第一章 6 アナへのプレゼント後
カイルによる入念な説教の後、最後に「自分の安全を第一にすること」と復唱させられた私は、応接セットの長椅子へ倒れ込んだ。
なんて残酷な仕打ちをするんだとカイルに怒られない程度にうっすらと文句を言うと、必要なお仕置きだなと一蹴され反論は許されなかった。厳しいな。。。。
「ここからは俺らの仕事だ。シェリルは大人しくしてな」
「ああ、わかったよ」
長椅子に倒れたまま、ひらりと手を振って素直に了承する。カイルは非常に疑わしそうな顔で私を見ていたが、そのまま魔導実験隊の部下へ指示を出すために出ていった。
私はその背中を眺めながら、微笑んだ。
「頼もしいね。アナ、お茶をくれるかい?」
早くにたたき起こされたせいで、まだ頭がぼんやりしている。いつもの定位置――キッチンにいるアナへ声をかけた、そのときだった。
「先生は動かないでくださいね」
横からアリスが口を挟んだ。
「現場の痕跡の調査です。終わったら声をかけますから、長椅子にいてください。そんなに時間はかかりませんから」
遺留品がないかとかの調査をするのにアナが動き回ったら調査ができません、とアリスが付け加える。手元には騎士団が使っているという調査用の魔道具があった。アナも定位置のキッチンから、困った顔でこちらを見ていた。
「そういうもの?」
「そういうものです」
アリスにきっぱりと言い切られ、私はふむ、と考え込んだ。
「じゃあ、終わるまで寝ているよ」
「寝るんですか?」
「昨日、遅かったからね」
私は目を閉じた。このままならすっと寝られそうだな・・・。
「終わったら起こしてくれ」
「……はい」
アリスは呆れたような顔をしながらも、犯人の魔力の痕跡を確認する作業へ戻っていった。
ーー
「先生。終わりましたよ」
「ん……」
アリスの声がする。
一瞬何処にいるかわからなかったが、すぐに現場調査をするから椅子から降りないでくれと言われたことを思い出して私は長椅子に仰向けになったまま、目だけをアリスへ向けた。
窓から外を見るとそれほど時間は立っていない様子だった。
「大丈夫ですか?」
「何が?」
「その……研究したものを盗まれたんですよね?」
「ああ・・・まあ、貴重な魔石を持っていかれたのは困るし、腹立たしくもあるけどね」
「……」
「魔弾なら、また作ればいい。工程数もそう多くないからね」
昨日作ってみた新しい魔弾について思い出しながら話す。
「再現はいくらでもできるよ。何度でも作れる」
アリスは少しだけ目を見開いた。研究者にとって、自分が生み出した研究成果は、もっと特別なものだと思っていたのかもしれない。けれど、私にとっては少し違う。
「……先生らしいですね」
「そうかい?」
「はい」
そのとき、いつの間に用意したのか、アナが応接セットのテーブルに朝食を並べていた。
「応援してまあす、せんせ。朝ごはんできましたよお。このあいだ買った新しいフルーツもあるので食べてみてくださいねえ」
「……!」
私はむくりと起き上がった。そういえばおなかがすいている。アナはいつもいいタイミングでほしいものを持ってきてくれる。
「朝食!」
「はい。ちゃんと食べてくださいねえ」
「もちろんだとも」
私はいい気持ちで朝食へ向かった。
食事を終えると、一緒に出してくれた赤い豆も口に放り込んでかじる。
市場で勧められて珍しいといってアナが面白がって買ってきたものだった。甘酸っぱいが、食べるところが少ない。中の種が大きいのかな?
