第一章 1 食堂にて
「明日の予定は?」
休日前の夕暮れ。食堂で向かい合っていたカイルが、何気なく尋ねた。
カイル・ヴァイス。ヴァイス男爵家の次男であり、魔導実験隊の隊長を務める青年だ。後ろへ流した白金色の髪と新緑の瞳を持つ端正な容姿は、王都でも評判だった。
対する私、シェリル・アイゼンは灰をかぶったような色の髪に灰色の瞳を持つ、平民出身の王宮魔術師。学院時代の陰口の一つにデコ助というものがあったが、理由は簡単。カチューシャでデコを出しているから。顔に髪がかからないってとてもいいものなんだけどね。
「明日はイリーナの家へ行くんだ」
「イリーナ?」
カイルが怪訝な顔をするので私は不思議に思って瞬きをした。
「イリーナ・セルビーだよ。同じ王宮魔術師で、魔術薬のエキスパートなんだが・・・、君も知っているだろう? 私が一代男爵に叙されたとき、祝いの席に来ていたし話したこともあるだろう」
「ああ、いや、知っているけど」
カイルにとってイリーナは知っているどころか、どちらかというと仲が悪い程度には知っている相手のはずだ。仕事で顔を合わせることだってあるだろう。
「ふむ?」
ということは。カイルはイリーナが私に何の用があるのか知りたいということかな。心配性なところがある幼馴染だ。いくら騎士団だ、魔導実験隊だ、戦いだと荒事になれている男でもそういうかわいらしい所がまだのこっているんだね。私は君のそういうところがチャーミングでいいと思うよ。でも大丈夫、イリーナと私の間に心配するようなことは何もないよ。心配性なのも大変だね。
手元の肉料理を切り分けて口に入れる。そろそろおなかがいっぱいになって来たな・・・。私のお皿にはまだ半分以上残っているが、カイルの一口は大きくて、注文してあった肉料理はすっかり食べ終わっている。
カイルは私に不審そうな目を向けてくるばかりだったので、とりあえずにこっと笑いかけてカイルの口に新しく切り分けた肉を近づけてみるとぱかりと開けて食べてくれた。おお、ほとんどかまないで飲み込んでいるのでは?体によくないと思うが・・・なんとなく楽しくなって今度は先ほどよりも大きめに切り分けてもう一度彼の口元に運んでみる。・・・一口が大きいな。
「そんで?イリーナの話の続きは?」
口の中が空っぽになるとカイルは話の先を促してくる。せっかちさんめ。
「うん。そのイリーナから聞いたんだけどね。新しい魔術薬を開発したらしいんだ。相手の感情や欲求を魔術で操作するという発想がすごく面白そうだったから、先日、一緒に飲んでいたときに最新の魔術薬のレシピを教えてくれとお願いしたら、勝負を挑まれてね」
「……勝負?」
「うん。まず二杯のお酒を用意して、どちらか一方にイリーナ特製の薬を入れたんだ。最新の魔術薬ではなかったのは残念だったが、当たりを引いたら最新薬のレシピを見せてくれると言われてね。なんと私の研究に使ってもいいという許可までくれた。最高の勝負だとは思わない?」
もちろん、どちらに入れたか私は見なかったよ。ずるはよくない。
あの時の効用を思い出しながら私が得意げに説明すると、カイルは頭が痛そうに額を押さえた。どうしたんだろう?酔いが回った?
そういえば、シェリルがイリーナと飲んだという日は、別の任務があってカイルが同席できなかった日だった。私がお酒を飲んだ時の酒癖でも心配しているのか?
「……お前、それを飲んだのか?」
「もちろん。だって私たちはバーにいたんだから」
私はあの時の事を思い出して頷いた。胸が高鳴る楽しい夜だった。それにバーで出された酒を飲まないのは無粋だろう?
カイルは何か言いたげに口を開いて、また閉じた。言いたいことは言葉にしないとわからないよ?
「…………で?」
たっぷり悩んだ様子でカイルは話の先を促すことにしたらしい。まあ人の好奇心は抑えられないよね。よくわかるよ。
「うん、それでね。気が付いたら、彼女のベッドの上だった」
「…………」
カイルは無言で私を見つめてくる。長いまつ毛に彩られた瞳が音のしそうなほどに大きく瞬きをしている。続きを話せ、ということかな。こういう瞳に見つめられたら世の女の子たちはみんな喜びそうだなとなんとなく思った。
まあお望みなら続きを話してあげよう。
「手錠を掛けられて、半裸にされたところで目が覚めた。意外と効果時間が短かったからね。だから大丈夫だったよ」
「……それは大丈夫って言わねえからな!?」
カイルが思わずと言った様子で机を叩いた。食堂中の視線が集まった気もするがまあカイルが視線を集めるのはよくあることだ。なんたってとっても素敵な幼馴染だからね!
