第六章 乙女の死/ユニコーンについて part1
「二人に依頼したいことがある」
管理局の応接室で、ムスカートはそう話を切り出した。
前にも似たようなことがあったから簡単に予想はついた。マチの子守りだろう。
というザルツの推測は大はずれのようだった。
「ユニコーンの角を採取してきてほしい」
渡された依頼票には名前がなかったが、おそらく依頼主は大貴族あたりなのだろう。心労のせいで、ムスカートは憔悴した表情をしていたのだ。
依頼を受けるかは別として、博物誌を書くならユニコーンの知識もあった方がいいに違いない。そう考えて、ザルツはキャンディスに確認する。
「ユニコーンは知ってるか?」
「はっ、はい。角の生えた馬ですよね」
何故か答えづらそうにしていたが、彼女の解答は正しかった。ユニコーンは馬系のモンスターで、額から真っ直ぐな一本の角が伸びている。
「他に外見的な特徴としては、体毛が真っ白なことが挙げられる。普通の馬にはいろいろ毛の色があるが、白毛は生まれにくい。一方で、ユニコーンに関しては白毛のものしかいない」
大まかに分けても、普通の馬は白毛以外に、鹿毛(赤褐色)や栗毛(黄褐色)、青毛(黒色)など、さまざまな色合いの体毛を持つ。ここからさらに体の模様やたてがみの色まで含めると、ますます外見に多様性が生まれる。
ただし、これは家畜として、人間が見た目にこだわって交配を行っている影響だとも言われている。ザルツの経験則でも、野生の馬は薄墨毛(褐色の体+黒色の脚とたてがみ)が基本という印象だった。そういう意味では、ユニコーンが白毛ばかりなのはむしろ自然なことかもしれない。
「ユニコーンの角には怪我や病気を癒す力があるのですよね?」
「ああ、だから高値で取引されている。ただでさえ生息数が少ない上に、採取するのが難しいから尚更な」
古来より、ユニコーンの角を削って粉末状にして飲むと、体のあらゆる不調が取り除かれると言われている。現代においても、治療法が確立されていない難病・奇病が回復したという例が報告されていた。
にもかかわらず、あらゆる不調に効くと断定されていないのは、ひとえに治療に使われた例が少ないことが原因だった。それくらいユニコーンの角を採取するのは容易なことではないのだ。
「冒険譚でも、角の採取に苦戦するというエピソードを見かけることがありますね」
「大雑把に言って、馬は体の大きい順に重種(冷血種)、中間種(温血種)、軽種(熱血種)に分けられる。そして、大きいほどパワーが、小さいほどスピードが出るとされている。
ユニコーンの場合は、体つきがすらっとしていて、見た目は軽種に近い。しかし、スピードだけでなく、パワーも普通の馬以上なんだ」
事実、馬で逃げようとしたがすぐに追いつかれたとか、荷物を引いていた馬車を吹き飛ばされたとかいう話が残っている。
「その上、厄介なことにユニコーンは恐ろしく気性が荒い。馬は基本的に小さい種ほど激しやすい性格をしているんだが、ユニコーンの気性の荒さは軽種の比じゃない」
「それほどのものなのですか?」
「縄張りに入ったやつなら、小動物だろうと見境なく攻撃するくらいだからな。例外は同じユニコーンかつ異性の場合くらいだ。だから、ユニコーンの縄張りにはオウルベアですら近づかない」
一度ユニコーンに見つかってしまうと、どこまでも追跡して息の根を止めようとしてくるから尚更である。
「他にも、人間が飼おうとすると怒り狂って自殺するとか、他の動物を襲うせいで方舟から降ろされて大洪水で絶滅したとかいう話もある。後者は生息数が少ないせいで生まれた誤解だろうが、そういう言い伝えが生まれるくらい凶暴というわけだ」
この手の伝説については、本好きのキャンディスの方が詳しいようだ。納得したように、うんうんと頷く。
かと思えば、彼女は突然しどろもどろになっていた。
「あとは、そのしょ、純潔の女性にだけはなつくと聞いたことが……」
「それも冒険譚に出てくるのか」
「はっ、はい」
キャンディスは顔を真っ赤にする。最初にユニコーンについて知っているか尋ねた時にも、彼女は答えづらそうにしていたが、その理由がこれだったようだ。