「このおまめはあんまりかも・・・食べるところが少ない・・・」
「あら・・・、残念です。飲み物とかにもなるみたいなんで、残りは今度試してみますねえ」
「うん」
朝食の後はさっそく昨日、四つに割った結界用魔石の未使用分を持ってきた。
「さて……作り直そうか」
盗まれた魔弾を補うため、発表会に使用する分の魔弾を再び作り始める。作業を進めながら、私は呟いた。
「まあ、盗まれたのは魔石不足の今としては非常に困るけど……」
魔石を術式に組み込み、調整する。
「魔弾そのものは、何度でも作れるからね」
ーー
その後、カイルたち魔導実験隊が侵入者の調査を終えて戻ってきたものの、犯人の特定には至らなかった。
「魔力痕跡もぜんぜんねえ」
午後になり、魔弾の再現も資料の確認も終えた私は、新しく作りたかったものまで完成させていた。充実した半日だったな……と、お茶を楽しんでいたところに、カイルを含めて外で調査をしていた魔導実験隊の3人がどかどかと応接セットへ腰を下ろした。
いつ見ても筋肉が大きいなと思いながら報告を聞いていると、興味を引かれる話が出てきた。
「……魔力痕跡がない?」
「ああ。綺麗さっぱりだ」
「そう」
私は少し考え込んだ。だって面白いじゃないか。
「まあ、結界もなかったしね……。魔術を使わなかったのかな。それでも痕跡の一つくらい残ってもいいと思うんだけど」
盗まれたものから考えて、研究者が盗んだのだと思っていた。けれど、魔力の痕跡がないのなら、魔術を使わない一般人が侵入した可能性もある。
魔石の転売?その可能性について考え始めたものの、私は途中で思考を切り上げた。
「まあ、いいか」
「いいのかよ」
「すでに魔弾は作り直せたからね」
そもそも、すぐに犯人がわかるとも思っていなかった。だから、特にがっかりもしない。
王宮魔術師のもとへ侵入して研究成果を盗んだり、研究室を荒らしたりすることは、正直なところ珍しくもない。通報を受けた警備隊も「またか」と慣れたものだったそうだ。今まで結界に守られ、侵入者が現れなかった私の研究室のほうが、むしろ珍しいのだという。
そんなわけで、魔弾の再現をさっさと終えた私は、研究室でとある小さな瓶を手にしていた。魔弾を作る片手間に先ほど作ったのだ。
「アナ、これをあげる」
「なんですか?」
「ふふふ。これはアナみたいなか弱い女の子にぴったりのアイテムなんだ」
「?」
私が差し出したのは、可愛らしい装飾が施された小瓶だった。香水瓶のようなスプレーが付いていて、首から下げられる大きさにしてある。
「なんですかあ、これ?」
「プレゼントだよ。魔弾を使っていないから、魔力も使わないでいい。誰にでも使える気軽なものだよ。おいで、使い方を教えてあげる」
私は応接セットにいる大柄な男へ視線を向けた。
「そこにいる君。そう、ブラム。少し実験に付き合ってくれ」
ブラム・ヴェルナー。地方貴族出身の騎士で、五人兄弟全員が男という家で育った、生粋の騒がし屋だ。カイルに憧れて魔導実験隊へ移ってきて以来、隊のムードメーカーとして皆を盛り上げていると記憶している。
「はい!」
ブラムは元気よく前へ出た。体は大きいが素直でよく言うことを聞く、気のいい男と言ってもいいだろう。
「何をすればいいですか?」
「ブラムは立っているだけでいいよ」
「はい?」
大きな筋肉の上についた顔を傾げたブラムを置いて、私はアナへ向き直った。
「アナ。ブラムに向けて、それをしゅっとしてごらん」
「はい!」
「ちょ……!」
アナの元気な返事にカイルが大きな声をあげた。しかし、その前にアナが小瓶を向け、しゅっとひと吹きした。
次の瞬間。
「……!」
「きゃあっ!」
大柄なブラムが、すこん、と昏倒し驚いたアナが小さく悲鳴を上げる。
私は結果に満足して頷いた。
「あんなに大きな人間でも、簡単に倒れるだろう?」
「すごいですねえ……!」
「最近、物騒だからね」
私はアナへ香水瓶を握らせる。
「イリーナだって襲われたし、今日は私の研究室に侵入者が出た。アナが出くわしたら恐ろしいからね。効果は今の通りだ。よく効くから、安心して」
にこりと微笑みかけると、アナは小瓶を大事そうに両手で包み込んだ。
「大丈夫、殺したりはしないよ。すぐに眠るだけだから殺人にもならない」
「わ、わあ・・・!」
アナが声をあげた。効果に感動したのかな?お礼かな?
私とアナのやり取りをしり目に、ブラムへかけよって様子を見ていたキースが、引きつった顔をした。
「確かにブラムは寝ているだけの様子ですが・・・、あ・・・暴虐非道の魔術師ですね」
「長いな。それに私は王宮魔術師だからね・・・まあ魔術師と普通に呼んでくれ」
「訂正になっているのか・・・、それは」
カイルがうめくように言った。
「・・・?じゃあ、研究者でもいいけど・・・」
「悪口の方を否定してください」
「この間、変な人に追いかけられたみたいで、アナがケガしていたからちょっと安心かもしれないですね」
「で、でも……カイル隊長がいらしたおかげで大丈夫でした」
ちら、とアナがカイルへ視線を送る。カイルは特に気にした様子もなかった。というかそんな話聞いてないけど?
町では魔石不足の影響で街灯の明かりが減り、治安も悪化しているという。その影響もあるのだろう。
「ふむ……」
でもそれ以上に。
「カイルはモテるね」
「は?」
「カイルがモテると言ったんだが」
「……好きな女にモテなきゃ、嬉しくなくね?」
「……」
私は瞬きをした。
「そういうものなのかい?」
「そういうもんだろ」
「なるほど」
カイルは深いため息をつき、私は納得したように頷いた。
――だが、頭の片隅では、先ほどの言葉について考えていた。
好きな女にモテなければ、嬉しくない。
なるほど。そういうものなのか。私にはない経験だからもてる人間に言われると妙な説得力があった。
ーー
そしてついに。
王都中の研究者たちが集まる、年に一度の王立研究発表会が始まった。
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