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鉄(くろがね)ウォーロック  作者: 峰川康人
第一部

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95/128

14-6

「坊ちゃん!」


 牙谷の大声で我に返る。

 次に仮面の者が狙っていたのは、自分だった。


「な……!」


 あの時と一緒だった。

 五年前、振るわれる凶刃に悲鳴を上げて頭を抱えてぎゅっと瞳を閉じた光景。


「危ない!逃げて!!」


 ギラリと輝くその刃が陸島の胴を狙う。


――死ぬ。このままだと


 すべてが遅くなった。

 伸ばす手を向ける牙谷。刃を向ける仮面の者。迫る死。


――違う。俺は死なない!


「させるかっ!!」


 陸島は咄嗟に大声をあげ、踏み込み、抜刀する。

 その刃が仮面の者の凶刃よりも早く大きく振るわれた。


(届いた!!)


 確信はあった。

 刃は敵の胴を裂き、鮮血を周囲に散らしながら二つに裂けて地面に落ちる仮面の者。


「……やったか?」


 地面に落ちた敵の遺体を見下ろす。

 だがそこにあったのは二つに裂けた牙谷の姿。


「え」


 どろどろと血を噴き出し、その生暖かい液体が陸島の手にこびりつくように付着していた。


「な……何でお前が死んでるんだ?俺が斬ったのは――」


 周囲を見渡す。

 視界は暗闇に閉じていた。


(なんだ?どうなってる?!みんなはどうなった!?アイツは!?)


 三人の家族と敵の姿を探すように必死に首を動かす。


「坊ちゃん」


 声のした方を向く。

 覚えのある声が聞こえる。震えが走る。汗がしたり落ちる。


「どうして……俺を斬ったんですか?」


 二つに裂けて上半身だけが残った牙谷が切れた傷口から流し、手を伸ばす。その手から頬に伝うのは生者が内に流していなければならない赤い液体。


「あ……ああ……」


「ひどいっすよ……自分だけ助かるなんて」


「私たちだって……生きたかったのに」


 

 さらに声が二つ耳に入りこむ。

 陸島が後ろを見るとそこには血まみれの爪島と羽田の姿。


「やめろ……やめてくれ。俺は死ぬ。死ぬからその手を――」







「うわぁっ!?」


 陸島は勢いよく体を起こす。

 辺りを見ればそこは山道ではなく男子寮の自分の部屋。


(なんだ今のは……今までで一番たちが悪い。どうなってる!?)


 蒸し暑さとは違う汗でまみれた体を起こしながら、近くにあったタオルに手を伸ばす。


「くそ。ただでさえ暑いってのに」


 朝焼けが差し込む部屋の中で必死に汗をぬぐう。


「あれ?」


 拭えない汗の感触。というよりは、何か違うものが体にこびりつき始めている。


「なんだ?」


 頬のそれを手で拭き取る。

 血がついていた。


(これは……?!)


――ひどいものだな。お前には救われてはならない理由があるとは


「お前か!これは一体なんだ!?」


――そう叫ぶな。教えてやろう


 ゆらりと部屋の中心に佇むように黒い影が表れる。


――五年前。お前は死んでいなければならなかった


 死んでいなければならなかった。

 その言葉が陸島の心に突き刺さる。


――だが奇跡的にお前は生き残った。それはなぜか?わかるか?


「……俺がウォーロックだからか?」


――そうだ。あの仮面の者はそれを理解するとその場を離れていった


「だとしても何故あの三人が死ななければならなかった!?殺す理由がない!」


 叫ぶ陸島に黒い影は微動だにせず、語り続ける。


――憎まれる理由なくして殺しはない。快楽殺人者でもなければな


「憎まれる?機関の人間だからか?組織の奴らが殺したと言いたいのか!?」


――そうであろうな。我はあの一部始終を見ていた


「……それはどういうことだ?」


――あの日、お前に憑いた時。その少し前からお前と家族、そしてあの仮面の者の一部始終を見ていた。計画の一環でお前に憑くことになったが、中々酷いものだったな


「何故力を貸してくれなかった!?あの時のように!!」


 あの時。

 四月の逆奈義未来とのいざこざである。


――ああ、すまないな。お前が望むのならそうしていたがお前には無理だった。幼いお前には。我の力を継承しても無駄という事だ


「無駄だと!?試そうともしなかったのか!?」


――死んでしまえば元も子もないぞ?


「ぐ……!」


――だがお前は反省した。そして学んだはずだ。死んだ者たちは帰ってこない。お前は弱いという事実。そして力を求めた。復讐の為に、今もどこかで笑っている敵を殺すために!


 鉄の精霊の声は大きく部屋に響く。


――さあ、目覚めよ。そして次の機会……お前に鉄の魔術を継承させようではないか


「あ?何言って――」


 陸島は宙に浮く感覚に襲われる。

 そして彼の視界はまた暗闇に閉ざされた。


「う……」


 瞼を開いて起き上がる。

 男子寮にある自分の部屋。頬に手を触れる。血はなかった。


「なんなんだよ……どいつもこいつも!」


 ベッドの上で拳を叩きつける。

 机の上の時計にあるカレンダー機能が今日は相原紫苑と決闘の日であることを知らせる。


「……決めた。全員叩き潰す!」


 ベッドから起き上がると即座に準備に入る。

 汗を拭い、着替えて刀の具合を確認するとそれを竹刀のケースに仕舞う。


(鉄の魔術だか何だか知らないが、全部使える者は取り込んでやる……俺がアイツらを弔うために……それで死ぬんだ!)


 カバンに荷物を詰めて最後に十手を手に取る。


――坊ちゃん知ってます?こいつはね、昔の正義の味方が振るっていたんですよ。遠い昔ですけどね。これはその人が正義の味方である証なんですよ


(正義の味方……か)


 十手を持つ手に力が籠る。

 あの日、牙谷からプレゼントでもらった大切な十手は今も陸島の手の内で輝いている。


「ああ、そうだ。俺は正義の味方になるんだ。誰も守れず、みじめに死んでいく正義の味方だがな」


 失望する彼の手から抜ける力。それによって十手が零れ落ちて床にぶつかって高い音を広げる。


――だめだよ。今のままじゃ。そんなの私が許さない!


 脳裏に浮かぶのは相原紫苑が自分に言った言葉。


「お前がそういうのなら……。俺はお前を殺す!!」


 震えながら拳を握る。

 たとえどれだけの力があっても、時は、過去は変わらない。

 死んでいった者たちは帰ってこない。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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