第一章 5 偽造魔弾
牢を出て、用意されていた馬車に乗り込むと、エリオットの騎士ロイドからイリーナが現在も治療中であり、まだ意識を取り戻していないことを聞かされた。
術式阻害を受けていたとはいえ、私の癒しの魔術は効果を発揮したのだろうか。そこらへんも出来れば確認してみたいものである。
「そうか」
短く返し、それ以上は何も言わずに窓の外へ視線を向けた。流れていく景色を、ただ静かに眺める。
馬車の中は静かだった。しばらく馬車に揺られ、やがて私の研究室へと到着した。
私の研究室は、外から見ると珍しい四角い建物だ。正面からは窓も見えない作りになっている。防音、機密保持、書類や実験道具などの日焼けを忌避した結果こんな作りになった。中へ入ると、研究室を手伝ってくれているアナが、オレンジ色の髪を揺らしながら出迎えてくれた。
「おかえりなさあい、せんせ」
愛らしい笑顔だ。見ると安心する。アナもまた整った顔をしているとは思うが、カイルとはまた違ったタイプの顔だ。癒し系と言えばいいのか・・・、アナを見ていると安心感を感じるのはどうしてだろう。以前にカイルに相談した時は「しらねー。餌付けされてんじゃね?」などと至極どうでもよさそうに言われたがあながち外れていないのかもしれない。確かに彼女が出してくれる食事はどれもおいしいからね・・・。そして今日もこの笑顔での出迎えだ。どうやら、私が逮捕されたくらいでは動じなくなったらしい。なんだったら、「すぐに帰って来られてよかったですね」と言いながら出迎えてくれた。慣れとは恐ろしいものだね。
年齢は私と同い年。アナはもともと王都の酒屋で働いている貧民よりの平民だったが、魔石不足からくる街灯の明かりが減って仕事帰りに暴漢に襲われているところを私とカイルが助けたことがきっかけで知り合った。恩返しがしたいんです!と言ってそれ以来研究室で私の手助けをしてくれている。魔力自体はほとんどなかったので実験などの研究に付き合うことは難しかったが、家事能力が高く今ではアナがいないとまともに立ち行かないことも多くなり私生活の方では大変頼りにしている。
研究室の中は屋敷の大広間ほどもある空間が広がっている。壁一面を埋め尽くす本棚に、中央には巨大なドーナツ型の実験台。その上には試作品の魔導具や加工途中の魔石、設計図が所狭しと積み上げられていた。一応光源も取っているが、本や実験道具にあたらないように採光の向きには工夫を凝らした。外での実験も多いから庭に実験場を用意し出入りもしやすいようにはしている。天井には魔石。これは私が許可していない人間が入れないように結界魔術を常時展開するようになっている。師匠から王宮魔術師となり研究室を持つことになったときに贈られた良質な魔石だ。
応接室や歓待用の部屋などという、研究には不要なものはない。端にはキッチンと執務机、それから仮眠用のハンモック。おまけ程度に、入り口の脇には来客用の長椅子も用意してある。
一部屋ですべてが揃っているからとても機能的だと思っている。……まあ、隠す場所がない分、全体的には雑多に見えるのだけれど。
隅にある螺旋階段を上れば、二階には住居スペースがある。とはいっても、シャワーと寝るためだけの部屋だ。歩ける場所は申し訳程度しかない。それでも、なんとか生活できる程度に片づいているのは、アナのおかげだった。
私の研究室は、王都の中でもかなり外れた場所だ。すぐ近くには魔導実験隊や騎士団の訓練場がある。これにもちゃんと理由がある。どうしても私の研究をするうえで魔弾の試し撃ちがしたいのだ。だから人が通るような場所では問題になるから王都のはずれが私の最適解なのだ。
入り口脇の来客用の長椅子をエリオットに勧める。エリオットは気にしていない様子ですぐに腰かけた。エリオットの騎士は研究室にまで入ったのはロイドだけ。研究室には機密扱いの研究もあるし、中が狭いこともあって大人数は遠慮してもらっている。そしてそのついてきたロイドはエリオットの座った長椅子の後ろに立つとややしかめた表情で長椅子を見ている。以前ここに来たときに言っていた。王子殿下にふさわしくないと・・・。座れるなら何でもいいのではないかなと思ったがその時周囲から随分いろいろ言われたので今日は何も言わない。私は学ぶ生き物だからね。
