⑨ 記憶
魔王との戦闘がまるで嘘であったかのように、教室は元どおりになる。
だが、それが現実であったことがすぐにわかる。
『たららたったたー』
レベルアップ音が鳴り響く。
『ハジメ君のレベルが20から31に上がりました。HPが110 攻撃が22 守備が11 速さが22 UPしました。ポイント交換のリストが増えました』
大幅なレベルアップ。
だが、魔王を倒したのはアキラだけの筈だ。
アリスとルカにも同じことが起きているようだ。
皆がアキラに注目する。
「携帯をハッキングした時にパーティーを組んでいたんだ。そのほうが再生しやすかったから」
面倒くさそうに説明する。
「もう、解除している。人と連むのは好きじゃない」
今にもロッカーに帰りそうなアキラ。
シズクが寂しそうな顔をしている。
「一つだけ、教えてくれないか。記憶。リセットされてもすべての記憶を残すことが出来るのか?」
聞きたいことは山程ある。
だが、それが一番大事な事に思えた。
そうだ。このゲーム。始まった時から俺は記憶喪失だ。
全ての鍵は記憶にあるのではないか。
「無理だ。魔王の記憶圧縮はスキルによるものだろう。俺達がリセットされたら、残る記憶はごく僅かだ」
アキラが自分の頭を指差す。
「俺達の脳には21グラムのチップが埋め込まれている。そこには核と呼ばれる全てのデータが入っているが、ここに来てからの記憶は含まれない。リセットされるとチップは回収され、そこからまた再生される」
ここに来てからの記憶。
そうだ。俺以外は以前の記憶が存在している。
なら、俺のデータは?
俺にはチップ自体が存在しないのか?
「チップには1グラムだけ、空洞がある。ポケット。そこに記憶のカスが溜まる。容量はごく僅かだ。詰め込んでも普通なら人の記憶は全部入らない」
「アキラ、君はそこにかなりの記憶を残していないのか?」
世界の仕組みを理解する。
それは一周だけで出来るとは到底思えない。
記憶を圧縮する技術をアキラは持っているのではないか。
だが、予想を大きく上回る答えが返ってくる。
「俺のチップには残りカスすらない。完全に記憶を排除している。1グラムのポケットにはマリアのデータを圧縮して詰め込んでいる」
携帯機械、マリアを見る。
ただ静かにアキラのそばで佇んでいる。
「人の記憶は圧縮出来ないがマリアの記憶は圧縮可能だ。携帯とチップを連動し、マリアはそのまま記憶を引き継ぐ。俺の記憶はリセットされてもマリアが全てを覚えてくれている。毎回、優しく俺に教えてくれるんだ」
「それでいいのか? マリアを愛した記憶が毎回消えてしまっても構わないのか?」
理解が出来ない。それは一体、どのような愛なのか。
「リセットされる度に何度も新しくマリアに恋をする。浪漫が溢れてるじゃないか」
アキラがマリアの手を取り、そこにキスをする。
背後でシズクがハンカチを噛んで悔しがっている。
「だから、俺はゲームクリアには興味がない。お前であろうが、カムイであろうが、どちらが残ろうがどうでもいい」
やはり、アキラは世界の仕組みをかなり知り尽くしている。俺がゲームを作ったことも知っているのだろう。
「なら、どうして協力して魔王を倒してくれたんだ? リセットされても問題ないなら、倒さなくてもいいだろう」
カムイやラス、その他のメンバーは緊急ミッションが始まってから部屋から出てこない。
これまでにない異質なミッション。
皆が危険を避ける中、アキラだけが教室にやって来た。
「俺の目的はマリアと共にこのゲームを永遠に続けることだ。魔王はゲーム盤をひっくり返し、壊そうとしていた。だから排除した」
ゲームを壊す?
可能なのか、そんな事が。
何かが引っかかる。
この世界がゲームだとしたら、破壊されたら俺達はどうなる?
「私も一つ、聞いていいか?」
アリスがここで初めて質問する。
「ダメだ。女性と話すとマリアが嫉妬する」
アリスが真面目な顔のまま固まる。
シズクが当然よ、自分でも話せないのよ、舐めんなじゃないわよ、新参者が、という顔をしている。
ちょい、ちょいとアリスに手招きされたので近づく。
耳元でゴニョゴニョと囁かれる。
何故かルカも近寄ってきてそれを聞こうとする。
ナニコレ。少し照れる。
「あ、えっと、この世界がゲームだとしたら機械仕掛けなんだろう? 機械をそんなに信じていいのか?」
アリスに言われたセリフをそのまま言う。
「マリアが俺を裏切ることはない」
『マリアは嘘をつきません』
魔王との戦闘の時にも同じようなセリフを言っていた。
やはり、違和感がある。
ほとんど喋らないマリア。
だが、嘘という言葉には過剰に反応する。
機械仕掛けの世界。
携帯機械マリア。
ポイントで携帯を進化させたマリアは本当にアキラの味方なのか?
そこに、何者も介入していないのか?
マリアが此方を見て目が合う。
映像が流れる。
なんだ。
まさかマリアとの恋愛もあったというのか。
違う。アリスやルカと違い、心臓の鼓動は変わらない。
教室。ここよりも大きな教室。黒板には三年S組と書かれている。
二つの黒板に挟まれた教室の中央で漫才のビデオが流れている。
そのすぐ側で白い少女が鼻歌を歌っている。
カノン。パッヘルベルのカノンだ。
ばつんっ、といきなり接続が切れたように映像が消える。
マリアを再び見る。
表情が全くない能面な機械の顔が笑ったように感じた。
そして、その刹那。
『三年A組ーーっ、黒板先生ーーっ!!』
突如、スピーカーが鳴り響いた。




