⑪ 決着
右手の存在だけを極限まで世界から消していた。
その手に握られた爆裂玉ごとだ。
以前、カムイのマスクを外した時の応用。
ミスディレクション。
一点集中でそこだけの存在を消すことでカムイの視覚を欺く。
爆裂玉。
10メートル四方に大爆発を起こすスキル玉が、カムイの顔面で爆発した。
カムイの首から上が吹き飛んでいる。
普通ならここで決着がつく。
だがカムイはやはり普通ではなかった。
狂気殺戮。
再びカムイの鎧が変形する。
赤と青のチューブが頭の無くなった首から溢れでる。
それがぐちゃぐちゃに混ざり合い頭の形になる。
ジーク戦で見せた腕の再生。
まさか、それが頭でも出来たとは。
「ヴルィゥヴヴヴヴヴヴッ」
赤と青の頭の形をしただけの何かが雄叫びをあげる。
「は、ははっ」
思わず笑ってしまう。
どうやって倒せばいいのか。
機械の髑髏マスクも再生され、全てが元どうりになるカムイ。
一歩ずつ、踏みしめるように倒れている俺の方に歩いてくる。
後はもうトドメを刺されるだけなのか。
残っている手は一つもない。
「ヴッッヴルィゥっ」
そのカムイが突然跪く。
機械鎧から青い煙が噴出し、狂気殺戮モードが解除される。
自ら解除した時と明らかに違う。
オーバーヒートしたのか?
地面に手をついたまま動かない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
カムイが老人だったことを思い出す。
無敵ではないのだ。
諦めなければ、まだ、勝機は残っているのか。
「う、あ、ああぁあ」
二本の剣を杖がわりにして、立ち上がる。
力が入らない。
身体の何処がおかしいかもわからない。
もう、何もできないかもしれない。
それでも足掻く。
最後まで足掻き続ける。
初めてカムイを見下ろす形になる。
今、カムイの首を落とせば今度こそ勝てるのだろうか?
「本当に、本当に憎たらしい程に主人公なんだな」
カムイが地面に手をついたまま話す。
「圧倒的実力差も跳ね返す。だが主人公が勝てるとは限らない」
カムイが立ち上がる。
手に銀の柄を握っている。
そこから青いビーム状の光が放出される。
以前見た時より、薄く、今にも消えそうだ。
「バッドエンドでも素晴らしい作品は多くある」
カムイの力は尽きかけている。
苦しそうな声。
だが、何故だろう。カムイはこの状況を楽しんでいる気がした。
「悪いな」
剣を抜く。
一本は捨てる。
二本を持てるほど余裕はなかった。
「俺はハッピーエンドが好きなんだ」
そして、俺もこの状況が嫌いでなかった。
カムイのように完璧なハッピーエンドは目指さない。
ただ、もう一度会いに行く。
「最後だな」
「ああ、最後だな」
対峙する。
映像が頭に流れる。
この世の終わりのような場所で何度もカムイと対峙している。
百戦以上の戦いの記憶が、まるで超速早送りのように流れていく。
身体を真っ二つにされる。
胴体を切り裂かれる。
バラバラに分解される。
首を飛ばさせる。
すべて敗北の記憶。
相手はすべてカムイだった。
これまでと同じでは負けるだろう。
今までと違うことをしなければならない。
ピシッと何かにヒビが入る音がする。
絶対領域が崩れるのか。
「ハジメっ!」
カムイが叫ぶと同時に機械鎧から白い煙が噴出する。
それがあっという間に辺りを覆い、一切の視界を遮断する。
最後の仕掛けか。
全てが白く包まれる。
背中に装備した盾を取り外す。
何故、そうしたのか。
無意識の中、アイがそっと俺を動かした気がした。
取り外した盾を左腕に持ち、頭の上に持っていく。
そこにカムイのサーベルが降ってくる。
まるで見えていなかった。
アイが守ってくれたのか。
弾けるような音がして、盾が砕け散る。
ぼんっ、と豪快に砕けた盾にはじかれ、カムイがバランスを崩す。
だが、カムイはすぐに態勢を整え、サーベルに力を込める。
命の炎のような青い光がサーベルを輝かせる。
アイ。きっとまた会いにいく。
砕け散った盾の破片がまるでスローモーションのようにゆっくりと降りかかる。
アイの書いた相合傘の落書きが目に入る。
最後の最後。
全ての力を右手に込めた。
カムイのサーベルが自分の首に迫っていた。
避ける力は残していない。
ただ全力でカムイに向かって剣を振り下ろす。
「頑張ったね、ハジメ」
アイの声が聞こえた気がした。
ガラガラと見えない何かが崩れていく。
白い煙に包まれてハジメとカムイの戦いは見えなくなった。
「ハジメっ」
見えない壁はもうそこにない。
決着はついたのか。
ハジメもカムイも満身創痍だった。
草原を掻き分けて、ハジメを探す。
見当たらない。
どちらかが、いやどちらも倒れているのか。
「ハジっっっ」
叫ぼうとして息を飲む。
白い煙の中に人影が見えた。
ゆっくりとこちらに歩いてくる。
息が詰まりそうになる。
鼓動が早くなる。
首を持っている。
ハジメの首か。カムイの首か。
煙に覆われ、シルエットがわからない。
だが、駆け寄ることも出来ない。
煙が少しずつ晴れていき、人影も近づいてくる。
親父が死んだ時を思い出していた。
あまりにも突然の死に頭がついていかなかった。
その時と似たような感覚。
呆然とそこに立ちすくむ。
全身機械の姿を確認する。
草原を一歩ずつ歩いている。
右手にはハジメの首が握られていた。
ゲームが終わる。
ボク達は敗北した。