恥ずかしいのなら黙っていればいいのに、変に真面目なせいか、キャンディスは冒険譚の記述について解説し始める。
「重要人物の病気を治すのに角が必要になるのですが、ユニコーンと正面から戦うのは危険だという話になって。主人公のパーティの内、ユニコーンを手なづけられる純潔の女性メンバーだけで採取に行く、というような展開がときどき出てくるのです。
それで、人気の女性キャラクターが過去に秘め事をなさっていたことが発覚すると、一部の読者から抗議が来たり、あとで作者が撤回したりして……」
似たような話ならザルツも聞いたことがあった。性行為は穢れであるとか、不義の子を育てたくないとか、前の男と比べられるのが嫌だとか、理由はさまざまだが処女性を重視する風潮は各地域・各時代に存在しているようだった。
「まぁ、昔から『男はユニコーン』と言うからな」
「男性は女性に貞節を求めるということでしょうか?」
「女からは角、つまり金を求められるってことだ」
キャンディスは抗議するように眉を顰めた。
詳しくは知らないが、恋愛小説には職業や家柄、身分などに左右されない、純粋な関係が描かれているらしい。おそらく、彼女はそういうロマンスに憧れを抱いているのだろう。
キャンディスにしろ、一部の読者とやらにしろ、ザルツは特に他人の恋愛観に口を挟む気はなかった。興味があるのはモンスターのそれだけである。
「話がそれたが、ユニコーンが処女になつくというのは事実だ」
「えっ、本当ですか?」
「正確には、処女じゃなくて若い女だけどな。単に若い女って意味で乙女という単語が使われていたのが、のちの時代に処女の意味だと誤解されたんじゃないか、と学者連中は考えているようだ」
「私はてっきり物語を盛り上げるための嘘かと……」
恋愛小説に憧れるような乙女には、やはり刺激の強い話題のようだ。キャンディスはごにょごにょとそんなことを呟く。
「他に、若い女に処女が多いから誤解されたという説もあるな」
そう付け加えると、キャンディスはますます赤くなっていた。
頬を染めたまま、彼女は次の質問に入る。
「ど、どうして若い女性にだけなつくのでしょう?」
「ゴブリンと同じだよ。ユニコーンもメスが生まれにくいんだ。それで、人間の女と交尾することで、子孫を残そうとする習性がある。
どういう訳か、ユニコーンのオスと人間の女との間には、ユニコーンが生まれるみたいだからな」
曲がりなりにも人型のゴブリンはともかく、馬のユニコーンが人間と子供を作れるのは不思議としか言いようがない。
もっとも、人型ではないにもかかわらず人間とも子供を作れる生物は、ユニコーン以外にも存在している。そのため、「人間側に異種交配を可能にする何らかのメカニズムがあるのではないか」と予想する学者もいるようだった。
「女ではなく、若い女にだけなつくのも子孫を残すためだな。年を取ると子供を産めなくなるということを、やつらは理解しているようだ」
ただし、人間相手になつくのも、子供を作れるのも、あくまでユニコーンのオスと人間の女の組み合わせに限っての話である。これがメスと男の組み合わせになると、また事情は変わってくる。
オスと違って、ユニコーンのメスが若い男になつく様子はこれまでに一度も確認されていない。また、そのことから、ユニコーンのメスと人間の男では子供を作れないのではないかと推測されているのだった。
「ですが、馬は生まれたばかりでも大きいはずですよね? 人間に産めるものなのですか?」
「実物は俺も見たことがないが、生まれたばかりのユニコーンは普通の仔馬と比べるとかなり小さいらしい。それでも早産が起きやすくて、母親や仔馬が死ぬ率が高いようだけどな。
ユニコーンが若い女に対しては温厚な態度を取るのも、それが理由だと言われている。ただでさえ出産で母親が死にやすいから、それ以外の原因で死ぬのを防ごうとしているんだと」
その点においては、女を凌辱したり粗雑に扱ったりするゴブリンとは正反対だと言える。
人間以外に同族や猿相手でも子供を作れるゴブリンと違って、ユニコーンは同族相手でしか子供を作れない。だから、代わりを手に入れやすいゴブリンはつがいをぞんざいに扱い、手に入れにくいユニコーンは大切に扱おうとするのだろう。
