15-1 水面より手を伸ばす
時は流れる。
私にも、貴方にも、誰に対しても平等に流れる。
流れてほしい者、そうでない者にも流れる。
それには何か神のような存在を感じる。
ある者は告げる。
時は成長を運び、歓喜を運ぶ女神であると。
ある者は告げる。
時は老いを運び、破滅を運ぶ死神であると。
だが、その時が運べぬものがある。
傷だ。深く深く癒えぬ傷だ。
幾千の時が流れても、残り続けるそれにはかの者を呼び出す力がある。
悪魔だ。神たる時の流れに逆らって残る傷より生まれるそれは……まさしく神に逆らう悪魔のようだ。
そしてその悪魔は人に憑りつき、もがき苦しむ呪いを与えてのたうち回る人を見て笑う。
悪魔を振りほどきたいか?
ならば願いをかなえる方法は一つ。
傷の元凶を討ち取る。それ以外に救いはない。
それが出来ないのならば、お前は永遠に傷口より生まれる悪魔に身を食いちぎられて死んでいくのだ。
さあ選べ。
傷に食われて死んでいくのか、傷を払って明日を掴むかを――
「……もうこんな時間か」
七月下旬始まりの午後。学校の食堂にて。午前で授業が終わったせいか、食堂の生徒の数はいつもより少なく、陸島にとって賑わいのない食堂という新鮮な光景がそこにあった。
陸島が手に持っていた小説の一説を食い入るように見ていると、スマートフォンがアラーム音によって時間を告げた。
(さて、本当に奴は決闘をやるのか?)
ぱたりと本を閉じて、荷物を手にして決闘場へ向かった。
「シオンちゃん。本当に……戦うのですか?」
決闘場には二つの入り口がある。東側の入り口から入った先にある控室で流山椿は深刻そうな顔で相原の顔を見た。
その顔を見て相原は彼女の頭を撫でつつ、はにかむ。
「大丈夫だよツバキちゃん。私も……負けないから」
はにかんだ表情から一転して、彼女はその瞳に決意を宿して真剣な表情を見せる。
(その意気です……って言いたいけど相手があのインケンじゃ……いやだめ。弱気になっちゃ。ルームメイトとして、一番の親友として激励の言葉を――)
「お、こっちにいたか。ちゃーす」
ガチャリと控室のドアが開き、二人の人物が入ってくる。
鴉田と外崎だった。
「うげ。アホウドリの登場ですか。外崎さんもお疲れ様です」
「いいよ。いざとなれば、しばくだけだし」
「ハハハ。ニンジャガールは口から言葉の手裏剣が出せるのかい?」
「なんですそれ?ひっぱたいてほしいと?」
苛立つ流山に笑いの表情を向ける鴉田。
外崎はとりあえずバックドロップをかまして部屋の隅に放置してから相原に話しかける。
「やれそうなの?アイツと。本当に?」
「うん。必殺技……っていうには大げさかもしれないけど秘策はあるの」
「本当かい?」
外崎の眉が大きく上がる。
それ以上に眉を大きく上げたのは自称彼女の親友こと、流山。
「うえーっ!?聞いてないですよそれ?!」
がっくりとうなだれる流山。
親友の事をわかりきっていたつもりだったのか、心のダメージがそれなりに入る。
「ごめんね。秘密にしていたかったの。でもツバキちゃんにも今日話すつもりだったから」
「……ならしょうがないですね!」
流山は即座に立ち上がって笑みを見せる。
(元気だね。この子)
その一連の動きを見て外崎は彼女の単純さに心を和ませる。
「おや?君たちも来ていたのかね?」
「ごきげんよう……って多いですわね」
続いて入ってきたのは蛇島と燦央院。
部屋の隅で倒れる鴉田には目もくれず、一直線に相原の下に二人は近づく。
「蛇島君と燦央院さんも来てくれたの?」
「ああ。心配でね。相原さん……本当に陸島と戦う気かね?」
「今ならまだ間に合いますわ。理由なんて後でいくらでも言えばいい。そうね、あの隅っこで倒れているバカの相手のせいで棄権せざるを得なくなったとか」
「へいへいちょっとまてーい。聞き捨てならんぞー?」
むくりと立ち上がる鴉田。
「俺が一体彼女になるするってんだ?蛇島とかいうスケベじゃあるまいし」
「君が彼と戦うという事は……何か秘策か作戦があるようだがそれでどうにかなるのかね?」
蛇島は鴉田に腹パンをかましつつ、心配そうな目で相原を見る。
鴉田、本日二度目のダウン。
「うん。大丈夫だって。皆、心配しすぎだよ……」
「そりゃあそうですわよ」
燦央院もまた不安に駆られていた。
「あの男は強いですわ。圧倒的とまでは言わないけど、確かな強さがありますわ。今日この瞬間も成長している。そんな気がしてならないのですわ……」
「私もいっぱい修行してきたよ。それに――」
相原はカバンから一本の杖を取り出した。
その杖は細長くて黒く輝いており、長さにして約五十センチ。
墨汁で染められたかのような色合いの木製の杖を相原は手にぎゅっと握る。
「杖も新調してきたの。二川さんに聞いたらこれがいいんじゃないかって」
「それ……実戦用じゃありませんこと?」
燦央院はその杖を見て目を丸くした。
「え?そうなの?」
――あの坊やと戦うんだって?あたしの情報網をバカにしちゃあいけないよ。そうさね。これを持っていきな。駆け出しには十分だよ
「って言っていたけど」
相原は自分の持っている杖をじっと見る。
今まで使っていた木の色がそのまま出ていたような木製の杖とは違い、その杖には誰かが与えた色があった。
「その杖、見覚えがあります。本土で戦っている者が振るっているのと一緒ですわ。それなら多少は戦えるでしょう。ただし――」
『ただし』というところで燦央院は声を大きくする。
「危なくなったら、死にたくないと思ったら『降参』と言いなさい。それから私や流山さん、外崎さんからも見て危険だと思ったら意地でも割り込みますからね?」
燦央院はずいっと近づいて相原に警告をする。
「え……うん」
相原はこれを了承した。
周囲の視線の圧は相原の思った以上に重く、そして温かかった。




