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第六章 乙女の死/ユニコーンについて part2

 屋敷のベッドで眠るマチは、眠るという言葉で想像するような穏やかな状態ではなかった。


 高熱のせいで、顔はおろか、指の先まで肌が赤い。


 加えて、額や首など、体のところどころに発疹が浮かび上がっている。


 息苦しいのか呼吸は荒く、眠っているというよりも、ぐったりしているようにしか見えなかった。


「赤変熱か」


「ああ」


 ザルツの言葉に、ムスカートは殊更静かに頷いた。マチを起こしたくなかったのだろう。


 マチを起こして、何の病気にかかっているのか聞かせたくなかったのだろう。


「赤変熱は高熱と発疹で体が真っ赤になることから名づけられた病気だ。発症から一週間から二週間ほど経って、全身が発疹に覆われる頃に死ぬとされている。罹患の原因は不明で、治療法も確立されていない」


 ザルツの説明は厳密には誤りである。ほんの数例だが、治療を受けて回復したケースが存在していたからである。


 すでに教えられたようなものだから、キャンディスもすぐに治療法を察していた。


「それでユニコーンの角を……」


「ええ、その通りです」


 そう答えるムスカートの顔つきは、冴えないものだった。


 凶暴なユニコーンから角を採取するのには非常に大きな危険を伴う。依頼を受けたがる冒険者はまず現れない。ムスカートの話を一度断ったことによって、他ならぬザルツたち自身がそれを証明してしまっていた。


「報奨金を上げれば、依頼を受ける冒険者が出るのですよね? わたくしが払いましょうか?」


「今から呼びかけても、間に合うかどうか微妙なところだな。マチは子供だから、二週間ももたない可能性が高い」


 キャンディスの提案を、ザルツは言下に否定した。


 ユニコーンの角を採取できるレベルの冒険者はそうそういない。今すぐつかまる者で、なおかつ金さえ払えば動く者となると、ますます限定されてくるだろう。


「それなら、すでに採取された角を購入できませんか?」


「市場に出回っているのは、ほぼ確実に偽物だ。貴族なら本物を持っているかもしれんが、自分たちの分をそう易々とは譲らないだろう」


 明日自分が死ぬような目に遭わないという保証はないのだ。たとえ王族の権力まで使って買い上げようとしても、持っていないふりをされるのがオチだろう。


「では、ユニコーンの角以外のものを使うというのは? フェニックスの尾にも高い治癒力があると聞いたことがありますが」


「ユニコーンの角並みに希少なものだからな。採るのも買うのも難しいだろう」


「カラドリウスのフンなどは?」


「赤変熱には効果がなかったはずだ」


 自身も過去に大病を患っていた経験からか、病床で冒険譚を読み漁った影響からか。キャンディスはそれなりに病気に関する知識があるらしかったが、それも尽きてしまったようだ。


