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鉄(くろがね)ウォーロック  作者: 峰川康人
第一部

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86/123

13.5-7

 トラブルから数分後。

 急いで服を着て、更衣室から飛び出た蛇島の髪の毛にはまだ湿り気が残る。彼の目の前には顔を真っ赤にして怒る燦央院。


「だからさっきも説明した通りで――」


「うるさいさっさと出ていきなさい!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ彼女に蛇島の弁解の声など届かない。


「わかった。わかったから出ていくよ」


 すぐに屋敷の出口に向かって駆け出していく蛇島。

 去っていく背中を見ることなく燦央院は更衣室に足音を大きくして入る。


「どうして彼がここに……まさか」


「お嬢様。いかがなさいました?先ほどの声は?大丈夫ですか?お怪我は?」


「吉川……」


 いつの間にか彼女の横にいた吉川。

 したり顔を隠さず、彼女の前に現れたのを見て燦央院はハッとする。


「貴方の差し金ですか?」


「差し金だなんてそんな。私は蛇島さんがこのままだと汗まみれで帰宅するだろうからシャワールームを使うことを提案しただけですよ」


「なんで私に一言言わなかったのですか!?」


「申し訳ございません。お嬢様にお伝えする前にご当主様から電話がございまして」


「お母さまからですか?いったい何が?」


「それが……今度ウォーロックを、蛇島さんを連れてきてもらえないかと。どうやら男の魔術師に興味津々のようですから」


「その言い方、含みありませんか?」


 燦央院は顔をしかめた。


「まさか。それにしても殿方の裸を見て大声を上げるなんて、お嬢様もまだまだですわね」


「な……何を言ってますの!?そんなの普通でしょう!?」


「魔女が『そんなもの』で大声上げてたら先が思いやられるものです。お母様も心配してましたわよ」


「一部始終を見ていたと?」


「いいえ。聞こえただけです。声がよく届きましたから」


 吉川は屈託のない笑みを見せる。

 燦央院はこの時ばかりはものすごく怒りたくなった。しかしそうはしなかった。


「そうね。た、たかが裸で叫んでたら将来が思いやられるわ」


「そうですよ。世継ぎを生むにあたっても大事な事ですから」


「もう!はしたないですわ!!」


 また顔を赤くした燦央院。

 吉川はそれを楽しんでいるようだった。







――深き世界から見ているとわかることもある


「あ?なんだ?」


 ふと周囲を見渡す。

 そこには何もなく、ただ暗闇が広がるばかり。だが確かに声は響いていた。


――お前の戦いは五年前に始まった。そうだろ?


「……ああ」


 癒えぬ傷の始まり。

 五年前の惨劇、変わった自分。魔術師としての覚醒。


「俺は……強くなれている。だからもう少しなんだ。あいつらを殺した犯人の首を何が何でも取る」


――威勢に伴って実力をつけているのは良い傾向だ。五年前の頃から大分変化しているな


「それはどういう意味だ」


 その言葉を聞き逃さなかった。

 五年前の頃から大分変化している。言葉の意味を掘り下げれば陸島の五年前を知っているようにも聞こえていた。


「我が選びし者よ。復讐の刃をさらに鋭く、強かにしたいとは思わぬか?」


「ああ、思うね」


「鉄の魔術を近いうちに授ける。鍛錬を怠るでないぞ」


「ああ、わかった」


 淡々と声に従う陸島。

 そこで彼は疑問に思うことはなかった。


――我が選びし者よ。世界の命運はお前にかかっているぞ。深淵より見上げる我とお前。そこより世界は変わるだろう


「あ?世界?」


 疑問は飛び出た。

 世界という大きな存在。それを左右するのは自分だという事実に陸島は驚きを隠せずにいた。


「……あれ?」


 瞼を開く。

 周囲を見ると彼は鍛錬のために向かっている男子寮裏にある山の中にいた。

 そこは車道の近くに設置された階段を上った先にある。石造りの道の先には古びた社があり、その階段で陸島は座って眠っていた。

 そしてこの場所はかつて逆奈義未来との騒動があった場所で、今は陸島以外の人の気配はなかった。


(寝ていたのか……それともアイツに、鉄の精霊に呼ばれたからか?)


 空を見上げればオレンジ色が広がり、夜の訪れを告げようとしていた。


「どっちでもいい。もう少し修行したら帰――」


 陸島は人の気配を感知した。

 誰かはわからない。だけどこちらに近づいている。車道脇の階段を上っている。


「誰だ……?」


 ゆっくりと彼女は姿を現す。

 陸島はその姿にげんなりした。


「なんだ一体?何の用だ」


 相原紫苑。

 陸島のパートナーであり、大地の魔女。黒い髪をツインテールで結び

 しかし陸島本人は彼女と修行することを嫌い、一人黙々とこれまで修行を重ねてきた。


「ここで修行してるって鼠川君に聞いたの。それで心配で――」


「何が心配だ?帰ってくれ」


 彼女に目線を合わせずに彼は刀に手を伸ばす。


「電話したのに出なかったんだもん!」


「は?」


 叫ぶ相原に陸島は面倒そうにスマートフォンを手に取る。

 すると画面にはメッセージ一つと電話が数回なっているのが確認できた。


「で、何の用だ一体」


「あの……木下さんってどこにいるの?」


「木下?今日は本土だ。仕事だよ」


「そう。ならいいの」


「要件はそれだけか?」


「え?ああ……うん」


 顔をしかめる陸島。

 相原は彼を怒らせてしまったと思い、その場を離れようと背を向ける。


「もしもし……?ああ、何?今近くにいるが」


 相原は振り返る。

 帰ろうとした直後に陸島のスマートフォンが鳴り、彼が電話に出ると少しの会話をする。そして持っていたスマートフォンを相原に向けた。


「お前が探している人からだ」


「え?」


 差し出されたスマートフォンを手に取って耳に当てる。


「もしもし?木下さんですか?」


「ああ、相原さんですか。こんにちは。以前のお話の件ですが、すみませんもう少々お時間がかかるかと」


「そうですか。片手間でいいので……はい。大丈夫です。はい」


 電話は長引くことはなく、三分もしない内に終わった。


「ありがとう。木下さん、忙しそうだったね」


「親父の退院もあって仕事を一部手伝ってる。多分しばらくはこっち来ないだろうな」


「……木下さん、ひょっとしてすごく偉い人?」


「親父に信頼されてるからな」


 スマートフォンをしまうと彼は相原をじっと見た。

 見つめるその目が何を意味しているのか、相原には分からずただ二人は目を合わせていた。


(……どうしてオールバックなんだろう?似合ってるけど)


 ふとそんなことを考えた。

 オールバックというのは多々あるが陸島の場合は額を出しているだけで他に余計な整えはなかった。


「もう帰っていいぞ」


 陸島に低い声で言われ、悲しくなった相原はその場を後にした。


(アイツ……木下に何を頼まれたんだ?)


 しょんぼりと帰る彼女の背を見てふとそんなことが気になった。


(まあなんでもいい。木下の邪魔なら俺が止めさせればいい)


 刀を抜刀し、素振りをする。

 空は暗さを増し、夜が来る。


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