⑤ 絶望と絶望と絶望
獣のような男が獣のような咆哮をあげる。
それだけで教室が震えたように振動する。
二メートルを越す裸の大男は人間の姿をしているだけの怪物だった。
「何度かこっちに来ようとしてたんだがな」
独り言だろうか。
目線は誰とも合わせず天井のほうを向いている。
「ルートを構築してもすぐ直しやがる。だが、おまえら、昨日、サボったろ? 」
昨日? 緊急メンテナンスか。
こいつが話しているのは黒板先生か。
もしくは、あの電話の存在か。
「何者だ。おまえは」
なんとか、そう口にする。
アリスとルカは固まったまま動かない。
あのジークですらここまでの絶望感はなかった。
ほんの少しの事で命が溢れる実感がある。
「おう、なんだ、おまえか」
俺を知っている口ぶりで話す。
「カムイはいないのか? 他も雑魚だな」
カムイも知っている。コイツはなんだ。
視線が合っただけで身体が震える。
「今回はどうだ? 神スキル使ったか? 使ってなかったら少しは遊べるんだがな」
神スキルのことも知っている。間違いない。コイツはカムイと同じで記憶を持ってループしている。
「ん? 答えたくないのか? まあ、それでもいい。絶望を与えたら発動するしな。どっちがお前の女だ?」
アリスとルカのほうに視線を向ける。
「すぐに答えろ。さもないと両方殺す」
嬉しそうに、楽しそうに、堪らなくいい笑顔で大男は笑う。
「無理だ。神スキルは使った。殺すなら俺を......」
どんっ、と大男が飛んだ。
軽々と俺の頭上を飛び越える。
「アリス、ルカっ、逃げっ」
アリスがルカの前に立ち、剣を巨大化させて盾のように構える。
だが、ルカはそのアリスを避けてさらに前に出る。
腕から蜘蛛の巣型の大きなネットを出していた。
「次は守ると誓ったんだ」
そのルカの想いが砕け散る。
大男が右手を軽く手を動かしただけで、ネットは紙屑のように破れ、粉砕した。
そのままの動きでルカを払う。
分断される。
ルカの上半身が宙に舞い、下半身だけがそこに残る。
「ルカっ」
絶望は止まらない。
ルカを両断した右腕はアリスの剣も両断し、そのままアリスに襲いかかる。
袈裟懸けに切り裂かれたアリスが血を撒き散らす。
半分になった剣を握ったままアリスの右手が飛んでいた。
右手だけではない。右乳房ごと根こそぎ持っていかれている。
それが天井に当たり、ぼとりと落ちる。
一撃。ただの一撃でルカのネット、ルカ、アリスの剣、アリスが砕け散る。
教室に血の匂いが充満した。
叫ぶ。何を叫んでいるか。自分でもわからない。
大男に向かって叫びながら突進する。
剣を抜くことも忘れていた。
ただの突進。
大男はつまらなそうにそれを受け止める。
「なんだ、発動しないのか。本当に使っていたのか」
絶望と絶望と絶望。
「なんだ、お前は、なんだ」
全てが終わった。
最後の質問だ。
「ああ、このゲームのラスボスだ。魔王だよ」
ボサボサの頭をかきながら答える。
「登場条件はアイネ、クライネ、ナハトム、ジークの四人の龍王を倒すこと。今回のミッションが終わってから登場予定だったんだがな」
手を払う。ルカとアリスの血が床に飛び散る。
「奴らの隙をついてやって来た。毎回、城で待ち構えるのも飽きたしな。たまにはこんなサプライズもいいだろう」
実に嬉しそうな魔王。
床に転がる上半身だけのルカ。
立ったまま動かないえぐられたアリス。
二人とも助からないだろう。
俺に出来ることはなんだろうか。
昨日、三人で愛し合ったことを思い出す。
記憶。二人の事を忘れない。
もう、出来ることはそれくらいしかない。
「なんだ? 抵抗しないのか? つまらんな」
いいから早くやれ。
「俺は変身をする度に遥かに力が増す。その変身をまだ二回も残している。この意味がわかるか?」
いや、すでに今のままで十分に絶望的だ。
もう、いいから終わらせてくれ。
「なんだ、その被害者面は。お前もやってきただろう。俺は同じことをしただけだ」
ため息をつく魔王。
「まあいいか。奴らもこれは予定外だろう。少しは溜飲が下がる」
俺の頭に手を伸ばす。
アリス、ルカ、そしてアイ。
忘れない。次は、必ずっ。
終わる寸前。
ロッカーが開く。
そこに立っていたのは携帯機械のマリアを連れたアキラだった。
教室の惨状にも顔色一つ変えない。
「マリア、分析」
『現状を解析します』
マリアの機械音だけが教室に響く。
『シズク、ルカ、アリス。三人の心停止を確認。未確認生物。確認。分析。次元相違。レベル。最大値。戦闘能力。測定不能』
絶望的な言葉を聞く。
アリスとルカはもう生きていない。
『結論。99パーセントの確率で、あの男は最終ボスです』
「そうか」
感情がないのか。
アキラは動揺を微塵も感じさせない。
「また、雑魚か。なあ、カムイは出てこないのか?」
友達に話しかけるように話しかけてくる魔王。
殺意が湧くが倒す術がない。
「マリア、ドッキング」
『はい、マスター』
マリアの機械の身体が開いて、その中にアキラが入る。
バタンと閉まり、二人が一つになる。
「ここが教室でよかった」
誰に話しかけたのか。
アキラが呟く。
「少しだけ勝つ確率が生まれる」
まさか、あれを倒せるのか。
ハッタリにしか聞こえない。
魔王を見る。
そのセリフに実に嬉しそうな顔を見せる。
どんっ、と床を蹴り、魔王がアキラに突進した。




