第一章 8 わたしの番
「私の番が来るね」
私の発表を待つ、わずかな合間。舞台袖に控えている私の耳にも届くほどの声で、周囲からさまざまな言葉が聞こえてきた。
「今年もアイゼン先生が発表されるそうですよ」
「彼女の発表はいつも画期的だ。驚かされるばかりだよ」
「私も楽しみにしていたんだ。また新しい発明か?」
期待や憧れの声がある一方で、嫉妬と悪意の混じった声も聞こえてくる。
「また、あの平民出のやつか」
「魔弾の続報らしいぞ」
「所詮、権力のごり押しだ。内容だって、自分で開発しているか怪しいじゃないか」
「体で取り入ったに決まっている。彼女の噂は耳にしたことがあるでしょう」
舞台袖で護衛にあたっているカイルは、黙って耳を傾けていた。
彼の視線が、声のした方向へと向けられる。声の調子、言葉の選び方、体の傾きや動き、そして視線。向けられる敵意や嫉妬に、実害を及ぼす危険が混じっていないか。それを確かめているようだった。
幸い、今のところ問題はなさそうだ。
ただの嫉妬。ただの悪口。
研究者の世界では、珍しくもないことだ。事実も混じっている。
もう少し幼かったカイルは全てのものから守ってやりたいと怒っていたかもしれないが、今のカイルは違う。騎士団に入り、魔導実験隊として活躍し、魔弾を持って戦争にまで行ったカイルは本当に恐ろしいものは何か、危険がなんなのかを知っている。危険を感知するまでじっと待つことが出来るように成長していた。
当の本人である私はというと、舞台袖にてどうにも眠くなっていた。
周囲の声など、どうでもよかった。誰が自分をどう評価しているか。誰が自分を嫌っているか。そんなことよりも、私の頭の中を占めているのは、いつだって魔術そのものだ。
どうすれば魔術をより良くできるのか。どうすれば、今までできなかったことができるようになるのか。
それさえ考えていられれば、私は満足だった。
「アイゼン先生、お願いいたします」
発表を終えた幻想学の研究者が反対側の舞台袖へ退場したのを確認した係員が、私に声をかけた。
私は顔を上げる。
「うん」
そして、壇上へと向かった。
持ってきたケースを台の上に置き、いつも通り白衣を身にまとってから、軽く一礼する。最前列にはエリオットが座っている。
発表が聞きたくて一番いい席を取ったな?正しく権力を使っているね。
「シェリル・アイゼンです。では、魔弾について発表します」
拍手が起こった。
『簡潔すぎねえ? もう少し何かあるだろ』
以前に私の発表を見たカイルに言われた言葉を思い出す。
これ以上に必要な言葉があるのかい?と聞いたら呆れ顔だった事を思い出す。
まあそれはともかく、私は発表を始める。
「私が研究している魔弾は、魔力の回路を刻んだ魔石を弾として使用しています。発射する際に魔力を込めて撃ち出し、着弾した瞬間に術式を発動させます」
会場を見渡しながら、説明を続けた。
「敵陣の狙った場所へ撃ち込むことで、詠唱時間を必要とせず、魔力の少ない魔術師でも自身の魔力をほとんど消費することなく、素早く術式を展開できます。その利点を生かし、先のオーレリア自治区との戦いでは、射程圏外の後方から射撃することで、味方に損害を出すことなく、隠密に活動しながら有利に戦いを進めることができました。参戦した魔導実験隊が最小限の人数で制圧できたことにも、この魔弾が貢献したのは間違いないでしょう」
会場が静まり返っている。いつも余計な事ばかり言ってくるどの人間も聞き入っている。
私が言っていることはどれも事実だ。魔術師がステッキを振って戦うよりもはるか後方から、必要な場所へ的確に魔術を展開できる。その力に助けられた兵士も多い。
「現在、使用できる魔弾は火、水、風の魔術を利用したもので、主に攻撃用の術式として認識されています。皆様の中には、新しい攻撃魔術の魔弾を期待していた方も多いと思いますが……今回は、別のものをご用意しています」
私はケースのふたを開け、一本の魔弾を掲げた。
「今回の新作、回復魔弾です。最前線で戦う負傷者に、後方から瞬時に治療術式を届けます」
会場からざわめきが起こる。ふふふん、そうだろう驚くがいい。攻撃ばかりしか脳がない騎士団周辺にはない発想なのは間違いない。
「この回復魔弾が活躍するのは、戦場だけではありません。災害や事故など、姿が見えていても人の手が届かない場所で困難に直面している人にも、支援を届けることができます」
続いて、別の魔弾を手に取った。
「こちらは身体強化魔弾。魔術師でなくても、一時的に身体能力を補助できます。避難や救助、重い荷物の運搬など、用途は数え切れません」
いつの間にか会場は静まり返り、誰もが私の言葉に耳を傾けていた。
「私は、誰にでも援助を届けられる魔弾の開発を行っています」
そう言って、私は回復魔弾を手にした。
「こちらは、先日イリーナ王宮魔術師が開発した新薬を活用しています。体に直接魔弾を撃ち込むことで、傷を治療することができます。痛みもかなり抑えられ、実験も成功しています。ぜひ今回は、その様子をご覧いただきたいと思います」
私は言葉を止めて、持ってきたケースから銃身を取り出して弾を込めた。
「早速、実演していきましょうか」
そう言って、私はケースから今度はナイフを取り出し自分の腕にナイフをあててそのまま引いた。
「えっ」
会場のどこかから声が漏れた。
ぼたぼたっと、血が流れ落ちる。
「何を!?」
会場が騒然となる。しかし、私は気にせず、回復魔弾を込めた銃身を自分の腕へ向けた。
――キィィン。
魔石が共鳴するような甲高い音が鳴る。一瞬遅れて、
パンッ。
魔弾が放たれた。
着弾した瞬間を目で捉えることはできなかったが、先ほどまであれほど血が流れていた腕は、血痕こそ残っているものの、傷口がすっかり塞がっていた。
会場から驚きの声が漏れ出るのが聞こえる。そうだろう。これは今までにない。
「私が目指しているのは――」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「誰でも、誰かを助けられる世界です。今後は銃身の開発にも力を入れていきたいと考えています。魔術師しか人を助けられないのは、不便でしょう?」
会場の空気が変わった。
先ほどまでさざめいていた声が消え、研究者たちは一斉にメモを取り始めた。
前列では、王子エリオットが私を見つめ、誇らしそうに微笑んでいる。
一方、舞台袖のカイルはというと、厳しい顔でこちらを見ていた。
戻ったら説教だな、とでも言いたげな表情だった。
……自分自身に傷をつけてまで行う実演なのだから、仕方がないのかもしれない。
けれど、私にとっては必要なことだった。
私は私の扱う魔術を、より良いものにしたい。私が思うのはただそれだけだ。
カイルと出会ったばかりの頃は、研究の成果を出すよりも、魔石を壊すほうが多かったわけだけれど……。