「お茶をお持ちしますね」
そう言って、まずは温かい濡れタオルを差し出してくれる。
「アナは本当に気が利いて助かるよ」
私は長椅子に腰を下ろした。アナは私とカイル、エリオットとロイドの分までタオルを用意し、机の脇に置いていく。いつでも使えるようにという気遣いも忘れない。
「褒めても、お茶しか出ませんよお!」
そう言いながら、アナはすぐにお茶を机へ置いた。ロイドが持っている魔弾の入った包みをちらりと見たものの、研究室では珍しくもないのか、すぐに私へ視線を戻す。
私はお茶を一口飲んだあと、タオルで顔を拭いた。うん、気持ちいい。ハーブでも焚き染めたのかさっぱりとしたいい匂いがする。ついでに服の中まで拭こうとしたところで、無言のままカイルに腕を掴まれた。
「…………ちぇっ」
思わず舌打ちする。
お茶からはミント系のすっきりとした香りが漂っていた。爽やかな香りに、気持ちまでさっぱりする。
「アナはセンスもいいね。それに、研究室が今日も綺麗だ」
「先生が褒め上手なので、頑張りがいがありまあ~~す!」
にこにこと笑いながら、アナは私の好物のお茶菓子まで置いてくれた。
エリオットとロイドが無言で目を合わせる。二人の表情からすると、「これでか・・・?」とでも言いたいのだろう。というか何度も言われている。
ふん。失礼な。研究室としては十分に整っている。
「私はキッチンにいますので、何かあったら呼んでくださいねえ」
そう言って、アナはキッチンへ戻っていった。
研究室の動線がなんとか確保されているのは、アナの毎日の努力のおかげと言ってもいい。
暴漢から助けられたアナははじめ、魔導実験隊に入隊を希望したが魔力が少なすぎて入れなかったのだ。カイルと私に恩返しがしたいと言っていたのでそれなら研究室を手伝ってくれないかとお願いしたのだ。
アナのおかげで、研究室には人が歩ける場所ができた。食事もきちんと取るようになった。今、私が人間らしい生活を送れているのは、アナのおかげと言っても過言ではない。
みなが一息ついたのを見計らってロイドが机の上にそっと魔弾を置いた。
その瞬間、私はお茶を飲むのをやめ、魔弾を手に取った。
「どうですか?」
エリオットが尋ねる。どうやら、私が服の中まで拭こうとしたことには気づいていないらしい。一方、後ろに控えるロイドは、まだ険しい顔をしていた。
「面白いね」
「面白い、ですか」
「うん」
指先で術式をなぞる。発想は悪くない。
「魔力の流し方も、ちゃんと考えた跡がある」
「ですが、粗悪品ですよ」
「粗悪品だね」
エリオットが言うことが正しい。この魔弾はとてもじゃないが実用レベルに達しているとは言えないだろう。
「正直、稚拙。アイディアも足りないし、オリジナリティも全然ない」
魔弾を眺めながら、気になった部分を口に出していく。
「この魔力回路は最悪だね……無駄が多い。イリーナは、この無駄のおかげで一命を取り留めたわけだから、感謝してもいいが……」
指先が術式の一部をなぞる。
「まったく。もう少し考える頭が付いていれば……。威力を上げることに特化しているのか。殺意が高いな」
そこで、ふと眉を寄せた。
「ううん。いや、別の意図がある?」
もう一度、魔弾を眺める。術式の無駄が多すぎて、肝心の意図が読み取りにくい。
「いや……分かりにくいな」
私は顔を上げ、にこりと笑った。
「だからね、ぜひ制作者と話したい」
三人が同時に動きを止めた。
「……はい?」
エリオットが聞き返す。
「もっと改良できる」
「そこですか?」
「うん」
「師匠……」
エリオットは頭を抱えた。
「盗作ですよ?」
「そうだね」
「犯罪です」
「そうだね」
「普通は怒るところです」
「うーん、でも・・・」
私は魔弾を見つめたまま答えた。
「ここまで再現できるなら、術式の勉強はしているんだ。才能もあるんじゃないかな。使い方を間違えているだけだ」
魔弾を指先で転がしながら、さらに考える。
「だったら、もっといいものにできそうじゃない? 私が導いてあげれば、もっといいものが作れるはずだと思わない?」