「幸い未遂だった。せいぜいルージュが少し服に付いたくらいだよ。安心して」
「安心できるところが今のどこにあんだよ……!?」
「彼女は女性だから問題ないだろう?」
「問題しかねえな?」
「でも、レシピは本物だった。無味無臭で、お酒の味しかしなかった」
私はあの日賭けに勝ったのだ。だから明日、新作のレシピを見せてもらいに行く。
カイルは深く息を吐いた。
「……何時だ」
「ん?」
「何時に行くんだ」
「君も彼女の研究に興味があるのかい?」
「違う。挨拶に行こうと思ってな。お前が何されたか分かってねえから」
カイルが随分と低い声で話すものだからびっくりした。というか私のことを馬鹿にしすぎでは?何が起ころうとしたのかがわからないほどうぶで可愛いとでも思っているのだろうか。
「もちろん分かっているよ?」
「分かってねえ」
「しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うだろう?」
「自覚がねえみてえだがな、その虎穴、食われてんぞ……!!」
「大丈夫だよ、カイル。研究には多少の危険と犠牲がついてくることはよくあることなんだ」
「多少じゃねえ!」
「まあ、彼女のやり方は少々問題があったかもしれないが――」
「少々じゃねえからな? 危機感のなさをどうにかしな」
「でも、彼女の研究は本当に素晴らしいんだ。明日、新しい薬のレシピを見せてくれるんだが、何だと思う?」
「……さあな。生憎、魔術薬に詳しくないんでな」
「媚薬だよ」
「……なんだって?」
カイルの眉がぴくりと動く。やっとカイルから怒りや心配と言ったもの以外の感情が見えて私は嬉しくなる。さっきから怒ってばかりのこの幼馴染と話したいものは愚痴でも文句でもなく新しい薬への興味や関心、そういったものなのだ。
「巷で流行しているような、セックスの気分を盛り上げるために使うラブポーションじゃない。性的な欲求を相手に持たせて、意のままに操る新しい発想の魔術薬なんだ。すごいだろう?」
「理想どおりって、お前……」
「十代の君に言い寄った女の子が飲ませてきた、まがい物とは違うんだ。面白いだろう?」
「面白くねえよ」
カイルは心底面白くなさそうに鼻を鳴らした。あの時の事を思い出したのだろうか。まがい物でもまあうっすら汗をかくくらいのものではあったからね。面白かった思い出の一つだ。まあ彼にとっては面白くないかもしれないけど。
十歳からの幼馴染とは楽しい思い出も多い。けれど、十年も幼馴染をしていると、思い出したくない思い出まで知ってしまう。実に楽しいけれど難しい話だ。まあとにかく
「そんな薬を開発できる彼女は、本当に優秀な研究者なんだ。だから、絶対に行きたい」
カイルは深く息を吐き、止めても無駄だとでも言うように天井を仰いだ。
「お前、本当に研究のことしか見えてねえな……」
「そうだよ。私のことがわかってくれて嬉しいよ。まったく、私の幼馴染は本当に心配性だな」
私はやれやれと大げさに肩をすくめてみせた。
「大丈夫だよ。安心して、ママ」
「ママじゃねえ」
そもそも私は孤児なのでほんの冗談だ。カイルもわかっているのだろう。呆れたように笑っている。
ようやくいつもの雰囲気に戻れた気がして私は嬉しくなった。
机に置かれたカイルの手をそっと撫で顔を見ると、じっと見つめてくる瞳とかち合った。
お、これは・・・?予感を感じて瞳を合わせたまま待つ。
「幼馴染だから心配してるんだろ」
「そうだね、君はいつだって私の完璧な幼馴染だよ」
「じゃあさ・・・幼馴染じゃなくて、恋人だったら心配させてくれるの?」
まーたはじまった。
カイルはこの言葉遊びが大のお気に入りで、事あるごとにこうしてしかけてくる。
「恋人だったら心配する権利も、一緒に行く権利もくれる?」
ま、眩しい・・・!わずかに首をかしげて見つめてくるカイルは自分の魅力の使い方を心得ているのか、エフェクト効果でもある魔道具でももっているのかやたらと美貌を輝かせいる。こんな食堂でやることじゃないよ・・・!!君が壁側に座っている私に向かって顔を向けていなかったら何人かはたおれていたんじゃないかな・・・。
「き、君の顔は心臓に悪いんだ!もう少し加減してもらいたい・・・」
「無茶いうなよ」
子供の時から見慣れているはずの私でもこうなるんだから、他人がこの美貌を正面から受けたら死人が出るのでは?
