14-1 深淵より見上げる
「あら、相原さん。どうかしましたか?」
ある日の昼休み。
校長室に相原紫苑がやってくる。その表情は穏やかではなかった。
「先生。あの、以前に相談に乗ってくれるってお話なんですが」
「ええ、しましたね。魔術の事でも、気になる男の子のお話でもどちらもでもいいですよ」
「も、もうそういうのじゃないんですよ」
頬を赤く染めて腕をパタパタさせて否定する相原を校長は笑って見守る。だがしばらくしてその表情は険しくなる。
「でもそういう話をしたいんですよね。恋バナだの話題のドラマだのエンタメだのBLだのそういう世間話を。難しい議題とかプロジェクトとか管理運用とか病気予防とかそういうのではなく」
「は、はあ……」
怨嗟漏れ出す口に相原は引く。校長はそんな自分の態度に気づいたのか一つ咳払いをして彼女の方に向き直る。
「失礼しました。それで、私に相談というのは?」
「はい。それはですね――」
「で、なんです……これ?」
ムッとした目で陸島は校長の方に目を向ける。
「先ほども話しましたが、それが彼女の決断なのですよ」
「……この俺と戦うことがですか?」
陸島のスマートフォンには決闘のお知らせが来ていた。
決闘の日は今より一週間後。場所は闘技場。流山椿、燦央院百合香それぞれと戦ったあの舞台だ。
「もちろん断るのもありでしょう。もっとも逃げたと思われるのが関の山でしょうが」
「……ほう?」
ピクリと彼の眉間が動く。
熱さによって流れる汗が静かに頬を伝う。
「いいでしょう。勝てばいいだけの事です。それでパートナーを完全に終わらせる。どんな結末になってもいいっていうのなら俺はこの決闘受けますよ」
「ええ。健闘をお祈りします」
校長は立ち去り、陸島がその場に残ってスマートフォンの画面を見る。
(決闘だと?しかもアイツが俺に申し出て?いったい何が狙いだ……)
疑問に思っていると以前、彼に憑りついている鉄の精霊が言っていたことを思い出す。
――彼女は強いぞ
「……俺の膝を折る気か。いいだろう」
手に持っていた刀を見る。
スマートフォンを仕舞い、鞘に収まっていた刀を引き抜いて刀身に映る自らの目を見つめる。
(二つに裂けても良いっていうのなら戦ってやる。顔が傷まみれになっても、表歩けなくなってもいいっていのならな……!)
刀身に映る目はぎらついていた。
もうすぐその時は来る。彼にとって決して忘れられない決闘が。
「……で、なにこれ?」
一方、校長に課された訓練が終わって鼠川、鴉田、蛇島の三人は男子寮に戻ったのだが、その入り口付近にて足を止めていた。鼠川は視線を下にしてそれを見ていた。ズタボロになって転がっている見知らぬ桃色のシャツに黒いスラックスを履いた女性の姿を。
「いや何って人間でしょ?ボロ雑巾みたいになってるけど」
「なら助けようと最初に言いたまえ。この炎天下に放置は危険だ!」
「あ、ほっといていいわよー」
寮の入り口のドアが開かれ、三田川が姿を見せる。
「いやほっといていいって大丈夫なんですかコレ?!」
「き、気にするな童顔の美少年よ。私は失敗した。そう失敗……した。ガク」
「み、見知らぬ人ー!?」
「ほら入った入った。……アイス買ってきたから食べましょうよ?」
「わーいアイスだ~」
男子一同アイスに群がる。
わかりづらいのだが、アイスを食べようと誘った時の三田川の表情は仁王像を彷彿とさせる迫力があったのだ。
「ぼくバニラー」
鼠川は冷凍庫に入っていたアイスキャンデーの中で白色のバニラ味を手に取る。
「ではチョコミントをいただこう」
「かっこつけ乙。真の強者は抹茶を選ぶのだ」
「アイスキャンデーごときで雑魚扱いってどうなんだねそれは」
蛇島のツッコミに対し、にやけながら抹茶味を取る鴉田。
アイスは仲良く食べましょう。
「ああそうそう。陸島君は?」
三田川の質問に鼠川は不思議に思って辺りを見渡す。そして帰ってきていないことに気づく。
「どこ行ったんだろう?」
「うーん……まあいいか。陸島君アイスとか興味なさそうだし」
「あの……さっき僕ら玄関でボロ雑巾みたいに倒れている人を見たんですけどアレは何です?」
「気にしないで。この炎天下に一時間放置する気でボコしただけだから」
「なんで!?」
「なんでってそりゃあ陸島君に怪我させたからよ」
「え?どういう意味です?」
「そ、それはですね」
這いつくばってラウンジに入ってきたのは先ほど玄関で倒れていた女性、布塚美香。
「誰が入っていいって言ったオイ?」
「ヒイッ!!」
ウォーロックの三人は震えあがった。
三田川が布塚に向けた視線と怒り。それらが湧き上がって阿修羅をそこに顕現させている。
「どうもウォーロックの皆さん。布塚と言います。先日は陸島君にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
ゆらりと立ち上がって布塚は三人に深く頭を下げる。
「ああ、そういえばそんな事があったな。でも陸島のヤツが怪我したのに何でこの人がボコボコにされてるんです?」
鴉田の疑問に対し、三田川が怒り気味に答える。
「コイツがやったからよ。支援の名目で魔法を放ったら近くの天井落としてその破片が陸島君の頭に命中したのよ。任務自体は成功したみたいだけどね。そんな大ポカやらかした挙句、こっちへの報告を先延ばしにしたことにキレた私はとりあえずコンスタントにしばいたのよ」
「そ、そうだったんですか……」
三田川の全てを威圧する剣幕に言葉を選ぶように鼠川は返答した。
言葉を間違えれば死に至る。肌で感じ取っていたのだ。