エリオットは深くため息をついた。
「師匠は本当に・・・盗作した相手を同じ土俵で見ないでくださいよね・・・」
エリオットに言われ、私は顔を上げた。偽造魔弾を見つめ、小さく笑う。
「この人もきっと、誰かに魔術を届けたかったんだと思う」
「……そうでしょうか」
エリオットが呟く。その隣で、ロイドの視線が鋭くなった。私たちの会話を聞いて、犯人を擁護しているように感じたのかもしれない。
「間違いないね。私が言うんだから」
「……まあ、シェリルが言うなら間違いねえな」
後ろからカイルも同意した。
「そうだろう?」
同意してくれるとは嬉しい。私は振り返った。
カイルはにやりと笑った。
「ああ。届けたいものが多すぎて、前科までついたシェリル先生が言うんだから間違いない」
「おお。私の素敵な幼馴染は、どうやらお疲れみたいだね。帰っていいよ」
「流れ星に乗って帰りてえなあ」
「…………」
これ以上、犯人を擁護するような発言はやめろ。
カイルの意図は、正確に伝わった。私はエリオットの後ろに控えるロイドへちらりと視線を送り、少しだけ言葉を選ぶ。
「でもまあ……もし違うなら、もったいないな」
私は困ったように笑った。
「これだけ勉強したなら、もっと他のことにも使えたはずなのに」
少し考えてから、さらに付け加える。
「しかし、一緒に研究したくても魔石が不足しているから、満足するほどできないかもしれないが……」
そして、ふと思い出したように首を傾げた。
「そもそも、これに使った魔石をどこで手に入れたのか聞くほうがいいかもしれないね。私にも多少融通してくれると、さらに嬉しい」
「未遂だとはいえ、人殺しをしようとした相手が、そんなに好意的だと思うか?」
カイルが呆れたように突っ込む。
私は答えなかった。いつものことだ。
私は、誰かに自分の魔術を届けたいと思っている。魔術が誰かの役に立つなら、作り手がどんな人間であっても、まずはその技術を知りたい。
「そんな犯罪者に魔石を融通してもらうよりも、魔石がないなら普通に買うのはダメなんですか?」
私たちの話を聞いていたエリオットが、年相応にきょとんとした。
意外にも、その問いに答えたのはロイドだった。
「買えません」
「なぜ?」
「ないんだよ」
向かいに座った私は、弟子に柔らかな声をかけた。
「……売ってくれる人がいない、ということですか?」
子ども扱いされていると思ったのか、エリオットは難しい問題に答えるような顔になった。
「エリオット王子殿下」
私はあえて丁寧に言った。きちんと現状を伝えることも大事だと思ったからだ。
「なんですか師匠」
「魔石不足の話を聞いたことはありますか?」
「…………あるけど……」
「殿下が今おっしゃったのは、『パンがないなら菓子を食べればいい』という話と同じですよ」
私ははっきりと言った。
「そんなにひどいかな?」
エリオットがロイドを振り返る。
「どちらかというと……かなり」
しょんぼりとするエリオット。世間を知ったつもりでも、まだまだ知らないことがあるのだろう。
王族が考える魔石不足と、市井で暮らす人々が直面している魔石不足。その深刻さには、大きな隔たりがある。
「これから学んでいけばいいことですよ、エリオット王子。まあ、犯人に魔石を融通してもらうのは難しいとしても……」
私は柔らかく声をかけた。エリオットは、膝の上に置いた手をぎゅっと握る。
「……ところで、エリオット王子」
「はい?」
「授業をしよう」
「え?」
「魔弾の作り方は?」
「え、えっと……銃弾の部分を魔石で作ります。展開した魔術を、魔石に回路として刻みます」
「うん。ちゃんと分かっているね」
私の論文にも書かれている内容だ。エリオットも、当然知っている。
「さあ、問題だよ。エリオット王子は今しがた、世間が魔石不足に悩まされていることを知ったね」
「はい」
「なのに、この魔弾は質のいい魔石を使っている」
私は魔弾を持ち上げた。
「不思議だね」
エリオットの表情が変わった。
「……確かに」
「師匠から弟子への課題だよ」
私は楽しそうに笑った。
「国家権力を存分に使ってもらっていいよ。魔石の出所を調べてみようか」