発光するようにすら見える美貌を前にしてばくばく動く心臓を抑える。
「そんで?答えは?」
「うう・・・きみ、この茶番劇大好きだね」
子供のころ始めたこの茶番劇。初めはびっくりしたが冗談だとわかると楽しめるようになった。
「うん、大好きだからね」
今後もこの茶番を続ける気らしい。
「好きな女の心配をする権利を俺にくれない?」
光に目を慣らすために眉間をもみもみしてから私もこの茶番に乗ることにする。
なんだかんだ私もおふざけは嫌いじゃないんでね。
「ごめんねカイル・・・私、このままの関係が好きなの・・・。それでも一緒にいてくれる?」
「・・・当たり前だろ」
にっとカイルが笑っておしまい。
カイルが告白して、私が振る。ここまでがワンセットの茶番劇。
もうこのやり取りはちょっとしたおふざけみたいなものだった。少しだけくすぐったい気持ちにもなるが場は和む。
そのとき、二人の席の横を店員の女性が通り過ぎた。短いスカートをはき、自分の魅力を最大限に理解しているような色気のある女性だ。彼女はカイルに軽くウインクをして笑いかけた。
うーん、さすが私の幼馴染だな、顔がいいのも大変だが知りたいことが出てきた。
「君、ああいう人はどうなんだい?」
「……はあ?」
「今の彼女だよ。実にかわいらしく、自分の持てる武器を有効活用している。ああいう女性は好感が持てる」
「・・・・・・・」
カイルは何とも言えない顔をして何か言いかけたものの、結局、口を閉じたので別の話題を振ってみた。
「そういえば君、王国騎士団の方はどうなんだい?」
魔導実験隊は、もともと騎士団に所属していたメンバーから選出している。カイルにも騎士団の知り合いは多いはずだ。
「どうって?」
「この間、告白されたって聞いたけど」
「ぶっ!」
カイルが思わず酒を吹きそうになった。
「……誰に聞いた」
「ふふふん。私も多少、騎士団とは繋がりがあるからね。先日、挨拶したときにカイルの幼馴染だと言ったら、袖の下代わりに聞かせてくれたよ」
「つまり俺は手土産にされたってわけか」
カイルの視線が鋭くなった。
どうやら、次の合同訓練は厳しい内容になりそうだ。魔導実験隊の隊長としての権力が、存分に発揮されることだろう。
「でも、気持ちは分かるよ」
「……はあ?」
シェリルはグラスを揺らしながら、カイルの顔をじっと眺めた。
「君は子どもの頃から顔が整っていたけど、今は整っているというより、人を惹きつけるような魅力を身につけたね。舞台役者みたいな華やかさじゃなくて、もっと危うい……悪の華、という表現が近いかもしれないね。惑わされる人がいるのも納得だ。君の顔を見ながら飲む酒はうまい」
うんうんと一人で納得し、にこにこしながら酒を一口飲む。
カイルは呆れたように笑った。
「……人の顔を酒の肴にするな」
「いい肴だからね」
「シェリル、そろそろ飲みすぎだ」
カイルがグラスへ手を伸ばした。
「ほら、寄こせ」
「おっと。これで最後にするから見逃してくれ」
「本当だろうな」
じっと睨まれる。その視線を受けながら、私は楽しくなって笑った。
カイルはため息をつく。
「まあ、そんな顔でも、本命に通じなきゃ意味ねえけどな」
「ふふ……早速百一回目かい?」
「そうだ」
カイルは即答した。
「明日は一緒に行くからな」
「おっと。話が戻ったね。……仕方ないな。一緒に来るかい?」
カイルはようやく笑った。
「最初から、そのつもりだ」
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※あたりのお酒は、イリーナの薬入りの方です。
注意
この作品はフィクションです。
・お酒は二十歳になってから。
・お酒に薬を混ぜるのはダメ、絶対。
・手錠を掛けて人体実験するのもダメ、絶対。
全人類、真似しないでください。




