1-7
「いやぁぁぁぁぁ!?」
落とされた逆奈義の右腕があった個所からは鮮血が勢いよく吹き出し、逆奈義はその凶流に絶叫せざるを得なかった。
「な……なんてことを……」
腕を切り落としたその刀の切っ先を相原は怯えた目で見ていた。
(でもなんで……なんで貴方は鉄の魔法を使えるの?)
「お、お嬢様ぁ!!」
困惑する相原の横に部下の鈴井は立ち上がって勢いよく杖を振るって陸島を吹き飛ばす攻撃を仕掛け、落とされた彼女の右腕を手に取るとぶつぶつと呪文を汗ばんだ体で必死に唱える。
「くそ、一旦引け!急げーっ!!」
護衛の一人が大声で叫ぶと逆奈義と鈴井を囲って混迷の中、その場を走り去っていった。
その場に残ったのは息を切らして倒れこむ陸島と相原のみ。
「う……ぐぅ」
彼よりあふれ出ていた黒いうねりはいつの間にか収束を迎えており、彼はそのまま目を閉じた。
「あ、陸島君……!」
駆け寄る相原。呼びかけに陸島は応じない。
「どうしよう……どうしよう」
倒れた彼の周囲を見渡す。
「ええとまずこういう時は先生に連絡を……それから――」
スマートフォンを動かし、肩と耳で挟んで通話を開始する。
その間に手に杖を持って倒れる陸島の手当てを魔術によって始める。慌ただしく彼女の周りで夜は静かに更けていく。
「う……ん?」
白い天井が一番に視界に入って陸島は目を覚ました。
「ここは……」
「あ……起きた」
ベッドの左側には紺のセーラー服を着た相原がいた。
「おい、何がどうなって……ぐぅ」
「大丈夫?まだ痛い?ここは病院。玉之江島の中央エリアにあるの」
腹部を抑えて陸島は痛みの感覚をズキズキと感じ取る。
「そうだ、あいつらはどうなった?」
「逃げ出したみたい」
「逃げた?何故だ?」
「それは、えっと……覚えてない?」
「あまり覚えていないが。確かお前が何かに追われていて……それで俺が喧嘩吹っ掛けられたのか、そいつらをどうにかしようとして……」
「……そう。今は休んでて。治療はしてあるわ。週明けには学校に通えるから」
「あの夜からどのくらい経過した?」
「一日よ。大丈夫。お医者さん曰く、休んでればいいって」
「そうか。わかった」
ベッドに深く沈む。
「おなか空いてない?」
「今はいい」
「喉乾いてない?」
「大丈夫だ」
「……どうして私のために戦ってくれたの?」
「成り行きだろ。思い出したよ。あのクソガキみてえな女が気に食わなかったんだ」
会話の途中でドアががらりと開く。
相原の表情は暗く沈んでいた。
「おや、目が覚めましたか」
ドアの向こうから一人の女性が入ってきた。
「校長先生?何故貴方がここに?」
「いえ。あの夜、トラブルがあったといいましたね?」
「ああそういえば」
「彼女ですよ。逆奈義未来。逆奈義家の次期当主にしてかなりの成長性を秘めた彼女。今でも十分な実力者だと聞いてますが……それでも倒したと聞いていますよ」
校長の語りは落ち着いていた。困惑した様子も慌てた様子も何一つ見せず昨日の出来事を伝えた。
あの日の夜、相原は友達を連れて夜の街に部屋の備品を買いに行こうとしていた。その途中で逆奈義家の護衛と逆奈義未来に遭遇し相原を連れ去ろうとして騒動に発展。最終的に相原が強引に連れ出され、その騒動は校長にも届いた。
「何人で捜索したんです?」
「そうね。二十人くらいかしら。あまり大事にはできなかったから」
「なぜすぐに発見できなかったんです?」
「逆奈義家も中々厄介なところがあってね……」
校長も相原を捜索していたが、おとりの車を捕まえてしまったのだという。
相原が見つかったのは彼女から早瀬先生を経由して連絡が届いた時だった。
「逆奈義家は曰く付きというやつね。逆らう家や個人を容赦なく潰す面があるの。そういう連中だから悪いことには長けているようね」
「へえ。俺も狙われますかね?」
「それはないわ。この書類を見てほしいの」
話しつつ校長は一枚の紙を持っていたカバンから取り出して陸島に渡す。
「これは……」
渡された紙には昨日の騒動に関する一部始終がまとめられていた。
内容としてはまず先ほど校長が話していた内容が記載されている。さらに文章が書かれており、その一部にはこう書かれていた。
――本件に関しては逆奈義未来(以下、甲)の独断であるものとし、また逆奈義家は今後、相原紫苑(以下、乙)への交渉を一切しないものとする。また陸島鉄明(以下、丙)の甲への反撃は正当防衛であったとみなし、逆奈義家はこれを承認するものとする。また魔女機関の許可なく逆奈義家は丙への攻撃をしてはならないものとする
「この書類がある以上、下手に向こうは……逆奈義家は手出しできないわ」
「紙切れ一枚で?」
陸島は疑いの目を向けた。
吹けば飛ぶようなその一枚の紙で逆奈義家が黙るようには見えなかったのだ。
「そうね。確かに紙切れ一枚じゃあどうしようもないかもしれない。でも交渉には私自ら出向いたので大丈夫ですよ」
「え!?こ、校長先生が……ですか?」
「本当に大丈夫ですか?約束を守ろうとしない連中に見えましたけど」
目の前の誓約書に対し、陸島は溜息を吐く。
その態度に対し、相原は慌てつつも説明をする。
「そ……そうでもないよ。だって契約というのはね、魔女にとって凄く大事な事なの。履行は当然だし違反すれば厳しく罰せられるどころか一族や社会から縁切りもありうるの」
「そういうことです。本当は別でちゃんとした書類があるのですが、今は私の方に書類が半分保管しておりますので」
「半分?」