 だが、マチを助けたいという意志だけは尽きていなかった。


「どうにもならないのですか?」


「…………」


 ザルツは答えなかった。


 今答えれば、本人に聞かれてしまうからである。


「あれ? ザルツ? お姉ちゃん?」


 まだ眠いのか、それとも目を疑っているのか、マチは目をこすりながら言った。


「お見舞いに来てくれたんだよ」


 ムスカートはせいいっぱいの笑顔を作って答えた。キャンディスもそれにならう。


 この場で、マチだけが飾り気のなさそうな笑みを浮かべていた。


「ブラックドッグには会えたの?」


「それが野営の最中に、オウルベアと遭遇してしまいまして」


「オウルベア? どうだった? 強かった?」


 マチは矢継ぎ早にキャンディスへの質問を始める。まるで健康だった頃と変わっていない。もちろん、顔の赤みや発疹を除けばの話だが。


「……ええ、とても強かったですよ」


「討伐はできたの?」


わたくしの手には負えなかったので、ザルツ様がマチェーテで」


「オウルベアは視野が狭いから、討伐する時はレッグホールドトラップを仕掛けるといいんだよ」


 マチは得意げにそう説明した。それどころか、「レッグホールドトラップはベアトラップとも言うってザルツが」とさらに具体的な話まで始めようとする。


「まだ熱があるんだから、そのへんにしておきなさい。お話を聞くのは、病気を治してからだ」


「はーい」


 ムスカートにはそう答えたが、マチはまだしゃべるのをやめなかった。横になる前に、「またねー」と手を振ってきたのだ。


 マチが眠るのを邪魔しないように、そして自分たちの話を聞かせないように、三人は部屋を出る。


「マチさんにはご病気のことをお伝えしていないのですか?」


「ええ。子供には酷かと思いまして」


 まともな治療法が確立されていないのである。ムスカートの考える通り、病名を伝えるのは、余命を伝えるようなものだろう。


「もっとも、マチなら気づいているかもしれませんが……」


 というよりも、十中八九気づいているのではないか。ザルツはそう予想していた。


 自分やムスカートに話をねだって、マチはモンスターに関する詳しい情報を耳にしている。だから、ユニコーンの生態や習性などと並んで、角で治せる病気の種類やその症状についての知識も覚えてしまっている可能性は十分考えられる。


 しかし、周りに心配をかけないように、マチはそんなことおくびにも出さずにいるのだ。


「ザルツ、頼む。私にできることなら何でもする。報酬が足りないなら、あとで必ず工面しよう。だから、依頼を受けてくれないか」


「頭を下げられてもな」


 同様に、報奨金の増額も引き受ける理由にはならなかった。依頼が入った時にザルツがまず考えるのは、安全に達成できるかどうかだからである。


 仮にそれ以上に優先するものがあるとすれば――


『レッグホールドトラップはベアトラップとも言うってザルツが』


『ザルツがねー、昔はマタンゴを食べ過ぎるとマタンゴになるって言われてたって』


『ザルツ――!! 見ない内におっきくなった?』


「前にも言ったが、今の俺の雇用主は嬢ちゃんだ。返事は嬢ちゃんに聞いてくれ」


 とはいえ、これまでにも報酬を代わりに払おうとしたり、フェニックスの尾を採取しようとしたりしていたのである。今更聞くまでもないようだった。


 キャンディスは迷うことなく答える。


「やります! やらせてください!」



          ◇◇◇



 管理局のラウンジで、ザルツとキャンディスは作戦会議を始めた。


「ユニコーンの角の採取方法は、大雑把に言えばこうだ。若い女だけでユニコーンの前に姿を現す。なでたり、餌をやったりして、ユニコーンをなつかせる。そうして相手が油断したところで角を折る……」


わたくしがその役目を務めればよろしいのですね?」


「そう言いたいところだが、嬢ちゃんの細腕じゃあ角を折るのは難しいだろう」


 ユニコーンの角は非常に硬く、攻撃をはじき返されたとか、武器の方が欠けたとかいうような証言がいくつも残っている。最近習得した程度の、キャンディスの強化魔法では通用しないのは明らかだった。


 しかも、何度も攻撃を繰り返して、少しずつ傷を大きくして角を切り落とすような真似もできない。攻撃に激怒したユニコーンが暴走を始めるせいで、ますます角を切るのが難しくなってしまうからである。


「他にもパーティ内の若い女を囮にして、その隙を突いて他のメンバーが角を折るという手もある」


「では、それを?」


「しかし、角を折るのは俺が代わってやれるが、そのあとユニコーンから逃げるのは嬢ちゃんが自力でやるしかないからな。ユニコーンは足も速いし体もでかいから、たとえ角がなくてもぶつかられたらひとたまりもないぞ」


 これもキャンディスの強化魔法の熟練度がネックになっていた。弓術で鍛えた腕力ですら通用しないのに、特別何もしていない脚力が通じるとは思えない。かといって、自分がキャンディスを抱えて逃げるというのも、あまり現実的ではないだろう。


