第一章 6 アナへのプレゼント中
研究室へ戻ると、私は出迎えにきたアナにすぐに尋ねた。
「アナ、少し聞きたいんだけど」
「はあい?」
「この間、私が牢に入れられた日。イリーナの屋敷の前を通った?」
「イリーナ先生のお屋敷ですかあ?」
アナは少し考えた様子だった。
「通りましたよお。買い出しの帰りには、よくあの辺を通りますからあ」
「その日も?」
「はい」
私は少し身を乗り出した。
「何か変わったことはなかった?」
「うーん……」
アナは眉を寄せ、記憶をたどる。
「特にはなかったと思いますよお」
「音は?」
「音ですかあ?」
「大きな音とか、騒ぎとか。誰かが走っていたとか」
「……なかったですかねえ」
アナは困ったように首を傾げた。
「ごめんなさあい。事件のこと、あんまり覚えてないんです」
「いや、いいよ」
私はあっさりと答えた。
どうやらアナにとっては、イリーナが襲われたことよりも、その日に私が牢へ入れられたことのほうが大事件だったらしい。
「その日は、先生が牢に入れられたって聞いて、それどころじゃなかったのでえ……」
「……そうか」
私は短く答えた。
「先生、大丈夫かなあって、そればっかり考えてましたからあ」
「……そうか」
もう一度呟き、それ以上は何も聞かなかった。
結局、アナからも新しい手掛かりは得られず、イリーナを撃った人間の特定には至らなかった。
ーー
王立研究発表会に向けて、私は毎日遅くまで研究に没頭していた。
食事もおろそかになりがちで、アナに食べるよう促されることもしばしばだった。それどころか、私が研究から顔を上げないときには、食事を口元まで運んでくれることすらある。
アナ曰く、口元へ運ぶと、ひな鳥のごとくぱかりと口を開ける私に食事を食べさせるのが楽しいのだとか。私が研究に没頭するほどアナの仕事は増えるはずなのに、面倒そうな顔を一つも見せず、いつも嬉しそうに世話を焼いてくれていた。
そして発表会を二日後に控えた頃、アナの献身もあって、研究発表に向けた準備はほぼ終わった。
ようやく終わりが見えてきたことで、私もひと段落ついた気分になった。その夜は久しぶりに、一階の研究室にあるハンモックや床ではなく、二階の自室のベッドで眠っていた。護衛として来ていたカイルに、めどがついたならベッドに入れと押し込まれたのだ。
カイルも久しぶりに夜通しの護衛ではなく魔導実験隊の宿舎へ帰るようだ。私の研究室には師匠の作った結界があるから外からの侵入に強いのだ。
――そして、その翌朝。
「シェリル先生!」
「大変です!」
朝食の準備に来ていたアナと、護衛のために来ていたアリスの悲鳴が研究室に響いた。
まあ、そんな声で起きてくるような私ではない。扉を何度も叩かれ、騒がれた末、しばらくしてようやく眠たげな声で返事をした。
「どうしたの……?」
「試作品がなくなっています!」
その言葉で、さすがに目が覚めた。
私は部屋から出ると、顔にシーツの跡をつけたまま、手櫛で髪を押さえ、トレードマークのカチューシャだけは髪にセットし、研究室へ駆け込む。
そこで私が見たのは、棚の一角にぽっかりと空いた空間だった。
「……何がなくなった?」
アリスから知らせを受けたカイルも、魔導実験隊の詰め所から駆けつけてきた。
「発表に使用しようと思っていたものだね……今回の新作の身体強化魔弾、それに癒しの魔弾」
私は棚を確認しながら答えた。
「他は?」
カイルが周囲を見回す。
「設計図が数枚。それ以外は無事かな……ああ、発表に使用しない浮遊の魔弾は残っているね。まあ、こちらは未完成だし、三センチくらいしか浮かないからかな? お眼鏡にかなわなかったらしい」
空になった棚を眺め、私はぽつりと言った。
「研究者だね」
カイルが振り返った。
「そう思う理由は?」
「単純さ。今回の発表会で出す新作だけ持っていかれた。何を出すかなんて公表していないのに、未発表の完成品だけを持っていったんだ」
私は空になった棚を指差した。
「完成品だと判断できる程度には魔弾について詳しい。あるいは、私が何を発表するのか予測できる程度には研究に精通している。どちらにしても、研究者である可能性が高いだろう?」
「……だな」
カイルは頷いた。それから、何気ない様子で私を見た。
「……ところで、シェリル」
「なんだい、親愛なる幼馴染くん」
私はにこりと笑った。カイルもまた、爽やかな笑顔を浮かべる。
「おれに言ってねえこと、あんよな?」
「……」
「……」
にこにこ。
にこにこ。