「ええ。書類が正式であるものを示すために割り印をし、半分にしてあるので」
「あの……それじゃあ陸島君が持っていた方がいいのでは?」
「いえ、彼はまだ弱い。書類が盗まれるか奪われる可能性もありますし、何より彼はこの島に来てから日が浅い。それならば私が間に立って両サイドがこれ以上争わないようにとしたのです」
校長の説明に陸島はわなわなと震えていた。
「弱い……か」
自分が弱いと言われる。
陸島にとって耐えられない事実であった。
「そうですね。今のあなたは弱い。逆奈義未来を撃退したとはいえ、本土に戻ればたちまち捕まるか殺されるかの二択ですよ」
「ええ。この島は――」
新しい説明をしようとした間際、病室に軽快な音楽が鳴り響く。
よく聞けばそれは最近流行しているラブソングのようで――
「ごめんなさい。私です」
校長先生の携帯だった。
「校長先生……意外とそういうの好きみたいで」
相原が苦笑いで見ていると校長はすぐにそれを手に取って立ち上がり、電話の向こうの相手と何かを話し始める。
「校長先生、忙しい人だからよく電話とか本土への出向とかで休む暇ないって聞いてるの」
そう小声で相原は陸島に伝える。
「そうみたいだな」
「ええ……配備はそれでいいです。それから東北の……ああ、それでいいですよ。今日には出発しますので――」
校長の電話が終わるのには少しばかり時間がかかった。
スマートフォンをポケットにしまうと陸島の方に向き直り、申し訳なさそうな顔で説明を始める。
「すみません。急ですが出発しないといけなくなりました。陸島君。何か聞きたいことはありますか?」
「そうだな……」
陸島は考え込むと、近くにいた相原に視線を送る。
「おい、少し部屋から出てってくれ」
「え?」
「いいから」
相原は悲しそうな顔で部屋の外に出た。
部屋には陸島と校長のみが残った。
「どうかしましたか?もしかして告白?」
「……聞きたいことがある」
校長のからかいに怒りをむき出しにしながらも、陸島は校長に問う。
その怒りに校長も真剣な顔を向ける。
「仮面を付けた魔女に心当たりはないか?」
「仮面……ですか」
校長は額に手を当て、脳の中の記憶の海を漁るように思案する。
しばらくして校長は答える。
「その仮面の魔女と言うのはもしや――」
「ああ。俺の家族を……大事な人たちを殺した奴だ。俺はソイツに用がある。だが……」
ベッドのシーツを握りしめ、陸島は悔しそうに答える。
「足りねえ。力が。あの魔女を殺す力が欲しい」
「……そうですか。ならばこの島にいる間に一つやってほしいことがあります」
「なんです?」
「力を身に着けることです。魔術師としての心構えと知識を身に着けるのです。貴方は稀代のウォーロックです。もしそれが先代の魔女達曰く強力な存在であるとすれば……あなたが探しているその仮面の魔女に追いつき、倒せるでしょう」
「……それを聞けて助かりましたよ」
陸島はニヤリと笑った。
同時に校長の
「ああもう。せっかちな人たちですね……」
校長は残念そうに取り出したスマートフォンの画面を見る。
そこには校長を呼び出した者のメッセージが送られていた。その後、彼女は部屋の外にいる相原を呼び出した。
「相原さん。後はお願いできますか?」
「え?あ、はい」
相原は校長に呼ばれて部屋の中へ。
「陸島君。しばらくは相原さんを頼ってください。貴方と同じ大地の魔術に適した魔術師です。後は……三田川さんを頼りなさい。あの人も結構強いので」
「見習いだけど大丈夫。私も弱くないから」
自信ある相原の回答に陸島は目を細める。
「本当か?」
「本当」
「こないだ捕まりかけてたが?」
「……それは」
「フフ。意地悪言うもんじゃありませんよ」
病室の時計を確認すると校長はハッとなって『それじゃあお願いします』と言って部屋を後にした。
部屋には陸島と相原の二人のみ。
「ええと……あ、そうだ。お医者さん曰く明日の日曜には退院できるから。怪我、もう大丈夫だって」
「そうか。お前も今日は帰っていいぞ」
「え、でも――」
「いいから」
相原を見るその瞳は不機嫌であった。
「帰れ。しばらく一人にしてくれ」
「……うん。あ、校長先生と何を話してたの?」
「お前には関係ない」
陸島の冷たい切り返しに相原は残念そうに病室を出ていった。
それを確認すると陸島はスマートフォンを手に取ってメールと通話記録を確認する。
「事件の資料は……さすがにまだか。仕方ない」
――待つとしよう。復讐であれ犯人捜しであれ、今の俺にできることなんてない。
いつの間にか日が傾き始めていた。
(そういやケガ……いつの間に治ったんだ?奴らか?それとも魔女の治療ってやつか?)
右手を腹に当てる。射貫かれたはずの腹を。
彼の魔術師見習いとしての学生生活はまだ始まったばかり。彼がこの学校に、島に、そして魔女の世界に大きな変革をもたらすとは誰も知る余地がなかった。恐ろしき鉄の魔術を宿す少年の物語は静かに幕を開いたのである。
「ええ。恐らくは鉄の魔法かと。しかし……」
一方、夜になって校長はどこかの施設にて電話の向こうの相手と話をしていた。
「彼が持つ固有の魔術の可能性もあります。それにウォーロックには未知数もあると。彼が本当に鉄の魔法が使えるというのなら……手元に置き続けるというのは悪い話ではないでしょう。もしかしたら長年続く組織との戦いのカギになるのかもしれません」
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