「それでは、わたくしが油断させたところをザルツ様が討伐して、そのあと角を採取するというのはどうでしょう?」


「それはそれで難しいな。ユニコーンの角が怪我に効くように、ユニコーン自身も怪我の治りが早いんだ。だから、最初の一撃で即死させないと、反撃を受ける羽目になる」


 もしそうなれば、やはり囮のキャンディスを危険に晒すことになってしまうだろう。だが、強化魔法の得意なザルツであっても、初撃で確実にユニコーンの息の根を止められると断言することはできなかった。


 キャンディスがいないと、ユニコーンに隙を作れなくなる。キャンディスがいると、ユニコーンにやられるリスクが生じる。今回の依頼には、そういうジレンマがあるのだ。


 しかし、メモ魔のキャンディスは、最初に応接室で交わしたちょっとした会話も書き留めていたようだった。


「ザルツ様は、男性だけでも採取は不可能ではないようなことをおっしゃっていましたが……過去にご経験がおありなのですか?」


「一応な。ただ、あの頃は若かったからな」


 ドラゴンに大敗を喫して痛い目を見る前で、後先考えずに無謀なことができた……という意味合いもなくはないが、それが本旨ではない。キャンディスもそういう誤解はしなかった。


 ただ、代わりに別の誤解をしたようで、彼女は頬を赤く染めていた。


 男、処女にだけなつく、今はもう大人になってしまった……


「何を想像してるか知らないが、女装できたって意味だからな」


「じょ、女装でもよろしいのですね」


「ユニコーンは見た目とにおいで人間の性別を判断しているからな。女装して香水をつければ騙せないこともない。若い女ほど桃みたいなにおいがする……という話はゴブリンの時にもしたか」


 あの時は、孕まされてゴブリンの群れが増えないように、キャンディスが男装して馬油をつけて男のふりをした。要はあの逆をやればいいのである。


「しかし、この年じゃあな。見た目もにおいも誤魔化すのはきついだろう」


 人間は成長するにつれて性別の違いが明確になるため、異性に変装するのも難しくなっていく。ザルツの場合、華奢で中性的というタイプでもないから尚更である。


「他に方法はないのですか?」


 一般的な作戦が次々に却下されたせいだろう。キャンディスはすがるような目を向けてくる。


 それまで即答を繰り返していたザルツだが、今度の質問は答えるまでに少し間が空いた。


「……もう一つだけあるにはある」



          ◇◇◇



『ユニコーンは澄んだ水を好む。だから、森の奥地かつ泉や川のそばを縄張りにしていることが多い。この点を抑えれば、見つけること自体はそう難しくないはずだ』


 管理局で話し合った方針通り、二人は川をたどるような形でシュピナートの森の奥地へと進んでいった。


 他の依頼が入ってくるから後回しになっていただけで、ザルツはいずれユニコーンの調査・討伐を行う気でいた。そのため、縄張りの場所については、地形や伝聞、経験を元にして、ある程度あたりをつけてあった。


 また、ヘイズルーンの足跡やセーフリームニルのヌタ場(泥浴場)といった痕跡が捜索の役に立った。他のモンスターはユニコーンを恐れて、縄張りに近づこうとしない。逆に言えば、他のモンスターの痕跡が見つからない場所は、ユニコーンの縄張りの可能性があるということになる。


