の木に角を突き刺させるのはどうか。これまでに縄張りの中をしっかりと探索したことはないから、もしかしたらバルンストックのような硬い木が見つかるかもしれない。
だが、自分で仕掛けられるトラップと違って、木のある場所は変えられない。ユニコーンを誘導しやすい地点に、都合よく硬い木が生えているような偶然がありえるだろうか。
たとえば、まだ若くて力の弱いユニコーンを探すのはどうか。こうしてユニコーンの成体が見つかったのだから、その子供がどこか別の場所に新しく縄張りを作っていても不思議はない。
だが、赤変熱は発病から一週間から二週間ほどで死に至る病気である。今日ですでに発病五日目ということを考えると、他のユニコーンを探す時間の余裕はないのではないか。
「やはり、私が囮をいたしましょうか?」
作戦案が尽きると、キャンディスはそう切り出した。
『他にもパーティ内の若い女を囮にして、その隙を突いて他のメンバーが角を折るという手もある』
木を利用する作戦が上手くいく保証はないことから、女を囮にする作戦に切り替えられるように、事前に道具等の用意はしてあった。
また、ユニコーンのメスは若い女にすらなつかないものだが、性器の有無からあの個体がオスであることは確認済みである。
だから、キャンディスが囮作戦を提案したのはごく当然の流れだろう。しかし――
『しかし、角を折るのは俺が代わってやれるが、そのあとユニコーンから逃げるのは嬢ちゃんが自力でやるしかないからな。ユニコーンは足も速いし体もでかいから、たとえ角がなくてもぶつかられたらひとたまりもないぞ』
やはり、リスクの大きさを考えると、ザルツはこの作戦を採ることを躊躇してしまうのだった。
「危険だぞ。それでもやるのか?」
「マチさんとは、オウルベアの話をすると約束しましたから」
スライム、ゴブリン、ホーンラビット、マタンゴ、ヘイズルーン…… 知り合ってからの期間こそ短いかもしれないが、キャンディスはこれまでにマチとたくさん話をしてきた。
それだけに、彼女はもっとマチと話したいと思うようになっていたのだ。
「……分かった。逃げるときの時間稼ぎは俺に任せてくれ」
「はい!」
◇◇◇
キャンディスは木陰からユニコーンの様子を窺う。
その姿は、まるで恋する相手に声を掛けられず、せめて顔形だけでも目に焼きつけようとする乙女のようだった。
ユニコーンは見た目で人間の性別を判断している。そのため、確実に女だと認識されるように、キャンディスは典型的な「女らしい格好」をしていたのだ。
ショートパンツを脱いで、スカートルックだと分かりやすいドレスに着替える。ポニーテールをほどいて、髪の長さを強調するようなストレートにする。
また、少しでも女らしく見えるように、ザルツに化粧も施してもらっていた。
本人は化粧をしていないようだが、ザルツの手つきはよどみなかった。するとしても使用人任せの自分には到底真似できそうにないから、キャンディスは恥ずかしくなってしまったくらいである。
それで誤魔化すように化粧の腕を褒めてみた。しかし、ザルツは「ああ」とか「そうだな」とか適当な返事しかしなかった。照れているようには見えないが、何故かこの話題には触れたくないようだったのだ。
だが、こうしてユニコーンを目の前にしたことで、キャンディスはようやくその理由に思い至った。おそらく縁起でもないと思って、黙っていてくれたのだろう。
最初に二人で行ったスライム退治の時のように、ザルツはこれまでに何度も亡くなった冒険者に死化粧を施してきたのだ。
『伝承では、手慣れた女冒険者ならユニコーンを寝かしつけることさえできたらしい。もちろん、嬢ちゃんにそこまでは求めない』
ユニコーンの前に出ていく前に、キャンディスはザルツの立てた作戦を今一度振り返っていた。
『さっきのこともあるから、俺の姿を見たらユニコーンは間違いなく激昂する。だから、俺は木の枝に潜んでおいて、飛び降りて角を折ろう。そのために、嬢ちゃんにはユニコーンをなつかせて、木の下まで誘導する役を頼みたい』
貴族階級において、馬術は教養のようなものだった。詩やダンス、古代語などと同じように、子供の頃から教育を受けるものの一つなのだ。
しかし、長い間病気だったせいで、キャンディスはろくに馬に触れたことすらなかった。
一方、馬車の御者に断られるような僻地にも討伐に行くために、ザルツは馬術の心得があるという。それどころか、女装をしてユニコーンを手なづけた経験もあるそうである。
だから、ユニコーンを誘導する方法についても詳しく教えてくれた。
『馬を触る時にまず気をつけるのは、後ろから近づかないことだ。死角から人が現れたことに驚いて、最悪蹴られることもあるからな。馬の目に映りやすいように横側から近づいて、自分の姿をしっかり認識させろ』
