⑩ サイドK ラス
産まれた時の記憶がある。
捨てられた。
それがオレの最初の記憶。
母は生まれてすぐオレをゴミ箱に捨てたのだろう。
暗く狭く臭い箱の中でオレは必死に泣いていた。
生きたいという強い想いが記憶にこびりつき、生まれた時の記憶を忘れることはなかった。
里親が決まるまで様々な施設を転々とした。
女なのに、男勝りだったオレは中々里親が決まらず、友達らしい友達もいなかった。
そう言えばもう一人。
暗くて不気味な男児がいた。
そいつも貰い手がつかず、ずっと一人で落書き帳に何かを描いていた。
人がいっぱい死んでいる絵。
何を描いているのか聴いたが、答えは返ってこず、友達になることもなかった。
四歳の時、初めて里親ができた。
年老いた老夫婦は何の為にオレを育てようと思ったのか。
少なくとも愛情ではなかった。
躾と言いながら、暴力を振るう二人から五歳の時に逃げ出した。
誰からも好かれない。
誰も好きにならない。
ここに来てカムイと会うまでずっとそう思っていた。
「ここは通さない」
カムイの部屋。扉の前で両手を広げる。
全てのポイントを使い、ゲートを開けた。
魔王が教室にやって来れるか。確率は低かった。
こちらのゲートを開いていても、昨日のメンテナンス中にあちらがゲートを開いてないと無駄に終わる。
だが、その賭けに勝った。
ハジメ達三人が教室にいる時に魔王召喚に成功する。
今の三人では五分も持たずに瞬殺されるだろう。
「ラス」
カムイが名前を呼ぶ。
本当の名前ではない。
ゲームをクリアして最初からやり直す時に名前を変えることができる。
ラスはスコットランドの方言で少女やお嬢さんという意味だ。
カムイがオレのことをずっと少女と呼んでいたから一回目の周回でラスに変えた。
それからずっとラスという名前を変えてない。
「ハジメがここで死んだら最終ミッション前にクリアだ。もう譲らない。ここで終わらせる」
カムイは納得しないだろう。
今回の周回で最初の犠牲者が出た時、カムイは完璧なハッピーエンドを諦めた。
だが、オレは諦めていない。
次、その次、さらに次。
たとえ、カムイの力が衰えようが、オレは諦めない。
全身に力を込める。
筋肉が倍増し、身体が膨れる。
20パーセント、30、40、今のカムイなら五分くらいなら止めれるはずだ。
「やめろ、わかった。俺は部屋から出ない」
「嘘じゃないな」
カムイがオレの頭に手を置く。
優しく撫でる。
「お前に嘘はつかない」
決壊したように涙が溢れ出た。
「カムイ、カムイ」
抱きつく。抱きついてカムイの足で涙を拭く。
ついでに鼻もかむ。
「ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい」
初めてここに来た時。
何も分からず、ただ死を待つだけのオレをカムイは助けてくれた。
デスゲームに来てすぐに死にかけた。
一人、血塗れで倒れていた。
オレは世界にも捨てられたと思っていた。
諦めて目を閉じる。
泣くことすら忘れていた。
生きたいという気持ちはもうなくなったと思っていた。
だが、目の前の敵を一瞬で切り裂くカムイの足をオレはいつのまにか握っていた。
「大丈夫、大丈夫だ」
カムイは優しく頭を撫でてくれた。
生まれて初めての感情。
心が暖かくなり、涙が溢れた。
その記憶を無くしたくない。
捨てられ、嫌われ、誰からも愛されず、誰も愛さない。そんな自分に戻りたくない。
終わらせない。
たとえ、カムイが人でなくなろうと。
オレが人でなくなろうと。
ずっと二人でここにいたい。
そうだ。オレのハッピーエンドはカムイといることだけなのだ。
「ラス、俺が助けなくても、多分、ハジメは死なない」
「そんなことない。神スキルも使っている。生き残れるはずがない」
オレとカムイの二人がかりでも魔王とは五分五分だ。
さらに周回ごとに強くなっている。
弱点は馬鹿というところぐらいだ。
カムイなしでは、誰が相手でも勝てるはずがない。
「もう何回繰り返しただろうか。数えきれない程の周回。だかな、まだ一度もないんだよ」
ゾクリとする。そうだ。オレも何回か戦った。
実力は圧倒的に上だった。
だが、一度もない。
「俺以外が神を倒して終わったことがない。主人公なんだよ。恐ろしいまでに、圧倒的に、このゲームの主人公なんだ」
「違うっ、主人公はカムイだ。アイツはただゲームクリアの為に倒されるだけの存在だっ」
背後の扉から爆発音が響く。
『緊急ミッションが完了しました』
ミッションが終了する。
生きているはずがない。
扉を開けて、そっと覗く。
魔王の姿はない。
だが、ハジメは平然と教室に立っている。
「馬鹿なっ、馬鹿なっ、馬鹿なっ」
剣を握る。
殺す。
オレが終わらせる。
出て行こうとするオレの腕をカムイが握る。
「大丈夫、大丈夫だ」
カムイを見上げる。
あの時と同じ言葉。
そうだ。カムイが負けるはずがない。
ずっと、ずっと、ずっとカムイは勝ってきたんだ。
カムイの足を握る。
あの時、オレはカムイに何も言えなかった。
ありがとうという言葉をまだ言っていない。
もう一度クリアして伝えなくてはいけない。
完璧なハッピーエンドは目指さない。
ただ、ずっとカムイの側にいる。
最後の悪足掻きが始まった。




