13.5-2
「にしても、もう動けるようになったんですか?いやあ、月日の流れは早いもんですね」
「待て待て、二週間しか経ってないのに一年経ったねみたいな言い方やめて?」
「その軽い態度どうにかならないんですか?」
うんざりとした表情で流山は鴉田に問いかける。
鴉田は自慢げにこう返す。
「悪いな、俺のアイデンティティだ。君に忍者の末裔というアイデンティティがあるように俺にもあるのさ」
「いやベルウィンググループの御曹司……っていうか大企業の役員の息子ってだけで十分インパクトありますよ」
「ダメだ」
一瞬、流山はぞっとした。
流山の脳内で、軽い態度とひょうきんな言動のイメージで歩く鴉田がそれまで見せたことない怒りを見せたのだ。嫌なものを睨む目、低く声が。
「俺には俺のアイデンティティ。おーけー?」
「あ……はい」
――これ……ひょっとして地雷?
流山は知らずのうちに鴉田の心の地雷を踏んでしまったと後悔する。
熱さによる汗とは違う、別の汗が流れる。
「あ、外崎さんおはよー!」
その表情から一転、流山から離れて近くにいた外崎に笑顔で彼は声をかける。
「うわ、おはよう」
「うわってなんだようわって。嬉しいくせにこのこのー」
「もう一回入院する?」
「すみませんでした」
「よろしい」
そして二人は騒がしく通学路を歩き出す。
「……なんなんですかね。ウォーロックってほんとに」
誰に対しても冷たく突き放す態度で復讐の力を求める大地のウォーロック、陸島鉄明。
フランクな態度で周囲を賑わせては規格外の武器を作る風のウォーロック、鴉田春一。
この二人の存在は流山椿にとっては心に深く残り、同時に波乱を予兆させるものであった。
「全員が鼠川君みたいに静かだったらいいのになあ」
「呼んだ?」
「あ、鼠川君おはよう!」
朝から体力を消費した気分だったが、パートナーである鼠川の登場で少しは落ち着いた。
「鴉田君、元気だよねえ。退院したばかりなのに」
「そうですねえ。鼠川君は今のままでいいですよ」
「そうだねえ」
ほんわかした雰囲気で歩く二人の前で天高く吹き飛ぶ鴉田。
「わー飛んだ。凄いな―」
「飛んだって言うか飛ばされた感じですね~」
激しい音を立てて地面に激突する男を見送りながら二人は学校へ歩いて行った。
「何故だ……俺はただ週末にお出かけに誘っただけなのに」
「ぶっちゃけキモかった」
外崎の正論。
鴉田にクリティカルヒット。
「ごふ」
騒がしい彼らを通行人は笑って見ていた。
朝っぱらから騒がしくなれるのは若人の特権かもしれない。
「せい、はあっ!!」
時間は流れて昼休み。
一人の男が屋上の片隅でトンファーを両手に素振りをしていた。服装は体操服で汗だくになりながら暑苦しく稽古に励んでいる。男の名前は蛇島光。炎のウォーロックである。
「蛇島君、精が出ますわね」
「ああ、燦央院さん。今日も暑いから水分補給を怠らないでくれ」
「それは貴方でしょ?」
少女は苦笑いで水の入ったペットボトルを差しだす。彼女の名前は燦央院百合香。
蛇島光のパートナーであり、魔術のイロハを彼に叩き込んでいる燦央院家の次期当主。
「ありがとう。いやあクーラーでもあると嬉しいんだが」
「ここは屋上。あるわけないじゃありませんか」
「ハハハ。でもこの炎天下ならより自分を鍛えられると思ってね」
「なるほど。では私もそうしましょうか」
そういうと彼女は蛇島に背を向けて屋上出入り口のドアに向かう。
「少し待ってなさいな」
そう言って屋上を離れてから三分後。
彼女は手に二メートル弱の棒を持って登場した。服装を薄いグレーのトレーニングウェアに変えて。
「どこからその棒を……というか着替え早くないかね……?」
「吉川に持ってこさせましたわ」
「ええ……凄いななんか」
「服に関しては下に着ていたので近くの化粧室で脱ぐだけですから」
「え、ぬ……脱いだって?」
蛇島は燦央院の言葉に固まった。
ついでに頬は赤かった。何せ年頃の乙女が脱いだなどと申すものなんで。
「ちょっと何を想像してますの?」
「いやだって……えっとそこは脱ぐというより着替えたと言うべきじゃないのかね!?」
「ああ、そうとも言いますわね。これは失礼」
棒を構え、燦央院は蛇島をじっと見る。
「さあ、思いっきり打ち込んできなさいな」
「良いのかい?ウォーミングアップは済んでいるぞ?」
「構いませんわ。こうでもしないと皆に置いてかれます。それは燦央院家次期当主としては好ましくない状況ですから。さあ!」
「ああ、思いっきり行くぞ!」
交差するは更なる力を求める魂の輝き。
屋上にてそれは激しい音を奏でる。
「うわあ……本当にぶつかり合ってる」
「ですね。二人とも熱いです。っていうか暑苦しいです」
ドアの向こうから鍛錬に励む二人を見るのは鼠川と流山。
邪魔しては悪いと思い、二人はその場を後にする。
「僕も何かやった方が良いのかな?」
廊下の真ん中でふとそんな言葉が鼠川の口から洩れる。
「ああ、気にしないでください。周りがちょっと暑苦しいのとか、アホな発明家とか、インケンクソ馬鹿野郎とかがいるだけですから」
「ちょっとの事態かなあそれ」
鍛え続ける道の先で誰かを守る力をその手に宿さんとする炎のウォーロック、蛇島光。
そして未だに自らの道を見出せずにいる迷い人である水のウォーロック、鼠川淳吾。
(ダメだ……他の三人のウォーロック見てると自分も何かしなきゃって思うのに何を将来に見据えたらいいのかわからない。戦闘?でも陸島君や蛇島君みたいに力があるわけじゃない。ましてや背も低い僕にそういうことができるとは思えない。鴉田君みたいに知恵が回ればいいんだけどそれもできない。僕はどうあるべき――)
「どーしたんですかー?」
考え込む鼠川の目の前にて流山がその思案を覗こうと彼の瞳を覗き込むように見ていた。
その距離、実にスマートフォン一台分。
「わっ、ちょっと近いって」
「大丈夫ですよ。きっと見つかりますよ。自分の役割というのが。あ、セーラー服ならいつでもスタンバってますから」
「それはいらない」
きっぱり断る。
似合ってなるものかと鼠川は心に深く誓った。たとえ身長が百六十から伸びなくなったとしても。