二人が作戦会議をしている間に縄張りを見回って、侵入者が出ていったのを確かめたのだろう。おかげで、怒りが収まりつつあるようで、ユニコーンの歩調は随分穏やかになっていた。
また、その様子を見て、キャンディスの恐怖心も随分収まってきていた。ザルツの助言に従って、ユニコーンの顔の側面方向から姿を現すことにする。
どうやら着替えた甲斐はあったらしい。ザルツの時とは違って、ユニコーンに突撃されるようなことはなかった。
ただし、ユニコーンはその場に立ち止まっただけで、こちらに近寄ってくることもなかった。まだ乙女と完全に認められたわけではないのだろう。
だから、キャンディスはユニコーンに認めさせるところから始めた。
『最初はいきなり触らずに、手をゆっくり馬の鼻の前に持っていくといい。においを嗅がせて、視覚だけでなく嗅覚でも自分の存在を認識させるんだ』
ユニコーンは性別の判断材料として、見た目以外ににおいも利用している。年齢的には問題ないはずだが、念のために香水をつけた状態で、キャンディスはユニコーンに手を差し出す。
すると、においを嗅いだユニコーンは笑顔を浮かべていた。
『フレーメン反応といって、馬が歯茎を見せることがある。これは笑っているわけじゃなくて、メスのにおいをかぐための行動らしい。もっとも、ユニコーンの場合、メスで機嫌をよくするから、笑っていると解釈してもいいけどな』
笑顔を浮かべたということは、ユニコーンに乙女と認められたということだろう。
だから、次は自分になつかせることにする。
『触る場所は鼻や頬あたりがいい。頭は死角になるせいか、嫌がられることがある。腹もそうだ。
馬は触られ過ぎるのを嫌うが、ユニコーンは別のようだ。その点はあまり気にしなくていいだろう』
ただ、絶対に嫌がらないという保証はない。そのため、ザルツからは馬の感情の量り方も教わっていた。
『馬は感情が耳に表れる。たとえば、耳が立っている時は何かに注意を払っているサインだ。ただ、興味や関心を持っている場合も同じだから、必ずしも警戒しているとは限らない。おそらく初めて姿を見せた時は、ユニコーンも耳を立てるだろう。
嬢ちゃんが触っていく内に、ユニコーンの耳は横に寝ていくはずだ。これはリラックスしているサインだな。耳以外にも、目がとろんとしてきたり、鼻の下を伸ばしたりすれば間違いない』
顔をなで続けていると、説明を受けた通りの変化が現れた。ユニコーンは自分になついて、心を許しているのだ。
これなら、ザルツのところに誘導することもできるだろう。
飼い馬と違って手綱がついているわけではないから、キャンディスは頬をなでながら歩く。すると、ユニコーンはなでられたがって、一緒についてくるのだった。
ザルツの潜む木の下へ向けて、キャンディスは慎重に歩を進めていく。
その最中、再びユニコーンの耳に変化が起こった。
『注意した方がいいのは、耳が左右でバラバラに動いている時と、耳が後ろ向きに寝ている時だ。耳をバラバラに動かすのは、不安で周囲の様子を窺っているというサインだからな』
◇◇◇
枝を足場に、ザルツは木の上からキャンディスたちの様子を眺めていた。
上手くいけばマチが助かるが、下手を打てば自分たちまで死んでしまう。作戦の成否が出る瞬間が近づいて、そんな緊張が高まっているのだろう。キャンディスの足取りは固く、なでる手にもぎこちなさがあった。
彼女の動作に滲んだ違和感をユニコーンは見逃さなかった。何かあると感づいて、左右の耳を不規則に動かして周囲を警戒し始める。
作戦会議中、キャンディスは熱心に話を聞いていた。だから、ユニコーンの耳の動きにもすぐに気がついて反応していた。
助けを求めるように、こちらに不安げな視線を送ってきたのである。
そのわずかな動きだけで、ユニコーンには木の上に潜む自分の存在を悟られてしまったようだった。
耳がそのことを雄弁に語っていた。
『注意した方がいいのは、耳が左右でバラバラに動いている時と、耳が後ろ向きに寝ている時だ。耳をバラバラに動かすのは、不安で周囲の様子を窺っているというサインだからな』
『耳が後ろ向きになっている場合は?』
『怒っているサインだ』
騙されていたことに気づくと、ユニコーンはすぐさま激昂した。なでてくる手どころか、そばに立つことすら拒絶するように激しく首を振る。
その衝撃で吹き飛ばされて、キャンディスは地面に尻餅をつく。だが、それくらいでは、騙された怒りは収まらなかったようだ。
彼女に対して、ユニコーンはその尖った角を向けたのだ。
大地を踏みしめるというよりも抉るようなユニコーンの凄まじい走り。
一方、キャンディスは未だに立ち上がることすらままならない様子である。あれでは突進をかわすなど到底不可能だろう。
しかし、キャンディスの体が角に貫かれることはなかった。
「ザルツ様!」
間に飛び込んだザルツが、身代わりとなってユニコーンの突進を喰らっていたからである。