「本題の角の採取についてだが、さっきの冒険譚の話はそれほど間違ってはいない。ユニコーンは気性が荒いから、それをなだめられる若い女だけでやることが多いんだ」
「それでしたら、今回は私だけで行うということでしょうか?」
「ダメだ」
ザルツは強い語調で否定した。
「いくらなんでも危険過ぎる。なつきやすいというだけで、何をされても許すわけじゃないからな。角を折ろうとすれば、相手が女だろうと激昂して殺しにかかるぞ。
ユニコーンの角の採取は、昔から一攫千金を狙う方法の一つでな。手慣れた女冒険者が挑んでは返り討ちに遭って、数えきれないほどの死人を出している。博物誌に書きたいのは分かるが、挑むのはもっと場数を踏んでからにした方がいいだろう」
「そう、ですね……」
キャンディスは力なく頷く。
実力不足なのは、彼女自身よく分かっているのだろう。つい最近それを痛感させられる出来事があったのだから。
キャンディスはオウルベアでさえ討伐できなかったのだ。
ただ、彼女が諦めたのは、あくまでも自分が依頼を果たすことだった。
「けれど、ザルツ様でしたら、男性であっても角の採取がお出来になるのでは?」
「できないとは言わないが、リスクがでかいからな。ユニコーンは情報も少ないし、正直やりたい仕事じゃない」
昼のシュピナートの森は弱めのモンスターが多く、新人冒険者向けだと言われるが、ユニコーンだけは例外である。ベテランでも、いや知識と警戒心を持ったベテランほど、縄張りには近づかないようにするくらいだった。それはザルツも同様である。
キャンディスが依頼を受けたがっているのは、ユニコーンについて博物誌に書くためだろう。しかし、採取に連れていくと、彼女を危険に巻き込む恐れがある。その点を考慮しても、この依頼は受ける気になれなかった。
「というわけだ」
「やはり、そうか……」
それまで二人の会話を黙って聞いていたムスカートは、話を振られるとようやく口を開いた。
予想はしていたが、受け入れがたい返答だったのだろう。その表情は固くこわばった、重苦しいものだった。
気遣わしげにキャンディスは尋ねる。
「他に依頼を受けてくださりそうな方はいらっしゃらないのですか?」
「有力な冒険者は、みな別件で出払っておりまして。それに……」
依頼主の面子を考えたようだ。ムスカートは言いよどんでしまう。
だから、依頼票を示しながら、ザルツが話の続きを引き取った。
「この報酬じゃあ、誰も受けたがらないだろうな」
「そうなのですか?」
「相場ならもっと高いよ。最低でも桁が一つは違う」
おそらく二つ違っても驚かないだろう。採取が難しい上に、大きな治療効果が見込めるため、ユニコーンの角にはそれくらい高い需要があるのだ。
「お姫様からしたら、どっちにしろはした金か」
「いえ、そもそも物の値段を気にしたことがないので……」
「金銭感覚のトレーニングもした方がいいんじゃないか?」
二人はどこか他人事のように脇道にそれた話を始める。
対照的に、ムスカートの顔つきは真剣だった。
「ザルツ、どうしても無理か?」
「嬢ちゃんを鍛えるなり、ユニコーンについて調べるなり、時間をくれるっていうなら考えてもいいが」
「それは無理なんだ。緊急の案件だからな」
「なら、報奨金を上げて他のやつに頼むしかないんじゃないか」
ユニコーンの角が緊急で必要ということは、怪我や病気のせいで、今まさに死の危機に瀕している人間がいるということだろう。危険度の高い依頼だから、やはり自分たちでやる気にはならないが、引き受けてくれる冒険者が見つかればいいとは思う。
そして、そのためには、依頼主が大金を積めるような人間でなくてはならない。
「依頼主は一体誰なんだ?」
尋ねたあとで、ザルツは今更不審な点に気づく。
ムスカートが憔悴するほど必死になるくらいである。依頼主は大きな権力を持った大貴族あたりだろう。最初に話を聞いた時はそう予想した。
しかし、もしそうなら、始めからもっと高い報酬を提示していたのではないか。
となると、考えられる依頼主は――
「私だ」
ムスカートが必死になっていた理由をザルツはようやく理解する。
この男がここまで大切にしている相手といえば、たった一人しかいない。
「マチが病気なんだ」




