第一章 7 王立研究発表会はじまる
年に一度開かれる、ノワル王国最大の研究発表会。
王宮魔術師、学院教授、地方研究所の研究者、魔道具職人。さらには友好国から招かれた研究者まで、魔術に携わる者なら、一度はこの舞台に立つことを夢見る。
王宮の大講堂は、研究者たちの熱気に包まれていた。
今、壇上に立っているのは、幻想学を専攻する研究者だった。年齢は私とそう変わらない。まだ若く、少し神経質そうな印象を受ける。
その顔には、この国の若い研究者たちの多くに共通するものがあった。焦りと、失われたものを取り戻そうとする執念。
百年前。ノワル王国が最も栄えていた時代には、今よりはるかに多くの魔石が存在していた。
魔術を正しく行使するには、魔石が必要だ。魔石は魔力を術式へと変換するための核であり、魔術を支える重要な資源だった。街灯にも、魔道具にも、軍事用の術式にも魔石が使われていた。
だが、時代が進むにつれて魔石は減っていった。近年では、王都の街灯に使う魔石すら十分に確保できない。魔石不足への不満は、少しずつ国内に蓄積していった。
そして、その不満の矛先は、豊かな商業によって魔石に頼らず発展していた隣国、オーレリア王国へと向けられていった。
やがて、百年前の栄光を取り戻すという大義のもと、親世代が戦争を始めた。オーレリア王国を打ち破り、その豊かな商業圏を手に入れる。それが、この戦争の目的だった。
しかし、その戦争はことごとく敗北に終わった。
多くの研究者や兵士が戦場へ送り出され、そして帰ってこなかった。戦争を続けることへの国内の不満も、日に日に高まっていった。ノワル王国にとって、決して有利とは言えない状況だった。
それでも、先の戦いで戦況は大きく覆った。
ノワル王国が誇るセレス魔導学院を卒業したばかりの若者たちが、新たな魔術技術や魔道具、そして――私が開発した魔弾を引っ提げて参戦したのだ。
その途端、それまで押され続けていた戦場の流れが変わった。敗戦すら予想されていた戦いを、ノワル王国は勝利で終えたのだ。
そして、戦争の終結に伴い、両国の間では新たな取り決めが結ばれた。
オーレリア王国の王女は、ノワル王国の王子と婚姻を結ぶ。両国の王族を結びつけることで、長く続いた対立を終わらせるためだ。
さらに、オーレリア王国はノワル王国の領土として併合されるのではなく、一定の自治権を認められた自治区として迎え入れられることとなった。
戦争によって生まれた憎しみを、王族同士の婚姻と新たな政治体制によって抑え込む。それが、両国の選んだ結末だった。
そして、その勝利をきっかけに、魔術研究の価値は国内で改めて注目されることとなった。
戦争で役に立つ技術を生み出せる者こそ、国の未来を変えられる。
だからこそ、今日、この大講堂にはこれほど多くの研究者が集まっている。
失われた百年前の栄光を取り戻すために。
新たな時代を切り開くために。
壇上では、幻想学の研究者が発表を続けていた。
幻想学は、百年前も、そして今も戦争において有用な魔術だ。大規模な幻想魔術を展開すれば、敵の視界を惑わせることができる。敵から味方の姿を隠し、部隊を安全に移動させることも可能だ。使い方次第では、戦況そのものを大きく変えることさえできる。
だからこそ、百年前から現在に至るまで、幻想学は軍事利用を前提として研究され続けている。
壇上では、いくつかの質問が飛んでいた。
「非常に興味深い研究ですが、実戦を想定した場合、展開までにどれほどの時間が必要になりますか?」
「規模を大きくした場合、術式の維持時間はどの程度まで伸ばせるのでしょう?」
どちらも、もっともな質問だった。
幻想学の弱点は、昔から変わらない。規模を大きくすればするほど必要な魔力量が増え、維持できる時間も限られる。
壇上の研究者は、少し考えてから答えた。
「複数の術者で魔力を分担すれば、実戦でも十分に対応可能です」
「なるほど」
客席から、納得したような声が上がった。
舞台袖からその様子を眺めていた私も、妥当な答えだと思う。現状では、それが最も現実的な方法だ。
ただ、つまらない回答だな、とも思った。
私なら、別の方法を考える。
魔力を増やすのではなく、節約してみてはどうだろう。古くからある学問なのだから、術式そのものを変えてみるのもいい。いや、そもそも、その場で魔術を展開すること自体が非効率なのではないだろうか。術者が魔力を供給し続けなくてもいい仕組みを作ったら、面白いかもしれない。
そんなことを考えているうちに、私はすっかり思考の海に沈んでいた。
背後から、つん、と肩をつつかれる。
振り返ると、護衛として控えていたカイルが、呆れたような顔をしていた。余計なことを考えるな、と言いたいらしい。
……まあ、言いたいことはわかる。私の出番は、もう目前だ。
わかっている、と小さく頷いてみせたものの、カイルはまだ不審そうな目を向けてくる。失礼な。
思考の海に沈むのは楽しい。けれど、目下、盗難事件の後始末もあって、ろくに眠れていなかった。書類とずいぶん格闘する羽目になったのだ。
舞台を照らす明かりが、寝不足の目には眩しかった。
「……ふあ」
小さく欠伸をする。
いよいよ、次は自分の番だ。
私は手櫛で髪を簡単に整え、いつものカチューシャにそっと触れた。
「さて……」
舞台の上では、先ほどの研究者が発表を終えようとしていた。やがて拍手が起こる。
私は一度だけ深呼吸した。
「私の番が来るね」