 おかげで、出発から四日目にして、早くも縄張りを発見できたようだった。


 大きな岩の前で、ザルツは足を止める。


「ユニコーンの角の跡だな」


 角の側面を、左右交互に擦りつけたのだろう。


 侵入者に警告するように、岩には×印のような研ぎ跡が残されていた。


「ユニコーンの角は、ネズミの歯のように一生伸び続けると言われている。だから、邪魔にならないように、こうして時々削る必要があるんだ」


「なるほど……」


 キャンディスは研ぎ跡に手を触れる。角の長さを整えるユニコーンの姿に、想像を巡らせているようだ。


「他にも、角を研いで尖らせて、外敵を殺しやすくする意味もあるみたいだけどな」


 つまり、ユニコーンの角は岩をも傷つけるほど硬く、


 ユニコーンの性格は侵入者を決して許さないほど凶暴だということである。


「もういつ出くわしてもおかしくないんだ。気を抜くなよ」


 はたせるかな、ザルツが忠告した通りになった。


 二人はほどなくして、ユニコーンの姿を発見したのだ。


 心を奪われて身を捧げようとする乙女がときどき現れるのも、頷けるような美しい姿だった。


 野生動物とは思えないほど汚れのない白い毛並み。筋肉質でありながら、脚や首がすらりと伸びた体つき。そして、あらゆるものを貫けそうなくらいに長く鋭く尖った角。


 他のモンスターがいない静かな森の中を、ユニコーンは神々しいまでに悠然とした足取りで歩いていた。


 獲物とこちらとの間には距離がある。獲物はこちらに気づいていない。普段なら、弓で射るようにキャンディスに指示するシチュエーションである。


 しかし、ザルツはその作戦を取らなかった。


「嬢ちゃんはここでじっとしてるんだぞ」


 むしろ、そう言い残して、彼女をユニコーンから遠ざけたくらいだった。


 強化魔法を覚えたてのキャンディスの弓は、命中率はともかく威力が低い。ユニコーンが相手では、たとえ急所に命中したとしても致命傷にならない恐れがある。


 かといって、隻眼の自分の弓では、威力はともかく命中率に不安が残る。


 だから、ザルツは接近戦を挑むことにしたのだった。


 身を潜めるようなことも、気配を消すようなこともしない。ザルツはユニコーンの前に堂々と姿を晒す。


 侵入者の存在を認識して、一瞬で憤怒したらしい。ユニコーンはそれまでの穏やかな常歩ウォークから、一転猛然とした襲歩ギャロップで迫ってくる。


 この突進に対して、ザルツはその場をまったく動こうとしなかった。


 頭に血が上って、相手がカウンターを狙っている可能性を想定できないのか。それとも、人間のカウンターなぞ喰らわないという自信があるのか。角をこちらに向けたまま、ユニコーンは全速力で突っ込んでくる。


 だが、ザルツもカウンターを狙う気などさらさらなかった。


 ギリギリまで突進を引きつけると、直前になってようやく身をかわす。


 ザルツが背にしていた場所には――ユニコーンが突っ込んだ先には、背が高く幹が太い大木が生えていた。



          ◇◇◇



 角の採取について、二人で作戦会議をしている時のことだった。


「他に方法はないのですか?」


 一般的な作戦が次々に却下されたせいだろう。キャンディスはすがるような目を向けてくる。


 それまで即答を繰り返していたザルツだが、今度の質問は答えるまでに少し間が空いた。


「……もう一つだけあるにはある」


 女を囮にしてユニコーンを油断させる方法に比べると、有名なものとは言えない。だが、この方法も古くから伝わるものだった。


「どのようなものでしょう?」


「ユニコーンの突進をかわして、木に角を突き刺させる。そうして抜けなくなった隙に、角を折るんだ」


 自分が強化魔法を使えば、ユニコーンの攻撃をよけることも、角を切ることも十分可能なはずである。理屈で言えば、これが最も成功率が高いだろう。


「ただ、これにも懸念があってな……」



          ◇◇◇



 ユニコーンの突進をザルツは目前でかわす。


 走るスピードがあまりにも速過ぎるせいだろう。ユニコーンは今更静止することも進路を変えることもできない。


 ザルツを狙っていたはずの角は、その背後にあった大木に突き刺さるのだった。


 しかも、木にぶつかっても突進の勢いはなかなか止まらず、角は根元の方まで深く幹に喰い込むことになった。これならしばらく抜けることはないだろう。


 ここまでの展開は、キャンディスとの事前の話し合いの通りだった。


 そして、ここからも話し合いの通りになってしまった。


『ただ、これにも懸念があってな……』


『なんでしょう?』


『聞いた話で、今までに試したことはないんだ』


 角を切り落とすべく、ザルツはマチェーテを構える。


 しかし、その瞬間にも、ユニコーンは木の足止めから逃れていた。


 ユニコーンの角は切れ味凄まじく――


 大木を紙のように容易く引き裂いてしまったのである。

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