見ているだけなら、幼馴染同士が穏やかに微笑み合っている、非常にいい光景に見えるだろうなと思った。ただし、空気は恐ろしく冷たい。アリスがすっと距離を置いたのが視界の端に映る。
「…………」
じり。
私が一歩下がる。
「…………」
カイルが一歩近づく。
じり。
また一歩。
じり。
また一歩。
やがて、私の背中が壁に当たった。
「ひえ……」
アリスの小さな声と
「きゃあ! 壁ドンじゃないですかあ」
なぜか嬉しそうなアナの声がする。
カイルは二人を無視しして笑顔で話しかけてくる。おお・・・綺麗な笑顔だ。
「結界用の魔石」
「……」
「心当たり、あるよな?」
「さて……」
私はすっと視線を逸らした。
「もう投資してしまったから、心当たりがないな」
「何に投資した?」
「……研究に?」
「昨日帰る時までは作用してたんだよなあ……!!」
「痛い痛い痛い!」
カイルが私の頬を両側からむにっと引っ張った。
「うう~~~。暴力に訴えるのは、まったくいいことではないからやめるように」
「そんで? 言い訳は?」
「……夜、目が覚めてしまってね」
「ああ」
「そのとき、素晴らしいひらめきがあったんだ」
「へえ?」
「でも、魔石が足りなかった」
「ほう?」
「そこで、ちょうどいいところに魔石があったんだ。しかも良質な!」
私の研究室には、余分な魔石など置いていないからね・・・。ひらめきに対して使える魔石はないかと見渡した結果だった。仕方がないとしか言えない。
「それは必要な魔石なんだよ!!!!」
「ま、待てカイル。ちゃんと理由がある。落ち着いて」
「へえ?」
カイルの笑顔が、にっこりと深くなる。
「言ってみな」
「うっ……顔がいいな、本当に」
思わず胸元を押さえ、ふいっと顔を逸らした。カイルの笑顔を直視するのが苦痛なのか。罪悪感からなのか。それとも、単純に気まずいだけなのか。きれいなものを見ることによる高揚感から苦しいという可能性もある。
私自身にも、よくわかっていなかった。
「こ、この研究が形になれば、金にもなるし、世のため人のためになると気がついたんだ」
「……」
カイルは笑顔のまま、しばらく私を見つめていた。
「言い訳終わり?」
「ま、待て……」
「これ以上聞いても、研究室の結界魔石を実験に使う理由にはならなそうだな?」
「う、うう……」
私はうめいた後、しばらく考え込んでから口を開いた。いつもよりも気弱な声になっていたと思う。
「そ、空を飛びたいと思ったことは? 全人類の憧れだろう?」
「それ以上に身を守ってほしいと思ってんな、好きな女には特に」
「ま、まだわずかにしか飛べないが、それでも浮くことはできたんだ。これはすごいことだと思わないか?」
「は? どうやって実験したんだ? 昨日俺が帰った後、一人で実験したってこと? 魔弾を自分に撃ったってことだよな? 話し合いが必要じゃね?」
「ううううう~~~~」
ますます墓穴を掘っていることに気づき、私はうめくことしかできなくなった。それでも、ぽつりと呟く。
「……でも、魔石があれば、もっと研究ができる」
「研究室を守るための魔石だろうが!」
さすがに穏やかに話していられなくなったらしい。カイルが突っ込んだ。
「必要だったんだ!」
「お前が必要だったからって、使ってもいいものじゃねえ!」
「でも研究が――」
「研究の前に研究室と自分を守れ! 自分に被害があったかもしれねえんだぞ!」
「……研究室は私のものだよ?」
「そういう問題じゃねえ!」
そのやり取りを眺めていたアリスが、おずおずと口を挟んだ。
「……先生」
「なんだい?」
「ひょっとして、今回の盗難って……」
アリスは慎重に言葉を選ぶようなようすで話していた。
「外部から侵入できた理由の一つが、先生が結界を外していたからじゃないでしょうか」
「……」
私はすこうし黙った。
「……まあ」
「まあ、じゃねえ」
「そういう可能性もあるね」
「お前な……」
カイルは額を押さえた。頭痛が痛いとは、まさにこのことだろう。
その隙に、私はカイルから抜け出してアナの後ろに移動した。避難したともいう。
「がんばりましたねえ、せんせ」
アナが甘やかすような声をかけてくれる。さすがだ。
「はあ……えらい目に遭った」
「さては反省してねえな?」
カイルがアナの陰に隠れた私に追い打ちをしようとしてくる。もうやめてくれ!
「し、しているよ?」
「どのくらい?」
どのくらい?どのくらいか、か・・・。
「そうだね……。次からは、もっとうまく……ではないな。使う前に相談するよ」
「おい!!」
ーーーー
なかなかタイトルにたどり着けない・・・




